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「大丈夫? あの……失礼ですが……あなた何か、頭の病気とかあります?」

 婦人は平気な顔で落ちている手をまたぎ、つかつかと直也に近寄って、頭を抱えた直也の肩に手をかけようとした。直也の心臓は小さく小さく収縮していくようだった。

ああ、やめてくれ。近づかないで。肩をさわらないで!

えも言えわれぬ不安に襲われた直也は、一歩、二歩と後ずさりし、その後、くるりと背を向けると店の外へ向かって一気にかけ出した。

自分が頭の病気だって? 精神病ってことか? 病気なのは、あなたたちではないか? 


◆手◆その2◆(百物語 黎明編 第13話より)◆

                     ◆◇◆

 直也は彼女とランチの待ち合わせをしていたことも忘れ、駅へ直行すると、誰とも目を合わさないように苦心しながら電車に乗り、揺られ続けた。

 自分のアパートへ着くと、内側から玄関のカギをかけ、すぐにベッドへ潜り込んだ。

しばらく布団を被ってふさぎ込んでいたが、一時間ほどして少し気分が落ち着いたので、テレビのスイッチを入れた。

 あれはもしかしたら、「ドッキリテレビ」とかそういう類の悪質な冗談で、人の肝を抜いて視聴者を喜ばせる番組の仕掛けだったのかもしれない。いや、それにしてはあまりにもあのちぎれた手はリアルで生々しかったが。もしかしたら、いまごろバラバラ殺人事件として、ニュースで報道されているかもしれない。

 そう思って直也はリモコンのチャンネルをせわしなく変えながら、ベッドの中でテレビを見続けた。

 しかし、先ほど直也の見たものを説明するような番組は、どのチャンネルでも何一つやっていなかった。

 そのままその事件は直也の心の中に葬られた。

 しかし生身の人間の手というものは、ちぎれて放置されると、心の中でも腐敗を進行させるものだ。直也の心は、その手の記憶を覆い隠すことによって、一緒に腐敗を始めたようだった。

       ◆◇◆
 
 その夜から、直也は蛆虫の夢を見るようになった。

 いろいろなシチュエーションで蛆虫が出てくる。

 あのショッピングモールの入り口の落ちていた手に、ハエが卵を産み付けている場面。

 そこから続々と蛆虫が生まれる場面。

 右手の無くなった死体がどこかの空き地に転がっており、死体の内部から蛆虫が発生し、くちゃくちゃと音を立てて肉を食べている場面。

 手、足、腕、太股、胴体、頭と死体がバラバラにされて出てくるときもあった。表面にはうろこのようにびっしりと蛆虫が覆い、それぞれがどこの体のパーツなのか、夢の中、直也は目をそむけながらも考えている。

 蛆虫のアップ。どこか遠くで常にボ――――――ンという重苦しい低い音が響いている。

 太った子どもの指ほどもある汚れた黄土色の蛆虫が、どこかの壁を這い上がってくる。

 ぐにゃぐにゃと重なり合いながら蠢く様子がこの上なく気味悪い。そいつらは這い上がり、直也の体へ、直也の手へと迫り来る。

 訴えているのだ。ちぎれた手が……。自分の主だった人間を捜してくれと。放ったらかしにしないでくれ、もう一度、主人の体に縫いつけてほしいと。

 なのに、直也は見て見ぬふりをした。

 なぜならば、直也を取り巻く世界が、突然今までとがらりと表情を変え、直也を無視したからだ。

 世界……直也が今まで大体こんな風だと思い込み、信じていた世界は一体何だったのだろうか? 世界があの時、あの瞬間、豹変した。

 あの手のことを警察に通報しなかった直也が犯罪者だとしたら、あの時あそこを通った全ての人間が犯罪者じゃないか? しかし、この世は相変わらず平和じゃないか、見かけ上は……。

