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三ノ峰の朝は、なかなかドラマチックな雲海と滝雲で幕を開けた。
6:40、6月30日の日の出を迎える。方角はほぼ北東、別山と南白山を繋ぐ稜線の間からコンニチワ
その2分後、太陽は3つに分裂したように複雑な屈折光を見せた。
さあ、この朝日を浴びながら別山を目指そう
黄金色の光は、コバイケイソウも雪渓も、そして三ノ峰のピークも輝きを与える。
早くも雲海の中で元気のイイ一団が、稜線まで上昇してきた。まあ、まだ本格的なガス攻撃までには時間があるだろう。
そして周囲はお花畑へとなっていった。もう北アルプスで見かける高山植物ばかりだ(もっとも“ハクサン”を冠する種も多いけどね)。
三ノ峰の山頂が、滝雲に覆われてきた。雲一つないドピーカンよりも、ずっと絵になる。
別山の影が鳩ヶ湯道にかかっていた。昨日登ってきたトレイルだが、その先には赤兎や経ヶ岳がある。
東方向には北アルプスが雲海に浮かんでいることを期待したのだが、雲海に隠れてしまっているようだ。
御前峰と別山が天空のロードの先に鎮座している。
そしてここの名を冠したイチゲ。初夏の清楚なその姿は、他の人と同様に私も好きだ。
南南東方向、別山谷(カラスノ谷)を棚田のような雪渓が美しい。右手の南縦走路にある銚子ヶ峰などは、既にガスに埋もれつつある。中央左にあるピークは丸山かな(大日ヶ岳ではない気がする)。
これは御手洗池。気づかずに通過してしまった
そしてこちらは白山の表の顔である砂防新道・観光新道・釈迦新道・市ノ瀬道の尾根。チブリ尾根避難小屋の赤い屋根が遠望できた。別当出合の施設も写っている。
7:00、別山到着。まずは縦走路を振り返って、感慨に耽る。
次に北東方向、白水湖が見える。その背後には三方崩山かな。
そしてこれはもう何も言いません、大汝〜御前峰。拡大すると室堂センターの施設も見える。そしてこの山頂で30分近くまったりする。
(左手は白山釈迦岳)
さて目的のピークに立てたのだから、ここからピストンで戻るのがフツーである。しかし私は前述したように、つくづく贅沢な性格のようで、ピストンが嫌いである(ピストンだったら上小池までマイカーで来ている)。
よって、御舎利山を目指す。目指すと言っても別山から10分ほどのところにある、眼と鼻の先の距離のピークだが。お花もどんどん増えてきたし
(大白川源頭部の雪渓) (ミツバオウレン) (チングルマ)
(ミネズオウ) (コイワカガミ) (ハクサンチドリ) 御舎利山からは左折れ、すなわちチブリ尾根を下る。避難小屋より上部はまだまだ残雪が豊富だが通行には支障はなかった。
ただ、本格的にガスが稜線部にかかってきて、これ以降はガスに支配されたようだ。
チブリ尾根は2005年の10月に登ったことがある。そのときはブナをはじめとする原生林の種類なんて全然理解していなかったが、ある程度の経験と知識を得た現在は、その素晴らしさが理解できるようになった。
標高1100mぐらいのブナ林も素晴らしかったが、それより下部にあるカツラ(↓中央)や、蛇の目模様のトチノキ(↓右)が目を惹いた。
11:45、市ノ瀬へ下山。本日より運行開始の白山登山バス(この日は13:45発の1便のみ) までは2時間もあるので、永井旅館でゆ〜ったりと湯に浸かることにした。
さて、ここからは鉄っちゃん以外は見ても、あまり面白くないかも。
バス
43分後には福井駅に到着。早っ
ここから越美北線(九頭竜線)に乗り換える。この南線とはまずもって繋がらないローカル線だが、乗車は初めてである。
福井からひとつ米原寄りの越前花堂(はなんどう)までは北陸本線と併設の単線軌道を走行。越前花堂駅のホームは、北陸線とは完全に分離されている。
福井16:51発の列車に乗ったのだが、2両編成のワンマンカーは意外と賑わっていた。
