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			<title>禅膳はぜんぜん。</title>
			<description>ズボラ禅の日々にカマケタ備忘録。禅とカウンセリングにフォーカスしたいが、食膳や住庵、身や心、書読や事業、世事や人事、四書五経や三国志水滸伝、少しはああのこうのと思案したし。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/zenaway</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>禅膳はぜんぜん。</title>
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			<description>ズボラ禅の日々にカマケタ備忘録。禅とカウンセリングにフォーカスしたいが、食膳や住庵、身や心、書読や事業、世事や人事、四書五経や三国志水滸伝、少しはああのこうのと思案したし。</description>
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		<item>
			<title>佐野眞一（０３）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br /&gt;
「鳩山一族、　その金脈と血脈／文春新書」からの続きである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜春子、薫、安子と三代続いた鳩山家の女たちは、植物図鑑に見立てれば、男勝りの春子はどんな樹木よりも堅い樫木に、才色兼備の薫は壁にしっかりまとわりついて生命力を伸ばす蔦に、たけた安子は雪折れしないしなやかな柳に譬えられる。&lt;br /&gt;
　この鳩山家三代の“婦系図”をたどっていくと、鳩山家において、政治家となった夫や息たちよりも、陰で彼らをコントロールしてきた母親や妻たちの方が、ずっと精彩ある存在のように見えてくる。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜要するに鳩山家の人びとには、物語に不可欠な人間としての“底光り感”が欠如しているのである。にもかかわらず、マスコミが鳩山家の“華麗なる一族”ぶりや、由紀夫と幸が同じ美容院に通っているとか、一緒に何を食ったなどというどうでもいい報道に血道をあげているのは、まさしく日本人そのものに“底光り感”がなくなったためであろう。&lt;br /&gt;
　蟹が甲羅に似せて自分の穴を掘るように、底の浅い国民は、自分に見合った底の浅い宰相を選び、だれにもわかりやすいパターン化した物語を紡ぐのである。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜こうして深みも奥行きもない鳩山一族に比べて、保守合同の資金源となった保存経済会を率いた伊藤斗富の生き方には圧倒的な存在感がある。それに加えて、伊藤がたどったその後の人生には、人間としての哀しみが漂っている。＞&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
＜伊藤斗富（ますとみ）は、大正４（１９１５）年３月、父・丁禹甲、母・鄭静尹のあいだに四人兄弟の末子として、日本統治時代の朝鮮釜山で生まれた。父の丁禹甲は近所では知られた漢学者だった。母は、斗富が５歳のとき亡くなった。斗富が、父に連れられて玄界灘を渡ったのは、１２歳のときだった。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、カバン制作、保険の外交員を経て、昭和２３年、東京小岩の三軒長屋の片隅で、庶民金融業を立ち上げる。「１万円出資すれば、５年後には複利で２００万円になる」と宣伝して資金を集めた保全経済会は、朝鮮戦争の勃発で投資した株が高騰し、１５万人、４５億円もの資金を得る。しかし、昭和２８年３月のスターリン死去にともなう株暴落で、破綻する。“昭和の天一坊”と呼ばれて極悪人扱いされ、懲役１０年の実刑判決を受ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この前年、日本初の民放テレビとなる日本テレビに出資して、開局準備金集めに苦慮していた正力松太郎を助ける。また、相互金融法立法化を援助するという条件で三木武吉らに政治資金を提供もした。＜三木らは法制化のメドも立たない新興庶民金融に目をつけて融資を仰ぎ、抜け目なく大金をせしめたことになる＞。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
斗富さんとは血がつながっていない息子さんの伊藤博さんの話である。&lt;br /&gt;
＜裁判がはじまったときから、私たち家族の面倒は児玉誉士夫さんが全部みてくれました。裁判費用も児玉さんが出してくれました。母も働いていなかったので、これは本当に助かりました。児玉さんの秘書の太刀川（現・東京スポーツ会長）さんが、毎月２５日になると、５万円の現金を封筒に入れて、奥沢の家にきちんきちんと届けてくれたんです。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政治家とかいう人種は、一束にして評するのは無謀ではあるが、確率的に言って、佐野の言うように“底光り感”欠如人物が多いか。&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/zenaway/68871365.html</link>
			<pubDate>Fri, 20 May 2016 08:50:40 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