 直也は目が覚めているときも、恐ろしい錯覚に付きまとわれた。日常のいたるところにちぎれた手が、ちぎれた足が、ちぎれた指が、落ちている錯覚だ。

 瞬間的に赤黒いぐにぐにした断面をもつ手足に見えるそれは、もう一度見ると、靴だったり、放置されたおもちゃだったり、投げ捨てられた空き缶だったり、ただの石だったりする。

 さりげなく、微妙に、直也を取り巻く世界は狂い初めているようだった。    

       ◆◇◆

 ランチの待ち合わせをすっぽかしたことで、直也は彼女にふられてしまった。

 ふられるのは当たり前だ。相手が怒るのは当たり前だ。直也が約束をすっぽかし、その後も何の弁解もなく放置しておいたのだから。

 そう思うとかえって安心した。それが世の中というものだ。直也が今までこんなものだと信じていた世界が直也の目の前にあること、それは彼女とのつき合いが続くことよりも大切なことだった、今の直也にとっては。

 どうか、直也の頭の中にある常識の通用する世の中であり続けてほしい、たとえ、彼女にふられてもだ。

 どうか、ちぎれた手足がごろごろ転がっていて、まるでそれを道ばたに放置された犬の糞か何かのように不愉快に思いながらも無視し、またいで歩くようなそんな世の中ではありませんように……。

 直也の願いが通じたのが、その後は手も足も指も、全く落ちていることはなかった。あの日の出来事は夢だったのだ、と直也は自分に言い聞かせようとした。しかしやはり、この世の中はどこかが違う。今までと。

 どこだろう?

 直也は同じような絵が二つ並んだ間違い探しのパズルのように、以前の世の中と、今、目の前に広がる世の中を比較した。

 この世界の何かが違う。何だろう? いや、どこも違わない。いや、ちがう……。

 大学へ向かう電車の中で、直也は私立学校へ通う小学生の姿をまじまじと見つめた。なんだか子どもが皆、白い顔をしている。能面のような白い顔。

 電車の窓から、通学路を歩く小学生たちのランドセルをしょった姿を見る。やはり白い顔だ。

 最近の子は外へ出ないから、ひときわ白さが目立つのか?いや、白いと感じること自体、単なる気のせいかも知れない。よく分からない、でも何かが違う。

 そう思い始めると、子どもの顔の色ばかり気になるようになった。何事も、うわの空になる。テレビを見ても子役ばかり見てしまう。

 わざわざ子どもの顔を見るために、公園へ出かける。ベンチにいつまでも腰掛けている。遊具で遊ぶ子どもたちの姿を目で追う。

 ころころとビニールボールが向こうから転がってきた。直也は足下からそれを拾い上げ、ボールを追って走ってきた男の子に渡そうとした。

 今までにないような近い距離で、子どもの顔を見つめた。そして「あっ」と小声で叫んでしまった。

 子どもは化粧をしていたのだ。おしろい……女性が塗るファンデーション……というやつを顔全体に塗っていた。それもかなりの厚塗りだった。まるで白っぽいゴムマスクをつけているようだった。

 直也はつい我を忘れて、子どもの顔をじろじろと何秒間も見てしまった。ゴムマスクをつけたような子どもの顔が次第にこわばっていく。

   ◆明日の記事へ続く◆

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◆ 手 ◆(百物語 黎明編 第13話より)◆
 
 なんだ? あれは……。

 直也は地面に落ちているものに目を見張った。

 手?……じゃないか?……まさか……? 

 日曜日の昼の雑踏の中で、直也が見つめようとしている物に、反応し足を止める者は他にいない。皆、平然とした顔で、通り過ぎ、店の中へ吸い込まれていく。

 なぜだ?

 ここは最近どこの地方都市にも見られるような大型ショッピングモールの南正面口。

 明るく、新しく、開放的で、大規模で、にぎやかで、清潔な……客を呼び寄せるために必要な全ての要素を取り込んで構築された大型店の入り口のど真ん中に、唐突に落ちている片方の手?

