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南富良野を早朝に起ち、かみふら・富良野と素通りして、美瑛にやってきた。
雨の中、まずは白金温泉にある『しらひげの滝』を観瀑。
滝が注ぎ込む川は、美瑛川。そして滝の上流は、十勝岳北面にある昭和火口付近から発する硫黄沢川である(その右手からも白金温泉付近を流れる小さな沢も合わさっている)。
そして、ここから美瑛川は、不思議な青い水となっている。
その美瑛川は美瑛の街へと下っていく。やがて旭川で忠別川、さらには石狩川と合流し、石狩平野を悠々と流れ、河口を日本海へと求めている。
少し色づいた美瑛川。霧雨に煙る朝だった。
その下流で、さらに神秘的な場所があった。
この池は、近年になって、美瑛の観光スポットとして注目を浴びるようになったらしい。このSWも、少なくない人数の警備員(誘導スタッフ)が、駐車場まで導いてくれたのだから、美瑛町の力の入れ方がわかる。
この青い色のメカニズムは、まだ完全には解明されていないらしい。
有力な説としては、アルミニウムイオンを含む硫黄沢川(しらひげの滝)が、美瑛川と合わさることにより、コロイド粒子が生成するらしい。そのコロイドが青い光を散乱させて、そのように見えるとのことだ。
ただ、季節・場所・透明度・時間帯・天候などによって、見える色は一様な青ではないらしい。
当日は生憎の雨だったので、濁りが心配されたが、それは杞憂だった。あり余る陽光を浴びて煌めく色も魅力的だが、このようにしっとりとした色で佇む池も、これまた落ち着いた“美”がある。
有名どころなので、それなりのゲストが訪れているが、ジャマになるほどでもない。トラブルもなく、三脚を立てて、撮影することができた。ここは秘境ではないが、被写体としてはとても魅力的なスポットだ。
紀伊山地の青い水の沢水とは、透明感とメカニズムは異なるようだが、水の色の奥の深さというものを感じとることができた。また水の色だけでなく、その水をとりまく植生や岩との調和がなければ、その美しさは半減してしまう。この池が素晴らしいのは、青い色だけでなく、池面でカラマツなどの立ち枯れとのマッチングである。
今日の天候も、観光日和のようだ。次の場所へと向かおう。
撮影日:2015/9/20(日)
撮影機材:PENTAX k-5IIs,12-24mmF4,16-85mmF3.5-5.6 |
その他の山域
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雨が滴り落ちるその日、十勝三股駅の面影が遺されていたのを、私は見た。
十勝総合振興局管内河東郡上士幌町三股・・・かつて、士幌線の終点である“十勝三股駅”がある集落があった。現在は、両方とも無い。そう、駅も鉄路も集落も、だ。
十勝三股駅のことは、ここに詳細を記すことは控える。こちらを参照願いたい。
(近くにこの廃屋があった。駅の関連施設なのか、林業関連の施設だったのかは不明)
簡単に述べると、十勝三股(と、隣接する幌加集落)は1950年代、台風による風害で大量の倒木が発生し、その処理に伴う“特需”で多数の人が入り込んでにわかに賑わったが、その後急速に木材関連業務が減少に歩を合わせて人口も激減した、ということである。
その当時の十勝三股駅は、こんな感じ(NHKの番組よりキャプチャ)
現在は駅舎跡が、辛うじてこれだけ残っているだけである。
束の間の隆盛があったであろう、その残り香は、もう嗅ぐことはできない。ただ私は前記事にも書いたように、こういった人の想いが詰まった情景が、好きだ。廃屋・廃墟マニアではないが、大自然の中を鉄路という重厚かつ美しいラインを描く軌道と、その上を鉄道車両が自走する風景には惹かれるものがある。それは、躍動感を目の当たりにすることができる現存しているものもそうだが、既に廃されたものであってもリリシズムを感じる。だから訪れてみたくなるのだ。
