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産経新聞 11月12日(金)11時52分配信
新木山古墳は葛城地域北部にある馬見古墳群の中央に位置し、巣山古墳(国特別史跡)とともに同古墳群の代表的存在。出土した勾玉(まがたま)、管(くだ)玉などが宮内庁に保管されている。 今回の調査は先月中旬から墳丘すそ部分の12カ所で実施。一部で葺(ぶき)石や埴輪(はにわ)列が見つかったほか、三段築成で、全長200メートルを超えることを確認した。 |
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産経新聞 11月10日(水)1時0分配信 宮内庁が陵墓参考地として管理する堺市北区の大型前方後円墳、御廟(ごびょう)山古墳(全長186メートル、5世紀前半)から、平成20年の調査で出土した家形埴輪(はにわ)とされていた破片について、接合の結果、祭祀(さいし)施設をかたどった国内最大級の「囲形(かこいがた)埴輪」だったことが分かった。囲形埴輪は国内で数十例しか確認されておらず、大型で精巧な構造から被葬者の地位の高さが改めて裏付けられた。
発掘調査は宮内庁と堺市が実施。埴輪はバラバラに割れた状態で墳丘から出土した。板状のものが多く、調査時は家形埴輪の壁部分と考えられていた。 その後、宮内庁が数カ月かけて約50個の破片を接合した結果、屋根に相当する破片がなく、入り口部分だけ屈曲する特異な形だったことなどから、塀をかたどった囲形埴輪と判明。扉部分は実際に開閉できる構造で、縦90センチ、横55センチと国内最大規模だった。 囲形埴輪の内側に置かれたとみられる小型の家形埴輪も確認され、塀で囲まれた建物内で神聖な祭祀が行われた状況を埴輪で表現したとみられる。 宮内庁書陵部の徳田誠志首席研究官は「丸くて太い柱や大きな壁の破片から、ただの埴輪ではないと思っていたが、破片を組み立てているうちに囲形埴輪と分かった」とし、「写実的に作られ、当時の王が秘密の儀式を行った建物の様子がうかがえる」と話した。 御廟山古墳は、国内最大の前方後円墳、仁徳天皇陵近くにあり、被葬者は当時の大王の側近ともいわれる。両古墳を含む百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群は世界遺産暫定リスト入りが決まっている。囲形埴輪は14日から堺市堺区の市博物館で展示される |
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産経新聞 9月17日(金)20時23分配信 倭国女王・卑弥呼(2世紀末〜3世紀前半)がいたともいわれる纒向(まきむく)遺跡(奈良県桜井市)の大型建物の“軒先”に掘られた穴から、ザクザクと出土したモモの種。古来、不老長寿の薬効や魔除けの呪力(じゅりょく)を持つと信じられた果実だけに、専門家たちは2千個という数の多さに驚きを隠さない。「国家的規模の祭祀(まきし)を示す」との見方で一致し、「鬼道(きどう)に事(つか)え、能(よ)く衆を惑わす」と中国の歴史書「魏志倭人伝」に描かれた卑弥呼の呪術に迫る発見だとの声も上がっている。
金原正明・奈良教育大教授(植物考古学)によると、モモは弥生時代に稲作とともに国内に入ってきた。現在の大きなモモは明治時代に日本に入った種類で、江戸時代まではスモモかウメほどの大きさだったという。 金原氏は「1カ所から出るモモの種は多くても数十個ほど。千個単位は全国に例がない」と驚く。「天皇による新嘗祭(にいなめさい)の原初形態のような国家的な儀式だったのだろう」と推測する。 「大型建物の中でモモを盛ったカゴをいくつも並べ、卑弥呼が行った祭祀(さいし)の情景をありありと思い浮かべさせる」と感嘆するのは辰巳和弘・同志社大教授(古代学)。モモは、中国・前漢の武帝に特別なモモを与えたと伝えられる道教の女神、西王母(せいおうぼ)の神仙世界を象徴する果実で、「不老長寿の願いが込められた卑弥呼の『鬼道』の姿を具体的に表したものだ」と明言する。 一方、石野博信・兵庫県立考古博物館長(考古学)は、1片だけ出土した弥生時代を象徴する銅鐸(どうたく)の破片に着目する。纒向遺跡周辺の弥生遺跡の最近の調査で、卑弥呼が登場する時期に銅鐸が破壊され、再利用されたことが分かってきている。「卑弥呼は銅鐸を破壊して弥生の神を否定し、モモに象徴される神仙思想(=鬼道)を引っさげて登場したのだろう。明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)にも似た宗教改革を断行したのではないか」と語った。 前に天理方面に行った時にはわからなかったな〜?
