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徳を積む
老子曰く
人は天地の気中に生きる
動作嘆息皆な天地に応ず
暗マイと言う無かれ
神我が形を見る、小語と言う無かれ
鬼我が声を聞く、
人、陽善を為せば、人自ら之に報い
人、陰善を為せば、鬼神これに報いる
人、陽悪を為せば、人これ治め
人、陰悪を為せば、鬼神之を治める
故に天、人を欺かず 之に示すに影を以てす。
地、人を欺かず、之を示すに響を以てす。
善を為すも悪を為すも、天皆之を鑑む。
禁を犯すこと千に満つれば地その形を収む。
人、修善積徳ありてしかも凶禍に遭うは先世の影響なり。
悪を為し禁を犯してしかも幸福に遭うは先世の餘福なり。
故に善人の行動は時日を選ばず。
凶中に至りて凶中の吉を得、悪中に入りて悪中の善を得
悪人の行動は時日を選ぶも
吉中に至りて返って吉中の凶を得、善中に入りて返って善中の悪を得。
之皆自然の符なり
上の言葉は、宮地水位先生が残された言葉です。意味は、明らかな良い事を行った時は
人々が報い、誰にも知られない良い行いは神霊が報いる。
人間の行動は、一息一挙手一投足まで、神霊がご覧になっておられ、全て記録に残っており
帰幽後、心の状態、その行いによってふさわしい世界に行く判定材料にもなります。
我々人間は、生きている間に良きことを行い徳を積んで、より高き存在になるために修行しているのです。
神道の他に仏教、ヒンズー教、キリスト教、イスラム教、その他いろいろな宗教がありますが
良き教えは、人々をより高い存在へと導きます。人間は元々徳を積めば高き存在になるように出来ています。
最高到達点は宗教によって違って来ますが、信じる神によっても違ってくるでしょう。
また、仕事、芸術等によっても極めて行けば高き存在になるのです。
水位先生は「入り口は違えども登る山の頂点は1つ」という言葉を残しておられます。
宮地水位先生が残された「異境備忘録」の中では、
神集嶽と呼ばれる最高神界に天照大御神を始めとした、天神が住まわれそこの世界の管理を
清心小童君少彦名尊が務められ、宮地水位先生もその場所に住まわれているらしいです。
人間の運命は、毎年少彦名尊が霊鏡台の前で10月から11月にかけて決めていかれます。
判断基準として普段の行動を一人ひとりつぶさに見られて判断されるそうです。そのときを
大使命節として、信者は祈りながら、心穏やかに過ごします。
ご挨拶
病気療養でブログを休んでおりましたが、少しづつ治ってきましたので
ブログも少しづつ書いていこうかなと思っております。
よろしくお願いします。
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