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週末はずーっと行きたかった能登へ。まこはんおひさおねえちゃまのルーツを探る旅に出かけました。
まずは能登の名勝を周ってルーツの確認。暴風のなぎさドライブウエイでは車から降りたとたん日本海へピューと飛ばされそうになったり、棚田がライトアップされているというのでオススメの千枚田が思いのほか素敵で感動したり、松本清張「ゼロの焦点」の告白シーンの舞台となった断崖で思わず白状しそうになったりして、なかなかできない体験をしました。 途中でまこはんおひさおねえちゃまの実家にも立ち寄って、ここでも確実にルーツを確認。おひさぶりに美肌のお母さまとも再会し、以前に聞いていたよりずっとお元気そうで、とても安心しました。 続いては食べ物のルーツを確認。初めての金沢おでんでしみしみ車麩と梅貝を頂き感激。能登の食材、たとえばうさちゃんや鹿さんとお野菜を使ったフレンチ、能登のこだわりのお鮨、のどぐろ、炙り能登牛、ぬか鯖まで、美味しいものを堪能しました。 日曜日の朝市では美味しそうな干物を爆買い。魚屋のおばちゃんとまこはんとのやりとりは、実は半分くらいしか理解できなかったんだど、お魚が安くて美味しいということだけはわかりました。 まこはんとおひさおねえちゃまが育った能登の景色や食べ物や風。どれも姉妹を作る欠かせない要素なのだなぁと思うとなんだかじんわり温かい気持ちになりました。まこはんおひさおねえちゃまありがとうございましたー! また季節を変えて行ってみたいな。 |
旅行だいすき☆
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翌日は今回の旅のもうひとつの目的地、下北半島の恐山へ。
恐山は1200年前に慈覚大師円仁によって開かれた霊場で日本三大霊場のひとつ。
(あとのふたつは比叡山と高野山)
ご本尊は地蔵菩薩さまなんですね。
下北には「人は死ねばお山さ行ぐ」という素朴な信仰があり、
昔から亡くなった人のお弔いに人々が集まる場所でした。
台風一過のとってもよいお天気。
まずは美しい三途の川の太鼓橋を渡ります。
罪人にはこれが針の山に見えて渡ることが出来ないのだとか。
急な太鼓橋を転げ落ちることなく無事に渡り切りました(^^)
宇曽利湖は透明度が高くてとってもきれい。
山門をくぐってご本尊にお参りをすませると、ここだけ本当に死後の世界。 ごつごつした岩場に積み石がされていて、ところどころからたちこめる硫黄臭。
亡くなった方の冥福を祈りながら道を進んでいくと、
辿り着いたのはこんなにきれいな浜でした。その名も極楽浜。
水面がきらきらしていて本当にきれい!
さっきまでの固く冷たい感じから一転、本当に極楽に来たような感覚になりました。
この景色なんてちょっとしたリゾートのよう
恐山というと、もっとおどろおどろしいイメージを持っていましたが、
実際はとっても神聖な雰囲気でした。
たくさんの地獄を経て極楽浜にたどり着いた時には心から安心した気持ちに。
身も心も浄化してきらきらにパワーアップしてしまったかも
恐山の浄化パワー恐るべし!
おまけ:合掌・霊場アイス
売っているおばちゃんがちょっとこわい
新青森駅から車で約2時間。
むつ市にあります♪
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逆光でごめんなさいm(__)m 青森県にゆかりの美術家たち(奈良美智・寺山修二・宗像志功)の展示がメインですが、
今回は印象派の絵も数多く展示されていました。
こちらはかわいい「あおもり犬」
なんとなく哀愁漂う表情・・・(^^)
いたる所に作品を観やすく、親しみやすくするための工夫がしてあって
とても楽しく過ごすことができました。
新青森駅からすぐ。一見の価値ありです
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9月23日に東北新幹線は通常ダイヤに戻ったのを受けて、はやぶさも再開!
早速青森へ行ってきました。
はやぶさは東京−新青森間を3時間10分でつなぎます。
宇都宮−盛岡間は時速300km!
思えば3月5日にデビューしてすぐ震災が起こったので、今回の再開は感慨深いものがありました。
初日に向かった先は、新青森駅そばの三内丸山遺跡。
縄文時代中期の遺跡で日本最大級です。
三内丸山は、5500年前から4000年前までの1500年間も栄えたんですって!
江戸時代なんて目じゃないのね。
竪穴式住居とか、土偶とか、縄文土器とか、懐かしいものがいっぱい!
その壮大さに圧倒されました〜
竪穴式住居の集落
掘立柱建物と大型竪穴式住居
大型掘立柱建物 空もきれい
お約束の土偶♪ なんかかわいい
このあとは「あおもり犬」のいる青森県立美術館へGO!
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仙台で牛タンを堪能した後は、山形自動車道を走って鶴岡へ2時間ほどのドライブ。
山形も私の第2の故郷(・・・と思っている)なのですが、
鶴岡へは物心ついてから初めての訪問です。
ちょうど夕暮れ時に到着した私たちを出迎えてくれたのはこの素晴らしい空。
まるで鳳凰様が羽ばたいているようなパノラマの景色でした。
庄内平野のこの夕焼けをみるために、
仙台など太平洋側の人々はわざわざ鶴岡を訪れるのだとか。
稲もずいぶんと育っていました。
これはつや姫かなぁ、なんて想いを馳せたりして。
・・・この雄大な景色はこの後の出会いのほんの伏線だったことに
この時はまだまだ気づきませんでした。
つづく☆
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