臆崖道の山日記

何かこのブログも閉鎖されるみたいですねw

大峰山系

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大峰山系の登山記録です
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春分の日を過ぎているので、空が白む時間もだいぶ早くなった。
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変形太陽が、脇ノ宿辺りの奥駈道の向こう側から昇ってきた。左側のピークは竜ヶ岳、右側のそれは大普賢岳である。
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しかし今朝のメインターゲットは旭光ではない。これから束の間、マゼンタに染まる霧氷である。
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実はこの日の出の直前・直後は、視界はクリアーではなかった。西方向から極めて薄いガスが断続的に昇ってきていたのである。それがこの弥山方面の絵を見てもおわかりだろう。
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弥山小屋がハッキリと写っている山頂部に比べ、標高1400m以下の手前の稜線部をなめるように、薄靄がかかっている(上右の絵)。
頂仙岳方面の絵をみても、それは窺える。
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そしてこの薄靄のお陰かそうでないかはわからないが、日の出から8分後、氷の桜が花咲いた。
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そして萌えた。
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行者還のピークにも霧氷桜が。
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日の出から15分も経過すると、淡いピンクは琥珀色へと移行する。
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そしてそのアンバーな色を纏った大日岳にレンズを向ける。
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この過冷却現象によってもたらされる現象ひとつである“エビの尻尾”は、kandoさんの言われるように本来は「樹氷」と表現すべきなのかもしれない。つまり目の前にある“エビの尻尾”は、蔵王の通称“樹氷”=アイスモンスターと同じである(形成メカニズムは同じ)。ちなみに「霧氷」は「樹氷」より上の階層(霧氷と粗氷と樹霜の総称)の用語。
しかし(多くの人がそうであるように)私も、敢えてこの眼前の現象を「霧氷」と表現したい。
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それはここ紀伊山地では、特に“霧”を意識させられるからである。
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霧の“量”は、相当温位が高い屋久島や九州〜四国の山岳でも同じことが言えるのかもしれない。
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しかし『日本で最も〜』とか『ベスト〜』などと軽々しく言及するつもりは毛頭ないが、パンダさんの感じられるように“空気の乾き度”の高い中信地方よりも晴天度は低いぶん、霧氷の造型の美しさは際立つものがあると思う。
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てなことを思いながら、だんだんと色温度が下がっていく景色に、少し後ろ髪を引かれて下山した。
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山行日:2014/3/15(土)〜16(日)
天候:1日目=曇り後晴れ,2日目=晴れ
形態:単独
撮影機材:PENTAX k-5,12-24mmF4,samyang14mmF2.8,18-135mmF3.5-5.6
 
