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私がこの場所、いや山小屋に戻ってきたいと思う理由はもうひとつある。
それは温かみを感じさせられる人とのふれあいである。
4年ぶりに再会した管理人の菊池さんは、すっかり小屋の顔として定着していた。もっとも私が老けてしまったためか、すぐには認識してもらえなかったが・・・
菊池さんはこの3日間、あまりの忙しさになかなか厨房から出てこれなかった。だからあまり話をする機会も持てなかったが、小屋の随所に苦労や改善の跡をみることができた。
そしていちばん嬉しかったのが、私の写真を飾ってくれていたことだ。
この場所はプロアマ問わず写真家たちのメッカでもある。三脚を持ってない泊まり客の方が少ないだろう。そんな写真家たちの立派な写真群の中に、拙作を入れてくれていたのは涙が出るほど嬉しかった。
今年の年賀状もたくさん飾られていた。ほとんどがここ裏剱の写真だが、私は昨年秋のド派手な八甲田。何か気恥ずかしいなぁ〜
この小屋のキーワード(合言葉)は、“モンローの唇”と“モリブデン”。もともとはモリブデンを採掘する鉱山の事務所として建設されたのである。輝水鉛鉱(MnS2)のカケラは、小屋前の通路にも結構落ちているので、興味がある方は見つけてみてください。
さて、初日(10/6)の夜は定員未満の宿泊客でよく眠れた。しかし翌朝は、予報通りガスに覆われていた。
当初から連泊を決め込んでいたので、天気が悪ければ中日(10/7)は沈殿するしかない。かなり滅入りかけたが、朝食後外に出てみると少しガスが取れてきたようだ。
小屋前のお地蔵さんの傍らには、オヤマノリンドウが雨に濡れていた。
しかしまだ剱の稜線はガスに隠されている。モンローの唇も霧のベールを纏ったままである。
天候の回復は午後3時以降との予報なので、まあ仕方ないか。一旦小屋に戻ってグダグダする。
しかし2時間後、小黒部谷側の先、つまり北の空に青い部分がのぞきかけてきた。
これは望外の回復かも
ミヤマアキノキリンソウはまだしも、なんとまあチングルマやイワイチョウ、ミヤマキンバイなどが残っているとは驚きだ。
既に何名かのカメラマンが剱池前に陣どっているが、私は別の小さな池塘の周りを散策しよう。ちなみにモンローの唇はその姿を現した。
太陽光に恵まれなくても、赤く色づいたチングルマとそれを写し込む池塘も、なかなか絵になる。
平ノ池は標高2000m。実を言うと、紅葉のピークにはちょっと早かった。どちらかと言うと緑の占める面積の方が
大きかった。しかしながら、景観的にはまったく遜色はなく、どこを撮っても絵になる。
お?・・・
おや?・・・
(つづく)
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北アルプス
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誰にでもココロのふるさとがある。
お気に入りの場所とも言うが、私にもいくつかのそんな場所がある。
大峰山脈の楊子ノ宿,岩屋谷大滝,狼平
北アルプスの白馬岳,薬師岳
屋久島
トムラウシ山
そして今回は、4年ぶりにあの場所を訪ねることにした・・・
そこは涸沢と比肩するほどの紅葉の名所だが、涸沢ほど人ずれしていない場所だ。アプローチが厳しいのがその理由だが、それを補っても余りあるほどの素晴らしい場所だ。涸沢には何の責任もないのだが、人の多さは確実に軽く常軌を逸している。この場所もこの時期はかなり多いのだが、それでも涸沢の1/50以下だろう。
このロケーションと、喧騒に至らない人の数が、癒しをもたらす理由だ。もちろんそれ以外にも理由はあるのだが、それは後述することとしよう。
10/5(金)20:00に自宅を出発、立山駅前の駐車場には翌1時前に着いた。まだ2割ぐらいの空きがあり、歩道上にテントを張ってしばし仮眠。しかし5時に目覚めたときには、アルペンルートの切符売場(5:20〜販売開始)には既に行列ができていた。