ほぼ原風景に還ったような駅跡。周囲は白樺を中心として森が広がっている。そして、晴れた日には上から5番目の資料にあるような、バックには東大雪の雄大な眺望が広がっているらしい。
ちなみにこの跡地は、公式には立入禁止なのかもしれない。木造の渡り廊下?は、もうこんなに朽ち果てていて、危険を伴うだろうから。
十勝三股駅跡を辞し、すぐ側にある“三股山荘”を訪ねる。北アルプスの営業小屋である三俣山荘ではない。この“三股山荘”は、宿泊営業はしていない、ログハウスの喫茶店だ。
キレイな店内は、シルバーウィークとあって、予想以上に賑わっていた。明るい感じのお母さんと、『二代目』として看板を背負って立つ娘さんが、笑顔で迎えてくれた。
そしてお母さんから、「どちらから来られたのですか?」という質問。このアンケートを集計して、分布地図を作成しているようだ。おっと、奈良県はTOP10には入っていないものの、健闘しているやん
北海道と言えばヒグマ。これに敵うものはいないが、この土地では、そのヒグマとも共生している。
そして十勝三股周辺のみどころマップも。石狩岳,ニペソツ山,オッパイ山etc・・・今度、登山や渓谷、源泉めぐりなど、じっくりと再訪してみたくなる場所だ。
『畑のランチ』と『牧場のビーフライス(手ブレご容赦)』をたいらげ、デザートの洋ナシのチーズケーキをも食す。どれも美味なり。
実はこの三股山荘は、駅跡よりも訪れてみたい場所だった。その理由は、NHKのこの番組を観て、感動したからである。
右上の資料に写っている男性は、この三股山荘を立ち上げたマスター(お母さんのご主人)である。大阪府出身のマスターは、山男であり、この十勝三股の雄大な自然に魅せられて、ここに骨を埋めることを決めたそうだ。
そして士幌線とも関連がある。林道衰退とともに、真っ先に士幌線の糠平〜十勝三股がバス代行になった。そのバスの運転手が、マスターだったそうだ。
林業は伐採という行為を伴う。だがマスターと(元)地元有志の方々によって、原生林の植樹がなされ、“鉄路の消えた森”は復元されつつあるようだ。そのマスターとお話をしたかったのだが、今回それは叶わなかった。何故なら、この日はお客(自分も含めて)があまりにも多すぎて、厨房にカンヅメになっていたからである。
マスターも古希を迎える齢になったそうだが、娘さんの手によって、集落ではない、たった一軒だけになった三股の“灯り”として続いていくことを切に希望する。
ランチの後は、その名の通りエゾジカが散歩に訪れる幌加温泉『元湯 鹿の谷』へ。内湯(混浴 or 女性専用)と露天(混浴)がある。
内湯には3つの浴槽があり、それぞれ泉質が異なっていて、とてもよかった(ナトリウム,鉄,カルシウムの3種類。カルシウム泉が最も硫黄の香りがしてよかった)。
温まった後は、糠平にある『ひがし大雪自然館』と『上士幌町鉄道資料館』へ。う〜む、ここ上士幌町って、鉄道ファンも、山ヤとしても、非常に魅力溢れるエリアじゃないか。これはきっと、いつか、再訪をしたいぞ
ガスで何も見えない然別湖を経て、鹿追町→新得町→南富良野町と北海道らしい広くてまっすぐな道路を走り抜けて、北海道初日を終えた。雨の一日だったが、私のココロに深く刻まれた佳き一日になった。
撮影日:2015/9/19(土)
撮影機材:PENTAX k-5IIs,12-24mmF4,16-85mmF3.5-5.6 |
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紋別郡遠軽町上白滝にその駅舎はあった。
知る人ぞ知る、“日本でいちばん停車本数の少ない駅”である。
登りは夕刻に1便、下りは朝に1便、その一往復だけである。
「それが何か?」と思われる読者の方は、別のページに移られた方がいい。これはシュミと感受性の問題であって、その“停車本数が往復1便ずつのみ”ということに関してリリシズムやノスタルジーを感じるか、そうでないかだけの事象であって、強制的なものでも善悪の問題でも断じてない。おそらくは、私と同じ感受性を持つ方の方がマイノリティであると思っている。ただ、はなゴン先輩のように、鉄道愛好家の多くは、強く叙情、あるいは郷愁を感じるのではないか。
