日々の泡 不思議?日記

いざさらば☆Yahoo!ブログ・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .゜゚・*13年間のお付き合いサンキュ〜☆

【創作】散文・詩ほか

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昔も今も、ときめきの中で、あるいは醒めたまなざしで・・・恋は普遍の香りとそれぞれの表情を持っている。
ときに人生の季節さえ無視して物語を創造してゆく。

恋(インナモラメント)は神学なりという人もいる。

老いたマリー・ローランサンが、古ぼけた愛の手紙を、懐かしむより自慢気に・・・そんな洒落た風に綴れたら、どんなに幸福?

と思うのだけれど、引っかき傷だらけの、恥ずかしい思い出ばかりだ・・・。
・・・・orz

恋は人を非日常に誘う。

のはずですが?(>▽<;)
結構「現実」だったりする。
でも、ここに綴られたものは、遠い昔話(笑)
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遠い日の花火

2010/8/10(火) 午後 3:24投稿記事です。

………………………………………………

毎年、夏になると、再掲していた記事。
この小説は、私にとって、実は、かなり、苦い思い出と、幸福感を引き出されるものなのだ。
こうして思い出となってしまった今も、記憶を創作の中に封じ込めて、残そうとして、
生まれた創作物を読むたびに、思い出してしまうんだなー、あのトキメキ。
好きになった人の中で、彼ほど、触れられることにドキドキした人は、いなかったんじゃないだろうか。
(と、遠い目)
本当に好きだった。

(いったい、記憶の中の何人に、「本当に好きだった」と言っているのさ! 呆れるね〜)


チョイと、手直ししたけど、まだ読みにくいかも。




……………………………………本文ココから


Mは現在40代半ばの会計士、バツイチ、
まだ小さな子ども2人と別れた妻に養育費を送っている。
体調を崩して監査法人を辞めてから、つきあいのあった会社の社長に勧められ、
14年下の彼の娘と見合いして35歳の時、結婚した。
妻となったYは、小学2年生のとき母親を亡くしていて、通いの家政婦に育てられた。
父親の社長は娘の気持ちを考えて再婚はしなかった。
現在、Mは、元義父である社長の会社で、得意分野を生かした仕事をしている。

Yは小学生の時、母親を亡くしている。通いの家政婦さんに育てられた。
社長には結婚の意思はなく、独身で、ゲイの噂があった。

21歳の妻は控えめで、料理が上手で、繊細だった。肌は白く、しみ一つなく滑らかだった。
妻は、若いのにもかかわらず、器用で、Mのワイシャツを数枚作った。Mには、巷で
売られているワイシャツより、高級なものに見えた。聞けば、生地が、かなり高価だという。

妻は、大学に鬱病で通えなくなった。だが、引きこもった日々を「お笑い」が救った。
ものをつくる楽しみを知り、恋愛もした。失恋後、再びうつになるが、友達に勧められた
カメラを持って街に出た。
「パソコンで編集するときが一番の幸せ」Yが言った。その頃、鬱は鳴りを潜めていた。
そんな頃に社長はMを見て、まだ、学生だった娘の夫にどうかと考えたのだった。


幸福な数年が流れた。
子供ができ、仕事も順調でなんの不満もない日々。だが、下の子が生まれたあたりで、
家の中が荒れてきたなとMは感じるようになった。それは本当に徐々に目立ってきた
妻のすさんだ姿だった。朝食も作らない日が増えた。

ワイシャツが汚いまま放置されている。その中から着れそうなものを選んで着た日もあった。
洗濯、片付け、買い物、それらをMは妻のかわりにこなした。

「少しは掃除したら」ある日、そっと言ってみた。
すると妻は「なによ。自分は外で自由にやってるくせに、育児は大変なのよ」
部屋はどんどん荒れ果てていった。

離婚を言い出したのは妻の方だった。Mは驚いて、妻を説得した。
何カ月もないセックスを誘ってみた。妻は応じたが、もうかつてのような安らぎはなく、
おざなりな行為に終わった。
それでも、その後、ときおり妻とセックスをした。Mは空しかった。

