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10/11(日)、やはり朝から雨が降り出した。根性で焚火に再点火し、雑炊食らってカラダにも再点火。
そしてカラダの方にも根性を注入し、6:45雨中遡行へと繰り出す。
実は昨日の入渓時点で、私は失敗をやらかしていた。それは装備不全、具体的に告白すると、ヘルメットを忘れてきていたのである!
この時点で私は、遡行する資格はないと言える。
通常は「お前何考えてんだ
(3m幅広黒い滝?)
あと、山ノ神もマットを忘れていた。これは致命的ではないように見えるが、寝心地は歴然と低下する。いや、クッション性に加えて地表からの断熱性も大きくスポイルするため、眠れないかも。薄っぺらいアルミのレスキューシートが私のクルマにあったので、これで代用(にはならんか? “足し”程度やね)することにした。まあ、これも自己責任ということで。
雨中の遡行は快適ではないけれど、山肌を覆う紅葉は標高を上げたためか、あるいは雨で艶やかさを加味されたのか、美しさは決して低下していなかった。
紅葉を撮るのも青空と陽光が必須みたいなことをよく聞くが、私はそうは思わない。そりゃあ、太陽燦々+青空スカッの方が気分的に楽しくなるし、絵も派手な色とコントラストになるのは間違いない。但し基本的には被写体は樹なので、過度な陰影が逆効果になることもある(遠景の“山”を被写体とするならば別だが)。
写真家のしみてつ先生は、『ピーカンの紅葉は好きではない』とまで言い切る。私はそこまで威勢のいい発言はできないが、雨や曇りであっても紅葉の写真は十分成立するものだと思っている。
8:55、ca1385mのオホコ沢を右岸に分け、恋ノ岐川は蛇行を繰り返すようになる。これも『長〜い』沢の理由のひとつだろう。但し、この辺りの紅葉は掛け値なしで美しかった。
水量と川幅は少しずつ減少していく。小滝と小さなゴルジュを繰り返すのは前日と同じだが、滝の突破が小難しくなってきているように思った。
雨はありがたいことに止み間が増えてきた。但し、前線通過に伴うためと、当たり前だが標高を上げていくにつれて気温はどんどんと低下していくのがわかる。
紅葉・黄葉する樹もいろいろな種類が入り乱れる。カエデ系、ウルシ系、ツツジ(ヨウラク)系などがグラデーションを形成する。それに加えてブナやミズナラが深みを与える。
10:20、5mトイ状。特に問題なく通過。但し、遡行するにつれて(いや下流部もナメ部分は)ヌメリ度がUPしてきた。今回の足回りはおくが家とHGさんがラバーソール、Kさんのみフェルトである。
ca1490m付近、蛇行は以前と繰り返すが、再び河原で楽ちん。それよりも植生の変化に注目されたし。
それはツガやシラビソなどの針葉樹が混じるようになってきたということ。
川床を飾る苔も美しい。この沢は渓魚と戯れたり、こういった自然美を目の当たりにしながら遡行する沢だ。
恋ノ岐川(名前的には沢ではなくまだ“川”だ)は源流っぽくなってきたのだが、油断すると泳がなければならない淵があったりして、なかなか楽をさせてもらえない。っていうか、下流部より間違いなく難しくなってきている。
そろそろ魚止めの滝があるはずなんだが、まだかな?
12:00、ca1565m魚止めの滝(滝下からの写真なし)。長淵のゴルジュの奥の左手から7m滝が轟々と落ちており、その対岸つまり右手からもルンゼ滝が合わさってきている。これどないすんのかいな?と思いきや、長淵手前の右岸壁に取り付けば、Ⅲ-程度の登攀で滝上へと上がれた(↓画像は滝上からのもの)。
しかし、ここからがまだ長かった。決定的に難しいものはないにせよ、気温と水温低下も加わって、徐々に体力を奪っていった。
14:00、2段8m滝(実際はもう少しあるように思う)。実はこれが確信だと思い込んでいた。上段滝の巻きで難儀したというレポートを拝見していたからであるが、実際に見ると直登はNG。右岸のガリー状を登って激ヤブのリッジをさらに登攀するのがフツーかなと思ったが、HGさんがトップで滝身左手を登攀して突破した。但し岩盤はヌメヌメで、いやらしかった(もちろんロープを出した)。
14:45、5段50m大ナメ滝下。ちょっと時間が心配になってきたが、誰も稜線へとエスケープするとかいうことは言いださなかった。
ここから見えているのは最下段の10mぐらいの部分のみ。これを登っていくと、左折れし、そして開けたナメ滝が連続する。
上の絵にある最下段は何ら問題はなかったが、2段目より上部ではヌメっている箇所が多く、また斜度もそれなりにあるので、スリップしたら下まで逝ってしまう。私はコンタクトラインを灌木頼りにノーザイルで登ったが、女性陣を確保するためにHGさんはロープを出して確実に登攀。こういった入念さと正確さは、私は持ち合わせていない。