美女平行きのケーブルは始発から30分遅れの6:30の便となってしまい、早くも出遅れた格好になった。
7:50、室堂を出発。早くも上空の気圧の谷が接近しており、空は高曇りの2450mスタートとなった。
計画段階ではテント泊もあったが、私(右肩)と山ノ神(腰)、それぞれに不調を抱えているため、レベルを落として小屋泊とした。しかし目的地までのコースタイムは10時間となっており、前出の出遅れが影響する可能性がより高くなった。
こんな写真を撮っているヒマはないのだが、それでも室堂界隈は例年になく遅い紅葉のおかげで、太陽光がなくても十分すぎる鮮やかさで彩られていた。
奥大日岳方面も秋色に染まっている。
雷鳥平から別山乗越に向けて500m弱を登る。まずはこれが第1関門。
振り返ると称名川の谷筋、あるいは大走沢の斜面の紅葉も素晴らしかった。
そして高度を上げていくと浄土山の向こうに薬師岳が姿を現した。
別山乗越には10:10に到着。室堂から2:20だから、CTよりも30分ほど稼げたようだ。しかし寒いのでトイレだけ済ましてそそくさと下る。剱沢まで下ると早くも幕営準備を整えてまったりしている登山者も多い。できたらそうしたいのだが、まだ半分も進んでいないので、下山?を急ぐこととする。
早くも後立山連峰にはガスが掛かり始めたようだ。天気が予報よりも早く崩れるかもと危惧したが、剱沢右岸の紅葉に見とれながらの心配ごとは、切迫感もなかった。
11:40、剱沢雪渓に降り立ち、軽アイゼンを装着。
軽快な雪渓上のフットワークは20分で終わった。同時に軽アイゼンもここでお役御免(今回は持ってくる意味はほとんどなかった)。ここからはズタズタに裂けた雪渓を巻くべく敷設された右岸沿いのルートをくだらなければならなかった(県警または遭対協の隊員が監視している)。
長次郎谷(ちょうじろうたん)出合で、左岸側にトラバースする。そしてここからも歩きにくい夏道?を辿らなければならなかった。
真砂沢ロッジが見えてきたが、到着したのは何と13:30!(別山乗越から3時間以上もかかっている
しかも情けないことに、脚にキている。どうやらシモットノ谷遡行以降、3週間ほど山歩きをしていないこともあるのだろう。別山乗越からの標高差1000mの下りでヘタレるとは、私も退化してきているのだろうか。
だが時間も時間なので、今日はこれまでと決め込み、小屋の主(成司さん)に手続きをしようとしたら・・・
主「ダメダメ、今日はもう25人ぐらい断ってるから」
臆「え゛〜〜〜〜っ
主「ここから仙人池まで3時間半もあれば行けるから(そっち行って)」
詰め込み何でもございの山小屋とは異なり、この界隈の小屋は(特にこの時期は)予約していないと宿泊できないと思った方がよい※目的地の小屋にはちゃんと予約していた
山ノ神に腰痛の具合を訊くと、休憩すれば大丈夫との返答があったので、根性を出して行くしかないようだ。
14:40、二股着。ここからの画像は、復路を参照のこと。
そしてここから600m弱の登りが待ち受けている。この仙人新道を100mほど登ったところで、山ノ神の左脚が攣りだした。どうやら腰痛を庇っていたため、ヘンな負荷が筋肉にかかった模様だ。
山ノ神はキレたので(キレても仕方ないのだが)、少しでも負担を減らすためにいくばくかの荷物をこちらのザックに投入する。
そして仙人峠を経て、暗闇が辺りを包みだした17:50、ようやく目的地に到着した。室堂からきっかり10時間が過ぎていた。
(つづく)
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2012年10月8日(月)16:20、影が長くなる斜陽
美女平方面行きの高原バスを待つ乗客はおよそ1000名、いやそれ以上か
1階のバス乗り場から延々と続く行列は、2階→3階まで登ってもまだ続いていた。そして屋外の登山道まで溢れ出し、みくりが池方面へ300mほど進んだところが最後尾となった。