		</item>
		<item>
			<title>佐野眞一（０２）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br /&gt;
佐野眞一（著）、「新忘れられた日本人」、毎日新聞社、2009＞&lt;br /&gt;
佐野眞一（著）、「新忘れられた日本人供≡耽予篶蕾洋藥拭廖⊂学館、20１２＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐野眞一（責任編集）、「宮本常一：旅する民俗学者／KAWADE道の手帖」、河出書房新社、2005＞&lt;br /&gt;
佐野眞一他（著）、「上海時間旅行」、山川出版社、2010＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先ずは、「鳩山一族、　その金脈と血脈／文春新書」からの引用であるが、「はじめ」に以下のようにある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜鳩山家は四代続いて政治家を輩出した名門一族である。そのうち二人までが宰相の座ののぼりつめた。こんな正統派の道を歩んできた政治家一家の例はほかにない。&lt;br /&gt;
　最初に断っておくが、私は新総理になった鳩山由紀夫が掲げる政策にはほとんど関心がない。政策は所詮、頭でこねあげた“大文字”の世界であり、その人物の人となりを表すことはめったにない。そのかわりに私は本書で、その華やかな家系から日本のケネディ家との譬えられる鳩山一族の血脈と金脈をできるだけ詳しく検証し、四代にわたる鳩山一族ひとりひとりのパーソナリティを徹底的に解剖していくつもりである。&lt;br /&gt;
　鳩山民主党の政策をあれこれ云々するより、政治的人間の典型である鳩山ファミリーの知られざる歴史を詳述することを通じて、権力と金、そして女性などに対する人間の宿業的欲望を描く方が数百倍面白いと思うからである。それは人間をありのままに描くというノンフィクションの王道にも通じる。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜明治時代に作家、ジャーナリストとして活躍した黒岩涙香（本名周六）は、明治２６年（１８９２）に「萬朝報（よろずちょうほう）」を創刊し、権力者のスキャンダルを暴露する紙面で、たちまち全国一の発行部数を誇る新聞にのしあげた。・・・　明治３１年７月９日の紙面に、鳩山和夫の畜妾例が、森鴎外の畜妾例などと並べて報じられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
《鳩山和男　是迄数人の妾を置き、書生に逃げられたる事などあり。当時の新橋信楽新道の青柳小浅事鈴木みち（２５）を妾とす。此小浅はかって烏森濱の屋の倅権平の妻たりしが、一昨年離縁され、江戸家の抱えとなりて勤め居る内、鳩山の寵を受け、其のお蔭にて昨年中右の所に営業せしなり》&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
春子は当然、夫の畜妾を知っていたはずだから、これまで紹介してきた春子の自叙伝の記述は、美辞麗句だけを並べた真っ赤なウソということになる。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜艶福家だった一郎の操縦術にかけても、薫は一流だった。一郎は鳩山農場から前期のような熱い恋文を送りながら、薫の英語寄宿舎時代の同級生に手をつけて子どもまで生ませ、政治家になってからも艶聞が絶えなかった。&lt;br /&gt;
　一郎は赤坂の芸者との間に二人の娘をもっていた。薫はその母娘にも顔色ひとつかえず、いつもにこやかに応対した。だが、翌日は必ず寝込んだ。一郎はそんな薫に、いつしか頭がまったくあがらない存在となっていた。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
性欲はとどまるところなしか。生への欲動はその発露を抑制する束縛条件がなく、一つは権力でもあるが、行動が許される条件があるところでは、そして社会的制度的な慣習があると、上記の一郎のような人物・事例が出現するということになる。&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/zenaway/68862905.html</link>
			<pubDate>Tue, 17 May 2016 08:21:32 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
		</item>
		<item>
			<title>佐野眞一（０１）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br /&gt;
佐野眞一（著）、「あんぽん　孫正義伝」、小学館、20１２＞を読む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この本はかなり以前から聞いてはいたが、何故か、孫正義に関する曖昧模糊とした悪感情に近い反感から読まず嫌いであった。しかし、これを読んで完全な先入観による己の感慨が勘違いであったかの思いを持たされた。マスコミによるものか周囲の人の影響からか、ほとんど意識しない形で、感情的反応回路を条件づけ形成していたのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜三憲、孫（ソン）の父親でパチンコチェーンで財を成す人物は、見る立場によって猛毒性の曼荼羅のように違った相貌を見せる。ある者には鬼畜にも見え、ある者には菩薩にも見える。&lt;br /&gt;
