臆崖道の山日記

何かこのブログも閉鎖されるみたいですねw

番外編

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火木土そろい踏み

火星大接近と聞いて、にわかに惑星ウオッチャーと化した。35年前に購入した反射望遠鏡をごそごそと取り出す。
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主鏡・副鏡とも一度も再メッキを施していないが、ちゃんと見えた。もっとも140×ぐらいの倍率では、いかに大接近の火星でも、模様はほとんど眼視では観察できない(明るすぎるというのもあるが)。ちなみに木星はクリーム色ベースに縞模様も2本ぐらいは見えた。また土星は本体は小さいものの、輪っかはきちんと見えた。
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眼視だけでは満足せずに、写真撮影も試みる。しかしこれは眼視以上に困難を極めた。
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それもそのはず、合成焦点距離が20000近いアイピースを使った拡大撮影法だと、大気のゆらぎの影響が非常に大きく、シーイングが普通の状態でも、このぐらいはブレる。これではまともな静止画の像には、なかなかなってくれない。


なので、月面を拡大撮影しても、スチルカメラでは不鮮明な静止画しか得られない。もちりん拡大率を下げれば、揺らぎの影響は受けにくいので、クリアな画になる。
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火星の場合も同様で、こんなふうにキレイな円形になってくれる瞬間も稀な状態。


それでも比較的マシな静止画をセレクトすることはしたが、まあ証拠写真程度。極冠の青白い模様と、表面の黒っぽい模様が何とか見てとれるだろうか。
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木星と土星も、こんな感じが精一杯。
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現在の惑星(月面も含む)の撮影方法は、PCカムによる動画撮影から、静止画をキャプチャし、それを数千〜数万枚スタッキングするのが主流。デジカメによる静止画撮影法は、既に時代遅れのようだ。



和歌山県にある、大きな口径の望遠鏡を観に行った。
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この日(7/29)は、台風接近後だったので、上空も地上も風が強く、シーイングは最悪とのこと。なので、折角の大口径望遠鏡の実力は、まるで発揮されなかったようだ(大気のゆらぎが大きいと、小口径の望遠鏡と見栄えはあまり変わらないらしい)。
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天体撮影日:2018/7/22(日),23(月),24(火),31(火),8/1(水)
撮影機材:PENTAX K-1(upgraded),KP,TAKAHASHI D=100mm F=10(Reflecting telescope) or.7mm

星になった仔たち

1995年8月10日、この兄弟たちは生を受けた。
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母親の乳の出る位置によって躰の大きさが決まるらしいが、大きな方で鼻が黒いのがvivace(♂)、小さめで目が円いのがadagio(♂)と名付けた。
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(左がadagio、それぞれ13歳の頃)


大病もせずに、我が家の家族として、ずっとこの家を守ってくれていた。
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(右がvivace、それぞれ14歳の頃)

特にvivaceの食欲は旺盛なもので、MAX体重は4.8kgとなった。
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(右がadagio、それぞれ15歳の頃)


adagioは逆に食が細かった。体重もMAXで3kgちょっとだったと思う。長毛種なので痩せていても、外観上はボリューム感はある。
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(左がadagio、それぞれ16歳の頃)


ただ、そのadagioも14歳を過ぎてから、体重が徐々に落ちてきた。高齢に達している(猫の平均寿命は15歳ぐらいとのこと)ので仕方ないと思っていたが、17歳になると2.2㎏まで落ちて、ガリガリの骨皮筋衛門になった。しかし動きに問題はなく、見た目は健康体であった。
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(右がadagio、それぞれ17歳の頃)


2013年10月16日未明、adagioは急に旅立っていった。18歳と2ヶ月の一生だったが、最期は予兆もなく、いきなりといった感じであった。
残されたvivaceも、その頃からやはり体重が落ちていった。
●2013年8月・・・4.4kg
●2014年4月・・・3.9kg
●2015年10月・・・3.5kg

