◆●光田ちひろの作品集●◆

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●百物語●

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「大丈夫? あの……失礼ですが……あなた何か、頭の病気とかあります?」

 婦人は平気な顔で落ちている手をまたぎ、つかつかと直也に近寄って、頭を抱えた直也の肩に手をかけようとした。直也の心臓は小さく小さく収縮していくようだった。

ああ、やめてくれ。近づかないで。肩をさわらないで!

えも言えわれぬ不安に襲われた直也は、一歩、二歩と後ずさりし、その後、くるりと背を向けると店の外へ向かって一気にかけ出した。

自分が頭の病気だって? 精神病ってことか? 病気なのは、あなたたちではないか? 


◆手◆その2◆(百物語 黎明編 第13話より)◆

                     ◆◇◆

 直也は彼女とランチの待ち合わせをしていたことも忘れ、駅へ直行すると、誰とも目を合わさないように苦心しながら電車に乗り、揺られ続けた。

 自分のアパートへ着くと、内側から玄関のカギをかけ、すぐにベッドへ潜り込んだ。

しばらく布団を被ってふさぎ込んでいたが、一時間ほどして少し気分が落ち着いたので、テレビのスイッチを入れた。

 あれはもしかしたら、「ドッキリテレビ」とかそういう類の悪質な冗談で、人の肝を抜いて視聴者を喜ばせる番組の仕掛けだったのかもしれない。いや、それにしてはあまりにもあのちぎれた手はリアルで生々しかったが。もしかしたら、いまごろバラバラ殺人事件として、ニュースで報道されているかもしれない。

 そう思って直也はリモコンのチャンネルをせわしなく変えながら、ベッドの中でテレビを見続けた。

 しかし、先ほど直也の見たものを説明するような番組は、どのチャンネルでも何一つやっていなかった。

 そのままその事件は直也の心の中に葬られた。

 しかし生身の人間の手というものは、ちぎれて放置されると、心の中でも腐敗を進行させるものだ。直也の心は、その手の記憶を覆い隠すことによって、一緒に腐敗を始めたようだった。

       ◆◇◆
 
 その夜から、直也は蛆虫の夢を見るようになった。

 いろいろなシチュエーションで蛆虫が出てくる。

 あのショッピングモールの入り口の落ちていた手に、ハエが卵を産み付けている場面。

 そこから続々と蛆虫が生まれる場面。

 右手の無くなった死体がどこかの空き地に転がっており、死体の内部から蛆虫が発生し、くちゃくちゃと音を立てて肉を食べている場面。

 手、足、腕、太股、胴体、頭と死体がバラバラにされて出てくるときもあった。表面にはうろこのようにびっしりと蛆虫が覆い、それぞれがどこの体のパーツなのか、夢の中、直也は目をそむけながらも考えている。

 蛆虫のアップ。どこか遠くで常にボ――――――ンという重苦しい低い音が響いている。

 太った子どもの指ほどもある汚れた黄土色の蛆虫が、どこかの壁を這い上がってくる。

 ぐにゃぐにゃと重なり合いながら蠢く様子がこの上なく気味悪い。そいつらは這い上がり、直也の体へ、直也の手へと迫り来る。

 訴えているのだ。ちぎれた手が……。自分の主だった人間を捜してくれと。放ったらかしにしないでくれ、もう一度、主人の体に縫いつけてほしいと。

 なのに、直也は見て見ぬふりをした。

 なぜならば、直也を取り巻く世界が、突然今までとがらりと表情を変え、直也を無視したからだ。

 世界……直也が今まで大体こんな風だと思い込み、信じていた世界は一体何だったのだろうか? 世界があの時、あの瞬間、豹変した。

 あの手のことを警察に通報しなかった直也が犯罪者だとしたら、あの時あそこを通った全ての人間が犯罪者じゃないか? しかし、この世は相変わらず平和じゃないか、見かけ上は……。

 直也は目が覚めているときも、恐ろしい錯覚に付きまとわれた。日常のいたるところにちぎれた手が、ちぎれた足が、ちぎれた指が、落ちている錯覚だ。

 瞬間的に赤黒いぐにぐにした断面をもつ手足に見えるそれは、もう一度見ると、靴だったり、放置されたおもちゃだったり、投げ捨てられた空き缶だったり、ただの石だったりする。