この大ナメ50mを登攀している最中に、後続の2人組パーティに抜かれた。この2人組は相当な達者のように思えたのだが、驚かされた事実が2つ。
一つ目は、昨夜は我々よりも上流(オホコ沢出合)で泊したとのこと。我々が前泊地で宴会をしている最中に抜かれたとしか思えないのだが、本日も彼らを追い抜いた気配はまるでなかった。どうやら雨のため出発を大幅に遅らせたとのことだが、そうすると遡行スピードはとても早いことになる(実際そうだったが)。
もう一つは、足回り。何とPUMAみたいな運動靴である。一応ヘルメット&ガチャは身につけていらっしゃるのだが、『これで充分』ということらしい。
大ナメ50m滝上からは高度感があるので、眺めもなかなかよかった。
それは我々が遡行してきた沢を俯瞰することでもあるのだが、広葉樹の灌木と喬木、そして針葉樹、さらにはチシマザサまでが形づくる植生の沢筋と尾根であることがわかる。この植生の“多様性”は、実に素晴らしいものだ。
眺めは素晴らしいが、我々パーティは困難が忍び寄っていた。このとき既に15:30。あと2時間以内に稜線の登山道に出なければならない。稜線までは標高差200m、直線距離的にも500mぐらいなので、通常ならば1時間もあれば十分だと思われたが、そうではなかった。
このときいちばん元気だったのは何故か山ノ神。次がHGさん。私は終始合羽(上しか持ってきてない)を着込んでいたが、だんだんと寒さを感じてきた。そして屈強クライマーのKさんの動作が緩慢になり、簡単な段差・ギャップの登下降にも支障をきたすようになってきた。
寝不足などの疲労によるものかと思ったが、どうもそうではなさそう。蒼白な顔色から見てとれるように、冷たい水に浸かり、また雨にも打たれたことから、低体温症の入口に差しかかっていることは間違いない。
それでも休み休み遡行を続けるしかないので、頑張ったが、雨が強くなってきて、さらに体力を奪われる。
そしてガスに覆われ視界も悪くなってきた。おまけに源流はヤブが濃くなってきて、泣き面に蜂のように行動も妨げられる。なおかつ、小滝の登攀からも解放されないので、なかなか高度を稼げない。
日没し、ヘッデンを灯すが、霧中のヤブ漕ぎ混じりの詰めは、辛いというか、ヤバいというjか。
17:45、私は決断を下す。奇跡的に4人テントが置ける(“張れる”とはとても言えない僅少)スペースがあったので、ここでビバークするとHGさんに提案した。
このまま通常の1/3まで活動能力が低下したKさんと共に闇霧ヤブに突っ込んだら、確実にどこかで動けなくなる。いや、我々でさえもヤバい。よって、この決断は正しかったと思う。
草付きのスペースは凸凹だらけだったが、とりあえずその中で暖をとるのが先決。2つあったガスボンベとストーブを点火。そしてラーメンを作って食べる。ここで山ノ神が持ってきたフリースをKさんに着てもらい、極力ドライな状況で就寝してもらうことにした。訓練されているHGさんは、これぐらいの環境ならば普段通り寝ている模様。
おくが家はというと、マットを横にして山ノ神と共有。あとは昨日通りダウン上下を着込んだのだが、濡れた状況では保温性は著しく低下。着替えを(何と)2着ぶんも持ってきている山ノ神はそうでもなかったが、私はダウンしか着替えを持ってきてないので、一晩中震え続けていた。
つまり一睡もできなかったという記憶しかないのだが、実際はそう長く感じなかったので、まどろんでいた時間の方が長かったのかもしれない。いずれにせよ、まだ若い(50歳だが)。これぐらいで翌日の行動に影響が出るならば、沢や雪山泊なんてやってられない。
とは言え、やはり天候判断は甘かったということになる。有名な2006年10月7日の白馬岳大量遭難事故例(熊本パーティ)にもあるように、“遠方から来たので機会を逃したくない”という言い訳をしてしまう可能性は、私にもあったことになる。
続いて、コースタイムの甘さ。上記アクシデントはあったものの、完全遡行を諦めて2段8m滝下にある枝沢からエスケープしておけば、安全にキャンプできたはず(キャンプはフォーキャストビバークであって、緊急ビバークとは性格はまるで異なるもの)。こういった安全意識は、ぜいぜいさんを見習うべきであった。
そしてヘルメットやマットの不備といった装備上の問題。
以上、全てが“イケイケと甘さ”によってもたされたヒヤリハットだったのだが、大いに反省すべきである。
おっと、危険はまだ解決されたわけではない。とりあえず今宵はこのビバーク地で凌げるようだが、明日、稜線まで出られるのか?
天候はヤマテンの予報通り、大荒れになっているのだろうか?
濡れた状態で暴風や吹雪になっていたら、またしても、いや今度は全員が低体温症になるのではないだろうか?
