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ねおの道の駅で前泊していると、同業?者のマイカーが現れた。山ヤのニオイは大体わかるので、相手の方からもこちらの目的地に興味があるよう。そのkitayama-walkさんは、今回はさらに奥深い越美国境の左門へ行かれたようだ。
我々の行き先はポピュラーな山だが、この時期のアプローチは、それなりに長い。今季は特に雪量が多いので、日帰りでは敗退している登山者が多いようだ。例年まで入れる林道ゲートより30分ぐらい手前のポイントまでしか除雪されておらず、駐車スペースも広くないので、なおさら苦労させられる。
朝霧が少し残る朝の谷は、なかなか情緒深い。
出発は7:15。雪に埋もれた林道をひたすら歩く。ただ、今回は単調な林道歩きではなかった。元々、雪の消えた季節でも、この林道はたぶん随所で崩壊していて、登山口までは入れないのだろう。その登山口が近くなると、林道の跡がよくわからなくなり、強引に枝沢の渡渉を数箇所。
登山口到着、9:40。林道歩きだけで、2時間半も掛かってしまった。さて、ここから夏道の登りへと取り付くが、今度は本谷を渡渉せねばならない。
前回の蕎麦粒のときもそうだったが、雪山においてはこういった「取り付き前の渡渉」が意外と厄介だ。早々と降りてきたスキーヤーは、気の毒なことにドボンしてしまったので、すごすごと帰っていった。
さてこちらはドボンすると2日間が終わってしまうので、さすがにそれは避けたい。最悪は裸足で渡渉も考えたが、何やらちょっと下の堰堤を横切れば濡れずに渡渉できるみたいだ。但し、乗越すときに1mばかりジャンプしないとダメで、ここで足元の雪台が崩壊したら、大怪我では済まされないことになるかも。
ここで15分ばかり費やしたため、取り付いたのは10時前。気温がこの時期としては異常に高く、雪もかなりグサってきている。雪質はまだしも、急登と暑さでグロッキー気味のメンバーが多い。
稜線に出るまでに1回、林道を横切るポイントがあり、そこを通過したのが11:40。標高差300m余だが、やはり少しスローペースか。メンバーの体調不良もあることながら、竹製ワカンのアタッチメント(つまりは麻紐)が切れてしまったため、それをスリングで作成するなど装備面でのリカバリもあって、予想以上に時間がかかった。
ちなみに今回はテントは持って行かなかった。雪洞泊のときも万が一のことを考えて、テントを持って行くパーティは多いと思うが、それではあまり意味がないと我々は考える。但し軽量化になったかと言うとちょっと疑問で、6名パーティでスコップ3本、スノーソー3本、ツェルト2枚、バーナー他調理器具2セットでは、“軽さ”は体感できなかった。
ようやく稜線に出ると展望が待っていた。しかしやはり・・・暑い
![]() まあ、この天気で文句言ったらバチが当たるけどね〜
(まさかこの背景の稜線を歩くことになろうとは、このときは露も思わなかった)
ただ、また文句になるのだが、春霞みにしてはかなりもやっとした空気感だ。近くには大きな徳山ダムがあるのだが、そのごく一部しか見えなかった。
泊装備の登山者は我々だけのようで、日帰りのパーティが何名か登ってきているが、山頂まで到達できたのはこの日は誰もいなかったと思う。このエリアを熟知しているベテランさんの話によると、この先のca1300mで広々としていいテン場があるとのこと。皆のお疲れモードをみて、このとき私は勝手にそこで建築作業をすることになると合点していた。
ところが昨年も同時期にこのルートを経験していたSリーダーには、全くそんな折衷案はなく、“軽くて締まった雪”の目星をつけていたポイントまで頑張る予定だと言う。なるほど、今回の最も重要なポイントは、建築作業にあるわけだから、それはごもっとも。
(東方向に点標・磯倉から南に伸びる尾根。その向こう側は千回沢山などが難山があるのかも?)