19日に現地説明会が行われる。
行きたいな〜〜〜〜?
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時事通信 9月9日(木)17時17分配信 国の史跡「牽牛子塚古墳」(奈良県明日香村、7世紀後半)を発掘調査していた同村教育委員会は9日、古墳の墳丘を八角形と確認したと発表した。八角形墳は天武・持統陵(同村)など天皇級の古墳の特徴。同古墳を斉明天皇陵とみる研究者は多く、今回の調査で「斉明説」の可能性がさらに高まった。
村教委によると、墳丘は高さ4.5メートル以上の3段構成で、対辺約22メートルと推定される。墳丘のすそは上から見ると正八角形になるように削られており、周囲の幅約1メートルの溝の上には石が並べられ、その外側に二重の砂利敷きがあった。砂利敷きを含めた大きさは32メートル以上に及ぶという。 過去の調査で、石室内が二つの空間に仕切られた合葬墳だったことが判明しており、斉明天皇と娘の間人皇女が合葬されたという日本書紀の記述と一致するほか、最高級のひつぎとされる漆塗りの「夾紵棺」の破片や人骨、玉類なども出土していた。墳丘についても1977年作成の測量図で八角形と推定されており、今回の発掘で裏付けられた。 斉明天皇は天智、天武両天皇の母で、宮内庁は別の古墳を陵墓に指定している。 村教委文化財課の西光慎治技師は「多くの非常に重要なデータが得られた。この成果を飛鳥地域の世界遺産登録に生かしたい」と話している。 猪熊兼勝京都橘女子大名誉教授(考古学)の話 八角形墳で夾紵棺があるなど、墳丘の形状や出土品からみて天皇陵級の古墳であることは間違いない。合葬墳や出土した歯が間人皇女と推定されるなど、これまでの調査を総合すると、斉明陵とほぼ断定していいだろう だんだん面白くなってきましたね〜。
今ある斎明陵は誰のお墓??。
考古学はこうでなくちゃ!!。
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巨勢山古墳群 ゴルフ場工事で4基壊す 無許可で拡張6月7日11時44分配信 毎日新聞 奈良県御所市にある国の史跡・巨勢(こせ)山古墳群で、昨年11月に無許可でゴルフ場の拡張工事が行われ、少なくとも4基の古墳が破壊されていたことが分かった。ゴルフ場側は、文化財保護法で定められた現状変更許可申請を文化庁に出しておらず、市民からの通報で発覚した。文化庁と市教委は、ゴルフ場側に原状回復を求めており、専門家を交えて復旧方法を検討する。
【図解でよくわかる】キトラ古墳に「十二支像」 十二支のルーツ…どうしてネコがいない? 同古墳群は、東西3.3キロ、南北3.5キロの丘陵地に、5世紀中ごろ〜6世紀後半の小規模古墳約700基が集まる国内最大規模の群集墳。02年12月に国の史跡に指定された。 市教委によると、秋津原ゴルフクラブ(御所市)が昨年11月1日から、史跡指定地内の所有地で、ゴルフ練習場の拡張工事をした際、山の斜面約5400平方メートルを重機で掘削した。同26日、通報を受けて市教委が工事の中止命令を出して調査。少なくとも直径10〜20メートル程度の円墳4基が破壊され、うち2基は半壊していた。 破壊された斜面は、市教委の指示で、ゴルフ場側が植物の種を混ぜたマットを敷いて崩落を防止している。市教委は近く土木工学の専門家などを交えて「史跡巨勢山古墳群復旧委員会」を設置し、文化庁や県教委と協議しながら本格的な復旧方法を検討する。 同ゴルフクラブは「一昨年4月に経営者が代わり、許可申請が必要なことを知らなかった。指示を待って復旧させたい」と話している。【高島博之、山本和良】 ゴルフ場建設反対!!!!。
自然を破壊してまでゴルフ場がいるのか!!!!
古墳まで破壊して。馬鹿げている。知らなかったでは済まされないです。
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