(別目につづく)
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その他の山域
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---顕著な滝も、大ゴルジュもあるわけでもないその渓は、美しさと麗しさをゆったりと堪能するのに相応しい---
10/10(土)8:25恋ノ岐橋から見下ろした川は穏やかだった。
奈良から600km弱の道のりはさすがに遠かった。今回は、HGさん家とのコラボ。おくが家号とHG号に2名ずつ分乗し、ひたすら北陸道を走り続けた。
入渓ポイントから12km離れた下山口に、おくが家号をデポ。しかしそこは一般車が入ることのできる唯一の登山口でもあるので、百名山のこの平ヶ岳、この3連休の、この時間帯では、既に一杯いっぱい。
3日間、路肩に駐車するのも心配なのでどうしようか。ふと見ると、バイオトイレの横には1台ぶんのスペースが空いている。但しそのスペースにクルマを入れるには、車幅+30cmぐらいの電柱をすり抜ける必要があったが、慎重にクルマ入れをして事無きを得た。
今年の紅葉は全国的に早めらしいが、標高約800mの入渓地ではまだまだ色づくというレベルではなかった。しかし30分ぐらい遡行していくと、早くも秋色の両岸が現れ、気分も高揚する。
滝はいずれも10m以下の小滝とされるものばかりだが、淵や大釜を従えているものが多い。夏季なら泳ぎを交えて突破するのが楽しいだろうが、もうすぐ降雪に見舞われる遡行適期の最終盤なので、できれば浸かりたくない。
実はこの前日(10/9・AM8時)にヤマテンから大荒れ情報なるアラートが発令しており、それを読んだ私は戦慄を覚えていた。
『10/11は、日本海を低気圧が発達しながら北東へ進み、ここから延びる寒冷前線が午後、中部山岳北部を通過する見込みです。南側が開けた稜線や尾根上を中心に南西風が非常に強まっていき、昼前から稜線では雪、他は雨が降り出し、午後は雷を伴って激しく降る恐れがあります。また午後は急速に気温が下がり、夕方には北アルプス北部で2,200m付近まで、北アルプス南部でも2,400m付近まで雪に変わる見込みです。
10/12は冬型の気圧配置となり、午前中を中心に稜線では西風が強まる見込みで、次第に雪も降りだして荒れ模様の天気となるでしょう。気温も低く、低体温症の極めて起こりやすい条件が続く見込みです』 上記アラートを読んだ私は、かなり迷ったがHGさんとも協議した上で、決行することにした。判断理由は、①アラートの対象山域からは一応外れていること(尾瀬エリアには出ていなかった)。②完全に楽天的な推測だろうが、こういった連休でのアラートは若干バイアスが入っていると思うから。③遡行2日目は雨が降るだろうが、上流なので増水にもある程度耐性があり、エスケープも可能なこと。
である。
ちなみに地上予報(気象庁:新潟県中越)では、初日=
だがその判断は、結果からすると甘かったと言わざるを得なかった。
理由はやはり天候判断、次にメンバーの体調判断、そしてコースタイム判断、以上3点の甘さである。この“体育の日3連休”の中部山岳においては、過去に幾度も気象遭難による死亡事故が多発しているのはもちろん熟知しているのだが、かなり自分本位で物事を考えていたように思うのは、大いなる反省点でもある。それがパーティ山行の難しさではあるが、また逆に言うと収穫もあったのも事実。
おっと、行程を紹介しよう。
初日はca1280m付近で渓中泊、2日目は恋ノ岐川を完全遡行して稜線に出て姫ノ池キャンプ指定地(標高2080m)泊、3日目は一般道を下山、である(どこが紹介やねん)。
実は山行前の段階では、最も2日目の稜線テント泊での荒れ方(強風)であった。何しろ開けまくっているそこで荒れられたら、テント倒壊の危険性があるかなと。
まあ、この後どうなったかは、3部作の記事をお読みください。
とにかく初日は予想通り高層雲の掛かった晴れというか、薄曇りの状態。青空スカッ!ではないにせよ、遡行には全く問題ない好天に恵まれた。これは予想通り。
この沢の下流部は、“ここが見どころ!”といった顕著なポイントはないのだが、自然林に囲まれた渓相はとても美しく、“遡行を愉しむ”渓だろう。
(2段4m滝)
メリハリがないと言えばそうかもしれない。事実、めちゃくちゃ長かった(だから3日もかかるのだが)。まずもって滝屋さんは訪れる沢ではないだろうし、どちらかと言えば釣屋さんが多い渓というのもわかる。
私は両方のカテゴリに属する者ではない、なんちゃって沢屋であるが、沢を登路のひとつだと考えている(奥剣又〜八経ヶ岳と同じ)。そして“渓を撮る”沢屋も自任しており、それはぜいぜいさんも、そして今回同行させていただいたHGさんも同じだろう。
但しHGさんも、その奥さん(Kさん)もバリバリのクライマーでもある。これはおくが家とは全く異なる技量差で、特にHGさんは30年近く“訓練された”クライマーである。そしてHGさんは、ぜいぜいさんの長男さんと同様に、『詰めない沢は面白くない』といったタイプであることが面白い。
そしてぜいぜい家は、この3週間前にここを遡行されており、いろいろと情報を教えてもらった。感謝いたします。
さて、遡行は続く。下流部は小滝や淵はあるものの、いずれもへつりや小巻きでこなしていける。お助け紐も必要としないので、“デート沢”と称されるのも頷けるような気がする。
ただその称し方は、下流部だけを指していると思われる。後述するように全体を指して言えば、長い・(上流部は)小難しい・(詰めを間違えると)激ヤブの3重苦は、とてもとても“デート沢”とは言えないのも事実。