孫正義はこういう異種な家系から生まれた。そう言うと、奇異に思う人がいるかもしれない。だが、こういう尋常ならざる一族からでなければ、東日本大震災に百億円の義捐金をポンと提供し、事と場合によっては暗殺されるかもしれない脱原発の旗振り役となるトリックスターは出てこない。&lt;br /&gt;
三憲に会って、孫がつんのめるようにして未来に向かって疾走している理由があらためてわかったような気がする。孫は自分をここまで育ててくれた三憲と玉子にいくら感謝してもしたりないくらいの感謝をしているだろう。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
孫の在り方に影響を及ぼした要素には、以下のものもあったであろうか。&lt;br /&gt;
１、生育期にあった家庭環境や一族関係&lt;br /&gt;
２、孫の父親三憲と祖父母の三代にわたる朝鮮からの在日の血脈と歴史的な境遇&lt;br /&gt;
３、アメリカ留学&lt;br /&gt;
４、学生時代からの商才と事業欲&lt;br /&gt;
５、事業拡大にともなって現在化する既存財界との軋轢&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近、ソフトバンクの通信事業の電源を支える太陽光発電事業化で、九州電力はじめとする各電力会社による太陽光発電の買取制限という問題が起こっている。&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/zenaway/68857490.html</link>
			<pubDate>Sun, 15 May 2016 10:21:29 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
		</item>
		<item>
			<title>■佐野眞一</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;過去の読書メモを以下に、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■佐野眞一&lt;br /&gt;
・「巨怪伝（正力松太郎）」？&lt;br /&gt;
・「鳩山一族　その金脈と血脈」、文藝春秋、2009&lt;br /&gt;
・石原慎一郎&lt;br /&gt;
・佐野眞一（著）、「あんぽん　孫正義伝」、小学館、20１２＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■真山仁&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■浅田次郎&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■城山三郎&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■宮本常一&lt;br /&gt;
・ポルノ版「土佐源氏」、海洋民族？&lt;br /&gt;
・折口信夫&lt;br /&gt;
・柳田國男&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■井上ひさし&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■武田鉄矢・・・緊張するときには、聴衆を緊張させないよう専心すればいい。リラックスしたいなら、周囲をリラックスさせる。自分が愉快になりたいなら、周囲を楽しくさせればいい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■島田洋七&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■岡村隆史&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■グッチ裕三&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（島田、岡村、グッチ裕三の上の三名は、似たキャラクター成分を持っているように思うが）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■定常型社会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・広井良典（著）『定常型社会　新しい「豊かさ」の構想』&lt;br /&gt;
・岸田一隆（著）『３つの循環と文明論の科学』&lt;br /&gt;
・水野和夫（著）『資本主義の終焉と歴史の危機』&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/zenaway/68857481.html</link>
			<pubDate>Sun, 15 May 2016 10:15:45 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
		</item>
		<item>
			<title>阿部譲二（５）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br /&gt;
＜そして、大柄な父の背中から、顔だけ横に出した母は、顔を皺だらけにして、一生懸命微笑んでいたのです。　ガラスの仕切りの向こう側の椅子に並んで坐った二人に向かって、私は頭を下げると、&lt;br /&gt;
「どうも、すみません」&lt;br /&gt;
・・・・&lt;br /&gt;
　そのまま首をすくめていた私に、&lt;br /&gt;
「ちょっと・・・」&lt;br /&gt;