新雪も降っていないので、雪はかなり汚れた感があるが、それも自然なので文句を言ってはいけない。
(こちらはP1491.2から登南東に伸びる尾根。背後には屏風やら平家があるのかな)
14時にようやく前山に到着。ピークと言うより、地形図にあるように、広大な雪原といった印象。ここで追い抜いていった2人組がまったりとされていたが、おそらくは日帰りだろう。
さて、ここから少し進んだところで行動修了。しかしそこでまったりすることは全く許されず、むしろ今まで以上に過酷な労働が待ち受けている。
建築時間は2時間半ぐらい。
この雪の家2基だが、まずまずの出来栄えではなかっただろうか。Sリーダーの多大なる尽力(技術&体力)によって、今までの雪洞泊とは比べ物にならないぐらい快適な夜を過ごすことができた。
夕陽の位置は磯倉北側の鞍部。完全日没までまだ時間が少々あると思っていたら、地平線付近の雲か、もやに欠けるように沈んでいった。
山頂の祠は、ここからでもハッキリと視認できた。5m以上はあろうかと思う雪量なのに何故?と思ってしまうが、おそらく祠付近は風で雪が吹き飛ばされて積もりにくい場所なのだろう。
そして天文薄明が終了し、星景にレンズを向ける。新月なので漆黒の夜に輝く星空を期待したが、やはり夜の帳も何だかもやもやしている。もしかしたら黄砂の影響?と思ってしまうぐらい、重たい(乾燥していない)空気だった。
しかし、家の灯りと星景のコンビネーションは、なかなか面白い絵になる。
家の内部は入念に雪の漆喰?で仕上作業を施したので、水滴の落下の憂き目はなかった。
日付が変わり、というか薄明が始める4時過ぎに再び外に出てみると、夏の星座が昇ってきていた。
(磯倉方面)
前山方面は、ベガ・デネブ・アルタイルの夏の大三角を流れる天の川が。
そして南天には、ご存知の夏の天の川のいちばん濃いエリアが。下界の谷沿いの集落の灯りも見えている。
他メンバーはまだ起きる気配はない。私はこの夜の景色も大好きなので、日の出までの2時間も、外で眺めて過ごすことにした。好きなことに集中している時間は、案外寒く感じないものだ。それはずっと前から変わらない。
(別項につづく)
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湖北・奥美濃と白山周辺の山
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廃れたスキー場跡地にマイカーを停める。先行者のマイカーがここに1台。
支度をして6:15に出発。路面はガリガリに凍っていたので、この先の林道を進入するのは自重。もっともすぐにゲートがあり、これ以上は入れなかった。
1時間ほど林道を歩き、登山口に当る西俣出合に到着。ここで多くの登山者が苦労していたという渡渉地点。かつては橋が架かっていたらしいが、跡形もなかった。
杣道から植林帯へと取り付き、半植林の急坂を登っていく。ありがたいことに先行者のスノーシューがあって、「こりゃあ今日は楽ちんモードだな
」とありがたく使わせてもらう。とは言え、尾根まで標高差650mを登らなくてはならない。技術力は要らない、とにかく根性のみでハイクアップする。しばらくすると視界も開けてきて、左手には湧谷山(右)が見えてきた。この山は、丁度反対側から2/11の山行で眺めていたことを思い出す。
そして右手には今日落とすつもりのピラミダルピークがハッキリと姿を現した。もっともこの位置からだと、さほど尖っていない。後ろを振り返ると、西俣出合の渡渉地点が俯瞰できる。
尾根道は次第にブナ林へと変わっていく。いい雰囲気だ。南方面を遠望すると奥伊吹スキー場と、伊吹北尾根方面が見えてきた。
近江から越前、そして美濃へと・・・それぞれ登った山頂から見える山々において、気になったピークに照準を定め、そしてつないでいく。そして素晴らしいブナ林と圧倒的な雪量が形成する雪の造型。だから私はこのエリアに通うのだ。
稜線が見えてきた。あれに乗って、ピラミダルピークの頂に至るのだ。
9:30にca1000mのJPに到着。やはり2時間もかかってしまったか。
まあ、今日はトレースがあるから気も楽・・・おや
トレースは何と、進路とは逆方向に続いているではないか![]() どうやら、このJPから湧谷山方面へと周回するルートをとったようだ(かなりのロングランとなる)。まあ、そんならちょっとネジをかけ直しせなアカンな。ということで、ここからは自分でルート開拓。
先行者のトレースが続いている反対方向のずっと先には、金糞岳が白い。やはり滋賀県単独最高峰と呼ばれるだけの存在感はある。
しばらくは、ところどころギャップはあるものの、基本的にはアップダウンの少ない快適な稜線歩きで、あまりにも良すぎる天気が嬉しい。
2/11に登った尾根が見えている。土蔵のピークはハッキリ同定できないが、おそらくリベンジすることもあるだろう。
そして驚いたことに、琵琶湖を挟んで向こう側にある湖西の山、おそらく赤坂山などの野坂山地や朽木の山が、ぼんやりと見えていた。50〜60kmは離れているんだけどね。
しかしこの山名がコレ↓のカタチに由来しているという説をはなゴン先輩から教えていただいたが、なるほどと思った。
10:10、P1075に到着。ここで右折れして、とんがりへと向かう。
このピークからは、少し樹林がジャマだが、なかなかの展望が可能だ。ドピーカンのはずだが、何故か能郷白山はガスに巻かれていた。まさかそこのガスが、こっちまで流れてくるってことはないでしょうね?