猫は高齢になると、ほぼ決まって慢性腎不全を発症する。これは現在の獣医学では治せないので仕方ないのであるが、それでもvivaceは頑張って生きてくれた。以上に高いクレアチニンの数値は、腎機能がほとんど失われた血液検査を示していたのだが、それでもこの仔は大量の水を飲むことで、命をつないでいた。
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上の写真は2015年8月に撮影したものだが、実はこのとき、右後肢の内側に皮下腫瘤が肥大化していた。おおよそ1年前からできていたのだが、切除は全身麻酔を伴う手術となるので、負担が余りにも大きいことが予想され、悪性はないとのことなので、放置していたらどんどん大きくなってしまった。
10月、その巨大化(人間換算だとこぶし大ぐらいの大きさか)した腫瘤が、ついに破裂した。
そこで緊急手術を施したのだが、こんなことになるなら、初期の頃から切除しておけばよかったと思う。悪かったことをしてしまった。
人間換算96歳のvivaceは、全麻に耐えて回復した。
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だがvivaceの余命も、そろそろ終焉を迎えつつあった。
下の絵は2015年12月撮影のものだが、右目の光彩が開ききっている(つまり、黒目全開になっている)のがお判りだろうか。つまりこのとき既に、右目は失明していたことになる。こんなに重大な変化に気が付かなかったとは、全く飼い主失格だが、腎不全から緑内障を発症した結果なのだろう。
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そして年明け2016年1月には、残された左目も失明した。それでもこの仔は、自分のベッドから餌場、水場、そしてトイレまで必死になって記憶と感覚、そして触感によって往復し続けた。だが、食欲は日を追うごとになくなっていった。
2016年2月14日、倒れた。自立不能となり、水分を補給できないので、皮下点滴を処置。体重は2.7kgまで落ちていた。それでも何とか起き上がろうと、もがいているのが涙ぐましかった。
2月16日、ついに寝たきりに。私と山ノ神は、覚悟を決める。
2月17日夕、動けないはずなのに、這って餌場までいき、なんとか食事をしていた。そしてその後再び倒れていたのを、山ノ神が発見した。そしてこの日が自力採食・最後の日となった。
2月18日朝、前日同様に餌場まで這って行ったのだろう。但し、方向を見誤ったのか(見えてないので見誤ったとは不適な表現だが)、土間に転落していた。
2月19日、ベッドから1mの距離にある地点で倒れていた。これが最後の移動行為になった。

採食は自力でできないので、流動食から栄養を補給。水分もスポイトでの補給、または皮下点滴で補給をつづけた。但し、この延命行為がvivaceにとってシアワセなのか、疑問に思った。しかしながら、か細い生命を必死になって繋ごうとするvivaceを見て、その思いは捨てることにした。

風のように旅立っていったadagioとは対照的なvivaceの頑張りを見て、山ノ神はこう言った。
山ノ神 『vivaちゃんは、まだ納得していないだ』

それからもvivaceは必死に生きた。最期は吐血までした。私はvivaceに向かって『もう苦しむほど頑張らなくてもいいだよ、今までありがとう』と言った。
そして2016年2月26日朝、vivaceは何か大きな声を発した直後、星になった。
その大声が何を意味するのかはわからない。山ノ神はお礼を言ってくれたんじゃないのかと解釈したが、果たしてそうだったのだろうか。



星になって、そらに上がった二人の仔たちにお礼を言わなければならないのは、私たちの方だ。いままで生きてくれてありがとう、と。
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ご存知の方もおおいと思うが、我が家には2匹の兄弟がいる。いや、居たという過去形になる。
猫は通常、複数それも5匹ぐらいを一度に産むが、食欲が旺盛で大きい方の兄をvivace、食が細くてガリガリだった弟をadagioと名付け、生活を共にしてきた。
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(左がadagio)           (右がadagio)
 
 
2013年10月15日の夜、前日までは元気だったadagioに異変が生じた。
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(手前で瀕死状態なのがadagio。奥で寝ているのは現存しているvivace)
 
 
既に息は絶え絶え。体温も完全に下がっていた。これといった病気もせずに18歳と3ヶ月以上も生きてくれたが、どうやら天寿を全うするときが来たようだと直感した。
もうしてあげられることは、少しばかりの水を口に含ませてあげることと、傍で見送ってあげることだけだった。
そして日付が変わって10/16の0:30、adagioは天に召された。
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残されたvivaceは、さすがに足腰は弱ってきたが、この夏(2014年)の8月10日にめでたく19歳を迎えた。人間年齢に換算すると92歳相当とのこと。
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(これは2014/2/15の大雪のときに撮影したもの)
 
 
これを書いている現在も、私の横ですやすやと眠っている。寝るのが仕事と言われるネコだから、むべなるかな。
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20年近くというと、もう完全に家族と同じ。これからも、もっともっと永く生きて、この愛くるしい顔を見せてほしい。
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江蘇省にて

もう片手では足りんようになったかも?の中国出張・・・
この日(2/9)の南通市街の朝は、まずまずの晴れでした。
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江南料理の味付けはマイルドで、日本人向きで美味しいんだけど、中にはこんな原料を使った料理も出てきます。
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(鳩さんと芋虫さん。もちろん両方とも食ったけどね
 
翌日の朝は蘇州で迎えた。霧雨の中をちょっと散歩。
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午後からは上海へ。地下鉄(地上駅だけど)を待つうちに、雨はみぞれに変わった。
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豫園で遅いお昼ご飯を食べましょうか。
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小籠包のお店へ。テイクアウトコーナーは、すごい行列。我々は店内で飲茶といきましょうか。
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カニ味噌の小籠包を注文すると、ストロー付きで出てきました。小籠包と言えば、やっぱり皮と具の間に溜まったスープが肝心だからね(チューチュー)。右側の画像は、もう一種類の小籠包で、こんがりと焼いたもの。こちらも美味でありました。
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最後はリニア新幹線に乗って、浦東空港まで。おおっ時速431㎞も出ているやないの〜
地上で、この速度の乗り物を体験したことは初めてだな〜
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撮影機材:PENTAX k-x,18-55mmF3.5-5.6

