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古墳、遺跡、横穴式石室に迫りたいです。無理をせずボチボチと。

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5月31日15時1分配信 毎日新聞

 ◇県立紀伊風土記の丘
 県立紀伊風土記の丘(和歌山市岩橋)は6月7日、特別史跡・岩橋千塚古墳群内の前山A67号墳の石室を特別に公開し、現地で解説する。
 同古墳群は、全国で二つしかない特別史跡(国宝級)の古墳群で、紀伊風土記の丘園内に約430基、全体では700〜800基の古墳が築かれている。前山A67号墳は6世紀後半の円墳で、墳丘径約27メートル▽高さ約6メートル。横穴式石室で、中に棚や梁(はり)、埋葬区画がある。広さは、長さ約3・8メートル▽幅約2・3メートル▽高さ約3・2メートル。風土記の丘によると、岩橋千塚古墳群の横穴式石室が最も発達した時期のものという。
 午前9時〜午後3時半。申し込み不要で無料。現地(風土記の丘資料館から約500メートル、徒歩10〜15分)にいる学芸員が時間内に随時実施する。問い合わせは、風土記の丘(073・471・6123)。【最上聡】

5月31日朝刊

5月29日11時22分配信 産経新聞


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炭素年代測定で240〜260年のものと分かった箸墓古墳の土器(奈良県立橿原考古学研究所)(写真:産経新聞)
 邪馬台国の女王、卑弥呼の墓との説もある奈良県桜井市の箸墓古墳(前方後円墳、全長280メートル)について、古墳の周囲から出土した土器の放射性炭素年代測定と呼ばれる科学分析の結果、西暦240〜260年に築造されたとの研究成果を国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の研究チームが研究成果をまとめたことが29日、わかった。248年ごろとされる卑弥呼の死去した年代と合致し、邪馬台国の所在地論争に一石を投じそうだ。31日に早稲田大学で開かれる日本考古学協会で発表される。

 研究チームは、同古墳前方部近くの周濠から発掘された「布留(ふる)0式」と呼ばれる土器の表面に付着した炭化物を測定。「放射性炭素年代測定法」は経年による炭素の減少具合で、土器の年代を割り出す科学的な手法で、測定の結果、240〜260年の範囲に相当したという。

 測定した炭化物は、食べ物の煮炊きの際に土器に付着したとみられる。発掘状況から土器は、箸墓古墳の完成間もない時期に廃棄されたとみられ、築造時期に近いとしている。

 箸墓古墳はこれまで、土器の形式によって年代を絞り込む考古学的手法によって、270年前後の築造とされ、中国の史書「魏志倭人伝」に記された卑弥呼の次の女王、壱与(いよ)の墓との説もあった。

 放射性炭素を利用した年代分析は、炭化物に不純物が混じると年代がずれ、誤差が大きいとして、批判的な見方も根強い。研究チームは、箸墓古墳出土の土器だけでなく、周辺の古墳で見つかった土器でも測定を試みており、ここでも、同様の年代が出たことから、「分析結果の精度は高い」としている。

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5月19日13時3分配信 毎日新聞

 弥生時代から古墳時代への転換点になった3世紀の前方後円墳の成立過程を、出土した副葬品や埋葬施設の写真パネルで紹介する「卑弥呼死す 大いに冢(ちょう)をつくる」が、河南町の近つ飛鳥博物館で開かれている。6月28日まで。
 弥生時代末には、全国各地で地域の首長の墓(墳丘墓)が造られるが、日本海側では四隅を突出させた墓、吉備地方では特殊器台と呼ばれる土器を乗せた墓が出現するなど、地域によって多彩な特徴があった。それが、「卑弥呼の墓」との説がある箸墓(はしはか)古墳(奈良県桜井市)が3世紀中ごろに成立して以降、全国の首長の墓が前方後円墳や後方墳に規格化され、全国的な政治連合が成立する古墳時代が始まったとされている。
 会場には吉備地方の特殊器台や、平原方形周溝墓(福岡県前原市)の巨大な鏡のほか、箸墓古墳でも見つかった特殊器台の破片、黒塚古墳(奈良県天理市)の三角縁神獣鏡など約300点が出品されている。
 月曜休館。開館は午前10時〜午後5時。一般600円、大学・高校生と65歳以上は400円、中学生以下無料。問い合わせは同館(0721・93・8321)。【大森顕浩】

5月19日朝刊

行きたいのは山々なのですが、インフルエンザが盛んな今、どうしよう〜〜〜。

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5月2日16時0分配信 毎日新聞

 文化庁は、石室を解体した明日香村の高松塚古墳(7世紀末〜8世紀初め)について、復元する墳丘の予想図を公開した。耕作などで築造時の姿をとどめていなかったことから、発掘調査の成果を踏まえて、全長23メートルの二段構造の円墳を想定し、復元することになった。7月末に完成する見込み。
 高松塚古墳は、1972年に発掘調査が始まり、極彩色の壁画が発見された。73年に古墳が特別史跡に、74年には壁画が国宝に指定された。その後、カビの大量発生などにより、壁画の劣化が進んだことから、07年に石室が解体・保存されている。
 復元する墳丘は、表面に芝が敷かれ、見学者の安全と古墳を守るため、植栽と柵で囲って中に入れないようにする。【高島博之】

5月2日朝刊

7月が楽しみですね〜。

3月31日9時39分配信 京都新聞



野洲市の市三宅東遺跡から出土した割竹形木棺のふた(野洲市)

 野洲市教委は30日、同市市三宅(いちみやけ)の市三宅東遺跡から、弥生時代後期後半(2世紀)の割竹形木棺のふたとみられる遺物が出土したと発表した。割竹形木棺は半円形に割った木の中をくりぬいてつくり、本体とふたを合わせて棺とする。同市教委は全国最古の同棺の出土例になるとしている。
 出土した割竹形木棺は長さ353センチ、最大幅65センチ、最小幅45センチで、木の厚さは4センチ。同棺では珍しいスギ材でつくられており、弥生時代後期の溝跡で見つかった。
 同木棺は王ら支配グループの埋葬に使われたとみられ、古墳時代前期(3−4世紀)を中心に確認され、これまでは大阪府八尾市で出土した3世紀のものが最古とされていた。これまでの確認例ではコウヤマキでつくられたものが多かった。
 同市教委によると、棺には誰かを埋葬した形跡はなかったという。また、発見された溝は川を利用した人工的な排水路と考えられ、同市教委は「つくって水路に一時的に置いておき、結果的に粘土で覆われて、水分も多かったために残ったのでは」と分析している。周辺では10基余りの方形周溝墓も確認された。
 同遺跡はJR野洲駅の北西約1キロにある縄文時代から室町時代にかけた複合遺跡。過去、弥生時代中期の玉作り工房跡などが見つかっている。今回は遺跡南西部の6000平方メートルを発掘した。


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