大釜は続く。南紀エリアなら喜んで?泳いだかもしれない私だが、雪国エリアではさすがにそれはできない。
ca890m。右岸から枝沢が5m滝となって出合う秋色が深まる場所。
その後に出てくる4m滝。大滝はないにせよ、河原がずっと続くというわけでなく、変化があって面白い。
この沢では有名?らしい2段8m滝。手前の倒木がちょいジャマかな。
下段は2条になっており、HGさんも三脚を持ちだして撮影タイム。
上段は水勢があって、なかなかの迫力。
この2段滝を越えると、もうひとつ釜が出てくるが、
その後は、ナメが美しく続く渓相となる。
しばらくは穏やかな流れで、緊張は(今日はほとんど緊張する場面はなかったが)完全に解いてゆる〜り遡行。
11:20、清水沢出合。この辺りの渓相と紅葉が最も美しかった。
ところで、これも後述するのだが、この山(あるいはこの辺りの山域)の稜線部には、ブナ林はほとんどなかった。だったら沢筋にはブナで占められるのかというとそうでもなく(元々、水際にはブナは優勢ではない)、この標高(900〜1000m圏内)においてブナやミズナラが目立っていた。
ただそれは、白神や森吉エリアのように、純林に近いブナ林といった植生とは全く異なるものであり、北陸〜東北エリアの紅葉と言っても多様性に富んでいると私は思う。
と、ここでまた、やってしまった。あまりにも頭を空っぽにし過ぎたせいか、カメラを出しっぱなして歩いていたときにナメですってんころりん。カメラを1秒間の水没。ボディはビクともしないが、簡易防滴のレンズは少し浸水したようで、レンズ情報が認識されないし、AF動作もヘン。後日完全回復したが、相変わらずドンくさい。というか、油断大敵ですな、やはり沢では。
2条3m滝は右岸ルンゼより巻き上がる。
晴れ間は完全に雲に占められてしまったが、肌寒さまでは感じなかった。この日は。
遡行図には幅広3mと記載されている滝だが、全体的一様にワイドな流れではなく、くの字に近い屈曲滝のように見える。
12:40、ca1020mの右岸枝沢が合わさる5m滝。
この辺りは、ポットホールが点在していた。
小さなゴルジュが出てくる。基本的にはへつりと高巻きで通過していくが、時にはへそまで浸かることも。これはぜいぜいさんの情報通り。
遡行図には2条3m滝とあるが、2条にはなっていない。ということは、やはり水量が少ないのか(そうは思えないのだが)。
植生は再び変わり、ブナやミズナラは劣勢となってきた。
三角沢を過ぎ、遡行図“石積みの4m”滝だろうか。
この辺りは、大岩が点在するものの、紅葉が美しかった。ちなみに水の色は、越前さんの言うところの“バスクリン”色で、やはり同じエリアにあるヘイズル沢と似ているのは当然。
14:30、7m幅広ナメ。冒頭にも掲載したが、実(げ)に美しきかな。
階段状3m滝。美渓遡行だが、それそれ疲れてきたかな。やはり長距離運転は苦にならないというわけにはいかないので、そろそろ泊地を見つけよう。
このもう一つの階段状5m滝を越えた先の右岸に、ひと目でわかる台地があり、そこへ登っていくと、極上の物件があったので、設営することにした。
焚火で焼き物をいただくが、釣りのできない我々はここ名物の巨大イワナを食すことはできない。もっともこの時期は禁漁期だが。
それの代わりというわけではないが、山ノ神の知り合いが紀伊山地で鮎を捕獲してきたので、それを焼くなんて聞いたら、釣屋さんはプッ
今回のテントはステラリッジの4人用。2人用×2張りという手もないことはないが、やはり縦走山行における団装はムダのない方が合理的だ。そして2張りにしていたら、翌日に発生したアクシデントで、とんでもない事態に陥っていた。
(別項につづく)
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9/23(水)、午前1時前にゴソゴソと起きて天幕の外に出て、シゴト再開。弓張月は地平線へと沈した後なので、“星”を撮るには好条件となった。但し、月光がないと“山”はシルエットとなる。だから両方とも撮りたいというわけだ。
後旭岳の左肩から、オリオンが昇ってきた。
M42を引っ張って撮る。強風で微妙に流れたりブレたりするので収率はよくないが、アストロトレーサーがあるとこれぐらいの絵は撮れる。
横構図で白雲岳(中央下)をバックに、同じ方向(冬の大三角方面)にレンズを向ける。その左側に下界から漏れる光は何だろうか。層雲峡はこの構図外にあるため、そうではない。その光の方向には大雪湖があるが、まさかそこに街灯りがあるとは思えない。大きな市街と言えば北見市がその方向にあるが、85kmぐらい離れているので、それが写るとは思えない。謎だ。
今日登る旭岳の方向は、一等星の少ない秋の星座エリアなので、地味な絵になる。下の絵の上端付近の中央ちょっと右手に明るい滲んだような星?があるが、
それは星ではなくM31、通称・アンドロメダ銀河という小宇宙だ。
旭岳の北方向には、夏の天の川が地平線へと消えようとしていた。それは夏の残り香でもあった。
これからはこのM45、すなわちプレアデス星団とつきあっていく季節の訪れということだ。
山岳風景とコラボする星景も、そして山岳がなくとも撮れる月や惑星、星雲星団の被写体を撮ることは、私にとってはとても楽しく、有意義なことだ。寒くても、風が強くても、不思議と時間を忘れて撮影している。そして長秒露出している間は、ぼーっと星を眺め続けても何故か飽きないものだ。
この日も知らない間に1時間半が過ぎてしまった。おっと、2時をとっくに過ぎているじゃあないか!
