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孔雀覗から南方向を遠望する。中央の谷は、池郷川の上流部。南奥駈のランドマークである台形ピーク・笠捨山の向こうには、一族山や子ノ泊山などの東紀州の山並みが見えているのだろうか?
また下北山村方面には、雲海がかかっていた。
そして南東方向には孔雀股谷と屏風岩・五百羅漢・十六羅漢などの奇岩群が。
白い涸谷が左俣やね。右の奇岩は五百羅漢の一部かな?
さあ、あのとんがり=釈迦に向かっていざ行かん!ここからが核心部だ
鐺(こじり)返しの下りから鎖場は始まる。と言っても、まあ大した悪場ではない。ただし失敗は即アウトとなるので、やはり慎重に通過する。螺摺り(かいすり)のキレットから南は、密教の世界感で言うと金剛界から胎蔵界に入ることになるらしい。
椽ノ鼻(えんのはな)まわりて見れば釈迦ヶ岳〜♪てな余裕はないので、そそくさと蔵王権現を通過。
お次は第四十一靡・空鉢岳(くうはちだけ)の岩場。振り返ると弥山が見えた。
行者の座禅石に乗って座禅修業を・・・できるわけありません
ここから見る釈迦ヶ岳は、『峯中一の秀峰』と称するに値する山容だ
この岩場にも5ヶ月後には、イワカガミが花を咲かせるのだろうか。 鉄鉢みたいな岩が載る弥勒岩。これが空鉢岳の名のいわれか?
私としては右手のモアイみたいな岩の方が気になるんですけど
ここからの登りがキツイ。釈迦のピークまで標高差150mの登りかえしでヒィヒィ
もう杖でも何でも捨てたるわい〜
しかし高度を上げていくと、歩いてきた稜線が絶景となってパワーを与えてくれる。嗚呼、八経〜明星〜楊子〜七面〜仏生の山並みよ
そして孔雀岳から続く、釈迦ヶ岳北尾根と五百羅漢の景観は、奥駈道のハイライトだと、あらためて思った。
そして11:00、釈迦像へと躍り出た。ここまで貸切状態だったが、我々が登り着いてから5分後に若いカップルが前鬼から登ってこられた。
暖かい日射しを浴びながら、しばしまったりとくつろぐ。でもここから前鬼ゲートまで、1200mも下らなければならないので、まだまだ油断はできない。
旭(太尾)からのルートが閉ざされている(誰かは別やけどね
振り返ると釈迦ヶ岳と釈迦像が見送ってくれているような・・・錯覚やね。
これは孔雀尾根と、十六羅漢。そう言えば十郎山に行ってみたいなぁ〜
深仙ノ宿ではソロの方とすれ違う。前鬼からこの季節に日帰りするのは、健脚でないと難しい。
大日岳はもちろんスルー。登る気なんて、全く起きなかった。
太古ノ辻からの下りも、決して楽ではなかったが、それでも知った道というのは大きい。
鬼の里は、遅い紅葉が残っていた。五鬼助さんたちはすでに帰阪したようで、さらに寂しさに包まれていた。
15:00、ゲート着。いろんな景色と想い出が詰まった縦走を胸に、デポしておいた自家用車で、トンネル西口へと回収に向かった。
山行日:2011/11/27(日)
コース:楊子ヶ宿避難小屋〜釈迦ヶ岳〜太古ノ辻〜前鬼ゲート
形態:ペア
天候:曇り後時々晴れ |
大峰山系
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晩飯を食ってから2時間ほど爆睡
眼が覚めたら20:30だった。貸し切り状態の小屋から外に出る。
オリオンがちょうど登ってくるところだった。
山ノ神を呼んで、しばし星空を眺める。ここ楊子ヶ宿避難小屋は、大峰のど真ん中で標高も高いので、空が暗い(星景写真を撮るのに適した)場所だ。5年前の縦走のときも、降ってくるような素晴らしい星空を堪能でき、山ノ神も絶賛していた。今夜も新月なので、その再現を期待したのだが・・・ちょっと薄雲が出たせいか、その望みは叶えられなかった。ただ、k-5と今回導入したO-GPS1の威力で、オリオンの左側にうっすらと冬の天の川が写っていた(phtoshop6.0で画像処理)。 大峰北部では狼平も星が相当にキレイな場所だ。ただし、視界の(開け具合)点で言えば、こちらに軍配が上がる。
北西方向は、奈良盆地からの光害の影響が見られたが、その光が七面山をシルエットとして浮かび上がらせていた(やはり雲の影響の方が大きいかも)。
山ノ神はものの5分で(飽きてw)寝床に戻っていったが、私は飽きもせずO-GPS1で遊んでいる。と、そのときガサゴソっ
音のする方向にヘッデンを向けると、闇夜に光点が2つ浮かび上がった。間違いなくそれは鹿だと推察されたが、こちらを睨んだように、まるで逃げようともしない。そればかりか、『お前は何しにこんなとこに来とんねん』と邪魔者扱いしているようだった。
