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神道の基本は古事記、古事記を読みましょう

古事記

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古事記を読む

古事記を読む事によって何が解るか

この世のはじまりから、現在の日本に繋がる源流が記されております。

・どのような神々が居て、どのような御働きを成されたか
・なぜ天皇が尊しなのか
等が順を追って、日本神話として編集されております。
 
まず古事記を読むにあたっては、日本神話の意味を知る事も大事ですので、出来れば何回でも読み直して
ください。 また神々が悩み悲しみ愛している姿を描写しておりますので、身近に感じながら読むのも大事なことかなと思います。

実際の神々も我々人間と同じように、食事をされ、愛し合い、話し合われておられます。こっちの世界は神々の世界の写しですので、神々の世界で起こった事は、後に成って人間界に起こる事もあるそうです。

古事記を読み進めていく事は、みなさんが神道を勉強して行く上で、また後々新興宗教に騙されたりしないようにする為にも重要な事です。天照大御神、大国主命、産土大神を最初に拝まない神道系の宗教はまず辞めた方がいいでしょう。またやたら奇跡や、拝んであげますよというのも辞めた方が無難です。天皇、天皇家の繁栄、日本国の繁栄を祈らない団体も避けた方がいいでしょう。

基本的に宗教団体に入る必要はありませんので、自分のペースと信仰で進めて行っていいのです。
自分で進めて行くのはいいのですが、やはり心の柱が必要になって来ますので、それを「古事記」を何回も読む事によって、しっかりとした神道の心の柱を建てて、行けば何かと心も強くなると思います。
 
ここで心の柱とは、神を信じる心、自分自身の揺ぎ無い神への思いの事を、指します。
このような時代ですからこそ「古事記」を読んで神々を心に刻んで行けばきっと強い見方に成ると思います。焦らずゆっくりと進めて行く事を御薦めします。

大国主神

1 稲羽の素兎
故、この大国主神の兄弟、八十神坐しき。然れども皆国は大国主神に去りき(国を大国主神に譲り身を引いた)。去りし所以は、その八十神、各々稲羽の八上比雌を婚(よば)はむ心ありて、共に稲羽に行きしとき、大穴牟遅(おおあなむち)神に袋を負わせ、従者として率いて行きき。ここに気多の前に至りし時、裸の兎伏せりき。ここに八十神、その兎にいひしく「汝せむは、この潮を浴み、風の吹くに当たりて、高山の尾の上に伏せれ」といひき。故、その兎、八十神の教えに従ひて伏しき。

ここにその塩乾く随に、その身の皮悉くに風に吹きさかえき(皮にひびが入った)。故、痛み苦しみて泣き伏せれば、最後に来たりし大穴牟遅神(大国主神)その兎を見て、「何故も汝は泣き伏せる」と言ひしに、兎答へ言ししく、「吾隠岐の島にありて、この地に渡らむとすれども、渡らむ因無し(渡る術がない)故、海の鮫を欺きて言ひしく[吾と汝と競べて、族の多き少なきを数へてむ。故、汝はその族の有りの随に、悉くに率いてきて、この島より気多の前まで皆なみ伏し渡れ。ここに吾その上を踏みて、走りつつ読みわたらむ、ここに吾が族といずれが多きかを知らむ]と言ひき。かくいひしかば、欺かえて並び伏せりし時、吾その上踏み来て、今地に 下りむとせし時、吾言ひしく[汝は吾に欺かえる(貴方は私に騙されたのだ)]と言ひおはる即ち、最後に伏せりし鮫、吾を捕らえて悉くに吾が衣服を剥ぎき。これによりて泣き思ひしかば、先に行きし八十神の命もちて、[海塩を浴み、風に当たりて伏せれ]と教へのりき。故、教への如くせしかば、我が身悉く傷はえつ(肌にひびが入った)」とまをしき。ここに大穴牟遅神(大国主神)その兎に教へのりたまひしく「今速やかにこの水門に行き、水をもちて汝が身を洗ひて、すなはちその水門の蒲の花を取りて、敷き散らして、その上に、こいころべば(寝返りして転べば)汝が身本の肌の如く、必ずいえむ」とのりたまひき。故、教えの如くせしに、その身本の如くになりき。これ稲羽の素兎(しろうさぎ)なり。今に兎神といふ。故、その兎、大穴牟遅神にもうししく「この八十神は、必ず八上比雌を得じ(得ることが出来ない)袋を負へども、汝命獲たまはむ(得るであろう)」とまをしき。