こちらは北方向、すなわち大分水嶺上にある冠岳や若丸山の稜線のはず。その奥に見えているのは奥越の部子山か銀杏峰だと思う。
同じく中央分水嶺にある美濃俣丸や笹ヶ峰のある稜線。こちらはやたらと白さが目立ち、登攀意欲が湧いてくる。
こちらは烏帽子山(右)と高丸こと黒壁山(左)だろう。三周は黒壁(白い壁になっているけど
さて、ここから一旦下って、ブナ林の鞍部から標高差270mをイッキに登るのだ。
雪面は少しズボり気味だったこれまでとは変わり、かなり締まった状態だ。そしてそれよりも、岩場に伴う雪壁が何箇所か出てきた。それを巻くならばシャクナゲのヤブに入ることになるのだが、さすがにスノーシューは完全にお荷物となった。
いつもはデッパは持って来ない方が多いのが、このエリアの常套手段になっているが、どういう風に吹きまわしか今回はザックの底に入っていた。
これはラッキーだったというしかない。まあ、ノーアイゼンでも何とかなったかもしれないが、それはかなりリスクも伴う行為なので、“備えあれば憂いなし”に勝るものはなかった。
11:50、頂に立つ。ここもやはり360°の展望だ。そして無雪期ではヤブが被るため、こんな展望は得られないだろう。
※徳山ダムは見えなかったが、西谷方面は俯瞰できた。
眼下には面白そうな枝尾根があったが、山スキーヤーはここからドカーンと滑走するのだろうか。
そして1297mのこのピークまで登りきると、黒壁山に隠れていた三周ヶ岳も、その姿を現した。これは感慨深かった。バンザイ
![]() そして私は、次なる山として、ここに照準を定めていた。ああ、大いなる奥美濃の雪山よ。
山行日:2015/3/15(日)
形態:単独
天候:晴れ後曇り 撮影機材:PENTAX k-5IIs,16-85mmF3.5-5.6 |
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広野集落は1mぐらいの積雪量。福井県側の夜叉龍神社を過ぎ、7:15に広野ダム(標高約350m)から出発する。
除雪されていた最奥地点には公衆トイレがあって、めずらしく厳冬期でも使えた。水は出しっぱなしではないのだが、凍結はしておらず、発電所の何らかの仕掛けがあるのかどうかはわからない。
今回ここから入山するのは3パーティ。いちばん後から来た山スキーのパーティは、右上の画像にある橋を渡って、ダムのさらに奥へと向かって行ったが、笹ヶ峰か美濃俣丸あたりを滑走するのだろう。
おくが家と単独の若いお兄ちゃんは、橋を渡らずに岩谷林道を歩き出す。それにしても皆、関西ナンバー(大阪と奈良)なのには驚いた。
今日は本気モードの山行。もっとも技術的なものは必要なく、ひたすら体力と持続力が要求されるだけの単純明快な根性山行だ。林道もスノーシューを履いての走行だが、意外と沈むことはほとんどなく、少し緩んだところもモナカ状に凹む程度。
木立の下は固くなっていて沈まないことに気がついた。理由を考えると、集められた雨滴が地面に落ちて、再凍結したためだと合点する。
林道歩きは5km以上あるので、ラッセルも含めて2時間を想定していたが、1:20でこなせた。尾根の取り付き地点の目星をつけて、対岸(橋があった)へ渡ると、若いお兄ちゃんが岩谷林道をさらに進んで行くのが見えた。まさか夜叉ヶ池に行くわけはないので、山ノ神と二人顔を見合わせて、
このときは「偵察の林道歩きとちゃうか?(←大阪からわざわざ来て?)」と思っていた。
さてさて我々だが、この尾根の取り付きが急斜面の大ラッセルで、泣きそうになった。尾根に乗れば雪の沈み込みもマシな状態となったが、イッキにペースが落ちた。取り付き(標高420m)からP724まで1:20もかかり、貯金を吐き出した格好。