しばし睨み合いが続いたが、こちらがジレて小屋に交換レンズを取りに一旦戻る。そして再び小屋の外に出ると、ちょうど鹿さんが谷底へ移動していく瞬間だった。
立派なツノを生やした、えらくデカい雄鹿だった。
薄雲も移動していったのか、星の数が増えていった。不思議というか、寒さはほとんど感じなかった。
翌朝は全天を雲が覆っていた。当然の如くガッカリでフテ寝したろかと毒づいたが、6:30頃になって急に窓の外が赤くなってきているのが小屋の中からも見てとれたので、慌ててカメラを持って飛び出した。
見事な朝焼けのようだ。そして仏生ヶ嶽の肩が、白熱しようとしていく。
しかしここ(小屋の傍)からじゃ、構図的にダメだ。やはり昨日夕焼けを観たあの笹原でないと。三脚を抱えて、崩壊気味のトラバースを越えて、展望地まで移動だ。
すると楊子ノ森ピークが燃えていた。
WBは太陽光、マゼンタなど赤味は強調していない。それでいてこの赤さだから、モルゲンロートとしては極上クラスと言えよう。このときピークに立っていたら、燃え尽きそうなぐらいの色相だった。
弥山はここからは見えない(そういう意味ではスロトレさんの言われるように↑ピークからは見えたに違いないので、ちょっと残念?)。でも五鈷嶺(だと思う)付近が、やはり赤く染まっていた。
この日の朝は燃え方も劇的だったが、透明度もまたバツグンで、日出からは富士山が見えたという超ウラヤマシー報告も。ただ、この朝の景色を独り占め(グズな山ノ神は間に合わなかった
ただ、このモルゲンは10分ほどで終わった。そして雲が多かったせいか、ご来光はここからは拝めず、山ノ神が到着したときは、こんな冴えない色相に変わっていた。
(これがひとつ前の写真から10分後だとは・・・好機逸すべからず
七面山の大岩壁も、イマイチだよね〜もっともこの季節は日の出の位置が南寄りなので、GWの頃のように岩壁が朝日で照らされることはないのかも。
さて、小屋に戻って撤収作業。この日の行動開始時刻は7:40だった。
足元には霜柱。もっとも昨日の弥山への登りでもあったので、別段めずらしいものではない。そして日射しがない割には、寒さは感じなかった。
ヌタ場も凍りついている。しかし繰り返して言うが、震える思いは全くなかった。それは寒気が抜けたからだ。よってこの日は霧氷とは無縁な一日。もっとも今日は鎖場を越えなければならないので、凍結の危険がない方が歓迎だ。
仏生ヶ嶽への登り。トウヒとウラジロモミの混淆林が大峰主稜らしい雰囲気を形成している。
もっとも奥駈道は山頂を通らずに、西面を横駈している。何故そういうルートなのかは、誰にもわかっていない。もっとも巻く方が楽だけどね〜
ところどころ樹間から、孔雀〜釈迦の稜線が見える。
こちらは宇無ノ川、すなわち南西側の展望。こうして見ると、大峰は植林帯が多いねぇ〜
昨日までの霧氷は全て、融けるか、地面に落ちていた。
前述の理由から、第四十三靡「仏生ヶ嶽」はピークにあるのではなく、奥駈道の途中に遙拝所としてあった。
孔雀岳手前の倒木帯は、一見殺伐としているが、これまた大峰らしくて好きな場所だ。
この辺りは、苔がなかなか元気ないいところだ。もっとも屋久島ほどではないが。
倒木帯を抜け、再び視界が開ける。後ろを振り返ると、まあるい仏生ヶ嶽と、七面山〜槍ノ尾ノ頭が。
ちなみにここは、3年前の秋に十郎(孔雀)尾根から登っていき、奥駈道に躍り出た場所だった。
雲の厚みが少しずつ薄くなってきたようで、山肌にも陰影がつくようになってきた。
上の画像の片口谷が白っぽく見えるのは、凍っているのではなく、谷が白い岩で構成されているからだろう。・・・ということを望遠レンズで検証↓ この笹原の斜面をちょいと登ると、
東面がスパっと切れ落ちた『孔雀覗』の岩峰に出る。
(最終回につづく) |
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弥山と八経ヶ岳の間には『頂仙岳遙拝所』の靡があるが、実はそこから仰ぎ見るピークは頂仙岳(1717m)ではなく、これは大黒岩近くの1819m峰であることは、ちょっと奥駈に詳しい人なら皆さん知っておられるだろう。
んで、こちらの逆扇型のピークが正真正銘の頂仙岳。金剛・葛城の右側は、やっぱり信貴生駒に見えるんだけどな〜(よー見えとるわ
融けかけた霧氷のトンネルを、南に向かっていざ歩まん。
白骨樹が、さらに白い衣を纏う。さらに季節が進むと、それは白い鎧と化するだろう。
