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北田生目八幡さん伝説!!
1832年黒木町串毛に阿久根善右ヱ門という若者がいました。母の里である北山中川原で大工となり、建築や彫刻で生計を立てて妻子とともに幸せな生活を送っていました。
ところが、長男が7歳のとき、眼病を患いました。あらゆる医療を施しても治りませんでした。
思い余った善右ヱ門は日向宮崎郡生目村(宮崎市)の八幡様に詣り、帰郷後、飛形山中の岩石に座し生目八幡宮に向かい長男の快癒を祈願しました。
すると、不思議なことに7日7夜の祈願が終わると共にその眼病は治りました。
そのお礼に善右ヱ門は八幡宮の分神を願い飛形山の岩石に仏像を刻み祀りました。その後、明治8年3月、善右ヱ門を願主として小路地区名でお籠り堂を建立しました。それが、現在の北田生目八幡宮の由来だそうです。
へぇ〜。知らなかった。前からあの近くの谷を「生目谷(いきめだに)」って言うんだけど、これが由来なんですね。驚きました。でも考えてみると祀られてる仏像が確かに宮崎の方角を見ているのもそういうことなんですね。
でも、何より子ども思いの良い話ですね。親の愛情が深く感じられました。
働きすぎて目にキテイルお母さんやお父さん。一度参りにいかれたらどうですか?
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