2 八十神の迫害
ここに八上比雌、八十神に答へて言ひしく、「吾は汝等の言聞かじ。大穴牟遅神に嫁(か)はむ」といひき。故ここに八十神怒りて、大穴牟遅神を殺さむと共に謀りて、ハハスの国の手間の山本に至りて云ひしく「赤き猪この山にあり。故、われ共に追ひ下しなば、汝待ち取れ。もし待ち取らずは、必ず汝を殺さむ」といひて、火をもちて猪に似たる大石を焼きて、まろばし(ころがし)落しき。ここに追ひ下ろすを取る時、すなはちその石に焼きつかえて死にき。ここにその御祖の命(母)泣き患(うれ)ひて、天に参上りて、神産巣日之命にまをしし時、すなはちマキカイ比雌、ウムス比雌とを遣はして、作り活かさしめたまひき。ここにマキカイ比雌、ささげ集めて、ウムス比雌、待ち受けて、母の乳汁を塗りしかば、麗しき男に成りて、出て遊びき。

3 根の国訪問
ここに八十神見て、また欺きて山に率て入りて、大樹を切り伏せ、ひめ矢(くさび)をその樹に打ち立て、その中に入らしむる即ち、その氷目矢を打ち放ちて、打ち殺しき。ここにまた、その御祖の命(母)泣きつつ求めば見得て、すなはちその木を折りて取り出し活かして、その子に告げて言ひしく「汝、此処にあらば、遂に八十神のために滅ぼさえなむ」といひて、すなはち木国の大家毘古(おおやびこの)神の御許にたがへやりき(八十神を避けて逃げた)、ここに八十神嗅ぎ追ひ至りて、矢刺しこふ時に(弓に矢を引いて大穴牟遅神を出せと言う時)木の俣よりくき逃がしてのりたまひしく、「須佐之男命坐します根の堅州国に参向ふべし。必ずその大神、謀りたまひなむ」とのりたまひき。故のりたまひし命の随に、須佐之男命の御所に参至れば、その娘須勢理毘雌出で見て、目合して、相婚ひたまひて、帰り入りて、その父にまをししく「いと麗しき神きましつ」とまをしき。ここにその大神出で見て「こは葦原色許男といふぞ」とのりたまひて、すなはち呼び入れて、その蛇の室に寝したまひき。ここにその妻須勢理毘雌命、蛇のヒレをその夫に投げてのりたまひしく、「その蛇くはむとせば、このヒレを三度ふりて打ちはらひたまへ」とのりたまひき。故、教への如せしかば、蛇自ずから静まりき。故、安く寝て出でたまひき。
また来る日の夜はムカデと蜂との室に入れたまひしを、またムカデ蜂のヒレを授けて、先の如く教へたまひき、故、安く出でたまひき。また鳴鏑(音の出る矢)を大野の中に射入れてその矢を取らしめたまひき、故、その野に入りし時、すなはち火をもちてその野を焼きき。ここに出でむ所を知らざる間に、鼠来ていひらけく「内はほらほら、外はすぶすぶ」といひき。かく言へる故に、其処を踏みしかば、落ちて隠り入りし間に火は焼け過ぎき。ここにその鳴鏑をくひ持ちて、出で来て奉りき。その矢の羽は、その鼠の子供ら皆くひつ。