この駅はそんな過疎の極致の環境にある駅だが、国道(333号線)沿いにあるため、いわゆる“秘境駅”的な立地ではない。駅舎の前には民家や町工場があり、国道の対面には商店らしきものもあった。駅舎は木造なので、それなりに風格はあるが、小奇麗に清掃されていて“暗さ”は感じなかった。
私が物心つく頃から、時刻表を眺めていて、この駅に停車する列車が、一日一往復のみであることは知っていた。ダイヤからみて、通学用のみに対応していたと推察されるが、近年はおそらく利用者数はゼロになっていたと思われる。もちろんそれは、この区域の過疎化(少子化)の結果だろう。
そしてこの駅(他にも、旧白滝と下白滝駅も)は、あと半年で廃止される。事業者としては、維持費もバカにはならないだろうから、仕方のないところか。
どうしてもこの駅を観たくて、こうしてやってきた。そして限られた時間の中で、最小限だが、“利用”もすることにした。ということで、始発兼終電の7:04発の便を待つ。
そして一区間だけだが、束の間の利用者になる。
5分後に、白滝駅に到着。そしてこの網走行きの2両編成4621Dを見送る。
白滝駅は今こそ遠軽町に合併されているが、かつては白滝村の中心部でもあったため、特急も含めて停車する列車は少なくない。
洒落た造りの駅舎から、国道333号線を4km弱、散歩しようか。
路傍の雑草の花も、何か北海道らしさが漂ってくる。雨も止んでいるようで、気持ちイイ朝の散策だ。
牧草地の中に、鳥居が見える。少し寄り道してみようか。
どうやら、この奥にある神社は、『上白滝神社』というらしい。
線路を越え、杉林の先には、その神社があった。今でも上白滝の集落を見守っているのだろう。
鉄道や駅舎の写真は、ネイチャーフォトあるいは風景写真とは違うジャンルになるのだろうが、観るひとに対して伝えたいもの、琴線に触れる存在であることには変わりない。
両方とも“情景”だと私は思っている。
山ノ神がこの価値ある情景のことは理解しているのか、していないのかはわからないが、消えゆく存在であることだけは残念に思っているようで、駅にあったノートにシンプルなキモチを書き留めていた。
撮影日:2015/9/19(土)
撮影機材:PENTAX k-5IIs,16-85mmF3.5-5.6 |
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9/18(金)、関空から旅立つ。我々が搭乗したのはフツーのANA機だったが、隣に駐機していた、あまり見慣れないエアバスA320の黒い機体(スターフライヤー便)が、新鮮に映った。
どうやらこれから雨を追っかけていくことになるのだが、旭川空港に着陸したと同時に、期待通りの雨が降ってきた。
これまでの北海道の天気は晴天続きだったそうで、これから2〜3日は雨の予報である。まあ、爆低や大寒気流入による荒天はないので、それはそれでプランを立てればよい。天気に愚痴を言っても、何も始まらないから。
ということで、まずは入道祝いということで、北の味覚を愉しむ。
“コマイ”と言われる道東で獲れるタラ科の魚の一夜干し(画像中段左)と、旭川の銘酒“男山”がとってもよく合った。
撮影日:2015/9/18(金)
撮影機材:PENTAX k-5IIs,16-85mmF3.5-5.6
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3/7(土)は温井集落の除雪最終地点から鍋倉山へと登った。スタートは7時。
すぐに何かの施設の横を通ったが、コンクリートの平らな屋根にはこれぐらいの雪が積もっていた。
信越トレイルの稜線が一望できるが、目的地である鍋倉山のピークは、ここからは見えないようだ。
田茂木池らしき地点の近くまで来たが、池は全く視認できなかった。そしてここからは結構V字状の谷底へと入っていく。
