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この業界での有名な格言として、『山は逃げない』がある。
つまり、天候その他の理由で目的の山に登れなかったとしても、それはまた来ればよい、焦らずともやり直せばよい、という戒めでもある。
それは真だ。ほとんどの山において、火山噴火でも起こらない限り、その姿を大きく変えたり、登れなくなることはないだろう。
しかし、私は言いたい。『谷は変わる(ことがある)』と。
ヤマケイ最新号(2018/10月号)の巻末から1枚戻ると、黒部の写真家の先生が下記のような記事を寄稿している。
黒部川源流域の岩苔小谷の大滝の落ち口付近の岩盤が崩壊し、全く滝姿を変えてしまったらしい。かの先生いわく、この岩苔小谷大滝と、T沢I滝、そしてI谷K滝が“黒部三滝”と思っているそうだが、どれも簡単には辿り着くことは叶わない大滝ばかりだ。その中でもこの岩苔小谷大滝のみが比較的、私にも届く滝だったのに、もうかつての勇姿を見ることは叶わない。残念だ。
崩壊したり、土砂で埋まった滝や谷は、全国にも散見される。東北の産女川の中下流部、台高の野江股谷中流部などなど。 秀渓、美瀑はいつまでも待ってはくれないものだ。やれるときに実行しておいた方がよいのかもしれない。
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山の雑談
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私はこのブログ以外のSNSはやらない。またスマートフォンも所有していない。
そして“拡散希望”とかいう安易かつアホみたいな扇動もしない主義である。
しかしながら、南アルプスの塩見岳にある塩見小屋の前管理人(青山敏樹氏)および従業員を、白鳥孝伊那市長が私怨で追い出した陰湿な事件を、遅まきながら知った。
行政の首長を盾に、権力を濫用し、これからの山業界を支えていくために一生懸命に(しかも地元以外の=奈良などから出てきて)尽力していた若い人たちの希望を、私怨という低レベルな理由で踏みにじる老害の悪行を、私は許すことはできない。
青山氏は司法に訴え出たが、行政相手では勝つ見込みは薄いだろう。しかし、このまま権力に埋もれ潰されてしまって、よいものだろうか。
スポーツ業界で、若き選手(現場でプレーする人たち)へのパワーハラスメントが社会問題となっているが、この塩見小屋訴訟も同様である!
(もしよろしければ、下記リンクの記事もお読みください)
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山にも谷にも行っているが、記事にする内容でないので、しばらくは雑談でも。
昨秋、尾瀬のヘイズル沢を詰めて、至仏山に登ったときに驚いたことがある。
それは沢よりも、登山道の方が滑りやすかったことだ。木道ではそうでもなかったが、丸〜く、ツルツルに磨かれた露岩が非常に滑りやすかったのである。
これは、おそらく人圧によるものだろう。過度を凌駕するほどのオーバーユースが、岩を穿ち、磨き上げた作品がこの有様だと思う。それは乾いた岩では抜群のフリクションを誇るラバーソールの沢靴でも、太刀打ちできないように仕立て上げたわけである。
至仏山は日本百名山に選出されなかったとしても、尾瀬ヶ原という大ブランドを抱えている以上、相当なオーバーユースになったことは否めないだろうが、この「百」ブランドの相乗効果は確実にあるはずだ。そしてその効果は、功罪の両面性を持ち、この問題提起は間違いなく「罪」の方である。
深田が「日本百名山」を書き上げたのは今から50年以上前のことだ。現在とは登山道やアクセス状況が全く異なるケースが多いが、尾瀬ヶ原は50年前でもかなり繁昌していたとこの本には記されている。
しかし深田のセレクションにおける三本柱である「品格・歴史・個性」の中にも、“静かな山”であることが各山の文章に中で言及され、深田がそういった雰囲気を好むことが読みとれる。そして深田が至仏山を選ぶための基準である彼自身の山行(想い出)も、人ずれしない大正時代〜戦前のことであったという。
登山をするのには目的意識があった方がいいし、それが「日本百名山の踏破」というものであっても、それはそれで素晴らしいことだろう。私はそれを目標にはしないが。ただ、あまりにもそれに踊らされているのではないだろうか?