 ……一瞬、マネキン人形の腕先が落ちたのではないかとも考えたが、どう見ても直也の目に映っているのは、本物の人間の手だ……

 指の付き方からしてそれは右手で、手首から上が十センチほどついている。多分、大人の手だろうが、体液が流出したせいか、ふくらみがなく、異様に骨張って見えた。

腐敗臭が、その断面にむき出しになった骨や肉や何やら赤黒いグニグニしたものから、発しはじめていた。

 まだそれほど古くなく、かといって新しいものでもなく、腐敗臭はこれからひどくなるのであろうが、とりあえずはまだ鼻をつまむ程でもなく、断面から流出した血液は、まるで子どもが床に落としていったコーンつきアイスクリームの溶けたヤツのように、とろりとした丸い小さな池になり、そのまま乾燥するのを待っているようであった。

しかし、だれもそれに目を留めようとしない。平気で素通りしていく。 何十人、何百人もの通行人がだ。

 開店から2時間ほど経ったショッピングモールは、これから買い物や昼食や映画を楽しもうとする客たちがぞくぞくと南正面口へ集まり中へ吸い込まれていく。家族連れ、若いカップル、中高生の友達グループ、主婦たち、熟年カップル……誰もが何の不安も疑問もないといった幸せそうな顔をして店内に入っていく。

どうして?

 他の人々には、これが見えないのか?

 いや、見えている。 よく前を見ずにふざけて歩いていたひとりの少年が、その手を踏みつけそうになって、あわてて宙でその足を止めた。そして歩幅を大きく変更し、その手をまたいだ。

 「げっ、汚ねぇ。」と少年は言って、友達の顔を見て意味もなく笑った。ちょうど道ばたの犬の糞を踏みつけそうになったときと同じ、幼稚で品のないはしゃぎ方だった。

直也はどうすればいいのか、分からなかった。こんなものを見てしまったせいで、何かものすごい犯罪の共犯者の一味にむりやりさせられた感覚を覚えた。

 誰か一人でも、この手のことで足を止めて欲しかった。これは大変だ、警察を呼ぼう、と騒ぎ、皆に呼びかけて欲しかった。

なのに誰も警察を呼ぼうとしない。あるいはもう警察を呼んであるのか。いや、とてもパトカーを待機している様子はない。

 手をうっかり踏みつけそうになる客が、何人も店内に吸い込まれていった。

 誰かに話しかけてみようか、「あの手が見えませんか? これは大変なことです、警察を呼びましょう。」と。

 ……そうだ、そうするべきじゃないか?

 直也の目の前に落ちている手は、間違いなく犯罪が関係している。誰かの命が奪われた可能性も高い。それを見過ごして通報しなければ、自分も犯罪者になってしまうじゃないか。

直也は勇気をふり絞り、通行人に声をかけた。

「あの……。」

 あまりはっきりした声にならず、誰も気づいてくれなかった。

「あのう……。」

自分と同じくらいの年頃の大学生風の男にねらいを定めて、もう一度声をかけた。だが、無視された。

「あのう……。」

次の若者に声をかけたときは「宗教の勧誘なら、間に合ってるよ。」と言われた。

「あのう。」

ありったけの勇気をふりしぼり、かなり大きな声で、通りかかった初老の婦人を呼び止めた。縁のない薄いメガネをかけ、軽くパーマをかけた上品な印象の婦人。

「なんですか?」
婦人はやさしげな表情をちょっと、堅くした。直也は言葉が見つからずに、咄嗟に落ちている手を指差した。

「確かに。本当に迷惑ですね、不衛生だし……。でもじきに掃除夫が来てかたづけてくれますよ。」

「そういうことじゃなくて……け、警察を。」

「警察?」

 婦人は眉をひそめた。

「スリにでもあったの? 具合が悪いの? なんなら救急車を呼びましょうか?」

婦人は直也の顔をまじまじと見つめた。直也はひどい動悸におそわれ、顔がこわばり、思わずその場で頭をかかえこんだ。

「大丈夫? あの……失礼ですが……あなた何か、頭の病気とかあります?」

 婦人は平気な顔で落ちている手をまたぎ、つかつかと直也に近寄って、頭を抱えた直也の肩に手をかけようとした。直也の心臓は小さく小さく収縮していくようだった。

ああ、やめてくれ。近づかないで。肩をさわらないで!