P724まで登ると少し展望が開け、江越国境の大分水嶺が見えた(上の画像)。この稜線はほぼ積雪期限定のルートで、中央分水嶺好きの私の嗜好に入っている(下の画像は、上谷山と『余呉トレイル詳細マップ』にある“尾羽梨分岐”の中間地点)。
我々が登っている支尾根も雪が消えるともちろんヤブに阻まれるが、いい感じのブナが散見され、積雪期はいい景観だ。二重山稜の地形もあり、ときおりの急登に喘ぐが、とにかく頑張るしかない。
ca1000mぐらいから傾斜が緩むと思っていたが、そこへ出ると展望が待っていた。下のP724から見上げた上谷山は、ほとんどピークが見えていなかったが、ここからは全容がドカーンと拝むことができる。
南東方向には夜叉ヶ丸の鋭峰が目立つ。この下には夜叉ヶ池があるのだろう。
ここから先もまだ支尾根だが、雪庇が目立つ雪稜となる。ちなみにこのca1000mで、真新しいスノーシューのトレースが。おそらく若いお兄ちゃんに先回り(別のところから取り付いた)されて、追い抜かれたということになる。偵察どころか、とんでもなく健脚なお兄ちゃんであった。
おそらく美濃俣丸(1254m)がこの絵のどこかにあるはず。この福井県境の大分水嶺(江越or越美国境)を歩き通そうと言うとんでもない計画を現在進行形で歩かれている越前さんには、経緯を表したい。何しろ、ほとんどのルートにおいて登山道がないのだ。
ラッセルというほどではないが、ありがたく若いお兄ちゃんのトレースを使わせてもらう。
もう一度上谷山を眺める。手前の右手から伸びる尾根が、広野から手倉山を経由する尾根で、2年前はここから登って橋立へと下った。
ca1000mからP1144まですぐに着けると思っていたが、微妙なアップダウンがあり、予想以上に時間がかかった。
すでに正午前となった時点で、P1144に到着。ようやくといった感じだ。今日はほぼ無風の天候を予想していたが、しばしば秒速10mぐらいの風が吹いていて、穏やかとはお世辞にも言えなかった。周囲のシュカブラの造型を見ると、ここは風の通り道なのかもしれないが。
そしてこのピークで、三周ヶ岳は全容を現す。西側の斜面を見ても、豊かなブナの山であることがわかる。
P1144から三周までは直線距離でわずか1kmほどだが、尾根がV字状態になっているため、沿面距離的にはその倍はある。
ここから2時間といったところで、それでは14時を過ぎてしまうかもしれない。こんな時間感覚では登山の常識はずれと思うような御仁もおられるだろうが、私に言わせれば既成概念を脱するような山行もこなさないと、そして強い意思がないと目標は達成できない。
回り込むようにトレイルを辿っていくと、三周ピークのカタチも少しずつ変わっていき、白さも増していくように見えた。
油断ならぬ雪庇は続く。お兄ちゃんが辿った箇所はパックリと切断されていた箇所も。コワー
そして金ヶ丸谷の源頭を見ながら、着氷したブナ林をもう一息頑張る。
三周ピークは、こんなカタチに変わっている。
やはり烈風というか、つむじ風からは開放されない。
P1252の北側にあるJPに出た。時刻は13時。迫力のある雪稜の真っただ中にいることが実感できる。
山ノ神もなんとか付いてきている(下の画像)。開拓してくれている若いお兄ちゃんに感謝しながら三周ヶ岳を見上げると、30分ぐらい離れたところをまだ登っているのが見えた。
標高わずか1200mあまりの中央分水嶺。これをご覧になっても、標高以上の厳しさを感じる方が多いと思う。逆に言うと、それほど魅力のある雪稜の山域であることが言える。
P1252から東に分かれた尾根の先には黒壁山(1316m)が。三周以上に難易度の高いヤブ山かもしれない。
雪稜美を形づくる要素の一つに雪庇があるが、それは有無を言わせぬ湿った雪量が肝心だ。それと強い季節風。乾いた太平洋側の山岳では、日本海側の山岳の造型美には及ばない。