もっともその原因は、それを煽るマスコミによるものも大きいだろう。NHKしかり、新聞社しかり、そして山岳関係の出版社しかり。まるで百名山以外の山は、格下であるかのように。
あるいは日本人の国民性によるところもあるだろう。ブランドに弱いという点で。
日本人は「百」という数字が好きなのは、同じ国民である私も何となく理解できる。百人一首、百発百中、百花繚乱、百鬼夜行、なんたら百景などなど・・・収集可能な大きさ・量を示すのに頃合いでキリの良い数字なのだろう。
そして前出のブランド力に魅入った百名山ハンターは、とにかく最短距離・最短時間でそのピークを踏むことに熱中する。我が関西にある百名山の「大台ケ原山」と「大峰山」は、一日でハシゴするハンターも多いことだろう。私から見たら、季節もルートも問わずに、そんなに急いで登って、何か得るものがあるのかいな?と思うのだが、それは価値観の相違なので仕方ない。
そしてハンターのうち、ブロガーでもある方々の多くは、こんなタイトルをよく付ける。
『日本百名山・○○岳に登ってきました〜』
これって、『エル○スのバッグをゲットしました〜』と同じような気もするが、じゃあ、百も三百も花も付かない“非名山”は登る価値もないのかな? 当該ブロガーは全くそんな気はないだろうが、知らないうちに山を格付けという名の差別をしていることになっている。
そして私の知っているガイドであるDさんは、下記のような文章をしたためている。
「世間では百名山のように数多くの山へ登ることが一般的だ。登山を志すものにとってこれは一種の呪縛のようなもの。満願成就を果たした人を少なからず知っているが、残念ながら各地の名山を登って満足している人に出会ったことがない。それどころかますます飽くなき探求は続き、落ち着かないのである。
さらに200名山、300名山と続くが、これまで登ったなかで気に入った山へ再び出かけよう、という方向に向かわないのはなぜだろう。青山もあの山脈の向こうには、という憧れは強いものがあるが、その一方でホームグラウンドの山々の春夏秋冬の姿や、その山にしてもっとふさわしい他のコースが残っていないか気になってしかたがない。
生きものには縄張り、テリトリーがあり、人には生活圏というものがある。これを確保して初めてその先を開拓しようということになる。うまくいかなければ、逃げかえればいいからだ。最近の風潮に危惧するのは、そうした場所もなく、やみくもに外へ向かっているような気がすることだ。途上で歩が止まればすべてを失いかねず、貴重な時間や体力を使いきるのはどうだろう。
万が一そうなった後では身近な山もあったものではない。適度に憧れを残し、それを想いながら生活圏の山々をくりかえし歩くと心は和み、それまで気づかなかったものがどんどん見えてきて、得るものは多い」
私とは方向性が少し異なるものの、同感な部分が多く、含蓄のある言葉でもある。
もっとも私は(私のことをよく知る多くの読書もそう感じていると思うが)、北は北海道から、南は南西諸島まで“遠征”が多い。だがそれはなんたら名山を収集するわけではなく、また日本百名谷を遡行する目的でもない。
(「日本百名谷」は格付けではなくカタログとのことらしいが)
じゃあどうやってその対象を決めるかと言うと、どこかの雑誌・ガイド本・webも含めた記事を読んで、魅力的に映った谷や雪山を登ってみたいと思うからである。そしてこの地形・気候・植生が異なる「広いニッポンの山谷」の多様性を経験してみたいからである。
繰り返して言うが、もはや深田久弥の時代とは半世紀以上も異なる。深田が再臨したとしても、現在、車道が伸ばされ、ロープウエイが敷設され、人で溢れる伊吹山や大台ケ原、剣山などを再び選んだだろうか。当時(50年前)の美ヶ原の俗化を嘆いていた深田だが、それ以前の誰にも会わなかった静かで気品溢れる追憶を元にそこを選んだのだから、やはり外せないのだろうか。
そして自分の選んだ山が金字塔となり、多くの人で溢れ返り、そのために俗化され、登山道や植生が荒れて行く様を深田が天から見て、果たしてシアワセなのだろうか。ギモンでならない次第である。
