画像は、
オスカー・ワイルドの妻 コンスタンス・メアリ・ロイド
写真で見て、あまりの美貌に感嘆して、
思わずノートにデッサンしてしまった。
もう15年も前のこと・・・。
最近、ノート類を整理していて、見つけた写真をまた撮ったもの。
ノートはみつからなかった。
捨てたのかもしれない。
いろいろ捨てたい時期が今だから。
ワイルドの性的嗜好は両刀だったんだろうけど、
それが当時は、許されなかった。
異端児だった彼は、やりすぎて、
アルフレッド・ダグラスとの不純同性交遊がもとで、
二年牢獄生活を送る。
アルフレッド・ダグラスと出会った頃(1891年)には、
すでに妻との仲は冷えていたが、
妻に失望し、世間から非道徳者扱いの風当たりが
強くなっていた時期だった。
ワイルドはアイルランドのダブリン生まれ。
父親は眼科・耳鼻科の権威で医師。考古学にも興味があった。その面の業績で、
1864年ナイトの称号が与えられた。
父より9歳年下の母親は、弁護士の娘で、
翻訳や詩作や民族学の面で才能を発揮。
地位のある父親は、かなりの私生児をつくり、兄ウイリアムも女好き。
母親はパーティ好き。
だが、ワイルドの育った環境は「田舎」であった。
兄はスポーツと友達づきあいがよいが、
彼は、内気で孤独を好み、お洒落で、勉強ができた。
妹を亡くした後、トリニティー・カレッジに入るが、
そこで出会ったマハフィー教授から、
ダンディズムとヘレニズムを教えられる。
オクスフォード大学に入ったことで、
貴族的な雰囲気を持つこの環境は、
ワイルドにとって、
人生で重要な意味を持つ。
「田舎」から「都会」へと、
旧弊な世界から、自由な新しい世界へと。
彼は開放的になりすぎた。
コンスタンスは41歳で死去した。
1898年4月7日のことである。
その二年前に、母親が死亡。
彼が裁判に負けて、
懲役2年の判決が出て9か月後の
1896年2月3日ことだった。
この一年のちに、「獄中記」の執筆がされている。
そして出獄。
フランスのサロンの女性たちは、
刑務所から出てからが華々しいというのに(笑)
イギリスは実にオカタイお国柄だったんだなあ・・・
時の主権者が保守的だったんだろうけど。
出獄した後も、ワイルドはダグラスとは会っているが、
もはや昔のようではありえなかっただろう。
「幸福の王子」の作家は、晩年幸福だったんだろうか。
12歳の時、妹を8歳で亡くしている。
このことは、彼の生涯を通したダンディズム人生に、
どのように影響しているんだろうか。
彼が世間を風刺した生き方を作風で示したように、
彼を風刺した劇も上演された。
ランボーも詩をきっぱりやめたあと、
二度と筆をとらなかったように、
ワイルドもプライドの高い一面を、晩年に見せたという。
生活に困窮している時にこそ、書くことをしなかったのだ。
「ダンディズム」というスタイルは「痩せ我慢」にイコールできる
と私は思っていたが、
このワイルドのあり方から、その印象を持ったんである。
ボー・ブランメルもある意味、
ワイルドと同様に極端だったが、
ある種の野心と軽薄さを
その人格に内包していたように思えるんである。
ワイルドの場合は、
「軽薄さ」が一つの「スタイル」だったように思うが、
ブランメルの場合は、
育ちがよかったワイルドとは、根本的にちがう印象だ。
あくまでも印象です。調べてみなくてはわからない。
ワイルドのことにしても、
読み返してみて、
ずいぶん思い違いがあった。
だが、今の印象として、
ブランメルは普通の人が、
人並みはずれた感覚的才能があったゆえに
最高の評価を受けたが、
(王様よりお洒落だと評価されていた)
人格とは無関係であったというか。
知的な支えを習慣に必要とする創作活動は、
ブランメルには、あったんだろうか。
調べてみないとわからないんだけれども。
なんか、ひたすら極端な、服装フェチだとしか思えないんだよね。
今なら、ビジュアル系バンドとして受けたという感じか・・・。
そこには「哲学」がそれなりにあるんだけど、
なんだろう・・・?
深みがないんだよなあ。
たとえば、魅力的な著作がないせいかもしれないなァ。
ワイルドの場合、作品の魅力があって、
死後にも読まれ続けているし、
本人もそれに付随的に研究される。
ショパンも作品の魅力に付随して、
生き方に興味を持って読まれる。
こうして見てくると、
あとに生き方が語られ続ける芸術家は、
根っから優しい人々であるように思う。
生き方の激しさ、皮肉的な態度の奥に、
人間本来のこうあるべき姿を提案して、彼らは実践していたにちがいない。
常に、女性は陰で損な立場だということは
忘れることはできない。
結婚した男が、ゲイだったら・・・とんでもない!
それでも失望したのが、ワイルドの方だというのは
ちょっとどうなのよ?
という感じだ。
あるイメージ、たとえば紺野まひるみたいな、
お嬢様っぽい清楚な女性をゲットしたら
普通の男性なら自慢しそうな訳だが・・・
そういう男性優位は未だ、社会に根強い。
女性は男性より、飾り物的要素が強いのだ。
多情は男には許され、
女には卑しい視線を送られるようだ。
でも美人なら許すところがある。
女性だって、同じだが・・・
本音いえば、男性が、
「俺ってもてるんだぜ」という話をする場合、
相手が水商売で、金を引き出すために
気を引く話をするにすぎないことが多いのを
勘違いしてる人って、今もいるんだろうか。
本当にそういう人はいたから・・・
そんなのと比べたら、ワイルドの心は綺麗だ。
書き直しているうち、妙なラストになってしまった。
(いちおう終わり☆)
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