「別れようか」何カ月か経って今度はMの方が言った。
「いまさら?」妻は面倒臭そうに言った。

室内は相変わらず荒れていたが、上の子の幼稚園のお弁当だけは、妻は熱心に作っていた。
その余りものが、Mの朝食になっていた。
(このままでもいいか・・・・・)
そう思える日もあった。

「やっぱり別れようか」妻がある日、淡々と言った。
「私、一人で考えてみたくなった。あなたは素晴らしい人だよ」
でもね・・・・と妻は続けた。
「自信が持てないの。私、あなたの前で堂々とできないのよ。こんなダメな私を、
あなたは何も言わずに支えてくれてるし・・・・私、自信がない」

そんなことは・・・とMは言おうとしたが、言葉にならなかった。
「わかった・・・・」Mはそう言うと、妻の前で大きく息を吐いた。
妻は言った。「ありがとう・・・・・」


あれから三年である。
Mは離婚して以後、一度も妻とは会っていない。手紙と子供の写真は何通も届いた。
妻は料理教室に通い、レストランで働いている。裕福な父親の家を出て、子供たちと
中野のマンションで暮らしている。

義理の父親とは会っているが、Mは、いつも気まずい思いに苛まれた。社長は仕事と
私生活は分けて考える人間だったので、娘や孫については、何も言わなかった。
それは、義父のそれなりの配慮だったろうが、かえって、Mの気持ちを重くさせるのだった。


ある日、妻からウエディング・ドレス姿の写真が送られてきた。結婚専門雑誌の写真ページ
のようだった。
“アルバイトで、雑誌のモデルをやりました。十年前の私たちの結婚式を思い出しました”

妻は、とても美しかった。出会った頃は、初々しさと不安気なまなざしに惹かれた。
妻は、例えれば、つぼみのバラ、ひな菊、かすみ草のような印象だった。小さな真珠の
ようでもあった。目立たないが、誰も、疑問は持たない、清らかで、清楚な美しさ。
だが、写真の中の妻は自信に満ち、微笑み、魅力的なオーラを発散していた。
Mは少し嫉妬した。この元妻の輝きはどこから来るんだろう、と。

街をそぞろ歩く。好きだったアンティークの家具を扱っていた店が消えていた。
会社に戻った。午後の太陽がすりガラスを通してでもまぶしかった。

どーん どーん しゅるしゅる

(どこかで花火があるんだな)
Mはこめかみを指でマッサージした。いつもの癖だ。ブラックコーヒーを飲みながら、
遠い日の、不安気な表情の妻と行った花火を思い出していた。


………………………………(終わり)

もう思い出す事も希になってしまった、大昔の思い出。
でも、思い出そうと思えば、昨日の出来事のように思い出せる。
色褪せたモノクロの映画のようにではあるが……
ワインのように、芳香を放つような記憶なら幸せだろう。
だが、これは、いわゆる酸っぱいワインになってしまった物語だ。


**********************


ある土曜日の午後、新宿のとあるカルチャーセンターに向かう途中の事だった。
時間がかなりあったので、新宿の入ったことのないビルで軽食を取ろうと、マップを開いて
選んだビル。
そこのビルにあるショップで可愛いアクセサリーを買い、ベーカリーカフェに入ると、かなり空いていた。
人混みで落ち着かなかった私も、ホッと一息つけそうだ。外の見える窓側の席に座った。

すると、まだ、パンを注文もしていないうちから、『あれ? エマちゃん』と、私の名前を呼ぶ声が。
振り返ると、昔好きだった人がそこにいた。
複雑な事情があり、喧嘩別れなので、懐かしくて、思わず感激という感情はない。

『アズマさん! ……ここで何してるの?』
『ディナーショーだよ。○○・・・ビルの・・・でね』
『ああ…』
『すごい偶然だね』
『……』

女の子に、デカいトランクを2つも持たせて、彼は何も持っていない。
何様なんだ。しかも、派手な格好して。いくらなんでも。街中で。あ、仕事か。
若い女の子は付き人か。