　と、これが母が話しだす時のくせで、それに続けて、&lt;br /&gt;
「最後の貴方を生まなければ、本当に、こんな、刑務所とか看守さんとか、それに貴方のようなのは、映画の世界のことだったわよ」&lt;br /&gt;
　笑いを含んだ明るい母の声がしたので、私はもちろん、立会いの看守までがすっかり驚いていまいました。私は首を伸ばすと笑い出してしまい、看守も天井を見上げると、大きな口を開けて金歯を見せたのです。&lt;br /&gt;
・・・・&lt;br /&gt;
「貴方、どうぞ、わたしのいきている間に、戻って来てちょうだい。もう七十になるのよ」&lt;br /&gt;
涙が頬を流れ始めた母を、父は抱くようにして出て行きましたが、私は何か言おうとしても、声が喉まで上がって来ないようになってしまって、ただ立ち尽くすだけでした＞&lt;br /&gt;
・・・・&lt;br /&gt;
工場に戻る道中で、看守は私に、&lt;br /&gt;
「長いこと面会所をやってるけど、あんな楽しいことを言った母親はいなかったな。なんだお前は、それにしても随分とまともな、呆れるほど上等な親御さんを持ってたんだな」&lt;br /&gt;
「なんてことでしょうね」＞と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こんな風に、軽妙なタッチで、生きていることに身体的心的機構がしっかりと即して、日々を生き、日々に在りたいもんです。&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/zenaway/68849343.html</link>
			<pubDate>Wed, 11 May 2016 18:37:39 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
		</item>
		<item>
			<title>阿部譲二（４）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br /&gt;
例えば、前回に引用した以下の文面のように、阿部さんは恵まれた社会階層の一部の人々に対して、塀の中からチクリと言いたいことを言って、恵まれない人々の溜飲を下げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜健康保険をくすねる医者や助成金を懐に入れる詩学の理事長なんか、代議士先生と同じで、お上の金を盗るから無事なので、民間の金を盗ると、それがどうでもいいような種類の金でも、検事や裁判官は途端にエンジンがかかって、驚くほどマメで気前のいい仕事をするのだそうです＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これと同様に、チクリとやる。&lt;br /&gt;
＜その時々の法と過去の判例ばかり覚えて、資格を得た判事に、裁かれる身の不幸と恐ろしさは、喧嘩の相手よりずっと恐いものだと、私たちには思えたのでした＞と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、一分の真理でも含んでいるかと思わせる主張を、阿部さんは塀の中の面々の口を借りて巧妙に挿入する。こういうのも、山本夏彦先生のご指導か入れ知恵か。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜「相手が拳銃を構えていても、座布団をこうして突っ込んでいけば平気なのだ・・・」&lt;br /&gt;
こんな出鱈目が、耳の底に知識として残ってしまった若い衆は、これは肝炎か梅毒でも移されたのと同じというほどの災難でしたけれど、目を輝かしているのが全部よその若い衆でしたから、私は知らん顔で本を読み続けたのでした。&lt;br /&gt;
　こんなところが、ゴロツキ稼業の本当に嫌なところで、いつ喧嘩の相手になるかわからない者には、間違った知識を持っていてもらった方が得なのです。そんなことやったら座布団ごと後ろに吹っ飛ばされて、たいていハンバーグのようになっちまう、なんて本当にことを教えてなんかやらないのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　岩崎老人も、まさにこの手の奴でした。&lt;br /&gt;
「あんな馬鹿もん、もし寝てる間に両眼を潰されたら、これは間尺に合わないから止めたのだが、中学生の合宿でもあるまいし、いい年した再犯の懲役なら、密告（チツクリ）されて困るような販促なら内輪（シンネコ）でやるもんだ。甘えんだよ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　他の連中は、刑さえ追加を喰らって増えなければ、満期で結構ということらしいが、老先の短い自分は、官の機嫌（ヅケ）をとってでも、仮釈放をもらって一日も早く出たいので、事情と立場がちがうのだ、と言い、「皆で楽しく懲役ホテル」なんてのは、甘ったれた考えで、此処は個人の事情がぶつかり合う、押しくらまんじょうか、プロレスのバトル・ロイヤルのようなものだ。と、このあたりに理屈は、さすが長く寄場で揉まれて来た爺様だけに、他のつけ焼刃や聞きかじりとは違っていました＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、最後にこの爺様の理屈を追加する。&lt;br /&gt;
「親孝行なんて、誰でもとっくに一生の分が充分済んでいるのに、誰も知りもしない。誰でも、生まれたときから五つの年齢までの、あの可愛らしで、たっぷり一生分の親孝行は済んでいるのさ、五つまでの可愛さでな」と。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この話の章の題名が、『老エゴイストのスゴイ理屈』というのである。&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/zenaway/68831413.html</link>