当初の計画ではこの谷の右岸(すなわち進行方向の左側)の尾根を登る予定だったが、トレースに導かれたこともあってしばらくは谷底を進む。しかしデブリが出てきたので、頃合いを見計らって右岸のリッジへと強引に登攀する。
おくが家のスノーシューは登攀にも対応したモデルなので多少の斜面でも登れるが、他のメンバーのスノーシューはそうではなく、またスノーシューハイク自体にも不慣れなメンバーもいたので、ツボ足に切り替えて這い上がらせる(笑)。
ここからはブナの美林の中を癒されながら登っていく。
眼下には展望も開け、南東方向には野沢温泉と毛無山が見えている(右側)。
北方向には信越トレイルの稜線。関田峠(せきたとうげ)は右端のところにあり、雪に埋もれた県道95号線がくねっている様子がわかるだろう。
この辺りのブナは太さはそれほどでもないが、背が高いことが特徴だ。しかしこの森は実に心地よい。
雪はワカンでも十分歩行できるぐらいに締まっていた。フカフカのパウダーの中をラッセルする楽しさ(苦しさ?)は味わえなかったが、そのぶん楽はできた
というわけで、相当にあっさりとピークが見えてきた。かすかに霧氷も残っている。
関田山脈の最高地点だけあって、風雪の造型もなかなかのものだった。
9:50に鍋倉山山頂に到着。短時間で登るということに関しては、あまりにも条件が良すぎた。
もちろん遮るものは何もない、丸見えのピーク。まずは信越トレイルを辿ると、南西方向には仏ヶ峰(ほとけがみね・1146m)を中心とした稜線が延々と続いている。左手奥には信越トレイルの末端である斑尾山(まだらおさん・1382m)が見える。右奥は黒姫山。中央奥には飯縄山があるはずだが、雲がかかっているようだ。
そしてご存知、妙高山(左)と火打山。麓の集落は、新潟県上越市の関山。
黒姫山のアップと、その右手には乙妻山や地蔵山が並んでいるのだろうか。
こちらは南側の木島平方面。ピークは高社山(こうしゃさん・1352m)だと思われる。
そして白さでは火打山にひけをとらないぐらいの、北に続く頸木山塊の稜線。左端が大毛無山で、粟立山、重倉山、南葉山へと延びているはず。
再び信越トレイルに目を向けることにしよう。こちらは北側、すなわちここ鍋倉山のお隣にある黒倉山(くろくらやま・1242m)。そして特筆すべきは、上越市の先に日本海がぼんやりと見えている。
その信越トレイルは黒倉山から90°右折れして東北東へとまだまだ続く。翌日3/8に行った牧峠も、この絵のどこかに含まれていることになる。
皆もこの大展望を目の当たりにして、当然ながら大満足。
さあ、これだけで満足してもらっては困るよん
ここから直接、巨木の谷に降りることにしますか。ということで、スノーシューで急斜面をダウンヒルする。
気温が上がって雪も少し緩んできたのと、谷底の豊富な雪量のため、スノーシュー本来の楽しさが復活。気の早いメンバーは、イッキに巨木の谷へと降下して行った。
ここが鍋倉山の懐にある通称“巨木の谷”。幸いなことに、本日はこの好天にもかかわらず、数名のスキーヤーが滑走するのみで、喧騒とは無縁の時間だった。
そしてこれはこの谷の盟主である、古木であり巨木でもあり、“森太郎”というニックネームが付いたブナ。
樹高が約30mということだが、積雪が5m以上もあり、少し高さをスポイルしているかも。
(↑別サイトの無雪期の画像を拝借しています)
樹の下部には、風格を感じさせるアガリコがあり(それもかなり積雪で隠されているが)、そう長くはない寿命ということを感じさせない力感がある。
この下にも存在感のあるブナはいくつかあった。それを愛でながら下っていくメンバーの口元は、皆ゆるんでいた。なおこの森太郎や巨木の谷を撮りとめるには、超広角レンズ又は魚眼レンズは必携と言っても過言ではない。
山行日:2015/3/7(日)
形態:8名
天候:曇り後晴れ 撮影機材:PENTAX k-5IIs,10-17mmF3.5-4.5fisheye,16-85mmF3.5-5.6
森太郎に会えてよかった・・・
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