立山連峰の景色は最高だったが、なにしろ気温が下がっていく。こりゃたまらんとダウンジャケットを着込んで亀足の行列の仲間入りをするハメになった。最後尾を示す重たい看板をじりじりと移動するアルペンルートの職員に訊くと、
職員「こんなのは初めてです 連休最終日+好天+紅葉のピーク(※例年だともう終わっている時期)が重なり、アルペンルートは人でごった返していた。我々が訪れた目的地もかなりの人出であったが、それでも涸沢の20〜30分の1ぐらいだろう。
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2日目〜3日目(7/16)にかけての夜は、南からの湿った気流の影響か雲が多い状態が続き、星空としてはショボイ状態だった。サブハイが張り出してきていることは間違いないのだが、まだ完全に梅雨明けまでとはいかない気圧配置のようだ。ちなみに今年の北陸地方の梅雨明けは7/18と気象庁から発表されたが、山ヤ的な視点からみると実際の梅雨明けは7/24ぐらいだと思う(サブハイがすぐに7/19-22にかけて後退したので)。
夜中に何度も起きたのと、昨日までの疲れがたまってきたのか、ご来光をシロウマ山頂で観るなんていう気力は残っていなかった。4:30の日の出時刻も雲が多かったので果たしてご来光が見えたのどうかはわからないが、テン場からちょっと焼けた空を撮っただけ。
朝食を摂り、テントを撤収しようとする5:30頃には夏の太陽もテン場を照らし、3日目にしてようやく夏山らしい雰囲気を味わうことができた。
出発は6:00過ぎで、これも山ヤ的にはかなり遅い(体たらく)。下山ルートは大雪渓から猿倉,大池から栂池と色々選択肢はあるが、黒部市にデポしたクルマの回収をせねばならないので、蓮華温泉へと降りるコースを選んだ。ただしバスの時刻が13:35なので、温泉に入ることも考慮したら12:30には蓮華に着きたい。
というわけで、今日はあまり道草(お花観賞)をせずに、それなりのスピードで歩くことにした。
(旭岳 剱岳方面 杓子と白馬鑓) お天気はもっと良い状態を期待したのだが、まだ太平洋高気圧は前出の理由から南からの湿暖流の侵入を阻止できるほどの威力はなく、北アも南部の山岳ほどガスに包まれており、ここ白馬界隈も上空は雲に支配されつつあった。そして信州側からもガスが登ってきた。
ほどなく4回目となる白馬岳(しろうまだけ・2932m)へと登頂。人が多すぎるのと、ガスに巻かれつつあるので、ほとんど通過で先を急ぐ。
上空に怪しい雲はかかるものの、北又川源頭部から俯瞰する富山平野はカラっと晴れていて、能登半島までくっきりと遠望することができた。
花ロードはもちろんまだまだ続く。終わっていたと思ったツクモグサが、ほとんどドライフラワー状態だったが残っていてくれてラッキー
2重山稜から先にある鉄分を多く含む赤っぽい色の小蓮華山を目指す。
ミヤマアズマギクが咲いている。この花はどちらかと言うと夏後半の花なのだが、早咲きの個体もあるということなのだろうか。
雪倉岳はまた次回へと持ち越しとなってしまった。北アでも最北端となるこの山域、今回は南からの湿暖流の影響は最も小さく、いちばん「晴れた」北アになったようだ。長池(立入禁止)は、ようやく解氷したばかりのようだ。
信州側は雲海になっているらしく、それは壮大な雲上の感覚を味わうことができたが、白馬や五龍岳などは霧の中に埋没してしまったようだ。
ナナカマドの白い花が咲いている。秋には真っ赤な紅葉となるのだろうか。
クモマミミナグサが礫地に可憐な株を形成している。 朝日岳から日本海に至る栂海新道の山並みを見ながら白馬大池へと下って行く。
南風を利用して、凧を上げる若い登山者たち。やはりここは「表」のストリートということが実感できる。
白馬大池は以前訪れたときよりも、名物のハクサンコザクラが多いように感じた。時期的な問題なのかな?