13:45、目的地に到着。加賀白山はすっかり霞んでしまっているようだが、とにかくピークに立てたことを喜ぶ。
こちらは両白山地の片側である能郷白山。実はここにはまだ登ったことがない。
その北方向には、おそらく姥ヶ岳を中心とした奥越の山並みが。ここもいいところだよ。
もう一度登ってきたルートを振り返る。広野ダムは見えていないが、南越前町(今庄か南庄)の街並みが見えている。
若いお兄ちゃんは少し先に到着し、上谷山方面を眺めながらまったりとしていた。そのバックパックは20Lの超小型のもの。足回りの装備として、何故かスノーシューとワカンの両方を背負っていた。どう考えてもこのエリアに精通しているので、足回りに重点を置いて、要は使い分けをしているのだろう。そしてそれ以外の装備は、極めて必要最低限にしているはずだ。
黒壁山はここからでも存在感があったが、その左肩の背後には蕎麦粒山らしき鋭峰が。奥美濃はその名の通り、実に奥が美しく、濃いというか深い。
山ノ神「あらためてニッポンって、山ばかりの国やね〜平地の地価が高いのもよくわかるわ〜
西方向、すなわち福井県側には目立つ山塊はないが、手倉山の向こう側にも、幾重もの支尾根と山並みが連なっていた。
南方向の先には、金糞岳と白く輝く伊吹山が遠望できた。どれもこれも1300mぐらいの低山だ。だが、標高だけでは語れない素晴らしさがある。
名残惜しいが、この雪稜の中央分水嶺(三周ヶ岳は中央分水嶺上にはないが)から辞することにしよう。その前にもう一度、この尾根を目に焼き付けておこう。夜叉ヶ丸、三国岳、左千方、横山岳・・・わかる人にはわかると思うが、山座同定していただきたい。
そして夜叉ヶ池は、右端にあった。おそらく雪に完全埋没しているだろうが。
帰路はピストンだが、JPは通らずに少しショートカットする。このときに金ヶ丸谷の源頭部をトラバースするのだが、その谷を遡行した私にとっては、非常に感慨深いものがあった。
この谷も、滝はなくても実にいい谷だった。
“山の価値は標高に非ず、谷の良さは滝の数に非ず”の典型だろう。
下山は3時間半ほど。上山が6時間半だったので、まあこんなもんだろう。
それにしても片道約11kmは、さすがに遠いし長い。雪がそこそこ締まっており、またトレースにも助けられたが、厳冬期の三周はなかなか手強い山だということをあらためて実感した。
しかし充実感もたっぷりだった。
山行日:2015/2/21(土)
形態:ペア
天候:晴れ後曇り 撮影機材:PENTAX k-5IIs,16-85mmF3.5-5.6 |
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はなゴン先輩と御在所岳に登った後は、とんぼ帰りして奈良で仲間をピックアップ。そして旧朽木村に向かった。
翌日(2/15)は小雨の中、木地山バス停から百里ヶ岳に向かった歩きはじめた。
2/11が大ラッセルだったので、それに近い苦闘を予想したが、雪面はほどよく締まっており、また前日の山スキーのトレースもあり、苦労することはなかった。
登っているときはまずまずの天気だったが、山頂手前から風雪模様となり、展望はあえなく撃沈。
天気がよかったら周回することも考えたが、そそくさと下山し、温泉と蕎麦に向かった。
それにしてもこのカテゴリの書庫も増えてきた。そろそろエリアをもう少し細かく分けようかと思う。
「比良」「湖西」「湖北」「奥美濃」「奥越」「白山とその周辺」などにするか・・・
山行日:2015/2/15(日)
形態:4名
天候:曇り後雪、後雨 撮影機材:PENTAX k-5IIs,12-24mmF4 |