Total Lunar Eclipse

土曜日の朝、強くも弱くもない冬型の気圧配置。大峰・台高の主稜はガスガスだろうが、里山程度ならそこそこ冬晴れの山行ができるだろう。でも我が家は寝ぼすけ
もとより山に行くつもりはない。遅い朝メシを食ってから、9時を過ぎてから自宅を出発。
 
どこへ行くって?
---遅い紅葉を見にいくんかいな。
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(旧宮川村にて)
 
ぶぶーーーーっ
---じゃあ、子持ち鮎でも食いにいくんかいな。
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ぶぶーーーーっ このお店は、山ノ神の腹時計が鳴ったので、行きがけの駄賃とばかりに入ったまで。でも美味しかったけどね
 
というわけで、一人漫才みたいなイントロで申し訳ないけど、寄り道をしながら東紀州にやってきた。まずはロケハンに時間を費やす。
駐車場の側の場所の方がいいかなと思ったが、結局当初の予定地であるこの場所で観望することに決める。
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この場所は、施錠されたゲートがあるので直接クルマで入ることはできないが、5分ぐらい誘導路を登るだけでこの高台へと至ることができる。問題は電灯が乱立していることだが、山ノ神の鶴の一声「21時頃には消灯するやろ」の意見を採用した。確かにイベントのクライマックスは23時からなので、それまでに消えてくれたらいい(節電のご時世なので、まさか夜通し点灯しているとは思えない)。
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当初は貸切状態だったが、16時頃バイクの音と共にライダーが2名やってきた。同じことを考えている人たちは大勢いるかと思ったが、意外とそんなことはなく、この場所は4人で使い放題だった。もっともライダーの2名は、写真にはあまり興味がないようで、ほろ酔いながらの肉眼観望とシャレこんでいた。
 
山ノ神が踏み跡を見つけて、海岸まで降りる。この場所なら景色はさらによさそうだが、ここではテントは張れないので却下。
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元の場所に戻って、天幕をセットしていたら、何とライトバンが上がってくるではないか。ゲートを解錠できる人と言えば・・・
行政(公園の管理公社)の管理人は、ちゃんと仕事していた(土曜日の夕方なのにね)。「ここはテント禁止なんですよ」とライダーの2名に注意している。ただ、話はわからない管理人ではなく、きちんと「野営するわけでなく、観望時の風避けのために張るだけで、イベントが終わったら帰りますから」とゴマ化したら、黙認していただいた。ちなみに電灯は「点きません」とのことで、これまたラッキーで心おきなく観望できる
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温暖な東紀州の海岸線だが、日が沈んだらさすがに冷えてきた。これまた行きがけの駄賃で買った紀和牛を、スキヤキにして腹の中からあっためる。
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日没と同時に、東の空から本日の主役が登ってきた。
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私は20数年ぶりに再使用する望遠機材のピント合わせ。前景の小島を強拡大してみると、小舟やら灯台などが賑やかだということがわかる。
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木星とガリレオ衛星たちも、一応分解することができるようだ。
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この月の出直後の光に照らされる海の景色は、お手軽キットレンズの18-135㎜で撮った方が、絵としてはよかった。
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手前にあるススキの穂が、まるで中秋の名月のような感じになっている。
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夜は更け、満月は高度を上げていった。そして21:45、部分食が始まる。どんどん月は、地球の影に食われていった。
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皆既食もそうだが、特筆すべきは全天の星の数。食が始まった頃には、月明りで星の数はそんなに多くなかったが、
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どんどんと星の数は増えていき、それを眺める我々の気分も、それに比例して高揚していった。
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23:05、皆既食の始まり。
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皆既中に現れた微光星たちが、普段見られない赤い月を飾り立て、それは見事な星景だった。
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そして天頂近くに、赤銅色の月が浮かんだ。ほろ酔い気分で感嘆の声を上げるライダーたち。カメラと格闘しながらも来てよかったと心から思う私。テントの中から寝転がって観望するという特等席の山ノ神。ここに居る4名は、それぞれの思いで、このイベントを堪能しているようだ。
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(皆既中の月と、昴、オリオン。うっすらと冬の天の川)
 
ここで事件発生  突風(さほど強くはなかったが)が吹いた直後に、ボキッという音がしてテントのポールが折れてしまった
もう皆既も終わりかけなので、ここで観望を中止し、急いで撤収することにした。ライダーたちも存分に堪能されたのか、すでに白河夜船だった
 

撮影日:2011/12/10(土)
撮影機材:PENTAX k-5,f=12-24㎜F4,f=16-50mmF2.8,f=18-135mmF3.5-5.6,75EDHF直焦点,O-GPS1 

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