			<pubDate>Wed, 04 May 2016 04:30:23 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
		</item>
		<item>
			<title>阿部譲二（４）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br /&gt;
例えば、前回に引用した以下の文面のように、阿部さんは恵まれた社会階層の一部の人々に対して、塀の中からチクリと言いたいことを言って、恵まれない人々の溜飲を下げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜健康保険をくすねる医者や助成金を懐に入れる詩学の理事長なんか、代議士先生と同じで、お上の金を盗るから無事なので、民間の金を盗ると、それがどうでもいいような種類の金でも、検事や裁判官は途端にエンジンがかかって、驚くほどマメで気前のいい仕事をするのだそうです＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これと同様に、チクリとやる。&lt;br /&gt;
＜その時々の法と過去の判例ばかり覚えて、資格を得た判事に、裁かれる身の不幸と恐ろしさは、喧嘩の相手よりずっと恐いものだと、私たちには思えたのでした＞と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、一分の真理でも含んでいるかと思わせる主張を、阿部さんは塀の中の面々の口を借りて巧妙に挿入する。こういうのも、山本夏彦先生のご指導か入れ知恵か。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜「相手が拳銃を構えていても、座布団をこうして突っ込んでいけば平気なのだ・・・」&lt;br /&gt;
こんな出鱈目が、耳の底に知識として残ってしまった若い衆は、これは肝炎か梅毒でも移されたのと同じというほどの災難でしたけれど、目を輝かしているのが全部よその若い衆でしたから、私は知らん顔で本を読み続けたのでした。&lt;br /&gt;
　こんなところが、ゴロツキ稼業の本当に嫌なところで、いつ喧嘩の相手になるかわからない者には、間違った知識を持っていてもらった方が得なのです。そんなことやったら座布団ごと後ろに吹っ飛ばされて、たいていハンバーグのようになっちまう、なんて本当にことを教えてなんかやらないのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　岩崎老人も、まさにこの手の奴でした。&lt;br /&gt;
「あんな馬鹿もん、もし寝てる間に両眼を潰されたら、これは間尺に合わないから止めたのだが、中学生の合宿でもあるまいし、いい年した再犯の懲役なら、密告（チツクリ）されて困るような販促なら内輪（シンネコ）でやるもんだ。甘えんだよ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　他の連中は、刑さえ追加を喰らって増えなければ、満期で結構ということらしいが、老先の短い自分は、官の機嫌（ヅケ）をとってでも、仮釈放をもらって一日も早く出たいので、事情と立場がちがうのだ、と言い、「皆で楽しく懲役ホテル」なんてのは、甘ったれた考えで、此処は個人の事情がぶつかり合う、押しくらまんじょうか、プロレスのバトル・ロイヤルのようなものだ。と、このあたりに理屈は、さすが長く寄場で揉まれて来た爺様だけに、他のつけ焼刃や聞きかじりとは違っていました＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、最後にこの爺様の理屈を追加する。&lt;br /&gt;
「親孝行なんて、誰でもとっくに一生の分が充分済んでいるのに、誰も知りもしない。誰でも、生まれたときから五つの年齢までの、あの可愛らしで、たっぷり一生分の親孝行は済んでいるのさ、五つまでの可愛さでな」と。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この話の章の題名が、『老エゴイストのスゴイ理屈』というのである&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/zenaway/68830430.html</link>
			<pubDate>Tue, 03 May 2016 16:00:34 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
		</item>
		<item>
			<title>阿部譲二（３）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br /&gt;
とにかく、阿部譲二の語りには言葉のリズムがある。その言葉に読者のこちらがつまずかない、ひっかかりがほとんどなく、トントンと読みが運ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜歯医者さんのCMのように牙をむき出した唐獅子や、中国の大陸間ミサイルのように入道雲を抜けて飛びあがった昇り竜、新潟三区に向かって背中の滝をはねる朱鯉、とこんなのが群れているのが府中彫り物動植物園なのです。&lt;br /&gt;