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沢の世界において私には、尊敬すべき先輩がたくさんいる。いや、先輩だらけだ。
このブログを通じて知り合った先輩も大勢いるが、その中でも親愛を抱きながらも畏敬の念を送らずにいられないのが○なゴンさんである。
はな○゛ンさんからの教え・アドバイスはいろいろあるが、その中でもとりわけ実践的な教えは、“沢登りにおいてはパンツを穿くべからず”である。
この教えは拝聴した私であるが、当初は『そんなバカな
沢登りというのは通常、下半身を冷えから守るために、ネオプレーン素材などのタイツを着用する。そしてその上に半ズボンやジャージなどを重ね着するのだ。この場合、アンダーパンツ(トランクスやブリーフ)を穿くと、3枚重ね着することになるので無駄だ。
また、沢の場合、さらにハーネスを締め、そのギアラックにガチャ類を多数ブラ下げる。そのような重装備で尿意をもよおした場合、かなり射出口を取り出すのに時間がかかる。なので、ち
私はこの素晴らしい教えを実践日より固く守り続けている。盛夏以外の泊まりの沢で焚火ができないときはタイツが乾かないため、どうしようか迷ったが、そのときは仕方なく着替え用のズボン(このときはダウンパンツ)を持って行った。もちろんダウンの下はノーパンである。そのときは少し違和感を覚え、またチャックにち |
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下記ニュースを読んで、ちょっと口元が緩んでしまった。
近畿大学は大学の英文名称を現在の「KINKI UNIVERSITY」から「KINDAI UNIVERSITY」に2016年4月から変更すると14年5月20日に発表した。外国語・国際系学部(名称未定)の開設でグローバル化への取り組みを示すため。
同大学によれば「近畿」は古代律令制の広域行政区画「畿内」に由来する語で「都(=畿)とその近隣地域」という語義を持つ由緒ある語句だが、英語でこれまで表現していた「KINKI」は「KINKY」(風変わり)と聞こえる場合もあるため、誤解されかねないとして従来から名称変更を検討していたという。 なるほど、「kink」の形容詞形として他ならぬ「kinky」は、“変態”っていう意味もあったのか
まあ近大としては切実な悩みだったのだろうが、実は登山用語としても「kink」はよく使うのだ。
ちなみにWikiによると、「kink」は以下のような意味があるとのこと。
キンク(kink)とは、英語であり、
一般に、糸・綱・髪・鎖などの、よれ・よじれ・瘤を表す。
また、(性質・性格の)ねじけ・えこじ・気まぐれ・変態、(筋肉の)引きつり・痙攣、
(計画などの)欠陥・支障、を形容するときにも用いる言葉である。
ほかにも他分野で使われる。
登山業界ではザイルのよじれ状態で、忌むべき(危険な)状態を指す。こういった状態にならないように確実なロープワークを身に付けなければならないが、私はまだまだのレベル。
次に私がよく使う(解析する)ケースとして、気象用語が挙げられる。それは前線が同様にねじれ状態となっている部分を指し、しばしばそれは前線上に発生する低気圧の前兆となる。
(東西に伸びる梅雨前線において、東シナ海と新潟付近でキンクが発生している)
(キンクした前線上に小さな低気圧が発生。その部分、すなわち九州北部で豪雨となった)
まあ電子工学における「キンク加工」みたいに良い意味での使われ方をする場合もあるみたいだが、ほとんどの場合は禁句というか禁忌される用語のようだ。
ここのところ週末は好天に恵まれているが、これからは雨の季節。停滞前線が掛かっているときでも楽しめる山歩きはあるが、それでもキンクしているときは事故・遭難につながりやすいので、皆さんも天気予報のマークを見るだけではなく、地上気圧配置図はちゃんと確認してくださいね。
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