 ここにその妻須勢理毘雌は喪具を持ちて、泣きてき、その父の大神は、既に死りぬと思ひてその野に出で立ちたまひき。ここにその矢を持ちて奉りし時、家に率いて入りて、八田間の大室に呼び入れて、その頭の虱を捕らしめたまひき。故ここにその顔見ればムカデ多なりき。ここにその妻、椋の木の皮と赤土とを取りて、その夫に授けつ。故に、その木の皮をくひ破り、赤土を含みて唾き出したまへば、その大神呉公をくひ破りてはき出すとおもほして、心に愛しく思ひて寝ましき。ここにその神の髪を取りて、その室のタルキ毎に結ひつけて、五百引き(500人で引くような)の岩をその室の戸に取りたへて(塞いで)その妻須勢理毘雌を負ひて、すなはちその大神(須佐之男命)の生太刀(いくたち)と生弓矢と、またその天の詞琴(のりこと)を取りもちて逃げ出でますとき、その天の詞琴樹に触れて地動き鳴りき。故、その寝ませる大神、聞きて驚きて、その室を引きたふしたまひき。然れども棒に結ひし髪を解かす間に、遠く逃げたまひき。

故ここに黄泉比良坂に追ひ至りて、遙かにみさけて、大穴牟遅神を呼ばひて言ひしく「その汝が持てる生太刀・生弓矢をもちて、汝が実兄弟をば、坂の御尾に追い伏せ、また河の瀬に追い払ひて、おれ(お前)大国主神となり、また宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)となりて、その吾が娘須勢理比雌を嫡妻(正妻)として、宇迦の山の山本に、底つ岩根に宮柱ふとしり、高天の原に氷樹(ひき)たかしりて居れ、この奴」といひき。

故、その太刀、弓をもちて、その八十神を追ひさくるときに、坂の御尾毎に追ひ伏せ、河の瀬毎に追ひはらひて、始めて国をつくりたまひき。故、その八上比雌は、先の契りの如く、みとあたはしつ(結婚した)。故、その八上比雌をば率いて来ましつれども、その嫡妻須勢理比雌を畏みて、その生める子をば、樹の又に刺し挟みて返りき。故、その子を名付けて木俣神と言い、又の名を御井(みいの)神といふ。

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今回は大国主神の部分を載せました。艱難辛苦に耐えた大国主神が最後に国を作ると言う場面です。今の苦しき時代に大国主神が耐え抜いて最後に勝利を掴むというのを思えば何か力がわいてくるような感じもします。

6、須佐之男命の大蛇退治
故、やらはえて(追放されて)、出雲国の肥(ひ)の川上、名は鳥髪(鳥取県)といふ地に降りたまひき。この時箸その河より流れ下りき、ここに須佐之男命、人その河上にありと思ほして、訪ね求めて上りゆきたまへば、翁と老女の二人有りて、乙女を中におきて泣けり。ここに「汝等(なんじら)は誰ぞ」と問ひたまひき。故、その翁答へまをししく、「僕(あれ)は国津神、大山津見之神(おおやまつみのかみ)の子ぞ。僕が名は足名稚(あしなづち)と言い、妻は手名稚(てなづち)と言ひ、娘の名は櫛名田比雌(くしなだひめ)と言ふ。」とまをしき。また「汝が泣く由(ゆえ)は何ぞ」と問ひたまへば、答へまをししく、「我が娘は、元より八乙女ありしを、この高志の八岐の大蛇、年毎に来て食らへり。今そが来べき時なり、故、泣く」とまをしき。ここに「その形は如何」と問ひたまへば、答へてまをししく「その目は赤かかちの如くして、身一つに八頭八尾あり。またその身に苔(こけ)とひすぎ(檜杉)を生ひ、その長は谷八谷峡八尾に渡りて(八つの谷、丘をまたがって)、その腹を見れば、悉くに常に血爛れつ」とまをしき。