単線非電化なのは言うまでもないが、ほとんどが1面1線の構造の駅であり、列車交換はできない(できるのは美山と越前大野ぐらい)。これは福井から3つ目の足羽(あすわ)駅。
足羽と言えば足羽川。昨年遡行したシモットノ谷が脳裏に蘇る。足羽川も九頭竜川の支流と言えばそうなるが、一応別の水系に分けて考えると、このJR九頭竜線は福井から美山までは足羽川沿いに走行していることになる。そして九頭竜川沿いに勝山まで走っているのは、えちぜん鉄道勝山永平寺線となり、なかなか面白い。
ということで、しばらくは足羽川を何回も 17:24、美山駅で登り列車と行き違い。列車は花山峠を越えて行き、九頭竜川水系の城下町、大野市へと入っていく。
17:48、越前大野駅に戻ってきた。無料駐車場や市営バスが用意されている大野市にせめてもの感謝のキモチを表すために、大野蕎麦を食べて買えることにした(単に腹が減っていただけかもw)。
上小池〜別山ピストンよりも5000円ぐらい余計に交通費が掛かるが、私は損したとはまるで思っていない。公共交通機関に乗ることで、クルマを運転しているときでは得られない地形が確認できるし、駅や登山口の各施設からの情報=生の声が得られる(蛇の目のトチノキも市ノ瀬のビジターセンターで教えてくれた)。
そして何よりもスルーすることで、角度を変えて山を眺めることができる。
山行日:2013/6/29(土)〜30(日)
形態:単独
天候:1日目=晴れ後雷雨,2日目=晴れ後霧 撮影機材:PENTAX k-5,16-50㎜F2.8,samyang 14mmF2.8,O-GPS1 |
湖北・奥美濃と白山周辺の山
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6/29(土)朝7時、福井県大野市駅近くの無料駐車場でマイカーを降りる。
荒島岳で有名な大野市だが、旧和泉村と合併してさらに巨大化し、福井県の主要な山岳のほとんどを占めるようになった。そのためか?登山者にも優しい印象を私は持っている。
越前大野駅から7:40発の市営バスに乗る。
私の他の乗客は荒島岳へ登るという単独男性だけ。運ちゃんが気を利かせて、荒島岳の登山口まで寄り道してくれると、そこにはものすごい数のマイカーと登山者が。やはり百名山のネームバリューは凄まじい(いいことだとは、私は思っていないが)。
私はと言うと、もちろん終点まで。
鳩ヶ湯の温泉旅館は廃業していた。泊まったことはないが、rockさん曰く『いい旅館だった』とのこと。至極残念なことである。
その打波川沿いの県道173号線をてくてくと歩いて行く。鳩ヶ湯から上小池までは8km、標高差310mほどのアルバイトをしなければならない。
刈込池のハイキング客だろうか、何台ものクルマが私の脇を通り過ぎて行く。1時間近く歩き、観音谷を左手に見送った頃、一台の年代物のレオーネが停まり、中から地元の年配のご夫婦が降りて来られた。ラッキーなことに上小池まで乗せてくれるらしい。恐縮しながらも、ご厚意に甘える。
お陰で1時間半ほどの短縮。ご夫婦に礼を述べ、上小池の管理棟で登山届を出した。
幅ヶ平の崩落→浸食地形を横目に、三ノ峰登山口へと至る。10時に尾根へ取り付く。
ブルーベリーにような実を口に入れるが、果肉に乏しく、あまり美味しいものではなかった。山腰屋敷跡を知らぬうちに通り過ぎ、急登に喘ぎながらとにかく高度を上げていく。
(カニコウモリの実だそうです。ぜいぜいさんに感謝)
11:20、六本檜に到着。湿度が高く、ガスも上がってきつつあるのでGOODな眺望ではないが、それでも荒島岳他の奥越の山並みが見えているはず。
ここから展望とお花の稜線歩きが始まる。もっとも展望はこの天気で、お花もちょっとシーズンには早いようだ。それでもツマトリソウなどが足元を飾っていた。