 えも言えわれぬ不安に襲われた直也は、一歩、二歩と後ずさりし、その後、くるりと背を向けると店の外へ向かって一気にかけ出した。

自分が頭の病気だって? 精神病ってことか? 病気なのは、あなたたちではないか? 

   ◆明日の記事へ続く◆

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 そのとき、がらっとドアが開いて担任の先生が入ってきた。あいさつのあと、待ってましたとばかりにジャリ男が立ち上がった。
光田 千煕作
◆人体模型くん(9)◆
◆はじめての方はこちらからどうぞ♪◆
「先生!今日『体のしくみ』のテストをするって言ってましたね。あれ、あと一日延(の)ばしてください。オレ、必死で勉強してきたのに、まだ、わからないんです。えーっと胃って、うんこ作るところだっけ?」 みんながどっと笑った。 「先生の話、よくわからないんで、もっとよく勉強したいです」 さすがジャリ男だ。先生の気にさわるようなことも、平気ぺらぺら話せるんだ。 「どうして、わからないのよ、胃の働き、だれか説明できる人」 二、三人の子が手を上げた。 その子たちがさされる前に、ジャリ男が言った。 「この勉強は、実験とか観察とかないんですかあ。オレ、実物を見ないと、わからんのです」 「そうは言ってもね」と、先生。 「……実物の胃なんて、見せられないわ」 実を言うと、先生もあまり胃とか腸とか心臓とかの勉強を教えるのは得意でないのだ。だからさっさとテストをして、この勉強は終わりにしてしまおうと考えていた。 「はい」と、そこで山田くんが手をあげた。ジャリ男との打ち合わせ通りだ。 「ぼく、実物の胃、見せられます。見てください」 山田くんはつかつかと歩いて教室の前に出てくると、ガバッと自分の服をめくり上げた。みんな、おどろいたのなんのって……山田くんは、決してそういうことをする子じゃないって思っていたからね。 「ほら、こうなってるんです。よく見てください」 山田くんは、じぶんの胃袋を指さしながら言った。すごくリアルだった。だって本物の胃なのだから。 「胃袋は、こんな色の肉のかたまりなんてす。でも、自分の出している胃液で自分自身の胃がとけることはない。不思議ですね」 「うん、うん」 みんなは小さな子どものように首をたてにふって、聞き入った。 「胃の先は腸に続いているんです。これが、小腸。長いのをぎゅうっとつめて小さなスペースにまとめています。本当はとっても長いのです。ちょっと伸ばしてみましょうか」 そう言って山田くんは、自分の小腸を両手でぐにゃぐにゃとたぐり出して見せた。 「うわあ。長いなぁ」 腸は一メートル、二メートル、三メートルと曲芸のようにどんどん出てきた。 「ほら、このように一本の管になっているのです。腸だけではありません。口が入り口、肛門が出口で全体が一本の管です。だからそれを『消化管』っていうのです」 「すごい、長いなあ」 「どうして長いかわかりますか?」 と、山田くんは先生よりも上手に話を進めていく。 「う〜ん」 「栄養をできるだけたくさん、吸収するためです。どろどろにとかされた食べ物が、この長い小腸を通っていく間に、だんだん栄養を吸い取られるんです。だから長い方が、たくさん栄養を吸い取れるんです。短い腸だと栄養が全部取り切れません」 「なるほど。ここで栄養が吸い取られて、ウンチになるんだね」 「いや、まだです。小腸の先は大腸。ここで水分も吸い取られて、はじめてみんなが見るようなウンチができるんです」 「へ〜え、そういうしくみだったのかあ」 みんなが感心している間に、山田くんは引き出した腸を腹に押し込んでしまった。 