ここに速須佐之男命、その翁にのりたまひしく「この汝が娘をば吾に奉らむや」とのりたまひしに「恐(かしこ)けれども御名を知らず」と答へまをしき。ここに答へまをしく「吾は天照大御神の同母弟(いろせ)なり、故今天より下りましつ」とのりたまひき。ここに足名稚手名稚神、「然まさは恐(かしこ)し、立奉らむ」とまをしき。ここに速須佐之男命すなはち湯津爪櫛(ゆつつまぐし)にその乙女を取り成して(変装して)御角髪に刺して、その足名稚手名稚神にのりたまひしく
「汝等は、八しほおりの酒を噛み(強い酒を造り)また垣をを作りもとほし、その垣に八門を作り、門毎に八さずきを結ひ、そのさずき毎に酒船を置きて、船毎にその八しほおりの酒を盛りて待てよ」とのりたまひき。故つくりたまひし随に、かく設け備へて待ちし時、その八岐大蛇、信に言ひしが如き来つ。すなわち船毎に己が頭を垂れ入れて、その酒を飲みき。ここに飲み酔ひて留まり伏し寝き。ここに速須佐之男命、そのはかせる十拳剣(とつかのつるぎ)を抜きて、その大蛇を切り散りたまひしかば、肥の河血に成りて流れき。故、その中の尾を切りたまひし時、御刀の刃欠けき。ここに怪しと思ほして、御刀の前をもちて刺しさきてみたまへば、つむがりの太刀ありき。故、この太刀を取りて、怪しき物と思ほして、天照大御神に申し上げたまひき。こは草薙の太刀なり。

故ここをもちてその速須佐之男命、宮造作るべき地を出雲国に求(ま)ぎたまひき。ここに須賀の地に至りましてのりたまひしく「吾此処に来て、我が御心すがすがし」とのりたまひて、其処に宮を造りて坐しき。故に其処をば今は須賀と云ふ。この大神初めて須賀に宮を作りたまひし時、その地より雲立ちのぼりき。ここに御歌を詠みたまひき

 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠(つまこ)みに 八重垣作る その八重垣を

ここにその足名稚神をよびて「汝は我が宮の首任(おびとた)れ」とのりたまひ、また名を負わせて稲田宮主須賀之八耳神(いなだみやぬしすがのやつみみのかみ)と名付けたまひき。

故、その櫛名田比雌をもちて、くみどに起こして、生める神の名は八島土怒美神(やしまどぬみのかみ)といふ。また大山津見神の娘、名は神大市比雌(かむおおいちひめ)をめとして生める子は、大歳神(おおとしがみ)。次に宇賀之御魂神(うかのみたまのかみ)兄八島土怒美神、大山津見神の娘名は木花知流比雌(このはなちるひめ)を娶して生める子は、布波能母涯久奴須奴神(ふはのもぢくぬすのかみ)この神於迦美神(おかみのかみ)の娘、名は日河比雌(ひかわひめ)を娶って生める子は深淵之水夜豊花神(ふかぶちのみずやはなのかみ)この神、天之都度閇知泥神(あめのつどへちねのかみ)を娶って生める子は、於美豆怒神(おみぬづのかみ)この神、布怒豆怒神(ふぬづのかみ)の娘、名は布帝耳神(ふてみみのかみ)を娶して生める子は、天之冬衣神(あめのふゆぬのかみ)。この神、刺国大神の娘、名は刺国若比雌(さしくにわかひめ)を娶して生める子は
大国主神。
又の名は大穴牟遅神(おおなむちのかみ)
又の名を葦原色許男神(あしはらしこおのかみ)
又の名を八千矛神(やちほこのかみ)
又の名を宇都志国魂神(うつしくにたまのかみ)と云い
併せて五つの名あり。

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今回は須佐之男命が窮地を救い英雄になる様を描写している部分を載せました。この古事記には出てきてはないのですが、皆さんが大祓の時に潜る茅輪にかんして面白い逸話が残っています。