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夜叉龍神社は奥宮を含めて4つあるらしいが、本日(2/11)の起点は旧坂内村の地点。しかしまさか同じ名前で福井県側の神社に、10日後に行くとは思わなかった。
前日(2/10)は大雪のため、雪に強いはずの国道8号線上の滋賀―福井県境付近で数百台が立ち往生していたが、国道303号線は何とか通れた。近江側すなわり西側は冬型特有のどんより雲だったが、八草峠を越えて美濃側、すなわち山地の東側(東面)は青空が拝めると期待していたが、曇り空どころか標高の低いところまで霧に覆われていた
このようなとき、気が滅入る、あるいはモチベーションが低下するという理由で晴れエリアに向かって転進するような登山者もいるようだが、あまり感心しない。移動している間に天気も変わるだろうし、第一、そんなにコロコロ優柔不断に登山ルートを変えていたら、山行届はどうやって変更しているのかが、いささか疑問だ。
スタートは8:00で、駐車地にはクルマが一台。そしてスノーシューの足跡が1名ぶん。これはラッキー
先行者は2週間ぐらい前にもこのルートを登ったらしいが、そのとき以上に尋常ならぬ雪量が増えており、「もうヤメようかなぁ〜と思っているんです」との早々の敗退宣告。
地元でない私はさすがに15分で登山をヤメる気はなく、プシー八経のときと同様、にわか共同戦線を張ることを提案。もっともこの単独者の先輩は、私よりはるかにツワモノのようで、ずいぶんと助けられた。
尾根に取り付くと、下界の霧か抜け出したようで、湧谷山が見えてきた。
下山してから通りがかった山麓(旧坂内村)の住人から話を伺うと、ここ1週間で80cmの新雪が積もったとのこと。最悪のときに登ったねぇ〜と慰められたが、今回のラッセルは2人がかりでも本当に大変だった。
(新雪80cm+沈み込み20cm)−(スノーシュー装着+1週間の雪の締まりぶん)=?という方程式でラッセル量は変更するが、平均で50〜60cmはあっただろうか。つまりは膝上ラッセルが標高差700mの登りの最中の標準形態であって、斜度がキツくなると腹までに達した。
膝上でも相当にキツすぎるが、腹までくると、もはやイヤになるのはそれなりのラッセル経験者ではおわかりだろう。共同戦線の先輩もそれは同感で、「このままじゃP1067.5さえも無理」とか「今日こそは土蔵岳まで行きたかったなぁ〜」と、またもや敗戦ムード。
南高型の気圧配置(等圧線が横方向に走る)につき天気も冴えないが、それは承知の上のことなので仕方ない。やはりピークには立ちたいので、とにかく頑張るしかない。よって、ラッセルあるのみ。だが、気温がかなり高い。これは決して歓迎されることではなく、異常に雪が重い。
それはどういう悪影響を与えるかというと、ラッセルをしたつもりで考えていただきたい。答えは埋没したスノーシューを蹴り上げるときに、大きな抵抗がかかる。つまり、太ももに異常な疲労が蓄積されるということである。
ワカンの方が抜けが良いので、“次の一歩”に関しては有利かもしれない。しかしワカンだと沈み込む量もスノーシューより増えるため、今度は蹴り上げる高度が増すことになり、やはりスノーシューの方がマシだと思う。
雪山と言ってもいろいろとある(天候は好天のときとする)。あくまでの目安だが、★の数だけランクが上がる。
★雪があるだけの踏み固められた山・・・金剛山,高見山,明神平,観音峯など
★★上記よりもさらに雪量があり、土曜日朝イチなどはラッセルのときあり・・・武奈ヶ岳,稲村ヶ岳,北ヤツなど
★★★基本的にトレースのないラッセルが必要な雪山(日帰り)・・・今回のような人のほとんど来ないエリア
★★★ラッセルは必要ないが、それなりのアイピケ技術が必要な高山・・・赤岳,唐松岳,乗鞍岳など