ミヤマキンバイやタテヤマリンドウも、お花畑を彩る。できたらここでもう一泊したい気分になる。
大池からは天狗の庭を経由して、蓮華温泉へと至る。標高差も900mほどあるので、かなり脚にきてしまった。それでも一応、予定通りの12:30には到着できた。
(タカネバラ イブキジャコウソウ 蓮華温泉ロッジ) ここで内湯に浸かり、3日分の汗を落とす。バスに乗ってJR大糸線の平岩駅で下車。キハ120形気動車に乗り換える。
頚城の平野部を気動車は走る。フェーン現象で日本海側は真夏日まで気温が上昇。そんな盛夏の風景を思わせるフィナーレとなった。
糸魚川で日本海の幸をつまみ、二人反省会。そして魚津で45分の待ち時間があったものの、再び地鉄に乗り換え、越中から上越に抜ける山旅を終えることができた。
山行日:2012/7/16(月)
コース:白馬岳テント場〜白馬岳〜小蓮華山〜白馬大池〜蓮華温泉
形態:ペア
天候:曇り時々晴れ 撮影機材:PENTAX k-5,18-135mmF3.5-5.6,100mmF2.8macro,samyang 14mmF2.8 |
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不帰岳避難小屋内部は、ご覧のようにシュラフが吊り下げられていた。この情報は事前に仕入れていたのだが、さすがに我々はシュラフを荷物を外すことはしなかった(汚いから、ではない。翌日も別の幕営地や避難小屋で泊まることを考慮してである)。
(誰も居ない貸切状態だったので、床の上に店を開き放題だったw)
このシュラフ類は、富山県警山岳救助隊が使っているようで、備え付けの「小屋利用ノート」には、ほんの2週間前に訓練に訪れた旨が記帳されれいた。しかしながら今年に入ってからは、登山者が利用した形跡はなく、ハイカーがこのルート(祖母谷温泉⇒白馬岳)を通るのは我々が最初なのかもしれない。
(実は小屋内にトイレもあったようなのだが、板が立てかけられていたため恥ずかしながらそれには気付かなかった
さて、肝心の翌日からの天気だが、夜間は結構星もでていた感じで期待したのだが、夜明け前から大粒の雨が降ってきてしまい、メチャメチャ落ち込んだ。だから意気込んでいた早起きもせずに、もうグダグダの朝を迎えた。
(雨降る小屋前には、ミヤマキンポウゲが咲いていた)
実はこの2日目は、ここから白馬岳を経由して雪倉岳避難小屋まで行く計画だったので、メインというか晴れを切望(ある程度の確信もあった)していたのにこの状態だから、モチベーションも下がるはずだ。それでもさすがに停滞するわけにはいかないので、支度をして8時に出発。
しばらくは針葉樹の中のトレイルを往く。
振り返ると不帰岳(かえらずだけ・2054m,ピークは経由せず)が見えた。
標高2000mを超えると清水岳(しょうずだけ・2603m)から南西に伸びる尾根に乗るが、残雪も同時に多くなる。
実はこの日(7/15)、4名の登山者とすれ違った(おそらく白馬岳を早朝に出発してその日のうちに祖母谷か欅平まで下山するつもり)のだが、硬く締まった残雪上にはトレースはほとんど付けられておらず(雨で消されたというのもあろう)、そしてこの視界不良(霧で先が見づらい)で正規ルートを外すことがたびたび。
よって時間が想いの他掛かることとなった。
そんな悪天の中だが、いろんな種類の高山植物たちに癒される。
中でもシラネアオイの群落が、霧の斜面の中で揺れていたのは感動的だった。
そしてこの辺りから広大なお花畑があちこちに広がっていた。嗚呼、晴れたらさぞかし素晴らしいのに
シナノキンバイの群落の中に、
中には名前のわからないお花もあり、この黒い花は最初ミヤマアケボノソウかと思い込んでいたが、どうやら違うようだ(どなたかご教授を