天の岩戸事件で高天の原を追放され各地を放浪している時に、一夜の宿を請いに裕福そうな家に訪ねていったが、速須佐男之命はみすぼらしい姿でありどこかに行ってしまえと追い払われて今度は、貧乏な家に一夜の宿を請い、「汚いところですが、お困りでしょう。お泊まりください」と優しく勧められ一夜の宿を頼むことにしました。
 翌朝、食事もみすぼらしい物であったが、「何も無いですがどうぞ」と勧められ朝食ももらいその家を立ち去る時に「もし災難が来れば茅で輪を作り外に出しておけば避けられる」と言い残しその場を立ち去った。果たして程なくその村に流行病が起こり、その村人は「芽の輪」を作り家の外に飾っておいたら、他の家は病気で滅んでしまったが、
「芽の輪」を飾っていた家は何も起きなかった。

大歳神(おおとしがみ)様が登場しておりますが、この神は正月の松の内に(1月1日〜1月7日)各家庭を訪問し福を授ける役目をなさいます。本来門松を立てるのはこの神を迎えるためです。

ここで舞台となる八重垣神社にも参拝しました。神社には櫛名田姫命の美しき御肖像が残っており、本当に美しいとほれぼれしました。また、神社の離れたところに池がありますがそこも幻想的な雰囲気でとても良かったです

最後に大国主命が登場しました。次はこの大国主命、少彦名命の話になります。

天の岩屋戸

4 天の岩屋戸
 故ここに天照大御神見かしこみて、天の岩屋戸を開きてさし籠りましき。ここに高天の原暗く、葦原中津国(あしはらなかつくに)悉(ことごと)くに暗し。これにより常夜往きき(夜ばかりで昼がない)。ここに萬の神の声は、さ蠅なす満ち、萬の妖(わざわひ)悉くに起こりき。ここをもちて八百万の神、天の安の河原に神集ひ集ひて、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)の子、思金神(おもひかねのかみ)におもはしめて、

常世の長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かしめて、
天の安の河の川上の天の堅岩(かたしわ)を取り、
天の金山のまがねを取りて、カネチアマツマラをまきて、
伊斯許理度女命(いしこりどめのみこと)に科(おほ)せて鏡を作らしめ、
玉組命(たまのそのみこと)に科せて、八尺の勾玉(やさかのまがたま)の五百個の御統(みすまる)の珠を作らしめて、
天児屋命(あめのこやね)、布刀玉命(ふとたま)を召して、天の香具山の真男鹿(まおしか)の肩を内抜きに抜きて(肩の骨を丸抜きにして)、占いまかなはしめて、
天の香山の五百個、真賢木(まさかき)を根こじにこじて(枝葉の茂った木を根のまま堀取って)
上枝に八尺の勾玉の御統(みすまる)の珠をとりつけ、
中枝に八尺鏡を取り掛け
下枝に白和幣(しろにきて)、青和幣を取りしでて、

この種々の物は、布刀玉命、大御幣(おおみてぐら)と取り持ちて、天児屋命、太祝詞(ふとのりと)言ほぎまをして、天手力男神(あめのてぢからおのかみ)、戸の脇に隠り立ちて天宇受雌之命(あめうずめの)、天の香山の小竹葉(ささはを)を手草に結いて、天の岩屋戸にウケ伏せて(空っぽの入れ物をうつぶせにして)踏み轟こし、神懸かりして、胸乳をかき出で、も紐をほとに押し垂れき。ここに高天の原、動(とよ)みて、八百万の神共に笑ひき。