12:25、剣ヶ岩を通過。既に空は黒雲に覆われ、相当怪しい状態となっている。
南方向には石徹白の名峰、願教寺山やよも太郎山が見えていた。いつかは(積雪期限定だが)この山にも至ってみたいが。
花は徐々に種類を増やしていき、アルペンムードが漂ってきた。
教えてくれたぜいぜいさんに感謝
ところがこのグンナイフウロを撮っている最中に雷雨に見舞われ、久々の合羽装着。そう言えば合羽に下を履いたのは、今年初めてかもしれない。
13:55、三ノ峰避難小屋に到着。トイレあり、(使わなかったけど)毛布まで備蓄されていた。大野市に感謝。
小屋には既に4名の先客が居た。女性2人組は石徹白登山口から、単独男性その1は上小池、その2は市ノ瀬からとそれぞれ別々だった。
小屋の東側には雪渓があり、そこで水が取れると思っていたが、雪渓はずっと下まで繋がっていたためNG。男性その1は諦めて雪を融かしていたが、諦めの悪い?私は南縦走路を5分ほど下ったところに水が出ていた(湧水ではなく登山道横の雪渓がたまたま切れていただけで正規の水場ではない)ので、そこで水を補給した。男性その2もそれを聞いて、同様にしたようだ。
避難小屋でナンをこねこね
時間には余裕があったのだが、いかんせんガスに支配された稜線ではあまり歩きまわる気になれない。それでも花を愛でたりしていたが、肝心の星景は空振り。というのも、夜中に何度か外に出て上空を見上げても、うっすらとだが星は出ていた(天の川らしきものも透けて見えた)。“透ける”というのは、雲の下から星が透けて見えていたようで、どうやらここの稜線をガス(雲)が移動していたと思う。つまり星景を撮るようなスカっとした晴れにはならなかったということ。
オマケに月も昇ってきたようなので、もうフテ寝するしかなかったが、3時頃目覚めてみるとその月が煌々と雲海を照らしていた。遅いっちゅうの〜
もう薄明も始まっているので、月明りとのダブルパンチで星はほとんど写っていないが、まあ絵にならないこともない。
撮り終えると既に3時半。おっと日の出までにはあと1時間もないやんけ!
小屋に戻って慌てて焼きそばを作って朝食とし、そそくさと撤収して、三ノ峰に向かって登り始めた。
別山は既に夜明けの準備が整えていた。
振り返ると三ノ峰避難小屋より南にある稜線には、滝雲が東から西へと蠢いていた。おそらく屋半にはこの雲が避難小屋付近にも流れていたのだろう。
南白山(登山道なし)方面には、その雲海が太陽を待ちわびるようにざわざわと動き出していた。ダイナミックな朝を予感させていた。
(つづく) |
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沖島巡りの翌朝(5/27)は、とあるキャンプ場でヤギとのふれ合いから始まった。
YTCの例会参加もこれで5回目になるが、今回のコースは日帰りとしては、なかなか歩きごたえがあるという以上の難コースだった。それでも踏跡がほとんどない下谷山の南尾根を登高して江越国境上の中央分水嶺、しかもほとんど全コースに渡って新緑のブナ林を歩くという、贅沢なコースなので迷わず参加を決めた。
一般公募の例会なので、事務所集合は9:15。そこから送迎バスに乗って、半明ゲートまで移動し、歩き始めたのは10時を過ぎていた。
南尾根の取り付きは、もう絶対に判らないクラスのヤブの中だった。昨年、この取り付きを自主的に捜索したのだが(トレイルマップに記載している地点なのに)発見することができなかったが、今回参加してみてまあ納得。
踏跡などは皆無で、しかも急登。そしてこの山域に共通するように柔らかい地質なので、皆さん必死になって登っている。
点標・大音波(817.6m)まではブナはほとんど見当たらないが、さし当たって自然林の緑のトンネルだ。
点標・大音波は広い台地状のピークで、ここからブナロードが始まる。
ブナの樹に乗ってみよう!