「それから大切なことは血液が体中をぐるぐる回るしくみです。そのポンプのような役目をしているのが、この心臓」 山田くんはドクン、ドクンと動いている心臓を指さした。 「心臓は四つの部屋に分かれているんです。そして体中や肺に通じる太い血管がそこから出ている」 みんなは熱心に山田くんの胸をのぞきこんだ。けれども心臓の左右には肺がかぶさっているので、太い血管が心臓とどのようにつながっているのか見ることができなかった。 「心臓と動脈・静脈。人間の体の場合、これがまた、ものすごく頭のいいしくみになっていて……」 「見えないよ」 「見えないよ、肺をどかして見せてほしいなあ」 「心臓の中を開いて見せてよ。」 と、みんなは口々に言った。しめた!と山田くんは思った。 「残念ながら、腸のように引っ張り出すわけにはいかないんです。ぼくは生きているから、取り外しはむりです。肺を取ったら息ができなくなるし、心臓を取ったら血が流れ出て死んじゃう」 「じゃあ、あの、人体模型で説明してよ。あの、理科室の後ろのたなに入っている人体模型」と、理科が好きなエリ子が言った。 「そうですね。人体模型だったら、心臓をぱかっとわって、その中のおもしろいしくみも見てもらえます」と、山田くんは続けた。 「じゃあ、理科室に行って人体模型を見てこよう。山田くん、説明してくれるね」と、みんなは言った。 先生は困ってしまった。 「実をいうとね、あの人体模型、捨てちゃったのよ」 先生は、とうとう白状した。 「もう四十年以上たっていて、すごく古かったから……。校長先生に見てもらって、処分したの」 「え〜!」とさけぶみんな。 「人体模型が見たかったなあ」とだれかが言った。 「ジンタイモケイッ、ジンタイモケイッ!」とジャリ男がリズムをつけて言った。みんなもすぐにそのリズムに乗せられた。 「ジンタイモケイッ、ジンタイモケイッ!」 「ジンタイモケイッ、ジンタイモケイッ!」 教室の中は大合唱になった。 「大丈夫。人体模型はちゃんとありますよ。理科室に見に行ってください」と、山田くんがさけんだ。 「え?本当?行こう、行こう」 みんなはどやどやと、理科室へおしかけた。 がらりと戸を開けると……。 あった。 人体模型は、とてもきれいにみがかれて、理科室の黒板の前に立っていた。まるで、立派な先生のように。 みんなは、人体模型を取り囲んだ。 「よかったぁ。あったじゃないですか。先生ったら、こんなかっこいいもの捨てちゃだめですよ」と、エリ子が先生に笑いながら言った。 「じゃ、これで、説明しますね」 山田くんはお父さんの心臓を取り外し、中の様子がみんなに見えるように、ぱかっと開いて左右の手で持った。 パチパチパチとみんなの拍手。 「こんなふうに、心臓の中は左右に分かれ、さらに上下に仕切られています。つまり四つの部屋に分かれています。これは、血液が流れるために………」 ふむふむ、なるほど。と聞き入るみんな。 説明が終わると、大きな拍手。 山田くんは最後に言った。 「この人体模型は、ぼくのお父さんなのです。これからも、ずうっとこの理科室に置いてください。そして毎年、体のしくみの授業に使ってください。それがお父さんの『生きる』っていうことなんです。ぼくは、お父さんに、がんばってもらいたいです」 そう言って山田くんはぺこりとおじぎをした。みんなから「わあ!」っというおどろきの声と、再び大きな拍手。 山田くんは、少しだけわかってきたんだ。真面目に平凡に生きるってことがどんなことだか。だけどこのときは、まだだれも知らなかった。……山田くんが先生になって、二十年後、北野小学校にもどってきてとっても楽しい理科の授業をするなんてことは……。(おわり) 