明星ヶ岳(みょうじょうがたけ・1894m)。五條市最高地点であり、第五十靡でもあるが、ピークは巻き巻き
先を急がないと、日が暮れるからね。篠原辻を過ぎ、禅師(ぜんじ)の森方面へと下って行こう。
もっとも本来の禅師の森はどこにあるのか、よくわからない。また奥駈道上にも、命名されたように他所と違いがわかるような“森”はない。この辺りのトレイルは、このような針葉樹林(トウヒ・シラベ等)が多いが、ここがその“森”を指すのではないだろう。そして(時期的な要因もあるだろうが)決して鬱蒼とした樹相ではなく、むしろ開放感を覚えるものだった。
歩行には全く支障のない雪面には、我々のものでない足跡が残っていた。それは単独行のものに見えたが、南北両方向に歩いた跡があった。弥山から、この先のどこかまで往復したのであろうか。 そうこうするうちに岩峰が見えてきた。
この五鈷杵(ごこしょ)を形どった岩峰が、第四十七靡・五鈷嶺(ごこのみね)である。巨岩の集合体の鉄色と、それを取り巻く針葉樹林の緑の対比が美しい。 もっともこの西面を通じる奥駈道は、崩壊がが著しく、それを避けようと草付きの斜面を高巻くうちに、この岩峰の上部に追いやられてしまった。おそらく正規ルートは、崩壊気味の斜面をトラバースするのだろうけど、生理的に何かヤラシイんだよね。
五鈷嶺南側の鞍部で大休止。ここはカラハッソウ谷の左股に当たる涸沢の源頭になっており、ネコ耳状の七面山が逆光の中で存在感を示していた。
次に再び重い腰を上げたときは、もうすでに15時。そこから1658mのピークをやり過ごし、舟ノタワとおぼしき2重山稜の地形部分に入って行く。
先頭を歩く山ノ神だが、ほうらやっぱりルートをロス。ド快晴&落葉という最良のコンディションでもこうなのだから、ガスったりしたら間違いなく“七日迷”だろうね(かつて役行者がこの辺りで7日間彷徨ったとか)。
そして16時を過ぎ、陽が急速に傾いていく。往く手に楊子の森ピーク(1693m)が見える。奥駈道はこの東側を巻いていくのだが、やたら長い巻きに感じた。青不動石像の岩峰を探す余裕など、まるでなかった。
そして巻きを終えて尾根と合流。振り返ると、楊子の森ピークが、夕陽を浴びていた。
もう16:30やもんね。大普賢岳も、黄昏時を迎えていた。
台高山脈も赤く染まりかけていた。これは大台ケ原かな?
そして七面山の左手に、太陽が沈む。もうここから小屋までは、眼と鼻の先の距離だから、この落日を観ていこう(山ノ神は先に小屋に向かっていったが)。
そして、5年前よりさらに崩壊が進んだと思われるトラバース地点を慎重に越え、16:35に楊子ヶ宿避難小屋に到着した。見上げると仏生ヶ嶽をバックに、落葉した樹林が夕陽に照りかえっていた。
先行者とおぼしきトレースがあったので、小屋には誰か居ると思ったが、実際は我々2名の貸し切りだった。
とりあえずヘッデンを灯して、水を汲みに行く。5年前の秋に訪れたとき、この水場はほんのチョロチョロしかでておらず、おまけに不純物も結構含まれていたので往生したが、今回はかなり豪勢に出てくれていてラッキー
誰にも迷惑がかからないので、心おきなく持参したテントを小屋の中に張って、しばし就寝。しばし、というのは・・・
(つづく) 山行日:2011/11/26(土)
コース:行者帰還トンネル西口〜弥山〜八経ヶ岳〜舟ノタワ〜楊子ヶ宿避難小屋(泊)
形態:ペア 天候:快晴 |
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霧氷は山頂部、それも西風が当たる部分のみ残っていた。トンネル西口から弥山方面、つまり東側から見る限りは全く白いものは視認できなかった。寒気の程度がそれほど強くなかったのか。まあよい、これからの季節、何度も巡り逢えることだろう(と、信じている)。
鞍部から白くなった八経を望む。よかった、間に合って。
この辺りは厳冬期ならは狂喜するぐらいの樹林(※鹿除けネットはジャマだが)なんだが、秋色が残る霧氷の森も十分に美しい。
いわゆる“山ガール”ふうな格好の女子も含めて、次々に八経から下山してくる。彼ら彼女らは、この初冬のプレゼントを予想していたかどうかは不明だが、きっと楽しかったに違いない。
近畿最高地点からは、おなじみの景色。しかし立ち枯れ部分が目立つねぇ〜大丈夫かいな。
富士山はさすがに見つけられなかったが、奈良盆地の様子までかなりの透明度で遠望することができた。これは金剛・葛城より北方向の強拡大。もしかして生駒山や矢田丘陵が映っているのかいな?