明瞭な尾根に乗ったが、それでも踏跡はか細い。ブッシュの中、Dガイドは手慣れた(脚慣れた?)ように、我々を引率してくれる。ヤブツバキが沿道を飾っていた。
私は自分の名前にあるからではなく、春が好きだ。そしてこの春とは新春ではなく、日本海側の山域の春、すなわち5〜6月のことを指す。この時期の山は、この上なく美しく、そして生命の躍動感に満ち溢れているからだ。
この南尾根は、特に巨大なブナがあるわけではなかった。いや、実のところは幹回りは意外と細く、そして天に向かって真っ直ぐに伸びているブナ林が主体だった。これは上に上に競って伸びないと、光を得られないからだとか。確かに幹の下の方には、ほとんど枝葉が付いていない。
ここは近畿で最も豪雪地帯だが、この尾根は季節風の影響はさほどではないのと、尾根上の地形が平坦なために、雪国特有のねじ曲がったブナは少ないようだ。
(魚眼で撮ったので湾曲しているけど、実際はほぼ真っ直ぐのブナ林)
時刻は14時を過ぎているが、まだ中央分水嶺には着かない。林床にチゴユリが見られた頃、ようやく下谷山らしきピークが樹間から見えた。
下谷山に着いたのは何と15時。ちなみに国土地理院の地形図には、名もなき971mピークとしてしか描かれていない。つまりは俗名かもしれないが、上谷山の存在と、下谷川の源頭にあるピークからして、“下谷山”と呼ぶのが相応しいだろう。
そしてそのピークからは(ちょっと木登りしたけど)、2ヶ月前に訪れた上谷山のピークが東側に見ることができて、我々3名はさらに感無量。
南側には下谷川(中央)と、登ってきた南尾根(右)が見える。そしてYTCのスタッフが担ぎ上げた手作りの山名標が据え付けられた。
そして本日のメインイベント&ミッションはこなしたわけであるが、すんなりと下山というわけではなかった。ここから6.5kmの道程は、中央分水嶺上のトレイル歩きがまだまだ続くからだ。ウラジロヨウラクが開花していた。
冬ならもう真っ暗になる時刻を過ぎているが、今は一年でもいちばん日が長い時期。この時期にこのプランを組むのもそのためだろう。
音波山(872.6m)からも、下谷山南尾根を振りかえることができた(左奥〜中央右に続く尾根。右奥のピークは大黒山)。そしてこのピークの直下には、この界隈では有名なブナの巨樹が。
まだ下山地点までは4kmもある。さすがに17時を過ぎたので陽も陰ってきた。そしてさすがに新緑ブナにも
関電の巡視路に合流し、現在は営業停止のベルク余呉スキー場を左手に見ながら、下山地点までもうひと踏ん張り。18時にバスが待ち受ける杤ノ木峠の下の国道365線に躍り出た。
中河内の己知の冷水が、とても美味しかった。
やはり日本海側のブナ林の新緑は好い。
だが、ブナの新緑巡りは、まだまだこの翌週も続くのであった。それは--------(以下次項)
山行日:2013/5/27(日)
天候:晴れ
形態:22名 撮影機材:PENTAX k-5,10-17mmF3.5-4.5fisheye,16-50mmF2.8,100mmF2.8macro |
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高島トレイルをイッキに完全踏破しようとはあまり考えていないが、パッチワークのように少しずつ繋げていくのも一興かもしれない。
標高900m以下の低山の連なりである高島トレイルの魅力とは何か?と聞かれたら、主として3つあると私は考えている。
1.中央分水嶺であること※やはり沢屋のはしくれとしては、水の循環には興味がある。
2.二つの“うみ”を眺めながら歩けること※若狭の海と、琵琶の海(正確には河川だが)
3.豪雪地帯であること※スノーシューで無垢な雪面を辿るのはとても楽しい
今回は以前に登ったことのある(若狭)駒ヶ岳と、百里ヶ岳の間の未踏部分をスルーすべく、いわば『パーク&ライド型周回コース』をプランニングした。同様の形態は、子ノ泊山を桐原から浅里までスルーしたとき以来である。
