日々の泡 不思議?日記

いざさらば☆Yahoo!ブログ・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .゜゚・*13年間のお付き合いサンキュ〜☆

人生

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

とてもお正月までには、片付きそうもない(涙)
あきらめつつ、手は動かしてる。
ラジオ切るの忘れて、買い物出かけた。

さっき帰ってきたばかり。
コーヒー飲んで、『はーっ』と溜息ついて、人心地がついたところで、
お掃除再開……と、そこに、大竹しのぶのシャンソンが流れてきた。
(というか、認識した)
(左耳は地震前兆ノイズですよ〜ハハハ)


『愛の讃歌』だ。
テオ・サラヴォを飛行機事故で失った悲しみがこめられた愛の歌。
路上で生まれたエディット・ピアフ。
孤独な人生と引き換えのように、神は、ピアフに、稀にみる才能を与えた。

意外に、というか、大竹しのぶのことを大嫌いな私が、結構、その気になって聴いていた。
『なかなかいいじゃないの』
そうはじめは思ったが、やっぱり、ツメが甘いというか、人生がまだ深まっていないなあ。
どこか、子どもっぽさがチラッチラッと覗く。

アルバム出してんのか。賞をもらったんかい。知名度があるって、特だよな。
でも、私の耳は騙せないよん。
でも、いつか、生で聴いてみたい魅力はあるかも。

どれ、カジュアルなコンサート用に、アタシが選曲してあげましょうかね。
余計なお世話だが。(笑)

可能性として、今は未熟だが(失礼!)
もっと練習してゆくと……
大化けするかもよっ!?


…………………………………

(前半)

一番はじめは、「街に歌が流れていた」
2曲目は、「街の向こう側」
3曲目は、「幸福のように単純に」

語りを入れて、
4曲目「素敵ね」
5曲目、「バラ色の人生」
6曲目「アコーディオン弾き」

語り。
7曲目「群衆」

衣装替え。
……………

(後半)

語り。
8曲目「私はひとり片隅で」
9曲目「ジャヴァ」
10曲目「サン・ジャンの私の恋人」

11曲目「オーシャンゼリゼ」
(客と歌う)

12曲目「異国の人」
13曲目「街の舞踏会」
14曲目「愛の讃歌」

オマケ:何でもいいと思う。シミジミできる曲を。
「ヨイトマケの歌」とか。

……………………………

てのはどうよ?
ちゃんと、声の雰囲気に合わせてるよん。
もっと聴けば、また変更があるかもしれないが。
ピアフの歌う曲目中心にチョイスしてみた。

客との一体感も、入れて。
当然、軽いデイナーショーだねェ〜〜
ワンドリンクと、軽食付きで聴きたいよ。
もう、ワタシの脳内では、ワタシの好みの選曲で、
大竹しのぶたんのカフェ・コンサートが、たった今、終わったところです(笑)
(翌日、大晦日、ぜんざいにお餅入れて食べながら、何度か、曲目変更しました(笑)(o^^o)

しかし、なんだな〜 シャンソンは、大中小限らず、ホールで聴きたいとは思わないなぁ。
薄暗い地下の酒場で聞くのが、私のベスト。

なかなか、侮れませんなァ。大竹しのぶも。


しのぶたんが、もっと歌えそうなら、選曲は変化すると思うよっ☆
一曲ラジオで聴いたくらいじゃ、わかんない……(しのぶたんの生声の「放送」でしたけどね)
「事実」とは、客観的な見方をもって、誰が見ても、こういう事だよな、
てな、ことを、言うんじゃないかな?

たとえば、自明なことも「それは事実」だと言うよね。

たとえば、ひとつの決まった事柄について、起きた「事実」を

人によって、様々な「事実」が存在するのはなぜか?

それにより、争いさえ生まれかねないのだけど。

人によって、事実は違ってくる。

今日はそんなことを考えました。

疑問も生まれました。

認識と知(智)の限界 ケータイ投稿記事

前から書きたいテーマがある。

それは、夢の実現というテーマだ。

いや違った。

夢の実現と挫折……
いや、実は、夢の実現より切実な問題であると私が感じる

潜在意識の『傷(トラウマ)』の問題である。

例えば以下の記事。

少年はバニラ色の空に舞い降りた
http://blogs.mobile.yahoo.co.jp/p/blog/myblog/content?bid=zennarumiti2004&id=31614608


潜在意識のテーマは書きたいと思いながら、なかなか続かなくて

夢を現実で実現するのは、法則通りにやれば成功は可能。

しかし、何度やっても成功出来ない人や
また、成功して以降に、原因不明の挫折をしてしまう人がいる。

それは何故なのか、前から考えてみたかった。

これは私自身に関連するテーマでもあり
とても興味がある。

前世まで及ぶテーマだからかもしれない。
はやい話が、日常をアートに近づけたいと思いつつ
なかなか思い通りにならない現実に溜息ついている自分がいるとする。

その自分が
メディアや外界のイベントや知人友人の、あるいは
あかの他人の(笑い)活気ある活動というか意欲に刺激されて
自分を

今にも殻を割って外に飛び出しそうな卵の中のヒナのように感じて
じれったく思っている状態を想像してくだされ。

都市は挑発するのだ。


そう。

最近、ワタシはムズムズしている。
創作への一歩を未だ踏み込んでいないというのに。

創作以前の感覚的な言葉以前の領域で
老いた精神を前に

うんざりする以上に
逆境に燃えている自分がいる。

都市よ

ワタシを挑発せよ!