『もしかして仕事なの。その格好──』
『まだ1時間ある。驚いたよ、こんな偶然、あるもんなんだねえ』

何言ってんだか。あなたとの事では、こちらから見れば、偶然が多すぎるくらいだった。
それを、私は運命だと信じたりして。あの頃は、馬鹿だったなぁ、とつくづく思う。
あなたにとっては、運命なんて、誰ともないんだろうけれど。

『いやー、本当にびっくりだ』
『……』
『こんな偶然はなかなかお目にかかれない。……何か用事あるの。これから』
『ええ。習い事に行く途中よ』
『僕のショーを見て行かないか』
『とんでもない。何を言ってるのよ。高いでしょ。いえ、そういう問題じゃなく』

彼は付き人の方に顔を向けて、
『レイちゃんの席を譲ってあげてもいいかな。どうせ、座ってる時間なんかないんだから』
『確かに。いいですよ』と付き人が答えた。

『無理よ。私の講座の方のお金が無駄になるじゃない』
『サボれよ。これからいくらでも行けるだろ。でも、僕のショーは、今しかないんだ』
『……無理よ』
『こんな偶然はないんだ。聴いていくんだ』
『アズマさん、2年前、私達ひどい喧嘩したのよ。あなた、その事、忘れてるようだけど』
『喧嘩?』
『そうよ。思い出しても、私には、嫌な記憶しかないんだけど。忘れたの?』
『こんな偶然があれば、そんな記憶は、水に流してあげるよ』
『はあ? あなたね…』

彼が水に流してあげると言っても、傷付いたのは、私のほうで、彼ではない。
2年前、さんざん、根拠のない事で、彼が怒りを一方的に私にぶつけてきたのだ。
この人は、それを忘れてしまったのか。
その日は、過去のゴタついたこだわりを、もしかしたら修復できるかもしれないと
あらたな気分で出かけた日だった。だから、よけい覚えている。
私は、声にならない声で答えた。

『私には……水になんて……流せないわよ…』
『ん? 何か言った? とにかく聴いていくんだ。命令だ』
『アズマさん……』

その日、呆然としたまま、私は、とあるビルの、とある場所で、テーブルに案内され、
彼の歌を2年ぶりに聴いた。
案内された時は気付かなかったが、丸いテーブルに、6人ぐらいが座り、すでに
ビールグラスが配られていて、ビールが注がれ始めていた。
隣の人に、
『つい、さっき、偶然、2年ぶりに彼に会ったんです、そうしたら、無理やり、
聴いて行けって。カルチャーセンターの講座があるのに。私、こんなつもりは……』
どう思います? と、馬鹿な質問をしようとしていたら、彼女は、ビールグラスを
私に取らせて、静かにビールを注いだ。
『いいじゃない。もらっておきなさいよ』

コン!
ビールグラスが鈍い音を立てた。
『乾杯ね』
『はい。乾杯です』

私には、身の置き所がなかった。華やかに着飾ったご婦人達のなかで、地味なジャケットに、
汚いジーンズという私は、完全に浮いていた。

だが、隣席のご婦人との乾杯の後、ビールが空きっ腹に回り出して、混乱していた
私の頭の中は、次第に、問題事は、すでに整理されたかのような趣を呈してきた。

ショーが始まった。

この隣席のご婦人が、とある政治家の母親だったのだが、単に、ビールとワインで
心地良かった記憶しか残っていない。


偶然は、常に意味がある。
唐突に訪れたこの偶然が、どういう意味があるのかを、何となくだが理解したのは、
4,5日経ってからだった。

2年前の私には、落ち度は何もなかった。ちょっとした行き違いだった。
アズマさんは、誰よりも優しいけれど、相手の立場からモノを見ないし、
自分を振り返るという事をしない人。
短気で、身勝手、怒りが湧いたらストレートに表現する人間だった。

好意を抱いたのは彼のほうが先だった。
好奇心の強い私は、引き摺られるように、彼の世界にのめり込んでいった。

私達は、試されるように邪魔が入った。
本当に邪魔をしたのは、彼自身の心だった。
私達は、もしかすると、本当に愛し合えたかもしれない2人だったのに。

なのに、脆すぎる神経の彼が、もっと脆い私を平然と傷付けた。
すぐに、私達は仲直りした。だが、小さな事で、激しい喧嘩を繰り返して、
お互い神経がすり減っていったのだ。