 ここに天照大御神、怪しと思はして、天の岩屋戸を細めに開きて、内よりのりたまひしく「吾が隠りますによりて、天の原自ずから暗く、また葦原中津国も皆闇けむと思ふを、何故にか、天宇受雌は遊びをし、また八百万の神も諸々笑へる」とのりたまひき。ここに天宇受雌まをしして、「汝命に益して貴き神坐す。故、歓喜び笑ひ遊ぶぞ」とまをしき。かく言う間に、天児屋命、布刀玉命、その鏡を指しい出して、天照大御神に示せ奉る時に、天照大御神、いよいよ怪しと思ほして、さや戸より出でて臨みます時に、その隠り立てりし天手力男神、その御手を取りて引き出す即ち、布刀玉命、尻くめ縄をその御後方に引き渡してもうししく、「これより内にな還り入りそ(岩屋に還らないでください)」とまをしき。故、天照大御神出でましし時、高天の原も葦原中津国も自ずから照り明りき。
 ここに八百万の神共に謀りて、速須佐之男命に千位(ちくら)の置戸(おきと)を負(おほ)せ、また髭を切り、手足の爪も抜かしめて、神遂らひ遂らひき(追い払われた)。

5 五穀の起源
また食物を大気津比雌神(おおげつひめのかみ)に乞ひき、ここに大気津比雌神、口鼻また尻より、種々のためつものを取り出して、種々作り供えてたてまつるときに、速須佐男之命、その仕業を立ち伺(うかか)ひて、穢(けが)してたてまつるとおもひて、すなはちその大気津比雌神を殺しき。故、殺されし神の身に成れる物は、頭に蚕(かいこ)成り、二つの目に稲穂成り、二つの耳に粟成り、鼻に小豆成り、ほとに麦成り、尻に大豆なりき、故ここに神産巣日の御粗命(かみむすひのみおやのみこと)、これを取らしめて、種と成りしき。

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誰もが皆さんご存じの天の岩戸開きの場面です。ここでは須佐男之命が行った乱暴狼藉に天照大御神が天の岩屋にお隠れになり、八百万の神が集まって再び天照大御神に出てきていただくために様々工夫を凝らすところが描写されています。

ここで神道でも重要な鎮魂を司る神天宇受雌之命が出てきて重要な働きをされます。またここまでは須佐之男命は悪神としてその振る舞いは乱暴狼藉ですが後に八岐大蛇を退治する英雄に変わります。ただの悪神ではなく善神として奉るのが神道的には行われています。

次は速須佐之男命の八岐大蛇退治の場面です。

天照大御神と須佐之男命

1 須佐之男命の昇天
故ここに速須佐之男命言ひしく、「然らば天照大御神にまをして籠らむ」といひて、すなはち天に参上(まいのぼ)る時、山川悉くに動き、国土皆震(ゆ)りき。ここに天照大御神聞き驚きてのりたまひしく、「我が汝弟の命の上り来る由は、必ず善き心ならじ。我が国を奪はむと欲(おも)ふこそあれ。」とのりたまひて、すなわち
 御髪を解きて、
 御角髪(みみづち)に巻きて、すなわち左右の御角髪にもまた御髪にも、また左右の御手にも、各々(おのおの)八尺(やさか)の勾玉の五百個の御統(みすまる)の珠を巻き持ちて、背には千入りのゆぎを負い、ひらには(男装して)五〇〇入りのゆぎを附け、またいつのたかともを取りおはして弓腹振り立てて、堅庭(かたいじめん)は向股(むかもも)にふみなづき(股まで踏み入れ)、淡雪如く踏み散らかして、いづの男建踏(おたけふ)み建びて待ち問ひたまひしく、「何故上(なにゆえのぼ)り来つる」と、とひたまひき。ここに速須佐之男命、答へまをししく、「僕はきたなき心無し。ただ伊邪那岐大御神の命もちて、僕が泣きいさちる事を問いたまへり、故に もうしつらく[僕は母の国にゆかむと思ひて泣くなり]とまをしつ。ここに大御神[汝はこの国に在るべからず]とのりたまひて、神やらひにやらひたまへり。故にまかりゆかむ状をまをさむと思ひてこそ参上(まいのぼ)りつれ。異心無し」とまをしき。ここに天照大御神のりたまひしく、「然らば汝の心の清くあかきは如何にして知らむ」とのりたまひき。ここに速須佐男之命答へてもうししく「各誓(うけ)ひて子産まむ」とまをしき。