そして


文学的に、こう言ってやろうじゃないか。

垂直に下りていこう。魂が死んでいないのを確かめるために。



未完に終わった世界征服への夢が(笑)
野望が必要以上に沸々と湧き上がってきているのだ。
つーても、創作上のハナシであります。

いつか“神”になってやろうじゃないか。


ビッグブラザーのごとき存在の在り方に興味はないが
オンリーワンてやつにも
いいかげん」飽きた。


恐怖と不安と嫌悪に全身が被われている時ですら
私が自分を保っていた。
真摯というよりは壮絶であった。

自分、自分、自分、自分・・・・・


ワタシは自分が好きだ。

だが、

ワタシをなぜワタシは信じることができたのか。

実は理屈抜きで信じることができたわけじゃあない。
ワタシだって生ききれなかった。

だけど

何かがワタシを生かしていた。


見えない世界に憧れるというより、
それを次の段階としか認識しないワタシであるが
基本的にそれがワタシのすべての基である。

ワタシの

生きる意思

は見えない世界が育てた。

記事タイトル関連はここまでで(笑)
実はタイトルとは何の関連もない内容を書いてみたい。
いや、実はとってもとっても関連はあるんですけど・・・・



アメリカでポジティヴ・シンキングが流行ったのはいつだったろう。
今そういった考えは時の経過のなかで変化を遂げている。
日本にも流れ込んできたけど、ワタシはギャグとして受けとめていた。

目先の発想のような価値観が流行しては新しいものと入れ替わる。
思想も社会通念も常識も時代からの要請であり、普遍的なものではないものは多いと思う。


勝手なことを言うけど
「国のために生きることこそ価値ある生き方である」だと言ってる人々は、
おバカだったんじゃないだろうか。
これはワタシの主観にすぎないんだけど・・・
今もそんな人が多くいる。

悪い考えだとは思わないけど。
私だって右肩あがりな考えだとか知人に言われたし。
よしあしでなく、国が個人に良いことをしたかどうかという話である。
相当片寄ってるんで、半分ジョークとして聞いてほしいです。

ワタシの実感からすれば
この国にワタシは何もいいことをされていない。
教育も環境も家族の価値観もひっくるめて
国が人間個人個人の心まで支配して
縛りつけて、抑圧して

それが家族のあり方にまで影響し、それは
流れ流れてワタシの本来の姿まで抑圧したのだ。

「自由に生きなさい」と言いながら
「みんなと同じようにしなさい」とも言っている状況だった。

どちらからも離れたワタシだけど。

コリン・ウイルソン

がすごいと思ったのは

そういう私の心情を

情欲で説明している

とワタシが感じたことにあった。

ワタシの前世まで食い込んだ深い謎は、彼でフロイトよりも簡単に解けたのだ。

コリン・ウイルソンの見方で言えば、
「国のために生きることこそ人間の価値」なんて言ってる人は
健全な人間ではあるのだろうが。

何が健全なのか?

善悪観がである。



さて。

謎解きが終われば、次は

事態の混乱を整理して自分の頭で考えて、
言語化したり、行動したりする段階となる。

価値観の変容はこの経過中におきるかもしれないけれど
まだ、本当の人生を生きてはいない状態だろう。

ドストィエフスキーのように、地下生活者?の自分についての手記を何度も書き(笑)
自分の内部の
弁護士と検事と天使と悪魔があれこれ議論を重ねて

他人や自分をとことん見つめてみる。

つらいことがきっとというか、絶対出てくる。



自分を救い上げることができなかったら
自分の中の心理学者が分析する、とならないか?

こういったことをやるのは
自分を救い上げることが目的だから
自分が心理学者としてスキルがなかったらば
ていうか、余裕がなかったならば・・・・

ここで現実の心理学者に接するのもいいかもしれない。

自分に起きたあれこれをサバサバした気分で見つめられないとき
心は老いているのかもしれない。


結局

人は誰もが世界征服を夢見ていると思う。
あるいは一度は夢見たことがあるに違いない。
人間とはそういうことを志向するように創られているのだろう。
ニーチェやショーペンハウアーあたりの受け売りかもですが。

要するにだ。所詮

人間は神のお創りになったロボット

でしかなく

原罪の意識というのか、カルマというのか
そういうものを個人的なミッションとともに身につけて
生まれてくるのだろう。

いちいち検証しなくたって
自覚できると思うけど・・・・まあ、そういうのが人間なわけで。



こういうことを文字化できた場合、なるほどなあとワタシなどは思うわけだが。


世界の汚濁の混沌のなかに呑み込まれてしまった人間の多さこそが
社会の混乱の原因の一つかななどと思ったりする私。


コリン・ウイルソンはニーチェだの何だの哲学者の書を広範囲に読んだのだろうし
人間には本能として身勝手な欲望や暴力への志向があることを
当然、ワタシなどよりはるかに深く理解しているだろうけど

ネットのもたらす弊害や
心理的視野狭窄に陥ったり
日常より暴力的になってしまいやすいことについては
どう考えているんだろうか。

もしかして出版されてるのかも・・・新しい本を買わなくなってるので
ワタシのチェック不足ならご容赦を。


ところで。

ネットのシステムそのものが論理的であり、美しいとかなんとかいう人は多いけど、そのシステムの奴隷になって、心も脳も腐食してゆく人々の多い現実は、コリン・ウイルソンにとってはどうなんだろう?


