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古墳、遺跡、横穴式石室に迫りたいです。無理をせずボチボチと。

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3月4日19時48分配信 産経新聞

 大阪府岸和田市三ケ山町で、7世紀初めの古墳の横穴式石室が道路工事中に偶然発見され、同町内の府営蜻蛉(とんぼ)池公園に移築保存された。7世紀は古墳時代終末期にあたり、府南部の泉州地域でこの時期の古墳は極めて珍しい。地元豪族の墓とみられ、当時の葬送儀礼などを考える上で貴重な資料になるという。7日午後1〜3時に蜻蛉池公園で現地説明会が開かれる。

 見つかった古墳は、これまで全く知られていなかったため、調査を行った府教委が衣ケ谷古墳と名づけた。

 平成20年5月、道路建設のため、工事業者が丘陵斜面を重機で掘削中、重さ1トン以上もある巨石を発見。「山を削っていたら大きな石が出てきた」。業者が、遺跡の可能性があるとして府教委に連絡したのが、古墳発見の始まりだったという。

 府教委が急遽(きゅうきょ)発掘を行い、重さ百キロ〜1トン以上の石を数百個積み重ねた横穴式石室(全長6メートル、幅1・1メートル、高さ1・2メートル)と確認。石室内には、被葬者が身につけたという金色の耳飾り、土器などが出土した。墳丘は一辺約10メートルの方墳だった。

 府教委と府岸和田土木事務所は、石室を約2キロ南の蜻蛉池公園に移し、築造当時の状態で保存。古墳の案内板は、石室天井石を加工してはめ込まれ、石室の一端を身近に感じられるように工夫した。

 7世紀の古墳は、府東南部を中心に、聖徳太子墓など皇族クラスの古墳が集中するが、泉州地域では築かれなくなる。府教委文化財保護課の橋本高明主査は「石室が天井石まで残っている例は珍しく、石室の雰囲気を直接感じとってほしい」と話す。

 現地説明会が行われる蜻蛉池公園は、JR阪和線下松駅からバスで「職業能力開発大学校前」下車、徒歩約5分。問い合わせは府教委文化財調査事務所((電)072・291・7401)へ。

行って見たいが行けるだろうか?是非、見てみたい。

2月25日22時29分配信 京都新聞



 京都府長岡京市勝竜寺の国指定史跡・恵解山(いげのやま)古墳(古墳中期)を発掘調査している市埋蔵文化財センターは25日、祭祀(さいし)の場となる「造り出し」の遺構を古墳東側にも確認、造り出しが東西非対称であることが分かった、と発表した。非対称の造り出しは全国的に例が少なく、センターは「古墳全体の規模や構造が分かり、復元に向けて大きな成果」としている。
 恵解山古墳は全長128メートルの前方後円墳。東側の造り出しは、前方部から後円部へのくびれ部付近で、古墳本体から17・5メートル張り出し、幅15メートル以上にわたり、方形舞台を形成。西側で5年前に確認した造り出しと比べ、規模が大きく、位置も微妙に異なる非対称の形状だった。センターの原秀樹主査は「桂川など交通の要衝がある東側を正面に、祭祀を見せる舞台装置として、西側と差をつけたのかもしれない」とみる。
 また、くびれ部分では、第一段のテラス部に、円筒埴輪列が大小23個分出土した。
 長岡京市埋蔵文化財センターなどによると、仁徳陵など有名な前方後円墳の造り出しは多くが左右対称だが、測量などでの確認が中心で実際に発掘するケースが少ない上、非対称が判明している例も兵庫県の池田古墳など数少ないという。
 都出比呂志・大阪大名誉教授は「池田古墳と形状も時期も似通っており、有力首長の力関係を知る貴重な史料。連携し、大和政権の後ろ盾として乙訓地域を治めたのでは。造り出しの発掘はまだ進んでおらず、今後の調査が楽しみ」と話す。
 現地説明会は28日午前10時から。問い合わせは同センターTel:075(955)3622へ。

