神社と神道

神道の基本は古事記、古事記を読みましょう

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髭の殿下こと、三笠宮寛仁親王様が 薨去されました。
謹んでご冥福を心からお祈り申し上げます。
 

古神道家 友清歓真

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友清歓真(本名 友清九吾)

神道天行居の創設者1888年10月9日山口県に生まれる。
一時大本教の教団関係者となり「神霊界」の編集を行っていたが、思うところあって大本教を飛び出し独自の道を歩み始めた。後にその存在していた大本教を辛辣な言葉で散々に攻撃し自身の正当性を訴えていた。神道天行居の柱として宮地水位の神仙道を取り入れさらに本田親徳の霊学を取り入れ、堀天竜斎より太古神法(これは友清氏が勝手に名付けた物)を授けられる。これらの教えを3本柱として山口県田布施町に教団本部を構えた。ここで三島由紀夫に関する有名な逸話がある。友清歓真が著した「霊学筌蹄」について三島由起夫がこれについて話を伺いたいと手紙を出したがついに実現されなかった。が三島由紀夫は著作「英霊の声」で参考にしたといわれている。

神道天行居は修齋会を通じて神法を伝授希望の一般人に対し、伝授を行った。もしこの道に入るならば「友清歓真全集」は必読の書であり、その内容は神法の修行方法から、心の持ち方から丁寧に解説してある。それまでの霊学書は漢文であり一般人がそれを読解するのには一苦労であった。宮地水位先師の文書も全てが漢文であり一般人が読むのはとても骨が折れ大変でありそれを分かりやすく解説した部分もかなり見受けられる。ただ気をつけなければならないのは、本の内容を鵜呑みにしないことが重要であり自分にあった部分を取り入れて不必要である部分は捨てる取捨選択を行う必要があるので、難しい部分も出てきます。霊に関する基本的なことは「霊学筌蹄」「天行林」を繰り返し読めば解ってきますので「友清歓真全集」のなかでも何回もよく読むべき場所です。このブログで紹介している「十言のかじり」や宮地水位著「異境備忘録」を世に初めて紹介したのは友清歓真です。

友清氏の本を読む場合は幾分か気をつけて読む部分も出てきます。例えば鎮魂法で石に鎮魂を行う方法が出てきますが行わない方がいいです。また磐城山を地の万霊神集岳としていますがこれも気をつけるべき事です。友清氏が世に紹介している神法の中で白眉なのは音霊法です。これは音を聞くだけの簡単な鎮魂法ですが、時間と場所を選ばず邪な物にも邪魔されない、更にわき起こる心の揺らぎもそのままにしておいても良いという物で効果も根気よく続けていれば、びっくりすることも出てきます。雨音や時計の音水の流れる音をただ聞くだけの方法で鎮魂できることはすばらしいことだと思います。HPで友清氏を紹介している他の文を見てみますと、宮地水位先師が伝えた神仙道と本田親徳の霊学、堀天竜齋氏が伝えた太古神法を融合させたと紹介してる物も見受けられますが実際はそれぞれを用いているだけで融合はできません。

また友清氏は、神法を集めるに当たってはいろいろと噂の上るような方法で集めていたことが伝わっています。例えば本田親徳が隠し持っていた本の内容を知るために、知りたいと訴えたがついに許可が下りず千里眼の能力を持った超能力者の助けを得てその本の内容を知ったとか、後に千里眼の能力を持つ人物は目がつぶれたそうです。というように、怪しい部分もあるので嫌う人も多いのも事実ですが、それはそれとして「霊学筌蹄」「天行林」までも捨ててしまうにはあまりにも惜しい内容です。、友清歓真の著した書物をこれから読み進むに当たって、全部を鵜呑みにするのではなく気をつけるべき部分を押さえておけばその他に例を見ない内容です。

友清歓真全集は八幡書店(文字が大きくて読みやすい)で入手できますが
東京の鴨書店(岩城山出版は文字が小さく読みにくい)でも新品を入手できます。
古本屋でも入手できます。もし興味がありましたら探してみてください。

宮地水位 大人

宮地水位大人

本名は堅磐(かきわ)嘉永5年11月8日(1852年12月18日)〜明治38年3月2日(1904

年3月2日)今の高知県に生まれる。潮江天満宮の神職。平田篤胤大人以来の傑出した人物で、その代表

作「異境備忘録」により、神界や異界の詳細な事が明らかになり中国の仙道とは一線を画した「宮地神仙

道」の祖である。その仙道の大本は少童君(少彦名大神)より直接教えを受け、中国では見られない部分

も多々ある。残念ながらその資料の多くは、戦火に焼かれ失われた物も少なくない。宮地家の跡取りも途

絶え神仙道の火は消えたかに見えるけれども、幾つかの団体が今も伝えているようです。

水位大人は、博学にして道書をいくつも読破され、まともな物はあまりないことも喝破されています。ま

た密教を深く勉強もされておりその勉強熱心さには頭が下がる思いです。亡くなる前の約5年間は、神界

のことを漏らした罪により病床に伏せっておられましたがそれでも我ら後世の人間にとてつもない財産を

残してくれました。是も神界の掟とお計らいによる物だと思います。

今でも水位大人を師仙と仰ぎ神仙道を修行なさっておられる方も居るようです、

 「異教備忘録」は古本屋に行けば容易に見つけられる本ではないけれど、大きな本屋に行けば時たまに

飾ってあるのを見かけます。私が持っているのは類別 異境備忘録 山雅房 宮地水位 新本 菊判 平成九

年 五千円です。是非とも一読お勧めします。

平田篤胤 大人

出羽国秋田佐竹藩の藩士の子として生まれる。幼少、浅見絅斎の流れを汲む中山青我に漢籍を学び、

国学を修めて古道研究の端を開いた。二十歳のとき江戸に出て苦学し、二五歳のとき備中松山藩士

平田篤穏の養子となって藩主板倉家に仕える。本居宣長に入門せんとするも宣長没により果たせず。

三三歳のとき神祇伯白川家より神道教授、吉田家より学師の職を受ける。幕末、篤胤学は尊皇攘夷

運動の一支柱となり、その影響は地方豪農層にまで広く及んだ。

『古道大意』『古史伝』『霊能真柱』等千巻に近い著作がある。

篤胤は自らの学問を古道学ないしは皇国学と称した。古道とは、彼によれば「古へ儒仏の道いまだ

御国へ渡り来らざる以前の純粋なる古への意と古の言とを以て、天地の初めよりの事実をすなほに説考

へ、その事実の上に真の道の具わってある事を明らむる学問である故に、古道学と申すでござる」(古

道大意、上)「一体真の道と申す者、実事の上に備はり有る者にて候を、世の学者■は兎角、教訓の書な

らでは道は知り得難き様に心得候へ共、甚誤りに候。其故は実事が有れば教は入らず、道の実無き故に

教は起候也。されば教訓と申す者は実事より早き者にて候」(文政三年、古道学大旨)

篤胤大人の特筆すべきは、頭でっかちに終わらず、有名な仙童虎吉の「仙境異境」を著し実際に異界を

経験してきた事実を注意深く観察している。また、神仙道を自ら実践し古道=神仙道であることも喝破

し得た部分も非常に優れたる人物であった。

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