たとえばの話だが、
アトムのような人間に奉仕貢献する善良なロボット予備軍のようなシステムばかりでなく
「アイロボット」(アシモフ原作)の中に出てくる“ヴィキ”のように
ビッグブラザー化したシステムの化け物も存在しているかもしれない。

ヴィキは人工知能かなにか?で推論の結果、人間が自分が保護すべき愚かな存在と認識し
人間を支配しようとする。

ネットのシステムの場合、人工知能というより、愚かなワタシが想像するに
ネットワークを操れる立場のあくどい人間の野望かなあ、たとえば世界征服みたいな──
それをネットを用いて思いを遂げようとするイメージかしらん。
あああ、イメージ貧困でごめんなさいです、汗!

社会的に弱い立場の自分を受け入れられず、けれども日常彼らは周囲から
「いい人」と印象を持たれているにもかかわらず
ネット上では堂々とできる、本当の自分で自己表現ができる──それはとてもいいことだと思う。

だが、
ネットの怖いところは、抑制が効かなくなることだ。
人間が自分の思念のコントロールを失いやすくさせるということにあると思う。

文字は怖い。

というか、
結晶化された創作物のすべてが怖いと言い直そう。

なぜか。

自分を縛ることになるからである。

振り返ってみてほしいけど、
あなただって自分の気持ちが唯一これだ、ということなんて
一時的な結果でしかないと知っているはずである。

今目の前にいる愛する人は
十年後同じ気持ちで愛せるのだろうか。

イエス?
では二十年後はどうか。

恋愛ばかりではない。

今の気持ちは次々と変化するし、頭のなかはあれこれ情報が飛び回っている。
こうしよう、ああしようと決めても、次々新しいやりたいことが浮かぶはずだ。

それを文字に書いていったら膨大な量になる。

個人の思念を全部書き出したら、お前は人間じゃないと思われるだろう(笑)

とくに女性の気持ちはコロコロ変わる。

というわけでワタシの結論である。

ネットワークと情欲は似ている。


根拠?
ないです(笑)

このテーマで誰か本を書いてほしいなあ・・・・・



冒頭に戻ると


記事タイトルと関係のない内容は
実は今と深く関係している。

今は生きる意志を人並みに持っているワタシであるが

道なき道を歩くにしても、実は人間同士の関係が背後に隠れていたりする。

自分のことを本当に大切に思ってくれる人が両親でないとき
私たちは孤独を感じるけれど

実は

同行二人であったりする。



形を変え
姿を変えて

時に本、時に友人、時に袖すりあう他人によって
こだわりが不思議に解ける時がある。

愛を与えてくれているこの沈黙という存在が私たちに与えるものの名を

「励まし」

という。



がんばれ 時にがんばるな 休め 時に休まず歩め



(読みにくくてすみません。後に修正する予定です)

主観 公務員なんて…

イメージ 1

やっぱり、そうなんだよねえ…

自分で言うのもなんだけど、
ワタシってどこかおかしいんですよ(^m^;)

ワタシ以外は、一部除いて、ほぼまっとうであって、

ていうか、何がおもしろいのって思うくらい
まっとうに、マジメに生きてる人が多いんだな。

まさか、あの子が公務員になるとは☆
(ボソ)

おお、ゾッとする……

公務員なんて、世界で一番嫌いだ。

ワタシの主観だが
ろくなヤツがいないと思う。

次に教職者。
お金に汚い人間性の人が多いと思う。

でも、
友達には公務員は──いるし、教職者も──いる。

だけど、あまり親しくは出来ない。

ワタシの育った家は狂気の家だが、
過去になってしまえば、結局平凡に戻るわけか。

つまらん人生だな〜

公務員なんて、人生を半分捨てているようなものだと思う。

安楽なつまらない生き方に
やがては身も心も染まって腐ってゆくのが
公務員ではないかと思っている。

精神が死ぬのだ。

そこそこのレベルにハードルの高さを設定するようになるのだ。

楽な人生は緩慢な自殺ではないだろうか。

今はいいとしても。


近所の桜は満開だった。

眠い。
もっと書きたかったけど、これにて。

公務員の人、読んでたらごめんね。

でも当たってるでしょ?
年金のためにがんばる価値はあると思うけど、
これでいいと思ってしまったら…

キミは終わりだぜ☆

おもしろい人生にしていきなよね♪

(私の主観に基づくフィクション記事です)

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
zen
zen
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事