いかがでしたか。「人体模型くん」は『百物語 黎明編 第3話』でした。もし気に入ってくださったら、本、買ってくださいね。(^o^)

 
 「山田〜!」 とジャリ男が操縦室からさけんだ。しかしゴミピットへ声は届いたのか、届かなかったのか、それさえもわからない。
光田 千煕作
◆人体模型くん(8)◆
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 山田くんは気を失ったまま、彼のお父さんの人体模型の五十センチ上で、宙づり状態になった。こうやって見ると、山田くんとそのすぐ下に転がっている人体模型は、そっくりだった。だれが見ても、本当に親子だということがすぐにわかった。 おじさん……いや、ここの所長さんが、操縦室から飛び出してネットの上から身を乗り出した。 「山田〜!がんばれ〜!おまえのオヤジさんは、すぐ下にいるぞ〜! 手を伸ばして救い出せ!」 その時、山田くんは遠のく意識の中で、聞いた。 ―――太郎、がんばれ。目を覚ますんだ。こんなに大きくたくましくなった息子と会うことができて、私は、うれしい。 「お父さん?お父さん!」 ―――おまえと話ができて、本当にうれしいよ。だって、おまえは私の夢なのだ。私は人間として生きたかった。その切実(せつじつ)な夢を息子のおまえはかなえてくれたのだから。 「お父さん。」 ―――おまえは、私にそっくりだ。だけど私と違って、命のある人間だ。生きている。命をもらった。よかったなあ。 「お父さん」 ―――命をもらうなんてことは、奇蹟(きせき)なんだぞ。私も人間として生まれたかったが、それはかなえられなかった。私は人体模型として生まれた。 「おとうさん。おとうさんも生きているよ。人体模型としての仕事をしてよ。ぼくが連れて帰るから。もう一度、学校で子どもたちに体のしくみを見せてあげてよ」 ―――残念ながら、私は捨てられた。もう用ずみだそうだ。 「そんなこと、ないよ。ぼくが連れて帰るから、みんなといっしょに、もう一度勉強しよう!」 そう行って山田くんは、両腕を伸ばした。頭はくらくらするし、目はかすんでぼんやりとしか景色が見えなかった。それでも伸ばした両手の先で、お父さんがほほえんでいるのが見えた。そうだ、はっきりと見たんだ。父さんは、息子に会えてうれしいと、息子が元気でうれしいと、幸せそうにほほえんでいるのを。  山田くんは人体模型を抱きかかえた。すぐにクレーンは山田くんを引き上げた。頭が痛かった。はき気がした。目を開けていられなかった。……そんな弱りきった山田くんを、やさしく抱きかかえてくれていたのは、むしろ父さんの方だった。山田くんは天に昇るようなふわっとした感覚の中で、父さんに抱っこされる子どもの幸せを味わっていた。  引き上げられたとき、山田くんは人体模型を抱きかかえたまま、気を失っていた。山田くんと人体模型は、しばらく清掃センターの医務室(いむしつ)で寝かされた。それから所長さんが車を出してくれ、団地の家まで送ってもらった。 元気を取りもどした山田くんは、シャワーで念入りに体を洗ったが、しばらくあの臭いはとれなかった。山田くんはお父さんの体も一つ一つの部品の裏側までていねいに洗った。そのとき山田くんは、生まれて初めて、お父さんといっしょに風呂に入ったんだ。     ねえ、うまくいくかなあ。心配だよ。岩野くん」 「オレのこと、岩野くんなんて呼ぶのは、校長先生くらいだぞ。おまえには百年早いぜ。オレのこと、ジャリ男と呼べ」 「ジャリ男くん、ぼく、心配だよ」 「ジャリ男くんじゃねえ。ジャリ男だ、ジャリ男ってくんをつけないで言え」 「わかったよ。ジャリ男くん」 「だからあ……」 そのとき、がらっとドアが開いて担任(たんにん)の先生が入ってきた。あいさつの後、待ってましたとばかりにジャリ男が立ち上がった。   (つづく) 