2010年2月21日 奈良新聞


古墳の範囲確認に向けた調査が始まったノムギ古墳=天理市佐保庄町
 天理市教育委員会は、初期ヤマト王権の中心とされる大和(おおやまと)古墳群にある同市佐保庄町のノムギ古墳(古墳時代前期)の発掘調査を開始した。築造時期が3世紀後半までさかのぼる可能性もある最古級の前方後方墳。纒向遺跡(桜井市)が最有力候補地とされる女王・卑弥呼の邪馬台国とも時代が近く、実態解明が期待される。

 ノムギ古墳は全長約63メートル。県道建設などに伴って県立橿原考古学研究所が数回調査を実施し、平成15年には墳丘と周濠の南東にコーナーを検出して前方後方墳と確認されたほか、周濠から「布留(ふる)0式」と呼ばれる土器などが出土している。

 今回の調査は古墳の範囲確認を目的に実施。墳丘の後方部南側で周濠の残存状況などを調査する。事前に行った土中のレーダー探査では周濠の縁らしきものが確認されたという。調査は3月26日までの・・・。

奈良新聞から引用。

2月19日0時45分配信 産経新聞

 宮内庁が「大塚陵墓参考地」として管理し、全国で5番目の規模を誇る巨大前方後円墳、河内大塚山古墳(全長335メートル、大阪府松原市・羽曳野市)で18日、日本考古学協会などの研究者らが墳丘への初の立ち入り調査を行い、前方部が平坦(へいたん)だったことが分かった。通常の古墳の前方部は山のように盛り上がっていることから、古墳が未完成で被葬者が納められていない可能性が浮上し、新たな謎となった。

 河内大塚山古墳は、これまでの宮内庁の測量調査で、後円部(高さ20メートル)に比べて前方部(高さ5メートル)が極端に低いとされているが、詳細は不明だった。立ち入り調査では、研究者は墳丘外縁部を歩いて全体の形状などを観察。その結果、前方部は後円部のような盛り土がほとんどなく、平坦だったことが判明した。

 古墳は中世に城として利用されたと伝えられ、築城の際に前方部が平坦に整地されたとの見方もあったが、研究者からは「大量の土を移動させた痕跡も見当たらない」との意見が出され、前方部が未完成のまま造営工事が終了するという、巨大古墳では極めて異例な状況だった可能性が浮かび上がった。その一方、古墳の築造時期などに結びつく遺物などは見つからなかったという。

 天皇陵や陵墓参考地については、宮内庁関係者以外は原則として墳丘に入ることができないが、平成20年から研究者らを対象に立ち入り調査が認められ、これまでに神功(じんぐう)皇后陵(奈良市)などで実施された。

2月14日13時1分配信 毎日新聞

 県立紀伊風土記の丘(和歌山市岩橋)は3月6日午後1時半から、国の特別史跡「岩橋千塚古墳群」を代表する古墳の一つ「郡長塚(ぐんちょうづか)」の石室を初公開する。 郡長塚は、6世紀後半の前方後円墳。標高140メートルに位置し、墳丘の全長は30・5メートル。横穴式石室の全長は約2・6メートルで、古墳時代の豪族が葬られていたという。小学生以上30人限定。山本高照・学芸課長は「古墳群の全体像をより多くの人に知ってもらいたい」と話している。
 入館料(大人190円。65歳以上、高校生以下無料)と参加費100円が必要。申し込みは、催し名「郡長塚の石室 初公開!」▽住所▽氏名▽年齢▽電話番号−−を明記し、往復はがき(〒640−8301 和歌山市岩橋1411、県立紀伊風土記の丘)かEメール(kofun@kiifudoki.wakayama−c.ed.jp)で。3月2日必着。問い合わせは同園(073・471・6123)。【山下貴史】


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