たろうの雑学カフェ・別館

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ミニ雑学

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ビタミン豊富な野菜や果物を栽培できない北極圏。そこに住む人々はどのようにビタミン不足を解消しているのでしょう?
カナダからグリーンランドにわたる地域で生活しているカナディアン・イヌイットたちは、「キャビック」と呼ばれる発酵食品を昔から食べてビタミン不足を解消しているそうです。
この食べ物、肉や内臓を取り除いたアザラシのお腹の中に、アバリアス(コウミスズメ)という鳥を、羽根の付いたまま、まるごと40〜50羽ほど詰め込み、糸を縫い合わせ、地面に掘った穴の中に半年ほど埋めておきます。こうして発酵・熟成させた後、地面を掘り起こしてみると、アザラシの方はグシャグシャになっていますが、お腹の中に詰め込んだアバリアスはほぼ原型のままで出てきます。そのアバリアスの肛門に口をつけ、体液をしぼり出すようにして味わい、この地方の人々のビタミン源とするわけです。
…でもいったい、どんな味がするんでしょうね?

▼ 世界経済が広まる中での、イヌイットたちの暮らしぶりを丹念に書き上げた一冊

鉄道連絡船

今や死語の領域と化しつつある「鉄道連絡船」。日本では北海道−青森間の青函トンネル、本州−四国間の瀬戸大橋の開業と共にほとんど姿を消し、今ではJR西日本の宮島航路(宮島口駅−宮島駅間)と南海電鉄の南海フェリー(和歌山港駅−徳島港駅間)を残すのみとなりました。
しかし世界を見渡してみると、ヨーロッパの島国、デンマークでは主要路線としていまだ健在のようです。もっとも、こちらでも橋を架けたり、トンネルを掘ったりして、いずれは廃止となりそうですが。また、ロンドン−ヴェネツィア間を走る「VSOE(ヴェニス・シンプロン・オリエントエクスプレス)」の乗客は、英仏海峡を渡るとき、ユーロトンネルではなく、高速船を利用しています。その他の国でもあちらこちらで運行されており、世界レベルでは鉄道連絡船が全線廃止されるということは、しばらくはなさそうです。
ところで、日本で初めて鉄道連絡船が運航されたのはどこかご存じですか?正解は琵琶湖航路。1882(明治15)年から1889(明治22)年の間、東海道線開業まで暫定的に長浜駅−大津駅間で運航されていました。また1885(明治18)年から1886(明治19)年の短い間、日本鉄道(現・東北本線)利根川橋梁が完成するまで栗橋駅−中田駅間でも運航されていました。
また、日本が朝鮮半島や樺太を領有していたころは、関釜航路(下関−釜山)や稚泊航路(稚内−大泊)なども運航されていました。ちなみに稚泊航路は、冬の結氷期でも運航できるように砕氷船が使われていました。

▼ 日本で鉄道連絡船が各地で運航されていたころの記録

今の沖縄が琉球王国だった時代、読み・書き・そろばんが出来たのはごく一部の限られた特権階級の人々だけだった。これは琉球王府が反乱を起こさせないようにするため、わざと文字を普及させないようにしたからである。ただし、ここでいう「文字」とは、琉球王朝で公式に使用されていた「漢字」のこと(ひらがなが使用される場面もあった)。しかしそうした状況の下であっても、日本最西端の島々、八重山列島周辺では古くから別の文字が使用されていた。
使われていた文字は3種類。日常のコミュニケーションで用いられた「カイダー字」と呼ばれる、象形文字のような文字、屋号を表すのに用いられた「ダーハン」、数字を記録するのに使われ、インカ帝国の「キープ」のようにワラに結び目等を入れて数を記録した「バラ算(藁算)」。
また、沖縄本島の北谷町でも1933(昭和8)年に象形文字が刻まれた石が発見されている。その後も同様の石が北谷町や嘉手納町から11点発見されており「沖縄のロゼッタストーン」と呼ばれている。こちらは琉球王朝成立よりもはるか昔に使用されていた古代文字と考えられている。

▼ 先史時代から現在まで、沖縄の歴史の入門書

ティラミス

北イタリア生まれのチーズケーキの一種。
よくこの言葉はイタリア語で「私を元気付けて」「私を天国へ連れて行って」が語源だ、などとよく言われているが、実際のところはどうなんでしょう。
まず、この言葉はイタリア語である、ということは間違いありません。この言葉を分解すると“tira+mi+su”となり、“tira”は“tirare”(「引っ張る」の意)の命令形、“mi”は「私を」の意、“su”は「〜の上に」という意味の前置詞。直訳すると「私を上に引っ張って」という意味となり、それが転じて「私を励まして」とか「私を元気付けて」という意味となった。その材料に卵やチーズ(マスカルポーネチーズ)、生クリームなど、栄養価の高いものが使われていることから「元気の出るケーキ」という意味を込めてネーミングされたようです。

▼ 札幌発!白いティラミス

日本で視力検査をするとき、Cの字をした環や文字を使いますが、アメリカでもほぼ同じ方法で検査を行います。
ただし視力の表現の仕方は日米で違います。日本では5m離れたところから直径7.5mm、太さ1.5mm円の一部が1.5mm切れている環の、切れている向きを正確に読み取れる視力を「1.0」とし、それを基準として0.1、0.5、1.5、2.0などと視力を測ります。
一方のアメリカでは、直径3分の1インチの円(または文字)を大きさ20として、20フィート離れたところから正しく読み取れたとき「20/20(twenty−twenty)」と表します。これが、日本で言う「1.0」に相当します。これが10の大きさ(20の半分の直径の円)を認識できれば「20/10」で「2.0」、200の大きさの円なら「20/200」で「0.1」という具合になります。
分数を小数に、もしくは小数を分数に直してみると、日米とも同じ数字になりますね。
ちなみに、Cの形をした環を考案したのは、フランスのエドマンド・ランドルトという眼科医で、彼の名をそのまま用いて「ランドルト環」と、1909年にイタリアで行われた国際眼科学会で国際標準指標として採用されました。
なお、視力検査をするときに片目を隠すあのしゃもじみたいな器具、正しくは「遮眼子」というそうです。

▼ どこでも手軽に視力検査。3m離れてご利用ください


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