朽木学校前7:05発の高島市営バス(木地山線)に乗る。バスと言っても、せいぜい10人が乗れるくらいのマイクロバスだ。奈良からだとさすがにマイカーでないと、この時刻までにはアプローチできない(マイカーは道の駅にデポ)。
終点の木地山BSまで約30分。それまで誰も乗降しなかった。
3年前の3月に下った与助谷左岸の枝尾根を登っていく。スミレやオオカメノキ、そして巨木が出迎えてくれた。
1時間ちょっとで中央分水嶺上のピーク(与助谷山)に出る。青空が広がってきて樹を撮るにはちょっと適さない光線だが、歩くぶんにはやはり青空の方が気分爽快だ。
高島トレイルは基本的にはたおやかな山稜だ。テクニカルな要素はほとんどなく、敢えて言えば読図(これはどんな登山でもそうだが)ぐらいか。桜谷山と続く尾根筋を見ながら、そう思った。
芽吹き前の右手の樹間から、日本海が見え隠れする。
こちらは左手の樹間、たぶん比良の盟主(武奈ヶ岳)だろう。
そして往く手には目指す百里ヶ岳が姿を現す。北斜面にはまだ残雪があるようだ。
麻生川の上流部(北谷)を俯瞰すると、何やら人工物が見える。集落の家屋ではないような(何だろ?)
9:40、桜谷山(825m)を通過。高島トレイルの詳細マップでは、与助谷山〜桜谷山間はCT=1:30となっている。しかし40分で歩けたので、ちょっとそれは過剰タイムのような気もする。
タムシバの白い花を愛でながら、木地山峠へと一旦下る。
そして琵琶の海が霞みながらも視界に飛び込んでくる。小さな島は、おそらく多景島だろう。
(駒ヶ岳方面を振りかえる) ブナ林の中のトレイル上にはほぼ残雪はなく、木地山峠から1時間弱で2度めの百里ヶ岳のピークを踏んだ。
百里先は見えるかどうかはわからないが、若狭湾はハッキリと見える。御神島(中央左)とアリンコのような小さな千島(左)が浮かんでいる。
(内外海半島と久須夜ヶ岳) 百里ヶ岳を11:10発。当初の計画では小入谷BS17:21発のバスに乗車する予定だったが、このペースだと1本前の13:38発のバスに乗れると思う。百里からBSまでCT=2:20となっているが、かなり甘めの設定だろうから。
そして何だか雲ゆきが怪しくなってきたしね(予報では夕方から雨となっていたが、どうやら降り出しが早まりそうな雰囲気)。琵琶湖の向こう側に見えているはずの霊仙山や伊吹山が、霞みに隠れてしまった。
百里新道で小入谷越を経由して小入谷(おにゅうだに)へと下山。時刻は13:00だから、やはり余裕のCTだ。
そして集落は遅い桜の季節を迎えていた。
そして市営バス針畑線のバスがやってきた。2ヶ月前は1m近く積もっていた雪景色の桑原集落を経て、1時間後には朽木学校前にぐるりと戻ってきた。そしたら雨が落ちてきた。
そしてイワウチワ(※トクワカソウと区別がつかないのでイワウチワにしておいてください)は、今回も優しく歓迎してくれた。この色も早春の柔らかな光とよく似合う。
山行日:2013/4/20(土)
形態:単独
天候:曇り時々晴れ 撮影機材:PENTAX k-5,10-17mmF3.5-4.5fisheye,12-24mmF4,18-13mmF3.5-5.6 |
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JPから上谷山までは500mほどの距離だが、ピーク手前の急坂と雪庇が地形以上に急峻なイメージを与えていた。もっともスノーシュー&ストックの登高で問題ないレベル。クラストしていたらアイゼン&ピッケルが必要かもしれなかったが(持ってきていない)。
(足跡はもちろん動物のもの)
南南東方向、沢筋の向こう側に谷山〜左千方へと伸びる尾根が見える。4ヶ月前に歩いた懐かしさが蘇る。そしてその奥には余呉の盟主・横山岳の双耳峰が。黄砂の影響で霞みがちなので、残念ながら金糞岳までは視認できない。しかしここ余呉奥山の山並みをよく表している絵だと、自画自賛。
そして中央分水嶺を辿って16:15、念願の上谷山に到着!!