<今回の言いたいこと>
“稲藁”は写っていないが、これでどないやねん↓
厳冬期の凛とした厳しさはないが、“霧の大峰”の空気感はよく表れていると思う
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3/15-16、表題の目的で稲村ヶ岳に行ってきた。完全に写真山行である。
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いつものように母公堂にクルマを停め(泊め)ようとするが、既にスペースは無し。仕方なくゲート横の路肩に停めた。新任の堂守さんに駐車料を払おうとするが、その場所は自己責任となるので、受け取れないこのこと。
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それよりも「今(時刻は正午)から登るの?」と心配そうな声。まあ、フツーそう思いますわな
もちろんテント泊との旨を説明したが、私のバックパックであるクロワールのコンパクトさを見て、日帰り装備だと思ったとのこと。
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今回ももちろん軽量化には気をつかったが、撮影機材(k-5,レンズ3玉,三脚で合計約3kg)はいつもより+300gぐらいの重量増ではないが、ソロなのでテントと燃料・調理器具の負担がかさむ。
あ〜ちなみに山ノ神は今回、同じ大峰で登山ではない修行中です。
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好天が確約されていたため、フライシートは置いてきた。シュラフは#3(スリーシーズン用)にとどめ、もちろんシュラフカバーも無し。エアマットは迷ったが、さすがにこれは担ぎ上げた。後は食糧とアルコールを最小限まで減らしガチガチに詰め込んだクロワールだが、そのぶん高密度で16kgだった。
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法力峠を過ぎた辺りの樹林の状態だが、貧弱な着雪がある程度。(おい、大丈夫か霧氷は?)と不安になったが、上部は白く輝いていたので、標高を上げると見事な霧氷の森に包まれていった(掲載の画像は時系列に並べているので、詳しい方はどの辺りかおわかりだろう)。
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前週の弥山のときより白い部分の面積が多く(弥山とは植生が少し異なるので単純な比較はできないが)、まずはホッとさせられた。後は午後からの日射(嬉しいことに午前中は雲or霧っていたらしい)で落ちなでくれと祈るのみだが、気温が低いため大丈夫そうだ(多少は落ちるだろうが)。
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さて肝心のトレイルだが、これは多少苦戦した。装備はデッパ&ツルハシ一本というか、ワカンなどは役に立たないことは前週の弥山で経験済みなので、大いなる意味があった。大勢のハイカー&登山者の後なので、トレースにも不自由しないだろうとタカをくくっていた。
まず山上辻までは母公堂から3時間かかったが、ルンゼを横切る際に雨で融かされた雪がまるで氷河のようにトレイルにせり出しかけていた。もちろんトレイルもほぼ氷結状態なので、軽アイゼン&ストックでは無理がある状態。無理ができないと判断したパーティから、次々と脱落・撤退しているように思えた。
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大日キレット前のトラバースは2通りのトレースが付いていた。上部(壁に近い方)から上山し、下山時には谷側のトレースを辿らせてもらった(谷側の方が歩きやすい)。
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下のキレット到着は16:30という日帰りではあり得ない時間だが、泊山行ではこのような斜光線の大日岳の絵を撮ることができる。そして、ここで最後のトレースが消えていた。
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そう思えば、稲村小屋から10分ぐらい登ったところで、青ざめたような表情の単独者が「疲れました・・・」とつぶやきながらすれ違ったので、その方の最後の頑張りだったのだろう。
心の中で(GJ!)と感謝し、その続きで(今日稲村のピークを踏むのはオレだけだな)と昂りながらピッケルを握る手に力を込めた。
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ピークは目と鼻の距離(直線200mぐらい)だが、ここは滑落停止を含めピッケルを使えないと無理な領域。つまり、八経や釈迦よりも技術度は上だ。
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そしてこんなに固い無垢の雪面の大峰は、初体験だ。やはり今冬は、ちょっと変わった気候だったと言うことだろう。
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山上さんには清浄大橋から何名かは登られたのだろうが、さすがにこの時間帯に山頂台地には人影は見当たらない。
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さて、午後からピーカンになってくれたのは誠に嬉しいが、雲がないと夕景は派手さに欠ける。そしてマゼンタな時間は非常に短い。ちょっともたもたしていたら、オイシイ色温度で撮れた絵は、これだけだった。
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上の絵の3分後、マゼンタが照らすのは、もう稜線上部のみ。しかし日没と同時に昇ってきた満月と、手前の霧氷がいい感じの絵になった。
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そしてマゼンタ弥山の絵の10分後が、下の絵。この情景をできたらもっと高い色温度で撮りたかったのだが、見事に逃してしまった。但し、この構図はこの後にもたびたび出てくるので、光線(光源)の違いを比較していただきたい。
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同じく、行者還〜弥山方面も何度か登場します。
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夕食はラーメン。自宅の冷蔵庫に放置してあったキャベツの千切りと豚ひき肉を持ってきたので、それを炒めてラーメンの中にぶち込んだ。アルコールで暖まり、ひと寝した後で再びシゴト再会。
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たそがれ時のときは、薄モヤの中に埋没して見えなかった金剛・葛城山も、夜中になると大和盆地の街灯りの片隅に、その山容を映し出していた。
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念仏山の左上にも小さな街灯りが見えているが、杉の湯辺りだろうか。
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後は解説不要だろう。
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適した月齢と霧氷が付いた直後、及び夜間の天気が確保されている条件が週末になるというタイミングは意外と少ない。そして撮影可能なロケーションも、そう多くない。
最初は明神平辺りでもいいかなと考えていたが、やはり標高の高さと、特徴的なピークの形状というポイントでこちらをセレクトした。
さすがに1700m超で吹きさらしの夜は寒くてブルブル震えていたが、別に寒さで熟睡できなくても良いではないか。それは雪山泊では毎度のことだし、写真屋のシゴトとしての夜だったらなおさらなのだから。
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(つづく)