山ノ神を叩き起こして、てきぱきと朝食を作って食べる。
4:40、我々は旭岳(2291m)の山頂に立った。二人占めの山頂だったが、風は半端なかった。
風速おおよそ20m/min。強風を通り越して暴風に近い。下手なポイントで撮影すると、三脚ごと風に持っていかれるので、指標や岩を風除けにして、撮影ポイントをつくる。
まだ日の出までは少し時間がある。東の方向には、まさに“東雲(しののめ=夜明け前の薄明)”の山岳風景があった。御鉢を中心にして、その周辺の北鎮岳、凌雲岳、黒岳、北海岳などが黎明の姿を見せていた。背後には、ニセイカウシュッペ山などの石狩山地北東部(北大雪)の山並みがあった。
西南西方向を俯瞰すると、姿見ノ池とRW駅。もっと下には忠別湖や、旭川の街灯りも朝もやの中から漏れていた。
再び南東方向に眼を向けると、特徴的な山容の山並みが。三国峠辺りの方向なので、三国山だろうか。正確な山座同定はできていない。
そして待望の日の出は、白雲岳の少し左手(北方向)から現れると予想された。
5:11、オレンジに染まる東空から、旭日が雲の中から飛び出してきた。
そして変形太陽となって、ここ旭岳を照らし、一日の始まりを告げた。
十勝連峰の美英富士(中央手前右)、美瑛岳、そして滝雲が流れる十勝岳の夜が明ける。この山域も、是非歩いてみたいところだ。
その大きさ、スケール感、そしてクワウンナイ川(2009年遡行済み)をはじめとする名渓を麓に従える大好きな山、トムラウシ。ここは再訪する。ルートを変えて登る。そして必ず遡行してみる。
朝日が山をシルエットから、陰影と光の姿に描き変え、夜の世界から解き放っていく。
御鉢を中心に、北鎮岳〜黒岳の稜線をクローズアップ。
黒岳より歩いてきた北海岳〜烏帽子岳〜小泉岳方面を遠望する。それよりも背後の北大雪の山並みが気になる。左上の山は、おそらくは武華山だろうか。
トムラウシ山方面にもだいぶ陽光が当たるようになってきたようだ。しかし、あまり悠長にはしてられない。
それは7時頃を目標に、RW山頂駅(姿見)へと下山したいからだ。しかし、この暴風は予想以上で、困った。
山頂から金庫岩付近までは、西風が遮られる地形のため、一旦は弱まった。しかし、そこから右折れして進路が西向きに変わると、再び暴風に煽られる。
この美しくも神々しい朝の風景とは裏腹に、風との格闘に労力を使った。もっとも我々は訓練されて(慣れて)いるため、御し方もわかっている。
耐風態勢をとるのがその御し方ではない。風向きに身体を預けるような態勢に身体を傾けながら、下山するのだ。
“影旭”がくっきりと姿を下ろしていた。ギリギリまで山に居ることができてよかった。
さあ、もう大雪山系の雄大な山並みと、特徴的な紅葉の景観も見納めになるようだ。くっきりと目に焼き付けておこう。
オプタテシケ〜美瑛〜十勝〜富良野岳の十勝連峰ともお別れだ。素晴らしい姿を拝ませてもらって、ありがとう。
大勢のハイカーが登ってくるが、かなり苦戦していた。この風ではさもありなん。中には『ボク、登れますか?』という答えようのない質問をするハイカーも。そういう質問をする登山者は、まず登れないけどね。
姿見ノ池まで降りると、さすがの風も穏やかになった。今朝は暴風に抗って登るよりも、この辺りで紅葉を愛でた方がいいかもしれない。太陽も高くなってきたら、風も収まってくるだろうし。
そして予定通り、7時には山頂駅に到着。下山時にはあまりにも風が強すぎて、RWが運行停止していたら一巻の終わりだと心配していたが、ハイカー達が登山を始めているということは動いている証拠なので、途中から安心した。
さて無事下山して、デポしていたクルマに乗り込む。この時間帯では営業している温泉などはなく、途中のスィーツ屋さんに立ち寄って、しこたま菓子を買い込み、早くも“食”モードに入った。
余裕を持って旭川に帰着。クルマを返却し、またしても駅前のイオンモールにて食材や酒類を買い出し。
9:55発のスーパーカムイに乗車し、新千歳空港へと向かった。車内ではもちろん、宴会モードとなった。
新千歳空港では、また別の甘いものを買いあさり、機中でも2次会。そして奈良に帰着してからも、飲み屋に突入して3次会。こんなに歩き倒したのに、体重が増加したのは言うまでもない。