答えの出ない事を、考えなくなって2年。
再会してわかった。
私は、まだ、彼が許せない。まだ愛していたから、許せない。
けれども、彼にとっては、もう、私など過去の遠い記憶に過ぎないに違いない。

『またね』で別れた。
だが、それが、私にとっての、永遠の彼との真実のサヨナラ。


一番愛していた。
そして、愛してくれた。短い間だったけれど。

もう一度、毛布にくるまって、耳元で、あなたの歌が聴きたい。
私達の間で流行っていた、あのスキャットを、あなたは、今も覚えているのかしら。



(終)





(この記事にある人物、設定、内容はすべてフィクションです)

遠い日の花火(小説)

久々に読みたくくなりました。
書き直したいけどね。

遠い日の花火
https://blogs.yahoo.co.jp/zennarumiti2004/32217289.html




****************************************




Mは40代半ば、バツイチ、子供と元妻に養育費を送っている。

結婚は、お見合いだった。

35の時、21の妻と結婚、数年後、子供ができた。
職業は会計士。

Mは監査法人を体調を崩してやめ、つきあいのあった会社社長から
彼の娘と引き合わされ、婚約。

現在は社長の会社で得意分野を生かした仕事に就いている。


妻は小学生の時、母親を亡くしている。
通いの家政婦さんに育てられた。

社長には結婚の意思はなく、独身、ゲイの噂があった。

14歳年下の妻は、控えめで、料理が上手で、感じやすかった。

白く、しみ一つないなめらかな肌と、細い腰、
服の上からではわからない、かたちのいい膨らんだ乳房は
Mの両手にすっぽりと入った。

若いわりに、なんでも一人でできてしまう器用な妻は
Mに、ワイシャツを数枚作ってくれた。

妻の名はY。

Yは、大学にうつ病で通えなくなった。
引きこもった日々を、お笑いが救った。

ものをつくる楽しみを知り、恋愛もした。
失恋後、再びうつになるが、
友達に勧められたカメラを持って街に出た。

「パソコンで編集するときが一番の幸せ」
Yが言った。

そんな頃に社長はMを見て、娘の夫にどうかと考えた。


幸福な数年が流れた。
子供ができ、仕事も順調で、なんの不満もない日々。

だが、下の子が生まれたあたりで
家の中が荒れてきたなとMは感じるようになる。

それは、本当に徐々に目立ってきた妻のすさんだ姿だった。
朝食も作らない日が増えた。

ワイシャツが汚いまま放置されている。
その中から着れそうなものを選んで着た日もあっ
た。

洗濯、片付け、買い物、それらをMは妻のかわりにこなした。

「少しは掃除したら」
ある日、そっと言ってみた。

すると妻は
「なによ。自分は外で自由にやってるくせに、育児は大変なのよ」

部屋はどんどん荒れ果てていった。


離婚を言い出したのは妻の方だった。
Mは驚いて、妻を説得。

何カ月もないセックスを誘ってみた。
妻は応じたが、もうかつてのような安らぎはなく
おざなりな行為に終わった。

それでも、その後、ときおり妻とセックスをした。
Mは空しかった。


「別れようか」
何カ月か経って今度はMの方が言った。

「いまさら?」
妻は面倒そうに言った。

室内は相変わらず荒れていたが、上の子の幼稚園のお弁当だけは
妻は熱心に作っていた。

その余りものが、Mの朝食になっていた。

(このままでもいいか・・・・・)
そう思える日もあった。

「やっぱり別れようか」
妻がある日、淡々と言った。

「私、一人で考えてみたくなった。あなたは素晴らしい人だよ」
でもね・・・・と妻は続けた。

「自信が持てないの。私、あなたの前で堂々とできないのよ」

「こんなダメな私をあなたは何も言わずに支えてくれてるし・・・・」

「・・・・私、自信がない」

そんなことは・・・・・と、Mは言おうとしたが、
言葉にならなかった。


「わかった・・・・」
Mはそう言うと、妻の前で大きく息を吐いた。