ブルースカイの歓喜

天気が良かったら八経から明星・日裏山経由の周回コースをとる予定だったが、ちょっと下向きなキモチで、9時前に弥山小屋まで戻ってきた。だがしかし、急に空が明るくなってきた。
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まあ、どうせすぐにガスに覆われるだろうと疑心暗鬼に陥っていたが、何やら北方向に青空の面積が大きくなってきているのがわかる。これは大普賢岳が見られるかもと、ガス切れろ切れろ〜と北に向かって念力を送っていたが、なかなかスカッとは切れない。
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そんなこんだで、ふと後ろ(つまり南側)を振り返ると・・・
臆:「あ゛〜〜〜っ!! 八経見えてるやん!!」とデカい声で叫ぶ。
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そして霧のベールはついに消滅して、待ちに待った神々しい姿が現れた。
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まるで申し合わせていたように、寸分のズレなく私と山ノ神がユニゾンでハモる。
臆&山:「キタ━━━━━━\(゚∀゚)/━━━━━━ !!!!! 」
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明星の背後に雲が残っていて仏生や釈迦は隠れたままだが、またそこがよろしい。何よりも①昨日の午後が好天であったにも関わらず霧氷が残っていてくれたこと ②夜〜今までの間、ガスが掛かって、追加で霧氷が形成されたこと、という恵まれた条件がこの“霧氷の大峰”の面目躍如たる姿を見せてくれた。これを観に来たのだ。
八経の直下を等倍拡大してみると、同宿だった単独男性(小一時間前に八経山頂で一緒だったのに)が再びピークに登り返しているように見えた。大峰奥駈道を縦走するような装備だったので、一旦引き返すのを思い留まって、リスタートしたのかな?
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そこからは夢の世界をゆったりと、そして愉しく彷徨う。
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HNが泣くようだが、私は大峰至上主義者ではない。盲信という名の視野狭窄に陥っていたら、ニッポンの自然の広さ、多様性の本質を知る由もないと思うからだ。もちろん大峰にも特筆すべき素晴らしい誇れる情景がある。それはこの厳冬期の霧氷と、もうひとつは渓谷美である。
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さらに私は、さしたる実力もないのに技術度のランクアップが要求される山域とコースを取り入れるようにしている。つまり同じ山、同じコース、同じ季節の山行の反復は、あまり好まない。
だがこれだけは別のようだ。それは2008年の経験を経て、ここが私の大峰に対する愛情の原点なのかもしれないと思っているからだ。だから毎年のように、弥山詣でを続けているし、山ノ神も抵抗なく行こうとする。
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そんな名残惜しい弥山(八経ヶ岳)を振り返りながらも、ゆっくりと下山していく。スノーシューを担いできた手前上、履いてはいるが、ツボ足でも全く踏み抜かない締まりまくった雪質だ。
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さて下山コースは狼平にデポした荷物を回収し、もちろんピストンで戻るが、ちょいと高崎横手側から頂仙岳のピークを踏んでいくぞと山ノ神に宣告。
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(頂仙岳は右奥のとんがりピークだ)
 
 
狼平に戻ると、山岳部ふうの若者たちの大テントは既に消えていた。迅速なその行動が、今回はちょっと(結果論だが)勿体ない結果になってしまったようだ。
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修復山方面がまだ白いことを眺めながら、頂仙岳への直登ルートに取り付く。前日登られたみいさん達の足跡が残っていたが、アイゼンが無い我々はスノーシューで強引に岩場とシャクナゲ混じりのヤブを登っていく。
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山ノ神の表情はかなり歪んでいたが、12時に頂仙岳に到着。
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樹林に覆われているため展望は90°ぐらいしかないが、それでも北方向は開けていて、大普賢(ずいぶんと黒っぽいが)岳などが見渡せるので、それなりに苦労した甲斐がある。
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(手前左のピーク?は迷ヶ岳)
 
 
そしてこの特徴的な山容に、そして今日ぐらい白い霧氷に包まれているときに、とある目的で次の照準を私は定めていた。
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前日の登りで怖い思いをしたカナビキ尾根の凍結だが、気温の上昇&歩行者の増加により、慎重に下ればノーアイゼンでも何とかなった。でも、やはり今後はアイゼンを持って行こう 
 