その中ではとても珍しく、タトゥー（刺青）と看板を出し、サンプル写真を表に張り出して、外国の港町に店開きしている刺青屋ででもやってもらったような、大きな赤い薔薇が一輪、緑の葉まで二枚付けて、胸毛の無い白い左胸に鮮やかに彫ってあったのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この赤い薔薇が仕事の縁起だという松沢英司は、同じ東京の出身なので話の合うこともあって、私とはとても仲よくしていました。&lt;br /&gt;
「検事の奴、事件の情があるとまとめてくれずに、バレただけ別々に起訴したので、裁判官も喜んで二度仕事をして、二年と一年六月、合計三年六月ですから、まとめてくれたらせいぜいが二年六月まででしょう。情が憎まれるとたまったもんじゃありません」&lt;br /&gt;
　窃盗という罪名から、ウカンムリと呼ばれる泥棒仲間の中で、松沢英司は自分の罪名を隠したりせず、ケロリとしていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　健康保険をくすねる医者や助成金を懐に入れる私学の理事長なんか、代議士先生と同じで、お上の金を盗るから無事なので、民間の金を盗ると、それがどうでもいいような種類の金でも、検事や裁判官は途端にエンジンがかかって、驚くほどマメで気前のいい仕事をするのだそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「・・・この季節にパクられていると、どうしてもカリカリしちまうんです。たとえて言えば、鯛や鮪が沖に群れているに、陸で漁船の船底に開いてしまった穴を直している、かわいそうな漁師の・・・」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「僕はウカンムリっていっても、お婆さんのオヤツ代まで手当たり次第って連中とは違って、専門のある特殊技能者なんです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・・・塀の外にいる時の松沢英司は、仏滅を除く毎日、黒の礼服とエナメルの靴に身を固め、白のタイをプレーンに結んで、いｔ一流ホテルの宴会場に出かけていくのだそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・・・ついこの間まで赤の他人だった新郎新婦の、しかも周囲のれんちゅうですから見とがめる者もまずいない楽な仕事だし、何百万円もかけて下手糞な学芸会みたいなことをやっている恥知らずの金持ち、と知っていればアガリをかっちゃめるのも気がとがめません。と、松沢英司は鼻を上に向けて張り、シーズンたけなわの今、塀の外の華やかな漁場を思うと、ついつい不機嫌になってしまって・・・。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まあ、泥棒も三分の理というか、面白がるばかりにはいかないが、三分の理も通らないケースもあるであろうし、また事実はいろいろの方面から立場を変えて見ないことには真実はなかなか見えて来ないということか&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/zenaway/68824391.html</link>
			<pubDate>Sat, 30 Apr 2016 07:35:26 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
		</item>
		<item>
			<title>阿部譲二（２）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br /&gt;
「塀の中の懲りない面々」の引用の続きである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜月曜に落ちてきた宇都宮出身の若いゴロツキは、塀の外で見たことのある顔でしたが、私を見つけるとやって来て、最近では誰もやらないような、渡世の先達にする昔風のご挨拶をやって見せたのです&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　まるでもう富士山に捨てられた空缶のように、ゴロゴロいる若いゴロツキですが、たくさんの中には稀にこの手の、堅気の世界ですと、お茶や書道を習ったり、古典に取り組んだり、年寄りには親切を心掛けたりといった若者のような、珍しいのも混じっているのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このたぐいの若い衆は、つとめて古式の作法を覚えたり、私たちの言うスジっぽい昔気質の侠客を目指している。今では東京の鬼ヤンマほどに少なくなってしまった、しゃっちょこばった少数派です。・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男っぽいつとめかた、なんてことにももちろんのこと精一杯だった宇都宮でしたから、他の生ま狡いチンピラどものあざ笑いを、全身にみなぎらせた気取りではじき返し、爪先がチリチリと痛むほどの寒さというのに、太い眉の上に玉の汗を浮かべて、黙々と務めていました。・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「いい気合いだぜ、宇都宮の」&lt;br /&gt;
と声を駆けてやると、僅かに眼尻をほころばせました。これはきっと、侠客たるものはうれしい場面でも、子どもみたいに顔中で喜んだりなんかしないもの、と決めているに違いありません。・・・腕まくりした作業衣から出ている太くて頑丈な宇都宮の二の腕を、流石というかなんというのか、医師の目で睨んだドク西畑が、野球をやるのかというようなことを尋ねると、宇都宮は堅気相手のくだけた口調で、&lt;br /&gt;
「高校生のころは、甲子園を目指して夢中にやったけど、五年ほど前、考えるところがあって縁を切り、今ではナイターのテレビも見やぁしねえ」&lt;br /&gt;
