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朝日新聞デジタル 2月10日(水)5時35分配信
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飛鳥寺西方遺跡に平安時代の皿 遷都後も祭祀利用か
飛鳥寺西方遺跡で見つかった土器の皿=9日午前9時53分、奈良県明日香村、高橋雄大撮影
大化改新など飛鳥時代の重要な出来事に関する舞台となった「槻(つき)の木の広場」とされる奈良県明日香村の飛鳥寺西方(せいほう)遺跡で、10世紀の土器の皿が数枚重ねられた状態で複数箇所で見つかった。村教育委員会が9日発表した。平安時代の祭祀(さいし)跡とみられ、広場が遷都後も特別な空間だったとみられるという。
【写真】飛鳥寺西方遺跡で見つかった土器の皿。3カ所に等間隔で並んでいた=9日午前11時25分、奈良県明日香村、高橋雄大撮影
飛鳥寺西門跡の南西約60メートルで、土師器(はじき)の皿(直径10センチ)を5〜8枚重ねたものが、110センチ間隔で計3カ所から出土。2メートル北側で、皿(直径14センチ)2枚が重なっていた。近くでは、炭や焼けた土が交じった長方形の穴も確認された。このほか、2枚の口を合わせた皿も5組分まとまって出土したが、いずれの皿にも文字や絵はなかった。村教委は、10世紀の異なる時期に複数回の祭祀が行われた可能性が高いとみている。
広場は、大化改新の立役者、中大兄皇子(なかのおおえのみこ、後の天智天皇)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)が蹴鞠(けまり)を通じて初めて出会ったとされ、壬申(じんしん)の乱(672年)では近江朝廷側が軍営を置いた。猪熊兼勝・京都橘大名誉教授(考古学)は「広場が、遷都後も長期にわたって祭祀が行われた特別な場所だったことが明らかになった」と話す。
現地説明会は11日午前10時〜午後3時。問い合わせは村教委文化財課(0744・54・5600)へ。(塚本和人)
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朝日新聞社
現地説明会に行ってきましたよ。
ここ数か月引きこもりしていました。
妻が言うので背中を押されて。
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