 

山行日:2014/3/8(土)〜9(日)
天候:1日目=曇り後晴れ,2日目=霧後晴れ
形態:ペア
撮影機材:PENTAX k-5,16-50mmF2.8 
 

 
余談になるが、3/8夜〜9朝にかけて大峰山脈が霧に覆われていた原因は、紀伊半島のずっと南を通過中の南岸低気圧の北側の雲がかかっていたため。これがどれほど北までかかるか、そしてその時間帯までピタリと予想するのは至難の業だ。
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レインクラストの恐怖

3/8(土)〜9(日)で、今年も白い弥山詣でに出かけてきた。
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熊渡に9時前(!)に到着したら、既に駐車できそうなところはなかった
冬季にこんな満車状態になっているとは驚きだが、それもそのはず熊度から先は落石のため通行止めとなっていた。つまり登山口は川合とここ熊度に限定されるわけだから、こんなに集中したのだ。
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熊度には釣屋さんグループが宴会をしていた。山ノ神の70Lザックを見て、目を丸くしていた。彼女はパッキングに難があり、またそのザックもサイド方向にオプション収納スペースがあり、単純に横に広がって大きく見えるだけなのだが
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対して私はアライテントの一本締めタイプの45+10L(クロワール)で、雪山泊のときもこれに詰め込む。ちなみにこのモデルはフレームレスなので比較的軽量だが、パッキングを上手にしないとクシャクシャに変形して、歩行時のバランスも悪くなる。生地にアラミド繊維が混紡されており、耐久性は非常に高いので、沢泊などにも非常に有効だと思う。また一本締めは、カメラを頻繁に出し入れする私にとっては、これまた使い勝手が良いのだ。
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出発前日(3/7)のヤマテンの予報は、下記の通り。
3/8(土):朝=晴れ,昼=雪,夜=霧
3/9(日):朝=晴れ,昼=晴れ後霧
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夕〜夜景の撮影は期待薄なので、三脚と星景用レンズは担ぎ上げなかった。また狼泊にしたので、テントやスコップも持っていかなかった。そして今までの経験上、厳冬期の弥山ではアイゼンは省略してもOK。それよりもスノーシューの方がラッセルには有効という判断をした。つまり、ノーアイゼン&スノーシューという選択。
なので比較的軽量(それでも15kgぐらいはある)だったと思う。
しかしこの「経験」という名の“過信”が、恐ろしい思いをするハメになってしまった。
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(このテント泊の若者グループは、川合から登ってきていた。イマドキでは珍しい、6名以上が泊まれる大きなテントを設営していた。思わずエールを送りたくなる、ちょっと昔風のグループだった)
 
 
恐ろしい思いというのは、カナビキ尾根の登山道の大半が固く凍結していたからである。
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カナビキ尾根の雪量は極めて少なく、最初の画像にある川合道への合流地点の手前(つまり標高1400m)ぐらいから急増してきた、といった状態。問題はその雪量が少ない部分で、事前に何度も降った雨が表面でクラスト、そして地面に染み込んで凍結していた。
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フツーは撤退だろうが、それでも何とか登れるので狼までイッてしまった(実はカナビキ尾根のトラバース地点でチビりそうになた)。
でも下山時はどーすんの?と山ノ神。うん、どうしようか・・・
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川合道に合流した後はそれなりに雪があったが、やはり度重なる雨でスキン層は固く締まり、そして下層はさらにカチカチになっていたので、スノーシューの威力は全く発揮できなかった。つまりアイゼンだけで十分だということだ。
こんなに締まった雪質の弥山は、はじめてだ。寒暖の差が大きすぎた気象がもたらしたものだろう。
 