★★★★上記★3つのエリアで、テント泊により重量増となる場合
★★★★★以上〜ザイルが必要な雪稜登攀を伴う雪山、アイスクライミングなど
私の場合は★3から4つで精一杯だが、私が所属する山岳会の若い(※半世紀を生きてきた私も、まだ若い部類に入るらしいが)新入会員は、やれ雪山テント泊は寒いとか、ラッセルは尻ごみするとか、いささか情けない。かと言って、上の★6つぐらいのアルパイン(厳冬期の剱や鹿島槍など)を平気でアタックする血気盛んな若い衆も(数人だが)いて、あまりの両極端さに悩んでいる。
まあ、いずれにしても、まだ★の数を減らす気にはあまりなれない私。
雑談が過ぎたが、P1067.5mのある台地にようやく到着したようだ。時刻は12:45なので、標高差700m・沿面距離約3kmを5時間弱で雪かきしたことになる。この台地上は(おそらく雪が風で吹き飛んだため)ラッセルが30cmぐらいで済む状態なので、ホッと安堵の気分にもなれる。
駐車地は見えないが、起点の集落はここから俯瞰できる。
登ってきた尾根上もそうだったが、ブナを中心とした自然林が美しい。
地形図上のP1067.5はもう少し先の広いところにあるらしい(右上に共同戦線の先輩がいるところ)。
P1067.5で共同戦線を解除。まだ先に行ける時間は1時間ぐらいあるが、二人とももう疲弊しまくってラッセルはもう不可能という状況。思ったより風が冷たい、いや、あまりにも汗を掻き過ぎた上に、ラッセルで雪をかぶり過ぎたためにびしょ濡れ(本当はよくない)になったので、風に当らない場所をそれぞれつくって昼食とした。
その場所とは、私は樹林帯まで少し下ったところ、先輩は台地上を少し掘った優雅にバーナーを灯している。
雪量は多いところで5mはあるように見える。それは大峰山脈なんかでは比較にならない雪国の山。もう少し締まれば、それなりのラッセルで登れるようになるのだろうが。
先輩は、ここからの至福のときを「いつものように」1時間は愉しむとのこと。日帰りのときの私は、基本的に腰を据えてのランチタイムという形態は採らない=行動食スタイルなので、本日のラッセルのお礼を述べて先に辞することにした(もちろんピストン)。
すると何故かどんより雲は青空に変わってきた。あ゛〜しまった
先輩はというと、まだピークに居るようだ。望遠レンズで等倍拡大すると、掘った穴から赤いウエアが見えている。きっと歓喜の声を上げていることだろう。
まあ、ピークでなくてもそこそこは展望ができる。奥美濃の山はまだまだこれからといった経験値しかないが、蕎麦粒山(1297m)のぼんやりと見えてきた。特徴的な鋭峰なので、憧れる山ヤはそこそこあるらしい。
ずっと霧に覆われていた金糞岳(1317m)は湖北の雄。実はまだ登ったことがな。
もうひとつのとんがりはその名の通り烏帽子山(1042m)。これも登攀意欲をそそり立てられる。沢からも登頂できるらしいが、基本はやはり積雪期だろう。
登ってきた尾根は積雪期限定の尾根。というより土蔵岳も含めて、無雪期はヤブ山と化す(登山道はない)。
当初の計画では、P1067.5から土蔵まで至り、この左下へと続く支尾根を下って周回なんていうプランを考えていたが、全くもって大きな間違いというか、とんでもないハナシだわ。
山行日:2015/2/11(水)
形態:単独
天候:曇り後晴れ 撮影機材:PENTAX k-5IIs,16-85mmF3.5-5.6
まあ、土蔵も含めて、もう一度挑戦することにするか。イイ場所だしね、ここは。
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」とありがたく使わせてもらう。
トレースは何と、進路とは逆方向に続いているではないか