まあ、それはさておき、いい旅行と山旅であった。
山行日:2015/9/21(月)〜23(水)
形態:ペア
天候:1日目=晴れ時々曇り,2日目=晴れ後霧,3日目=快晴
撮影機材:PENTAX k-5IIs,16-85mmF3.5-5.6,samyang 14mmF2.8,300mmF4 |
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9/22(火)、2時頃には雨は止んだ。そしてシゴロで起きて出発態勢へと入る。
前夜の鍋物の残り汁に、同じく残った白飯をぶち込んで雑炊にするパターンは、生ものを扱える複数泊山行の初日の定番でもある。そして簡単で美味しいので重宝している。
おっと、外に出たら、我々のテント(下の絵の右端にある)の周囲だけが水たまりに。これは設営ポイントを決めた私の失態とと言えよう。
さあ、金色の旭日を浴びるとするか。
あれ?水場は、結構出ているやん。まあ前夜の降雨のせいでもあろうが、これぐらい出ていたら、前日苦労して沢まで往復せんでもよかったかも。しかもその沢は位置関係からして、避難小屋のトイレ(垂れ流し)の下部にあると思うんですけど
湿地帯からゆっくりと高度を上げていく。草紅葉はこの朝日を浴びて、さらに彩度を増している。
稜線に出ると、前日と同じようにウラシマツツジの紅はところどころに残っていた。それよりも目に付いたのが、このチリメンジャコのような物体。これは何の枯れ木?だろうか。
白雲分岐から烏帽子岳(右)、黒岳(中央)、凌雲岳を見る。
そしてこの分岐に重荷をデポし、白雲岳へと寄り道する。
この辺りは白雲平と呼ばれるところで、まさに真っ平な台地となっている。
ただ天気としてはよくない。朝日の方向である東側は晴れているが、北西方向からはヤマテンの予報通り、雲がひっきりなしに登ってきている(上の絵)。
白雲岳のピークに近づくにつれて、大きなガレが堆積し、岩場の様相となってくる。
7:25、白雲岳(2230m)到着。やはり西側はガスに覆われ、遠望は効かない。
ここでガスのお陰というか産物のブロッケンと遭遇。しかし私のレフ機では全くピンを外している(下右)。山ノ神のスマホでは、ブロッケンがあるかないかの不明瞭な絵となってしまった。
写真としては失敗作だが、ブロッケンはずいぶんと久しぶり(以前どこで見たか記憶にないぐらい)だった。
ガスはそこそこの風を伴っているので、5分ぐらいでピークから引き返す。
東側は往路のときよりもクリアな空で、気分も上々。烏帽子岳はその名の通りの山容だが、登山道は無いらしい。
さて、我々は縦走路から北海岳を目指そう。
先程まで立っていた白雲岳ピークを、別の角度から見上げる。避難小屋のテン場からの山姿とも違う、白雲平からではの景色とも全く異なる、ここからは苔の岩場越しの山容だ。これはピストンでは得られない縦走の醍醐味でもある。そう!天気予報が悪くても、マットやシュラフが濡れてしまっても、簡単に下りてしまっては勿体ないモッタイナイ。
チングルマの花穂はもう既にドライフラワー化している。ゆらゆらと風にたなびくことはなく、完全に固まったままで茎と共に風に煽られていた。
再び白雲岳を振り返る。この山は見る方向を少し変えるだけで、実にいろいろな表情を見せてくれる。
北海道らしい、だだっ広い山岳風景の中を歩いて行く。
9:15、北海岳(2149m)到着。しかしここでは、いやここからはガスの中に埋没してしまった
表大雪の北西部の稜線は、北からの湿った気流に支配されてしまったようだ。全くもって、ヤマテンの予報の精度の高さには恐れ入る(昨日は好い方にブレてくれたけど、今日はさすがに二匹目のドジョウはいなかった、ということ)。
たまにガスの切れ目から御鉢平の紅葉を遠望したりしながら、強風の吹く方向に顔を当てながら、少々辛い縦走となった。
眼下に流れる忠別川源流と、北西方向から眺める白雲岳。今回は、この山を巡る山旅だったのかもしれない。
