気持ちに張り、能力を維持 65歳未満で発症する若年性認知症は、働き盛りの人の収入面や生きがいに大きな影を落とす。本人や家族は「残された能力を生かして、仕事を」と願うケースが多い。継続可能な「働き方」の模索が始まっている。(中舘聡子)
「ここの雑草、抜いていきましょうか」
奈良市内の福祉事業所の庭先で、近くの「若年認知症サポートセンター『 絆 ( きずな ) や』」のセンター長、 恩塚 ( おんづか ) 浩史さん(30)が、男性3人に笑顔で語りかけた。
3年前に若年性認知症と診断され、昨秋からセンターを利用する吉桑良一さん(62)は「とりあえずやらせてもらいます」と言い、軍手をはめ、草を抜き始めた。時折、手順に迷うと、恩塚さんら職員がひと声かけてサポートする。
センターは昨春開設された。週2日、地域の福祉事業所から依頼された草抜きや洗車などの仕事を行う。センター代表の若野達也さん(36)は、自ら運営するグループホームで若年性認知症の人を受け入れたのを機に家族会と交流。本人や家族から「仕事を」「役に立つことを」という切実な希望を聞き、設立につながった。
厚生労働省の調査では、若年性認知症の人は約3万8000人いると推計されている。うち、50代が4割、40代が1割を占める。
吉桑さんは2年前に自営の電気工事業を廃業して以来、家に閉じこもりがちだったが、最近、変わってきた。妻の明美さん(60)は「前日に天気を気にするなど、センターへ通うことを心待ちにしているようです。気持ちに張りができたからか、家でも料理や掃除をしてくれるようになった」と話す。センターの利用料が1日1000円で、手間賃は多くても月3000円ほどだが、「働く場所があることがうれしい。今できる能力を維持してくれたら」と願う。
一方、センターの運営は厳しい。職員が利用者にほぼマンツーマンで付き添うため、人件費がかさみ、グループホームの収益で賄っているという。若野さんは「地元企業の協力を得て、センターとして収益の上がる仕事を受けたい」という。
特別養護老人ホームで若年性認知症専門のデイサービスに取り組む動きもある。東京都江戸川区の「なぎさ和楽苑」が昨秋から、ホーム内の一角で始めたデイサービス「フリーサロン あしたば」だ。現在、50〜60代の9人が利用。1日5〜6人の利用者に職員3人がついて、母体の社会福祉法人の施設から依頼された牛乳パックの解体、郵便物の封入などを行う。
都のモデル事業で、「大半の市町村に特養があるという枠組みを生かせば、全国的に事業として展開できる可能性もある」という期待が込められている。
ただ、介護保険制度上、デイサービス事業所が介護報酬を得られるのに対し、利用者は作業をしても、賃金を受け取れないという制約がある。
「全国若年認知症家族会・支援者連絡協議会」の会長を務める精神科医の宮永和夫さんは、「症状の改善までは望めないが、社会性が高まるなど日常生活を送る上で就労の効果は大きい。デイサービスとして運営しても作業の対価が得られるようになれば、支援しようとする事業所の運営も楽になり、利用者のやりがいも増す」と話す。今後、協議会として制度の見直しを求めていくという。
仕事続ける仕組み 必要 若年性認知症を発症すると、仕事を失い、経済的困窮に直結するケースが多い。そのため、発症しても従来勤めていた会社で働き続ける仕組みを作ろうという動きも出てきた。
障害者職業総合センター(千葉市)が2009年、若年性認知症の人の就労に関し、家族会の協力を得て調査を行った。57人について調べたが、その時点で本人が働いていたのは1人だけだった。
認知症と診断された時点についても、「以前と同様の仕事を継続していた」という人が28%を占めた一方、「仕事はすでに辞めた」とした人も26%いた。退職理由は「希望退職」31%、「会社の勧め」13%、「解雇」21%と、極めて厳しい実態が浮き彫りになった。
国が08年に発表した若年性認知症対策では、職場に付き添って障害者と企業の双方をサポートする、地域障害者職業センターの「ジョブコーチ」を活用するほか、障害者雇用の枠内で働くなどの方法が盛り込まれた。
しかし、同センターを利用した若年性認知症の人は08年までの10年間でわずか22人。調査に当たった研究員の田谷勝夫さんは「若年性認知症との診断を受けてセンターを訪れた時には、症状が進み、仕事を続けることが難しくなっている場合が多い」という。
東京都認知症対策推進会議若年性認知症支援部会は今春出した報告書で、従来の職場で、症状に合わせ、その時々の能力に応じて働き、同時に、離職への準備を進める「ソフトランディング(軟着陸)」を目指すのが望ましいと提言した。部会長を務めた和光病院(埼玉県)の斎藤正彦院長は「まずは早期発見できる体制を整備すること。そして、仕事を続けるにあたって、産業医や人事担当者とうまく連携できるよう、理解を深めてもらうことが不可欠だ」と指摘する。
家計手助けも急務 退職し、仕事で家計を支えることができなくなった場合に経済的に支援する制度の充実も急務だ。現在、症状に応じて障害年金を受給できるが、発症者は自宅のローンや子どもの養育費などの負担が大きい年代だけに、年金だけでは賄えず、困窮に陥るケースも目立つ。
国際医療福祉大の小野寺敦志准教授は「若年性認知症になった時点で、住宅ローンを借りた人が加入する『団体信用生命保険』の高度障害認定が適用されて、ローンの残債務が弁済されるように保険業界が検討するなど、生活費を確保するための仕組みを整えるべきだ」と指摘している。
(2010年11月9日 読売新聞)
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