熊渡には10台以上のクルマが停まっていたが、日帰りの登山者も多かったため、狼平の避難小屋で泊するのは我々を合わせて5名だけだった(テント泊は先のパーティが居たが)。もっとも我々以外の3名は、川合から登ってきた方々だった。
んで天気だが、初日は午後になっても爽やかに晴れたままだった。ん〜午後に晴れるのは霧氷が落ちやすくなるから、翌朝の写りのことを考えるとむしろガスったままの方がよろしい。
そんな自分勝手なことを考えたのが災いしたのか、夜になって包んできたガスは、翌朝になっても開放してくれなかった。
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弥山神社の鳥居は、6年前と同じぐらいかな。あのシーズンも、やたらと南岸が来る冬だった。但し雨降りの回数はもっと少なかったと思う。逆に言えばラッセルが大変(その頃はラッセル能力も乏しく、山岳会入会のきっかけとなったIさんにほとんどやってもらった)だった。
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この弥山小屋の埋もれ具合をみると、やはり今冬の大峰は雪が多かったと言わざるを得ない。おそらく週末における最深積雪量のMAXは、バレンタイン南岸の翌週となった2/22-23だと思うが、その週末は数日前から晴天が続いたため、霧氷は全て落ちていたそうな。ここに関しては、霧氷無しの青空よりも、霧氷有りのガスの景色の方がまだ絵になると思う私は、異常者だろうか?
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実はここ、弥山冬季小屋で泊して夕夜朝の景色を撮るプランも1週間前ぐらいには考えていた。しかし前日(3/7)夜の飲み会があり、こともあろうに深酒してしまった。なので山行当日も二日酔い状態。熊渡到着が9時になった理由も、ここにあったのだ。
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弥山から八経ヶ岳まで歩いているうちにもしかしたら青空が広がってくるだろうと楽観していたが、それは叶わなかった。
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(この辺りで一瞬、色つきになる予兆があったが、それは思わせぶりだった)
 
 
う〜ん、初日晴れ、2日目ガスまみれの天気だと、昨年2月とまるで同じではないか〜と自然相手に対して愚痴っても詮無いことを思ってしまった。
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(別項につづく)

遡行楽々、下山厭々

出合は谷の名前が書いてあるが、とても大きな谷だとは思えない。しかも植林の枝で覆われ、非常に暗〜い
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7:35に左岸沿いの林道(杣道?)から入谷していくが、ワサドチ谷を越えた地点に5m滝が架かっていた。もっとも入渓せずとも右側に石垣のようなものが見えるように、その上に杣道(ちょっと際どいが)が続いている。ワイヤーも目障りだしね。
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その先は杣道は不明瞭になり、なし崩し的に水際を通過して行く。ナメ滝が出てくるが、植林の中では気分的にはイマイチだ。
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続いて斜滝3m。その上にも2段6mもある。本日(9/29)の奈良県南部の地上予報は晴れ時々曇りだったが、東方向からの湿った気流が優勢だったため、遡行中は青空には恵まれなかった。つまり気分的にはイマイチ、絵(写真)的にはGOODな気象条件ということだ。
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この谷の特徴としては、滝は大きいものはなく、ガイドブックのアンチョコを見なくても何通りでも巻くルートがあるように思えた。言いかえると両岸が険悪に立っているような箇所はほとんどなく、初心者でも水流から離れれば安全に巻くことができるだろう。直登にこだわる場合に、ロープを出してビレイといった感じだ。
※「ルート100」には2級とあるが、モジキ谷よりもずっと簡単に思う(1級+ぐらいか?)
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上の絵は左の水線が本谷であるが、右側(左岸)から注ぎ込むのが、2段15mの支谷滝だ。このように支谷の方が大きい滝があるというのも、もうひとつの特徴だ。
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さて本谷にレンズを向きなおそう。この次の12m滝は、複雑な形状をしており、なかなか面白い絵が撮れた。
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この辺りになると自然林が優勢になってきたので、気分的にも昂揚してくる。
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3〜5mクラスの連瀑帯となるが、まるで簡易。これは見どころの前座みたいなものか。
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それでもって“見どころ”というのも本谷ではなく、またしても左岸からの支谷である。ただし、これは一旦本谷を離れても見物することをおススメする。
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その見どころはこの20mの直瀑だが、この下部にも6mと5mの滝を架け、ca480mの地点で本谷と出合う支谷だ。20m大滝は本谷からも見えるが、ガレ場を少し気をつけてトラバースしていけば滝下まで行ける。
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ところでこの大滝の下部を斜め横方向から撮ると、フシギな絵となった。
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滝の水流の反対側の像(中央付近)が、横ブレしたように写っている。もちろん三脚に立てているのでブレしているのではない。スローシャッター(2秒以上)で撮っているので、岩盤でバウンドした飛沫がプリズムのような役割をしているのかもしれない。
PLフィルターやレンズに水滴が付いているわけでもない。縦構図でも同じ現象が見られたので、たぶんそうだろう。速いシャッターならこの偽像は写らなかったのか、試したらよかったが。
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再び本谷に戻ると、ゴルジュ?と遡行図には記されているが・・・う〜ん、ゴルジュですかねぇ〜この地形は
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(多段10×20m滝)
 