縦走路の分岐地点でもある間宮岳では、再び荷物をデポ。ここから旭岳を越えて登山口の姿見までは3時間ぐらいのCTなので、本日中には下山し、暖かいご飯と温泉にはありつける。しかも明日(9/23)は9時までには絶対に旭川には戻らないといけないので、フツーは今日中に下山するのが安全策だろう。いや、下山しない方がクレイジーとまで評されるかもしれない。何しろ、少しでも、一箇所でも(たとえば道を間違うとか、ロープウエイが運行休止するとか、下山後の道が渋滞するなど)アクシデントがあれば、飛行機には乗り遅れてしまうのだから。
しかし私は降りなかった。自分の立てたプランを遂行するために、退路はもう絶ったのだから。沢登りをやっている以上、安全策という文字は、一般山行においても後方に置かれているのは自慢じゃないが、事実でもある。
(但し、その考え方は推奨しない。そしてその考え方は、他の同行メンバーにも迷惑をかけることがある)
ということで、間宮岳から中岳温泉まで寄り道することにした。このときのプランは、野湯に入ってまったり〜
ロケーションも、泉質(硫黄のニオイが心地よい)もよく、できたら全裸でじっくり浸かっていたかったが、さすがにそれは憚れた(やってみる気も皆無ではなかったが、間違いなく多数の女性に白い目で見られたことは間違いない)。
裾合平の上空はまだガスに覆われていたが、ここから眺める紅葉もなかなかよかった。
ところで大雪山系と言えばナキウサギ。実は昨日の緑岳でナキウサギを至近距離で目撃したのだが、それを撮り留めることはできなかった。今日も泣き声は聴いたが、姿すら見せず。ホシガラスがガスの中から顔を出したのを、辛うじて(ブレまくりながらも)撮ることにとどまった。
今日の宿泊地である裏旭キャンプ指定地には14:30頃着いたが、まずは強風対策が必要だ。だがここには、石積みのバリケードで囲まれた好物件がいくつか残されており、その一つにありつけることができた。
風は人間にとっては強敵だが、濡れた装備に対しては、乾かす利点もある。日暮れまで少々時間もあるので、飛ばされないように注意しながら、濡れモノを乾燥させた。
夕刻になると、旭岳を支配していたガスも徐々に取れてきた。これもヤマテンの予報通りだ。
今日の月齢は9。その弓張月が、夕景の空には姿を現していた。
このキャンプ場(管理人やトイレ、東屋などは一切なし)の北側にあるピークは、熊ヶ岳(2108m)というあまり近寄りたくない名前の山がある。もっとも登山道もないので、近寄る人は多くはいないだろうが。
南方向には後旭岳(2216m)がある。なだらかな山容なので目立たないが、これも登山道はない。
そして白雲岳もここから見える。ブロッケンと遭遇したピークの指標が、右端に立っているのがおわかりだろう(肉眼ではもちろん見えません)。
そしてその右奥には、昨日登頂した緑岳が夕陽を浴びていた。これも山頂のケルンと指標が、等倍で拡大すると写っていた。
日没は17:30過ぎ。そして薄明が終わった頃、再びテントの外に出て仕事を再開。
山の晴れの夜は眠らない。場所にもよるが、こういった開けた場所で月星夜を見過ごすわけにはいかない。撮らないのはモッタイナイ。これほど美しい夜景なのだから。
少し旭岳方面へと登ってみよう。テントの灯りのバックは、先ほど紹介した熊ヶ岳だが、その後方には比布(ぴっぷ)岳や愛別岳にも星が降り注いでいることがわかる。
下界、すなわち旭川の街灯りが、テン場越しに眺めることができた。
熊ヶ岳の右肩からスバルが昇ってきた。どうやら天気は回復したようだ。やはりここで一夜を過ごすことができてよかった。もっとも、明日はシゴロどころでは間にあわない。サシゴでもダメ。ニサシの指令を山ノ神に出して、一旦就寝した。
(別項につづく)
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沼めぐりから戻った後は、理由その2でデポした荷物を撤収し、後半戦に突入する。噴煙立ち込める源泉地帯をよそに、重装備と化したザックを背負って、樹林帯の登りにかかる。
それにしてもテント泊ブームという風評とは正反対に、私が所属する山岳会ではここ数年、日帰り山行や営業小屋泊まりの山行を好む会員が多くなってきている。平均年齢は少し下がってきている(つまり新規入会者の年齢が若くなってきている)のだが、軟弱化しているのは何故だろうか?