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 「お父さん。待ってて。今、助けにいくよ」
光田 千煕作
◆人体模型くん(7)◆
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 ガラスの仕切りの隣(となり)に、小さな部屋がある。クレーンの巨大な手を操縦(そうじゅう)する部屋だ。山田くんはそこへかけ込んだ。 中には、だれもいなかった。どうやら今は、ここで働く人は休憩(きゅうけい)中か何かで、いないらしい。 「どうする?」と言って山田くんがジャリ男の顔を見ると、彼はじいっとクレーンの操縦機(そうじゅうき)とにらめっこをしている。 「これ、オレに、動かせるかも」 ジャリ男はぼそりと、言った。 「要はUFOキャッチャーの要領(ようりょう)だ、きっと……」 学校の勉強ではさえないジャリ男だったが、ゲームセンターの遊びはお手のもので、彼の右に出る者はいない。 「いっちょ、やってみるか……」 「待って。岩野くん」 「なんだよ」 「大きさを比べてみて。あのクレーンは少なくつかんでも、一トンくらいのゴミをにぎってしまうんだよ。ほら、見てよ、あの大きさ。ぼくのお父さんの体の大きさと比べものにならない。きみがどんなに上手に操縦しても、お父さんだけを救い出すことは無理だと思う」 「いちか、ばちかだ」 「いやだよ。お父さんはプラスチックとか木でできているんだ。すごく細かいところまで本物そっくりに作ってあるんだよ。あのクレーンで無理してお父さんだけをつまみ上げようとしても、お父さんはつぶれちゃうよ。こわれちゃうよ」 「じゃ、どうしろって言うんだ」 ジャリ男は、少しいらいらしたような声で言った。「ほら、あの天井の近くを見て。ネットが張ってあるでしょ」 「うん。それが?」 「出入り口のドアもついてる。ネットの上に出入りできるんだ。多分人が入ってそうじか何かをするとき、使うんだろう。ぼくがあそこまで行くよ」 「まさかおまえ、あそこから、飛び降りるなんて言うんじゃないよな」 「まさか。そんなことしたら、上がってこられないよ」 「岩野くんがクレーンを運転して、あのネットの所で止めて。ぼくはネットの上から、自分の体をクレーンにしばりつけてぶら下がる。ほら、あのネットに長いロープが下がってるだろ、あのロープを使ってぼくの体をしばりつけることができるよ。ぼくがサーカスの空中ブランコみたいにぶらさがったら、岩野くんが運転して、お父さんのところまで下ろしてくれればいいんだ。ぼくがお父さんを抱っこしたら、今度はクレーンを引き上げて」 「そんなにうまくいくかな」 「わからない、でもクレーンで父さんをつかむよりは、ずっと安全だよ」 「そうだな。おまえのオヤジはつぶれないだろうな。でも、おまえがあぶないじゃないか」 「大丈夫だよ。岩野くんが運転を上手にしてくれれば、大丈夫。UFOキャッチャーの名人なんでしょ。さあ、早く。清掃センターのおじさんが来ると、またやっかいだ」 そう言うと山田くんは操縦室をとび出し、ゴミピットの上に張ってあるネットへ通じるドアを開けて、ネットの上にはい出した。あのいつもの、目立たないおとなしい山田くんとは思えない、大胆(だいたん)な行動だ。 ジャリ男はクレーン操縦室で、いよいよ操縦を開始した。適当にいろいろなボタンを押し、レバーを操作するうちに、すぐに操縦の仕方はわかった。ネットの上にしがみついている山田くんの近くにクレーンの手を寄せて、止めた。