 さりげなく、微妙に、直也を取り巻く世界は狂い初めているようだった。    

       ◆◇◆

 ランチの待ち合わせをすっぽかしたことで、直也は彼女にふられてしまった。

 ふられるのは当たり前だ。相手が怒るのは当たり前だ。直也が約束をすっぽかし、その後も何の弁解もなく放置しておいたのだから。

 そう思うとかえって安心した。それが世の中というものだ。直也が今までこんなものだと信じていた世界が直也の目の前にあること、それは彼女とのつき合いが続くことよりも大切なことだった、今の直也にとっては。

 どうか、直也の頭の中にある常識の通用する世の中であり続けてほしい、たとえ、彼女にふられてもだ。

 どうか、ちぎれた手足がごろごろ転がっていて、まるでそれを道ばたに放置された犬の糞か何かのように不愉快に思いながらも無視し、またいで歩くようなそんな世の中ではありませんように……。

 直也の願いが通じたのが、その後は手も足も指も、全く落ちていることはなかった。あの日の出来事は夢だったのだ、と直也は自分に言い聞かせようとした。しかしやはり、この世の中はどこかが違う。今までと。

 どこだろう?

 直也は同じような絵が二つ並んだ間違い探しのパズルのように、以前の世の中と、今、目の前に広がる世の中を比較した。

 この世界の何かが違う。何だろう? いや、どこも違わない。いや、ちがう……。

 大学へ向かう電車の中で、直也は私立学校へ通う小学生の姿をまじまじと見つめた。なんだか子どもが皆、白い顔をしている。能面のような白い顔。

 電車の窓から、通学路を歩く小学生たちのランドセルをしょった姿を見る。やはり白い顔だ。

 最近の子は外へ出ないから、ひときわ白さが目立つのか?いや、白いと感じること自体、単なる気のせいかも知れない。よく分からない、でも何かが違う。

 そう思い始めると、子どもの顔の色ばかり気になるようになった。何事も、うわの空になる。テレビを見ても子役ばかり見てしまう。

 わざわざ子どもの顔を見るために、公園へ出かける。ベンチにいつまでも腰掛けている。遊具で遊ぶ子どもたちの姿を目で追う。

 ころころとビニールボールが向こうから転がってきた。直也は足下からそれを拾い上げ、ボールを追って走ってきた男の子に渡そうとした。

 今までにないような近い距離で、子どもの顔を見つめた。そして「あっ」と小声で叫んでしまった。

 子どもは化粧をしていたのだ。おしろい……女性が塗るファンデーション……というやつを顔全体に塗っていた。それもかなりの厚塗りだった。まるで白っぽいゴムマスクをつけているようだった。

 直也はつい我を忘れて、子どもの顔をじろじろと何秒間も見てしまった。ゴムマスクをつけたような子どもの顔が次第にこわばっていく。

   ◆明日の記事へ続く◆

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閉じる コメント(9)

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なかなか読み応えありますね(^^)

また次が楽しみになります(^^)サスペンス的要素もあり

いい感じですね(^^)ポチ^^

2010/1/3(日) 午後 3:05 [ ぺけ ]

こんにちは(^^)
思わず3回読みました、直也の気持ちに
引き込まれそうです、次回楽しみです、
有難うd(⌒ー⌒) 凸ポチ☆

2010/1/3(日) 午後 3:52 演歌人

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うふ!またまた ワクワク!!
楽しみだなぁー♪
やっぱ本屋さんを捜そう。
ポチ☆

2010/1/3(日) 午後 6:34 ☆パンジーです☆

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なんか凄い展開でドキドキ。
蛆虫のどろどろしさにもびっくり。
綺麗なFlash作品ばかり見ていたので、えっ!?って感じです。
さて、どうなるのかしら??
ポチン☆彡

2010/1/4(月) 午後 5:23 趣味の追っかけ

何度読んでもコワイ…
このなんだかスッキリしない怖さがいいですね
転載させてもらいますね(*ゝω・)σ凸<☆ポチ

2010/1/5(火) 午後 4:20 [ - ]

あれ〜〜〜〜
転載できなかった。。。。(〃_ _)σ‖

2010/1/5(火) 午後 4:21 [ - ]

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あ、みさとちゃん、ごめんね。今、転載できるようにしましたよ〜。

2010/1/5(火) 午後 10:37 [ keiko ]

ァリガト―(w>ω<w)―ゥッ☆
では転載させていただきます

2010/1/6(水) 午前 8:43 [ - ]

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はじめまして、ブログ村検索からお邪魔しました。これから読ませてくださいね。またお邪魔したいのでお気に入り登録お願いします。
ポチ

2010/10/26(火) 午後 5:15 tabibitobp


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