もっとも北アルプスの有名(というか人気のある=行きやすい)テン場が溢れ返っているのは、ソロテントが激増しただけのハナシであって、テント泊山行者の総数は、以前とさほど変わっていないのかもしれない。
つまりは、このブログでも書いたように前出の現象(テン場いっぱい)は、団体行動と規律を要求される山岳部・会を是とせず、ただ単に「自由」を追い求める若い登山者が増えた結果だけなのかもしれない。
そしてスピードを求める軽装の日帰り山行のスタイルが好まれるのも、これまたスピード時代の現れであろう。我々のように、鈍重な装備でガチャや三脚を担ぎながら2日以上のスローリーな歩みの縦走を好む登山者は、すでに古くさいスタイルなのかもしれない。
が、私は山が好きだ。その好きな山の中で、できるだけ(かといって1週間以上というのは苦痛になるので、片手の指の数ぐらいが程良いが)長い間過ごしたいと思うのがフツーではないか。ならば渓谷やバリエーションルート、そして雪山といった営業小屋のないエリアの山旅をするには、テント泊しかない。
つまりは、テン泊装備(季節にもよるが、平均して約16kg)を担げなくなったら“終わり”だと思っている。そしてありがたいことに、現在の私と山ノ神には、その体力がまだ残っているということだ。だから年に15泊ぐらいは、テントで泊まる山行をこなしている。
テント泊では寒いとか、ぐっすり寝れないとか気にする方もいるが、それは私にとってはどうでもいいことだ。自宅の布団の方が格段に眠ることができるのは、間違いない。
だいたい山には熟睡をする目的で行っているわけではない。世俗から離れた美しい山岳風景を見て、撮ることが目的だ。だから快眠度が下界の7割程度であっても、時には1割まで低下したとしても、それを翌日の行動計画の変更理由にはしない。ましてや、下山するようなことは絶対にない。
理由は山が好きだから。そしてマイナス要因は“慣れ”で克服している。
だがこのように吠えまくっている私でも、10年後、20年後まで、このようなヘヴィ&スローなスタイルを続けているとは思えない。さすがに70歳近くになっていると、日帰りや営業小屋泊のスタイルに変わってきていると思うが、年に数回ぐらいは、渓中で泊する体力を維持していたいものだ。
閑話休題。後半戦は、緑岳への登り。第一花園手前の紅葉が素晴らしかった。第一花園より上部は森林限界を超え、展望が開けて爽快だったが、チングルマやウラシマツツジの紅葉は終盤を迎えていた。
緑岳は、その名の通りハイマツの緑色が似合うピークだが、抜群の展望と、裾野の樹林帯の紅葉を目的に、高原温泉からピストンする登山者は多いようだ。この日も、下山してくる登山者とすれ違う機会が多々あった。
展望というと、東大雪の山並みもそうだったが、それよりも裾野に広がる原生林の彩りが実に素晴らしかった。この延々と広がる太古の森が錦秋の輝きを見せるときに登ることができて、実にラッキーだった。
ハイマツの中に、ダケカンバの黄金色が点在し、そしてその森の中を沢型が幾筋にも走る。その際には、ナナカマドなどの紅葉が赤のアクセントを加味する。このような景観は、本州の他の山岳エリアにもあるだろうか?
ご存知の方がいらっしゃったら、教えて欲しい。
こういった情景は、長めの玉で引き寄せてみたくなる。するとまた別の眼で、絶景を見せてくれる。
15:40、緑岳山頂に到着。さすがにこの時間には誰もいなかった・・・と思ったらトレランにような軽装の単独者が、白雲岳方面からやってきた。どういう山行スケジュールなのだろうか?
白雲岳の左肩の奥に、旭岳が見えている。どうやら本日は、午後も天気がもってくれたようで、恵まれたようだ。
旭岳のさらに左手の奥には、ダム湖らしきものが見えているが、これは忠別湖だろう。手前の小ピークは小白雲岳で、その手前の台地は高根ヶ原である。
さて、もう時間も押している(経度が高いので、日没時間も早い=当日の日の入りは17:40ぐらい)ので、まったりせずに本日の泊地まで移動せねばならない。
稜線歩きから一旦雪渓の残る沢まで下降し、そこからまた登り返さなくてはならない。それがかなり辛かったが、1時間ぐらいで白雲岳避難小屋のキャンプ指定地に到着。
ここの避難小屋は、9月末まで管理人が常駐しているとのこと。小屋の中はごった返しているので、迷うことなくテントを設営。その管理人さんに水場はどこですか?と訊いたら、TSそばの水場は涸れ気味なので、たくさん欲しくて体力があるならば、上の画像にある沢までもう一度往復した方が良いと言われてしまった
はぁ〜〜〜〜ってな感じだったが、最後の体力を振り絞って、容器を抱えてもう一度沢に降りて行った。
(山ノ神が発見したラブリー
翌日のヤマテン予報は芳しくない。
『22日:寒気を伴う上層の気圧の谷が通過するため、朝まで雨が降りやすく、積乱雲の発達に注意。日中は次第に日本海の高気圧に覆われるが、高気圧の北縁を回る湿った空気の影響で、稜線の雲はとれにくく、天気の回復は夕方以降になりそう。稜線では午後を中心に北寄りの風がやや強い』
そして就寝した頃から雨が降ってきて、それは一晩じゅう降り続いた。おまけにテントを設営した場所が悪く、水が溜まりやすい凹んだところに張ったため、翌朝起きて出てみたら、マイテントは水たまりの中にあった
山ノ神のマットはびしょ濡れ。テントは泥まみれになっていた。
しかしながら、こんな軽微なダメージでは、そして霧ベースの天気予報が出ていても、下山することは絶対にない。縦走すると決めたのだから、そして退路は断ってスタートしたのだから、断固たる決意で縦走するのだ。
晴れの日のこんな絶景もあれば、霧の日の視界の無い日もあるだろう。それが縦走だ。そして今日は、この素晴らしき情景に感謝。
(別項につづく)
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