6時間半かけて至ったピークだが、山名板や指標は見当たらなかった。もしかしたら雪に埋もれていたのかもしれない。もっともそういう装飾品類はなくても一向に構わない。どこかの山みたいに、山名板で溢れかえっている景観ほど、鬱陶しいことはないから。
感動の山頂だったが、実は分水嶺に出る直前から南風が強くなってきており、嵐の前兆が早くもみられた。その犯人は日本海を急速に発達する低気圧(に向かって吹きこむ南風)。ここから我々は本格的な風との戦いになる。
上谷山ピークは地形図そのままの繭型の平べったい地形だった。無雪期はおそらく笹原なんだろう。福井県側にはブナの疎林が生えていたが、まさかこの平らな山頂でテントを張るわけにはいかない。ということで、山頂を西へ300mほど下った斜面が南風を多少遮ってくれていたので、その斜面を整地して張ることにした。
(テントを張り終えた頃は17:15。しかし日も長くなったものだ) もちろんそれからいつもの水作りだが、締まりまくった雪は簡単に水になってくれて楽ちん。そのままおでん作りへと移行する。煮込みに途中で日没を迎えた。地平線付近はやはり黄砂が漂っているため、ぼや〜とした太陽が沈んでいったが、暖色光はかえって赤かったかもしれない。
冠山方面の分水嶺にも、アーベンロートが映し出された。
薄明後には冬の星座が天を飾ったが、やはり地平線付近は黄砂が茫洋と散乱し、イマイチな星景だったかもしれない(贅沢か?)。
南風は宵のうちから強風から暴風となり、テントを激しく叩きつけた。気温はおそらくほとんど変わらない(10℃近い?)ので寒さは全く感じなかったが、テントが変形するほどの風はやはり睡眠を著しく妨害した。ほとんど寝れない状態で、一行は分水嶺の夜を過ごした。まあ長いこと雪山テント泊していたら、こんなことはあるだろう。それがイヤな方は、テント泊はよした方がいいかということだ。
翌未明(3/10)は、ものの見事にどん曇っていた。風はもちろん収まっていない。今日は昼前から寒冷前線が通過するため雨になる予報なので、10時前には下山してしまう計画だ。ということで、6時にはテントを撤収し、出発。
しばらくは広い分水嶺を西進し、鉄塔の尾根にひとつ東側の尾根をまた北上する。そのJPまで約30分ほど。
この樹木が目印かな。 余呉の山並み(大黒山方面)に別れを告げて、再び福井県側へと戻る。
この尾根(橋立尾根?)もca650mまでは実になだらかだ。言いかえると、やたらと長い。
小さなヤドリギの着いたブナをあちこちに見かける。といっても、あんまりのんびりとはしれいられない。慎重にかつスピーディに(雨が降るから)読図をしながら下降していく。
ところが予想に反して、8時頃にはすでに雨滴が落ちてきてしまった。ありゃ〜もうイヤン
カッパを着けたが、やはり下部はヤブが出ていて、雨との2重苦状態。さらにca350mから下の植林帯は激下りの斜面。たまらずスノーシューを外した。膝を踏ん張りつつ下ると、橋立集落の用水路(しかし増水しており、この流れに落ちたらまず助からない)に出て、無事帰還。クルマを停めた地点までは約10分の距離だった。
山行日:2013/3/9(土)〜10(日)
形態:4名
天候:1日目快晴,2日目曇り後雨 撮影機材:PENTAX k-5,18-13mmF3.5-5.6,samyang 14mmF2.8 |