山頂でじっとしていても全然寒くない。ほぼ無風。山ノ神からラーメンのリクエストがあったが、そんなもんは持ってきていないし、第一もう13:30やから悠長にしてられへんで
というわけで、とっとと目的地に向かいましょう。秋の日はつるべ落とし。あと3時間後にはヘッデンが必要になりまっせ〜
本日の宿泊地は、中央奥のとんがりピーク=釈迦の手前のもっこりを越えたとこなんだからね。まだまだ遠いわ。
(つづく)
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2005年夏、雄山(立山)で山に目覚めた。
その秋から関西の有名どころの山を、日帰りで歩き回った。
はじめての奥駈縦走は、翌2006年のGW。山ノ神と一緒に、トンネル西口から前鬼へと1泊で歩いた。当時はテントを持っていなかったので、楊子ヶ宿避難小屋で泊まった。GWと言えば季節もよく、また遠方から来られる方もおおいので、奥駈縦走の繁忙期だ。吉野から本宮まで抜けるといったツワモノのパーティも数多くいた。未だにそんな気力と体力は備わっていないが、今夏一身上の大きな失敗をやらかし、仲間にも家族にも多大なる迷惑をかけてしまった。そんなわけもあり、今一度自分の実力と山への向き合い方を再確認する意味で、この5年前と同じ行程を歩くことにした。
それは私にとって、いわば原点回帰とも言える山歩きになるだろう・・・と。
自宅を朝5時に出発。しかしトンネル西口に着いたのは、何故か4時間後
上の駐車場は、もうすでに空きスペースが1台ぶんのみ。支度をして9:10に出発(なんぼほど遅い時間やねん)。
稜線部までえっちらと登り、奥駈道を弥山に向かって歩いていく。
空は抜けるような快晴。これは予想通りだったが、この辺りから白い華の景色になっていることを予想していたので、かなり拍子抜け(贅沢か?)。
大木が奇妙な方向に伸びている。そう言えばこの銀座通りを歩くのは、1年半ぶりだったか・・・あの雨氷の山行はとっても印象に残っているが、今回はドラマはあるのだろうか(今のところ白いものはどこにも見当たらず、期待薄だ
霧氷はなかったが、足元には白いものが落ちていた。これは霧氷が融け落ちた破片ではなく、どうやら初雪の名残だろう。
それにしてもこの透明度の良さには、感嘆せずにはいられない。大台ケ原はもちろんのこと、それに続く東紀州の山々まで見渡すことができる。
稲村ヶ岳を強拡大。朝方には白いものは付いていたらしいが、もうお昼前なので融けてしまったようだ。
弥山小屋には12:40着。すでに小屋閉めとなっていた。駐車場にあったたくさんのマイカーの主たち(自分もその一員だが)が、大勢くつろいでいた。さすがに標高1900m近いためか、地面には1cmぐらい雪が残っていた。
ちなみに今回の装備は、寝具及びテントその他(撮影機材が重い)で約12kgあったが、足回りは夏装備。もちろん軽アイゼンは持ってきていない。鎖場を含む稜線歩きがあるのに、この時期そんなんで大丈夫かいな?と詰問されそうだが、それは高層予想図(特に850hPa気温図が重要)で判断したもの。明日はかなり昇温するのが確実なので、この初雪がアイスバーンになる可能性は、極めて低い。
※もちろんそれは毎回同じパターンとは限らない。ちゃんと高層天気図を解析して判断してね。
テントも要らんと言えばそうなのだが、台風12号の大災害以降、弥山辻から釈迦まで歩いた記録がみつからず、また楊子の小屋が万が一
いつものように山ノ神は、天河大辨財天社・奥の院へお参り。私はこっちの白いのを見つけて、大はしゃぎ
1秒でも早く、あの白いところに行きた〜いとダダをこねて、山ノ神に白い眼で見られる。
どうせ写真を撮りまくっているからと、鞍部まで先に駈け下りていった。
(つづく,長編になります)
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