(クロトウヒレンの蕾だそうです。木曽駒さんに感謝いたします) これはイワオウギとタカネグンナイフウロ、そしてミヤマクワガタだろう。
今回の掘り出し物はコレ↓ ミヤマハナシノブという名前の通り滅多に見られない清楚で花。日本では北岳と報恩三山、そしてこの清水尾根にしかないらしい。まだ完全には開ききっていないうえに雨に濡れてしまっているので美しく撮れていないが、いつまでもここで咲き続けて欲しいものだ。
チングルマの群落もあちこちにあり、またもや青空だったらこの世のものとは思えない絶景が・・・と憾みごとをつぶやく。
清水岳を示す指標(正確には山頂三角点ではない)には、12:20に到着。雨は止んだが、相変わらず濃いガスの中だ。
標準コースタイムでは2:30だから倍近くかかったことになる(遅すぎ)。ここから登山道は方向を変え、ほぼ東向きに進むことになる。どうやらこの清水岳までは白馬山荘か頂上宿舎のスタッフが、ベンガラでマーキングを施してくれているらしく、この赤色がなければまたしてもルートロスするところだった。
この先を進んでいくと、霧が晴れて、くっきりすっきりとはいかないまでも、お花畑が目の前に広がった。
(開花前のコバイケイソウとハクサンイチゲ、そしてその中にピンク色のハクサンコザクラが 白(ハクサンイチゲ)を基調色とするお花畑だが、その中に上のピンクと、黄のミヤマキンバイが散りばめられており、まことしやかに高山植物の宝庫といった名に恥じないシロウマだと痛感する。
そしてロードは砂礫地へと移行する。と、同時にお花の主役も交代だ。それはキバナノコマノツメとご存知コマクサの競演。
厳しい環境の中、地質や乾燥度合、そして日照時間の差が、彼ら(彼女ら?)のテリトリーを見事なまでに分けている。そしてその変化もまた我々の眼を愉しませてくれるのだ。
前方に小旭岳の鋭鋒が見えるが、これは右側を巻く。
ミヤマムラサキ,ベニバナイチゴ,タカネヤハズハハコ,咲きかけの(タテヤマ?)ウツボグサなどが沿道を飾る。
ルンルンのお花ロードばかりだといいのだが、そうも行かない。危なっかしい雪渓のトラバースが何箇所もあり、万全を期して山ノ神は軽アイゼンを着脱に余念がない(私はノーアイゼンで慎重に通過)。
視界はかなり広がってきており、白馬岳から北に続く稜線(小蓮華山など)や、振り返って辿ってきた清水岳方面、そして毛勝三山などが見えてきた。
南側の斜面の下には清水谷が刻まれている。ここを遡行するパーティは年に何組いるのだろうか。 そして15:50、ようやく杓子岳と数多くの登山者が往き来する後立山連峰の稜線が見えた。
オヤマノエンドウが群生するその稜線が、いわゆるメジャーロードで、その稜線直下の窪地に頂上宿舎が管理するテン場がある。
そしてそのテン場だが、上の画像を見てもわかる通り、ものすごい数のテントが張られていた。おそらく50張りは下らないかと
近年のソロテントブームには恐れ入る(全部が全部、ソロテントではないと思うが、ソロテントの数は確実に増えている)。
前日の不帰岳避難小屋の静けさとは大違いの喧騒ぶりだが、まさか今から雪倉岳まで行くわけもないし、その体力もない。
人の数は多いものの、やはりお花の素晴らしさには変わりなく、ウルップソウをはじめとする素晴らしい花たちに囲まれての宵を過ごすことができた。
(ウルップソウ,イワベンケイ,ミヤマオダマキ) 山行日:2012/7/15(日) コース:不帰岳避難小屋〜清水岳〜白馬岳テント場(泊)
形態:ペア
天候:雨後曇り 撮影機材:PENTAX k-5,18-135mmF3.5-5.6,100mmF2.8macro,samyang 14mmF2.8 |