それだけで心臓がドキドキして汗をかいた。 それからジャリ男は山田くんの体にロープを巻くために、ネットの上へ回らなければならなかった。 「う……くせえ〜!」 その臭(くさ)さは、ジャリ男が想像していた百倍以上だった。腐(くさ)ったような酸(す)っぱいような毒ガスのような甘いような納豆のような下水のような、ありとあらゆるものの入り交じったい強烈な臭い。しかもゴミピットの中は、とても暑い。 「お、おまえ、よくこんな臭えところにいられるなぁ。こんなところ、三分以上いたら、死ぬ」 「いいから、早く、早く。このロープをこっちに通してしばって」 「くせぇ……よし、これでいい。これで絶対にほどけないぞ」 「じゃあ、岩野くん、操縦室にもどってね。すぐにクレーンを運転してぼくを下ろして。父さんの所に」 そう言って山田くんは、ネットの下に広がる膨大(ぼうだい)なゴミの海の上に横たわる小さな人体模型を指さした。 「父さん、待ってて。今、助けに行くよ」 山田くんの心臓はばこん、ばこんとはげしく打っていた。 ジャリ男は操縦室で、いよいよ本格的に運転に挑戦しようとしたちょうどその時、さっきのおじさんが操縦室に現れた。「何をやってるんだ!」 ジャリ男は無言で、操縦室のガラス窓の向こうを指さした。 「む……」とおじさんは、うなった。 「あそこに、人体模型が落ちてるんです。彼はそれを今、救い出そうとしてるんです」 操縦のレバーをにぎるジャリ男は、額に汗をぷつぷつと噴(ふ)き出させて言った。 「本当だ。人体模型だ」と、おじさんが言った。 「山田のオヤジさんです」と、ジャリ男。ぐぐぐっとレバーを引きながら……。 「あぶない」 「あぶなくても、がんばってやるんです。だって、あいつのオヤジさんですから。だれだって、オヤジさんがゴミの中に落とされたら、こうするでしょ」 「む……」とまた、おじさんはうなった。そして操縦室のテレビに映し出されるゴミピットの画面をのぞき込んだ。 「もうちょっと右だ」と、おじさんが言った。テレビにはロープにしばられた山田くんがサーカスの団員のようにクレーンの先にぶら下がって腕を伸ばしているのが映っている。 「右、右……」ジャリ男がレバーを右に引く。 「行き過ぎだ。それじゃ」と、おじさん。 「左、左……」とジャリ男がレバーを左に引く。 「もっと下げて」と、おじさん。 その時、どやどやと数人の職員が操縦室に入ってきた。 「何やってるんですか。中央制御室(せいぎょしつ)のモニターに変な子どもが映っていたから来てみれば」 「あの子どもはいったいなんですか。危険です、今すぐ止めさせてください」 などと、口々に言う。 「いや、見てなさい」と、おじさん。 「でも、所長」 「あの子はね、今、自分の父親を救い出そうとしているんだ。応援してやろうじゃないか」 「父親?」 「まあ、いいから見ていなさい」 その時だった。ジャリ男はたくさん入ってきた人たちに気を取られて、レバーを引きすぎた。クレーンが下がりすぎてしまった。ずぼっと山田くんの体が、どろどろ、ぎたぎた、ぼこぼこの『燃えるゴミ』の中へ埋(う)まってしまった。あわててジャリ男はクレーンを上げた。けれども、つり上げられた山田くんは、気を失って人形のようにぶら下がっていた。この臭さ、この暑さ、そして体に悪いガスも腐ったゴミから発生しているんだ、そんな所に埋め込まれたら、気を失うのも無理はない。 「山田〜!」 とジャリ男が操縦室からさけんだ。しかしゴミピットへ声は届いたのか、届かなかったのか、それさえもわからない。  (つづく)  
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