zenちゃんのブログ

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2018.6.22
泉南市民歴史倶楽部の例会(史跡探訪)。泉南市・阪南市の神武東征伝承の地を訪ねるということで
倶楽部メンバーの一員でこのタイトルに詳しい会員さんの案内で旧東鳥取村(町)を中心に歩きました。

今日のコース
    JR和泉鳥取駅〜玉田山古墳群〜波太神社〜自然居士おおいちょう〜瑞宝寺〜長楽寺〜
    男神社〜高城の宮跡〜庚申堂〜JR和泉鳥取駅

波太神社の参道に並行して鳥取神社があります。拝殿前に小さな鳥居が二つ。
左が八重亊代主命(やえことしろぬしのみこと)を祀る鳥取戎社。
右は鳥取神社として明治末期に神社合祀政策により鳥取中地区の以下の8柱の祭神を合祀しています。
天忍穂耳命(元山中神社祭神)、角凝命(元波太神社祭神)、天照大神(元神明神社祭神)、
素戔嗚命(元八坂神社祭神)、菅原道眞公(元菅原神社祭神)、五十瓊敷入彦命(元玉田神社)、品陀和気命(元八幡神社祭神)、祭神不詳(元乳守神社祭神)
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自然田(じねんだ)の集落を通り抜けます。庄屋屋敷だったのでしょうか大きなお屋敷の前を、
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自然居士(じねんこじ)の大イチョウと呼ばれる大きなイチョウの木が植わっているに来ました。
自然居士は当地出身と伝わる半僧半俗の仏教唱道者で謡曲「自然居士」の主人公です。
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拝殿のような形に立っているこの建物は午前中に行った玉田山の菟砥川上宮(うとのかわかみのみや)跡に
建てられていた建物をここに移築したものだそうです。この奥に自然居士の祠があります。
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樹齢約450年、高さ約16m、直径1.2mで、大阪府の天然記念物に指定されています。
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自然田の中心地付近に建つ玉田山瑞寶寺へ参拝しました。大きい立派なお寺です。
もともとは今日最初に行った玉田山続きの乙ケ池付近にあった瑞寶寺にあったと言い伝えられています。
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延宝年間の初めころ(1675)の創建と伝えられ、法然上人の念仏講の一種、鉦講(かねこう)が、
昔の形態をそのまま継承されているということで阪南市指定無形民俗文化財に指定されているそうです。
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瑞寶寺を出て小川と井関川が合流した菟砥(うと)川を渡り、山中川を渡り更に北へ府道256号線を
横断して玉田山山頂から眺めた平野山長楽寺に着きました。
菟砥川と山中川はもう少し川下(鳥取中)で合流して男里川になります。
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行基によって創建された七堂伽藍を備えた大寺院だったそうですが、豊臣秀吉の紀州根来・雑賀攻めの時、
兵火で焼失。修理中の本堂の南側丘陵から平安時代から江戸時代にかけての瓦が出土することから少なく
とも、平安時代には建物が存在していたこと、寺域が広範囲であったことが確認されています。
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長楽寺境内の林の中にこの祠があります。[https://www.sankei.com/west/news/150820/wst1508200003-n1.html
七塚]と言われており、神武東征の折、皇兄の彦五瀬命(ひこいつ
せのみこと)が長髄彦(ながすねひこ)との戦いで自身も傷つきこの地に上陸、亡くなった家来を埋葬した
場所とされ、その時傷の手当てをした地元の子孫たちが紀元2600年を記念して建てた塚だそうです。
ここ以外にあと2カ所あり、これから続けて訪れる予定です。
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林の中でこんなものを見つけました。ナナフシです。七塚と関係ありません。
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長楽寺を後に北へ少し、金熊寺川を渡って向こうに見える森にある男(おの)神社へ。
川を渡ると阪南市から泉南市。金熊寺川はこの少し川下で男里川に合流します。
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男神社に着きました。男神社は延喜式に男神社二座と記され一つはここ、今一つはもう少し北にある摂社
浜の宮だとされています。この浜の宮は神武天皇東征の時、流れ矢で負傷した彦五瀬命が傷の痛みに絶えかね
て雄たけびを発したという雄水門(おのみなと)の旧跡とされています。元々この地に祀られていたのを
海に近く風波に侵されるということで貞観元年(895)にここに建てられ神武天皇を合祀したようです。
拝殿の向こうにある本殿は大阪府指定の有形文化財です。
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神社の森にそびえる大クス。
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雄信達の馬場に高城の宮跡があるということで向かいます。
途中、男里川を少し登り男神社の森の東端に地元では乳神さんと言われている小さな祠が。
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向こうの方には弥生時代の集落があったという双子池があります。
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府道63号線を左へ廻鮮鮨屋「喜十郎」の駐車場に隣接して今日二つ目の七塚です。
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雄信達馬場殿垣外の集落に入って細い道を。老人集会所の近く民家の隙間に高城の宮の祠跡を発見。
彦五瀬命・興津彦命・興津比売命を祭神とした広い社域を持つ高城神社だったようです。
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今日の目的地はほぼ終了。JR和泉鳥取駅の方へ戻ります。
途中、ここ、幡代地区は埋め墓を岡中の長山(共同墓地)に設け、詣り墓を村はずれに設けたそうです。
江戸時代まで続き、氏墓形式で四か所に点在しているそうで、この国道26号沿いにあるのが向井の墓。
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こちらはまた別の箇所にあった宇野の墓。
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桜ヶ丘住宅に入り朝日小学校の正門付近に和泉鳥取庚申堂がありました。
庚申堂の敷地に建っていた土生儀重郎翁碑。どのような方か確認しませんでした。
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庚申堂の裏手の方に登って行くと足元に三猿が刻まれた青面金剛童子が祀られていました。
堂内に祀られたものは30年に一度のご開帳と言うことでレプリカ?
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最後の見学地。新家(しんけ)の畑の真ん中にポツンと見えています。
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これが三つめの七塚です。
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今日の阪南・泉南歴史散策はこれで終了。
後半の報告はここまでです
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