妻は言った。
「ありがとう・・・・・」


あれから三年である。
Mは離婚して以後、一度も妻とは会っていない。

手紙と子供の写真は何通も届いた。

妻は料理教室に通い、レストランで働いている。
裕福な父親の家を出て、子供たちと中野のマンションで暮らしている。

義理の父親とは会っているが、
Mは気まずい思いがいつもあった。

義父の社長は、仕事と私生活は分けて考える人間だったので、
何も娘や孫について、仕事中はいっさい話さなかった。
それなりの配慮だったろうが、それはかえって、Mの気を重くさせるのだった。

ある日、妻からウエディング・ドレス姿の写真が送られてきた。

“アルバイトでモデルをやりました。十年前の私たちの結婚式を思い出しました”

嬉しそうな文面。
実際、妻のYは美しかった。

最初は初々しさと不安気なまなざしに惹かれた。
結婚式の妻も小さな真珠というか、
つぼみのバラ、ひな菊、かすみ草のような印象の妻だった。
ひっそりと控えめに咲く、愛らしい花々のような。

だが、写真の中の妻は
自信に満ち、魅力的に微笑んでいた。

Mは少し嫉妬した。
この元妻の輝きはどこから来るんだろう、と。


街をそぞろ歩く。
好きだったアンティークの家具を扱っていた店が消えていた。

会社に戻った。
午後の太陽がすりガラスを通してでもまぶしかった。

どーん どーん しゅるしゅる

(どこかで花火があるんだな)

Mはこめかみを指でマッサージした。
いつもの癖だ。

ブラックコーヒーを飲みながら
遠い日の、不安気な表情の妻と行った花火を思い出していた。




(少し加筆してみたり、修正したり…)
まさか、こんなふうになるとは思わなかったわ。
もちろん、これは創作であり、妄想。

不思議に思う事があるの。
『あれらは本当の事だったのか』 とね。

『選べるのだ』と“それ”は言ったのよ。

『あなたの好きなイメージを選べるのです』

『世界は選べるのです』


常に、過去は、私が主役だった。良くも悪くも。

悲劇と喜劇と、その中間の奇妙な時期。

未来がわかるようになるなんて、イマジネーションの無い人間だからよ。

何も楽しくはなく、山あり谷ありを選んだら、退屈な連中しかいない人生。
私はそんな人生しか描けないのよ。

人間同士の化学変化など無知だったし。
コミュニケーション能力も無く。
でも、知的でなければ、ドラマは生まれない事は知っていたわね。

知らないの?

聡明な人々が主役でなければ、ストーリーは退屈だってこと。

馬鹿の悲劇じゃあ、社会問題にしかならないわ。

“それ”は言ったわ。

『あなたは何の欲もなく、ずるさも無かった。
そういう人々が、世界の未来を決める』

人生の虚しさと引き換えに。

24歳の頃 ケータイ投稿記事

24歳の頃は、出版社でバイトしながら、
ハンバーガー屋さんやアイスクリーム屋さんでバイトをかけもちしていた。
いろいろな事をやりたくて、楽しくて。

男の子3人くらいと付き合っていて、漫画を描いて、小説を書き始めていて、
渋沢龍彦を読んでいて、心理学に興味を持っていて、精神分析に通っていて、
新興宗教にも好奇心を持ち、すべて、偏りなく、忙しく
ソトへソトへと行動的だった。

男の子は、私より先に酔いつぶれていたな(笑)

美術欄のスケジュールを作っていて、画廊もあちこち覗いていた。

可能性に満ちていたような気もするが、私の内側から、声がしていた。

『道なき道を歩め』

心の深いところからの声が、私を揺さぶった。

いつも、いつもだ。

私を、安定から引き剥がす声がするのは。

本当の人生は、ソトがつくるのではない。

私自身が、内的必然の要請に促されて、否、振り回されて
いつも、いつも、崖の前に立たされるのだ。

24歳の頃。

可能性に満ちていながら、私は「形」を捨てた。

私は混沌へと、混乱へと、曖昧へと、促されるままに、歩み出したのだった。

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