たろうの雑学カフェ・別館

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ミニ雑学

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たった2時間の差で「電話の発明者」になったグラハム・ベルと、「なりそこなった」エリシャ・グレイの話は有名ですね。では、似たようなことが現代の日本で起きた場合、どうなるのでしょう?
ほとんどの国では「先願主義」といって、先に特許申請を行った方が特許権を得ることになっています。日本もこの制度を利用しているので、先に申請したもの勝ちとなります。しかしアメリカの場合、「先発明主義」という形式を取っているため、いつ発明した、という証拠があれば、多少遅れて申請しても、特許権を得ることができます。実は、先述の電話の例はアメリカの出来事であり、もしグレイが先に発明したという証拠さえあれば、特許権はグレイの手に…という可能性もあったわけで、必ずしも「2時間遅れて〜」の話は本当だとは言い切れなかったりします。ただし、ベルが先手を打ったのも事実であり、ウソだとも言い切れません。
でも、日本の場合は「早い者勝ち」なので、特許申請はお早めに。ちなみに申請の場合は特許庁に直接、ではなく、郵便で受け付けており、その消印で判断することになっていますが、現在ではほとんどこの方法は使われておらず、電子申請という方法が主流になっています。
ちなみに例の特許権争いに負けたエリシャ・グレイですが、その失敗にもめげず、のちにファックスの原型となる機械を発明して成功を収めています。

▼ アイデアが浮かんだら、自分で特許権を申請してみよう!

イメージ 1 童謡「赤い靴」にも登場する「異人さんに連れられて行っちゃった子」の話。
主人公は岩崎きみという女の子。母親はかよという名前で、いわゆる未婚の母でした。1905(明治38)年、かよは当時3歳だったきみを連れて、静岡県から函館までやってきます。やがて母親のかよは、ある男性と結婚し、北海道留寿都村の開拓民として移住することになります。しかし、環境の厳しい開拓地へ幼い娘を連れて行けないと考えたかよは、娘の養父と相談の上、当時函館に滞在していたアメリカ人宣教師チャールス・ヒュエット夫妻のもとに預けることにしました。ヒュエット夫妻がアメリカへ帰国する際、不幸にも当時6歳になっていたきみは、当時はまだ不治の病であった結核に冒されていました。夫妻はやむなく東京・麻布永坂の孤児院へ預けることにします。きみは闘病の甲斐もむなしく、1911(明治44)年9月15日、わずか9歳で亡くなってしまいます。
一方、母親のかよ夫妻の方は、留寿都村に入植するも、厳しい自然環境や災害のため、1907(明治40)年に閉鎖、夫妻は札幌へ移住します。彼女の夫である鈴木志郎はそこで北鳴新報に入社し、「赤い靴」の作曲者である野口雨情一家と一つ屋根の下で暮らすことになります。このときかよから聞いた話をもとに、野口は後年『赤い靴』を作詞し、世に出ることとなりました。
母親のかよは、きみがアメリカへ渡航したと信じたままなくなりますが、1973(昭和48)年に、志郎とかよの間に生まれた娘さんが「この歌のモデルは、自分の義理の姉」だということを新聞に投書したことをきっかけに、テレビ局の協力のもと、調査が行われ、きみが9歳でその生涯を閉じていたことが、初めて判明しました。
[写真は北海道・留寿都村にある赤い靴の女の子をモチーフとした「母思像」]

▼ 『赤い靴』など、童謡の歌詞に隠されている謎を追った一冊です

東側諸国と呼ばれていた、旧社会主義国家でよく使われていた暗殺方法。
まず、トイレの便器に電極を用意します。次に暗殺の標的がやって来ます。標的はもちろんオシッコをしに来るわけですが、そこで暗殺者は便器に高圧電流を流します。すると、オシッコを伝わって標的は感電死。
…なんともよく考えたというか、恥ずかしい暗殺のされ方ですね。

※危険なので、良い子と良い大人は絶対マネしないでね。

▼ 歴史上、暗殺された有名人、たくさんいます。良い子と良い大人はマネしないd(ry

竜田揚げ

「から揚げ」と「竜田揚げ」、から揚げは衣に片栗粉と小麦粉、下味ににんにくを使用するのに対し、竜田揚げは衣に片栗粉のみ、下味にしょうゆとみりんベースで揚げたものである。
「竜田」の名前の由来の説の一つとして、在原業平の「千早振る 神代もきかず 龍田川からくれなゐに 水くくるとは」という歌から、揚げた色が紅葉のような色合いになるため、紅葉の名所である竜田川(奈良県を流れ、古くから多くの歌に詠まれていることで有名な川)からネーミングしたというものがある。
また、旧日本海軍の軽巡洋艦「龍田」の司厨長が、唐揚げを作る際に小麦粉が無かったため、かわりに片栗粉を使ってあげたという説もある。
ちなみにこの竜田揚げ、昭和初期にはすでに一般的な料理だったようである。

▼ 竜田川も登場する小倉百人一首、ドラえもんとのび太くんが読み上げてくれます

続・ウサギとカメ

有名なイソップ童話『ウサギとカメ』に続編があるのをご存じですか。
後世さまざまな続編が創作されていますが、坪田譲治・著『日本むかしばなし集2』(新潮文庫)には「カメに負けたウサギ」というタイトルで収録されています。以下その概要。

カメとの競争に負けたウサギは、ウサギ村に帰るなり「恥さらし」として、村から追放されてしまいます。しかし、時を同じくしてこの村ではある一つの問題が起きていました。山に住むオオカミが、腹が減ったので、仔ウサギ3匹を出せと言ってきたのです。
そこで例のウサギは、オオカミを退治するかわりに追放を取り消してほしいとお願いし、単身オオカミのもとへ向かいます。ウサギはオオカミに会うなり「仔ウサギが怖いとダダをこねているから、そこの崖っぷちで後ろを向いて待っていてほしい」と言います。それに(なぜか素直に応じる)オオカミ。その時!例のウサギはオオカミを蹴り飛ばし、崖に突き落として見事退治。かくして、ウサギ村の事件は無事解決し、例のウサギも追放取り消しとなりました、とさ。

▼ …という話が収録されている例の本です


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