これは3段L20mかな。アンチョコ通り直登したけど、ロープは要らんかったね。
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このままロープ使わんかったらオモロないから、核心部?のラストである6m滝で山ノ神がトップで巻き上がり、私を確保してもらおうかな。息まいて最初は水流の中心に突入したけど、水勢が強くて水際に退散してしもうた。情けな〜
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これより上流は確かに小滝ばかりだった。
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このトイ状3段小滝を越えると、水は急に少なくなった。っていうか、ほとんど伏流。これも遡行図通りで、すぐに左岸に朽ちた植林小屋(ca820m付近)が現れた。
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ikkoさんの記録によると、この伏流より上部には水は再び現れなかったとのことだが、我々が遡行したときには一応水は復活した。
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ca950m付近の“苔むした涸滝”。この左側の黒い岩盤に水が滔々と流れているような状態ならば、下流部の遡行はおそらく不可能だろう。
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何か見つめられているような大岩。あとはガレを忠実に詰め上がり、最後の100mだけスッキリとした尾根に逃げる。
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山ノ神はガレが大嫌いで、機嫌もよろしくないようだ。脚も遅すぎで、13:50って時間かかりすぎやん。下流部では私が写真にうつつを抜かしていたのと、詰め上がりで山ノ神が亀足の相乗(悪)効果やね
まあ目標通り石佛山の南側に抜けましたとさ。
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何か青空が広がってきたようだけど、暑くなるのは勘弁してよ〜
八人山集合体がよく見えるのは、気分いいけどね。
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石佛山から滝谷橋までは破線ながら一応一般道の下山なので楽ちんなハズなのだが、ikkoさんの仰通り、非常に大変だった。
まず石佛からP999までは自然林の中の途で、特に問題はない。そしてP999で左右に途が分かれている。左が見行谷、右が滝谷橋という指標が据えられている。その左のルートが非常に興味があるが、訳のわからないルートのため、ガイドブック(「奈良県の山」他、各種公式なもの)通り右折れして滝谷橋に下るのを選択(当然だ)。
するとネットのフェンスが左手(滝谷側)に現れ、植林のために築かれたものだと推察される。
しかしこのような途は別に特別というわけではなく、P744まではフツーに下れる。ところがP744で北西方向に振るのだが、ここからが鬼門だった。
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P744から下部は、モノレール沿いに途があるようだが、ほぼ真っ直ぐに付けられていた。モノレールはいつ頃敷設されてのかわからないが、おそらくは近年(10年以内)に造られたのではないだろうか。モノレール付近は伐採されているため、その側の途は乾燥が異常に進んでいるように思われる。よってザレザレで脆い土質になっているため、非常に滑りやすい。
これも推測にすぎないが、元々の登山道?は植林帯の中をジグザグに付けられていたに違いない。適度な湿り気は途を安定にしているが、人工的に伐採し、そしてモノレール沿いに途を付け替えた新道は、過乾燥のためそれも“自然”ではなくなってきているのだろう。
もっとも、他人の土地を登らしてもらっているので、文句は言えないのかもしれないが・・・
 
というわけで、下山もCT以上に時間がかかってしまった(CT=1.5時間、我々=2時間)。
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それにしてもこの辺鄙な県道はワンボックス車が非常に頻繁に通過して行く。これより上部には民家はないのだが、例の宗教施設に詰めている出家信者たちなのだろう。我々のマイカーまで10分ほどで到着したが、その手前にもうひとつ谷があって、その出合付近に気になる階段が・・・これは探索する価値あるかな?
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山行日:2013/9/29(日)
形態:ペア
天候:曇り後晴れ
撮影機材:PENTAX k-5,16-50mmF2.8
 

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