2 天の安の河の誓約
 ゆえここに各天の安の河を中に置きて、誓(うけ)ふ時に、天照大御神、まづ建速須佐男之命の刷ける十拳剣(とつかのつるぎ)を乞ひ渡して、三段に打ち折りて、ねなとももゆら(珠の音もさわやか)に、天の真名井(まない)に振り濯ぎて、み噛みに噛みて、吹き棄つる気吹きのさ霧に成れる神の御名は、多紀理毘雌命(たぎりびめのみこと)又の名は奥津島比雌命(おきつしまひめみのこと)と言う。次に市寸嶋比雌命(いちきしまひめのみこと)。又の名を佐依毘雌命(さよりびめのみこと)という。次に多岐都比雌命(たぎつひめのみこと)。

速須佐之男命、天照大御神の左の御角髪にまかせる八尺(やさか)の勾玉の五百個の御統(みすまる)の珠を乞ひ渡して、ねなとももゆらに、天の真名井に振り濯ぎて成れる神の名は、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほのみみのみこと)。また右の御角髪にまかせる八尺の勾玉を乞ひ渡して、さ噛みに噛みて、吹き棄つる気吹のさ霧に成れる神の御名は、天之吾卑能命(あめのまひのみこと)また御髪にまかせる珠を乞ひ渡して、さ噛みに噛みて、吹き棄つる気吹きのさ霧に成れる神の御名は、天津日子根命(あまつひこねのみこと)、左の御手にまかせる珠を乞ひ渡して、さ噛みに噛みて、吹き棄つる気吹のさ霧に成れる神の御名は活津日子根命(いくつひこねのみこと)。また右の御手にまかせる珠を乞ひ渡して、さ噛みに噛みて、吹き棄つる気吹のさ霧に成れる神の御名は、熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)。あはせて五柱なり。
ここに天照大御神、速須佐之男命にのりたまひしく、「この後に産まれし五柱の男の子は、物ざね我が物によりて成れり。故、自ら我が子ぞ。先に生まれし三柱の女の子は、物ざね汝が物により成れり、故、すなわち汝が子ぞ」かく語り別けたまひき。
 故にその先に生まれし神、多紀理毘雌命は、宗像の奥津宮に坐す。次に市寸嶋比雌命は、宗像の中津宮に坐す。次に多岐都比雌命は、宗像の邊津宮に坐す。この三柱の神は、宗像君等(むなかたのきみら)のもち拝(いつ)く三前の大神なり。

3 須佐之男命の勝さび
 ここに速須佐男之命、天照大御神にまをししく。、「我が心清く明かし。故、我が生める子は手弱女を得つ。これによりて言(もう)さば、自ら吾勝ちぬ」とまをして、勝ちさびに、天照大御神の築田の畦を放ち、その溝を埋め、またその大嘗(おおにえ)を聞こしめす殿に屎まりちらしき。汝、しかすれども天照大御神は咎めずてのりたまひく「屎なすは、酔ひて吐き散らすおとこそ、我が汝弟(なせ)の命、かくしつらめ。また田の畦を放ち、溝を埋めるは、地をあたらしとこそ、我が汝弟(なせ)の命、かくしつらめ。」とのり直したまへども、なほその悪しき業止まずしてうたてありき(ますます甚だしかった)。天照大御神、忌服屋(いみはたや)に坐して、神御衣(かむみそ)織らしめたまひし時、その服屋の棟を穿ち、天のふち駒を逆剥ぎに剥ぎて落とし入れる時に、天の服織女(はたおりめ)見驚きて、ひにほとをつきて死にき。

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今回は速須佐之男命が、伊邪那岐大神に言われて根の国に向かう途中で、天照大御神に挨拶しに高天原に上り、うけひを行い心が清いと勝ち誇ったが、須佐之男命が高天原で乱暴狼藉を働くところまでです
 速須佐之男命が行った乱暴狼藉は大祓の祝詞の中で天津罪として上げられています。

次回は「天の岩戸」からです。

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