と、随分変わった返事をしたのです。・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「お尋ねなので、申し上げます若輩者のたわごとがお気に障られたら、どうかご容赦を願いあげます」&lt;br /&gt;
ドク西畑のロイド眼鏡が思わず下にずれてしまうような大時代な口上に続いて、野球は恥知らずのまかり通る、任侠道を修業中の身では、目にもしたくない浅ましくて下種なしろものと、その頃やっと気がついたのだ、と宇都宮がいったのでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、擦ってもいないのにデッドボールだとアピールするバッターや、グラブを掲げダイレクトのように見せかける野手など、草野球でもよくあるプレイをあげて、&lt;br /&gt;
「これはフェイントや作戦ではなく、ただのいやしい嘘ですから、堅気衆の道にだってはずれてます。それは、巨人軍は紳士たれだなんて、紳士はバレモトの嘘なんざ、遊びでだって口になさらぬ旦那方でしょうに・・・」＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは確かに、数十年前は＜しゃっちょこばった少数派＞であろうが、今では確かに化石のような珍種であろう。今ではこの宇都宮、どんなヤクザ任侠さんになっているであろうかと、興味も湧くってもんだ。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような「スジっぽい昔気質の侠客」道を心がける、その心的機構はどうなっているのであろう。ある程度の広がりをもった行動体系を維持する領域に関して、メタ的な条件づけができているのであろう。そのメタ条件づけが形成された契機は、どんな時のどんな状況に在ったのであろうか、映画とか小説とかのメディアが絡むのか、それともどんな心的状態の折にどんな現実の任侠に出会ったというのであろうか。&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/zenaway/68821342.html</link>
			<pubDate>Thu, 28 Apr 2016 13:04:42 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
		</item>
		<item>
			<title>■阿部譲二（１）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br /&gt;
阿部譲二(著)、「塀の中の懲りない面々」、文藝春秋、昭和６１年（1986）＞、随分昔に読んだ本であるが、塀の中の様子が、どこまでが本当かどうかは別として、多少とも真実味のある覚えが感ぜられて、また、日頃なじみのない塀の中の言葉づかいが多少とも手ごたえがある思いがして、さらには、話の内容が軽やかに語られることによって、面白く読まされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
物相（もつそう）は物相飯（もつそうめし）で聞き知っていたが、アルミの飯椀とは知らなかったし、配役（はいえき）とは知らず、「はいやく」という表社会の用語しか知らなかった。（相（もつそう）とは、アルミの飯椀に米飯を盛って、それをひっくり返して同型の「物の相」を写して、複数個を繰り返し造ることを意味していると）。（配役（はいえき）と同様に、役席（やくえき）も「やくせき」と呼ばずに表社会と区別して「やくえき」と呼ぶ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
始めの方に、以下の記述がある。&lt;br /&gt;
＜懲役も、この府中のように再犯のベテランばかり専門に収容している刑務所にくるようなのになると、ウブな初犯と違って、いろいろと要領が良くなります。私も自分の仕事に飽き果てると、担当看守の目を盗んで、しょっちゅう忠さんの仕事場に遊びに行っては、見学したりペラをまわし（雑談をかわし）たりしていました。・・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「忠さんや。一日の内の半分ほどは道具を研いでるんだね。まるでお茶を呑んでは煙草ばかりのんでいる植木屋の仕事を見てるみたいで、セッカチには面白くねえや。先に全部磨いでおいて、俺が見に来たら、一気にやって見せなよ」&lt;br /&gt;
若い私が生意気を言うと忠さんは、「セッカチだと思ったら、自分んで直すといいよ。戦争ではセッカチな兵隊から先に死んでいって、俺の分隊では野戦病院に入院してた奴の他は、俺と植木屋だったのだけが生き残ったんだ」&lt;br /&gt;
眼尻で笑った忠さんは、そんなあことを呟くのでした。「ウソだ。植木屋と忠さんだけだなんて、話が面白過ぎる。盗っ人は講釈師じゃないんだから与太言っちゃいけないや」&lt;br /&gt;
忠さんはケロケロ笑うばかりでした。＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まあ、知らない故に、新鮮なものいいであり、興味をひく文体である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/zenaway/68815225.html</link>
			<pubDate>Tue, 26 Apr 2016 09:48:30 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
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