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HP「全肥商連九州」の管理人です。このブログやHPへの感想を、「NANA色の風〜九州から(全肥商連九州掲示板)」にお願いします。

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zenpi9i.sub.jp

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サーバーのサービス終了による移行作業を行っています。
うまくいったと思っていたら、失敗だったようです。
URLが http://zenpi9i.sub.jp に変わりました。
何か不具合が生じているかもしれませんので、
お気づきの点がありましたらご連絡下さい。
(zenpi_kyusyu@yahoo.co.jp)
大変申し訳ありませんでした。

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映画『あん』

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 先日亡くなられた女優樹木希林さんの最後の主演映画『あん』は、彼女がハンセン病療養所の入所者を演じ、ハンセン病にまつわる過去の悲劇、現在にも残る差別を描いた作品でした。
 熊本には菊池恵楓園(合志市)という同様の施設があり、県民にとっては身近に感じるテーマだったかもしれません。
 この『あん』が全国のイオンシネマなどで追悼上映されるというニュースを、恵楓園からそう遠くない菊池市でお店をされていている方がfacebookでシェアされていて、次のようなコメントを添えていらっしゃいました。
 
 「ハンセン病は菊池とも縁深く、だからどこかで目を背けたい自分がたしかにいた。この機会にぜひ観ようと思います。」

 この投稿に対し、ある方がコメントを寄せられました。

 「18年前、熊本に単身赴任でやってきたその年の春の休日。歩行者天国になっていた建軍の桜並木で、車椅子に乗ったハンセン病の方とすれ違ったことがありました。
 それまで差別意識はない自分だと思っていたのですが、正直びっくりして目を背けてしまいました。ごめんなさい。
 その時思い知らされました、俺はまだまだ偽物だと。いつかまた出会う機会があれば、その時は目を背けずに話をすることが出来るようにしよう。
 熊本に居た15年間、再び出会うことはありませんでしたが、桜の咲く頃になるといつもそのことを思い出します。」

 誰にもこれと似たような経験があると思うのですがいかがでしょうか。自分の中にある差別する心、普段はそれに気付かずに過ごしているのですが、何かをきっかけにしてそれに気付き、心の中で反省するといったようなこと。
 ハンセン病について言えば、ハンセン病は完治する病気であり、ハンセン病回復者や治療中の患者から感染する可能性は皆無です。なのに、弱い心が顔を出してしまうという現実。
 しかし、そんな自分の中にある差別する心に気付くことができたのだから、次はそれを克服することもできるとも考えられるのではないでしょうか。

 そんな折、別な方からコメントが寄せられました。

 「恵楓園の文化交流会館を見学して認識を改めましょう。そしてボランティアガイドに挑戦しましょう。(写真は)私が今年撮影してきたヤマモモの実です。園へ出かけて食べることに躊躇がないなら、差別しない意識は本物だと思います。」

 菊池恵楓園では定期的にボランティアガイド養成講座というのが開かれていて、誰でもハンセン病の隔離の歴史や隔離や差別とたたかって生きた人たちの歴史を学ぶことができます。そしてボランティアガイドに認定されると、菊池恵楓園を訪れる多くの見学者を案内することできるそうです。
 素晴らしい試みだと思いました。差別する心を克服する術となるのではないでしょうか。

 ちょっとしたfacebookでのやり取りでしたが、大事なことを知ることができました。

 ※コメントは原文を多少省略、編集させていただきました。

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LGBT生産性騒動・再燃

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 『新潮45』がその10月号で「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」という特別企画を組み、7本の論考を掲載しました。その記事が、不買運動にまで発展しそうなほどの反感を買っているそうです。
 特に安倍総理を讃えた本『約束の日〜安倍晋三試論』の著者・小川榮太郎氏の「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」という文章はLGBTと痴漢を同列に捉えるなど酷い論調で、「言論の自由」「表現の自由」に名を借りた言葉の暴力だとの批判が多くのマスコミに寄せられています。
 その内容については種々のニュースで知ることができますが、私のアンテナに引っ掛かったのは小川氏の文章にあった「極端な希少種を除けば、性には、生物学的にXXの雌かXYの雄しかない」という一節でした。
 8/3の『LGBT生産性騒動』にも書いたように、この生殖器の形状だけで雌雄を決定してしまった点こそが、実はLGBT問題の原点だと私は思っているからです。
 全ての人間は男の部分が何割かと女の部分が何割かで出来上がってると考え、例えば自分は男女比8:2の男性かなとか、嫁は男女比4:6の女性かなとか想像してみてはいかがでしょうか。そして、世の中には2:8の男性や7:3の女性という人もいるだろうと。その方達こそがLGBTで、特別な違いがある訳ではないということがわかると思います。
 そういった所詮全ての人間は男の部分が何割かと女の部分が何割かで出来上がっているという考え方をすると、例えば女子サッカー選手にレズが多いとか、メイクアップアーティストにゲイが多いとかの説明もつきます。
 女子サッカー選手はより男性的である方が有利であり、チーム内でも存在感を示すことができますし、男性のメイクアップアーティストは女性的である方が相手に接しやすく、これも職業的に有利です。
 ならば男女比7:3の女子サッカー選手は、あるいは男女比2:8の男性メイクアップアーティストは、カミングアウトするしないはともかくとして本来の性を解放することで、自分の能力をより発揮できる環境を作ることができるのではないでしょうか。
 つまり、男性的であることが有利である職業についている女性、逆に女性的であることが有利な職業の男性のうち、本来の性が戸籍上の性別より割合的に多い人は、本来の性を解放しがちだという説に、女子サッカー選手やメイクアップアーティストは当て嵌まると私は考えたのですがいかがでしょうか。
 性的少数派と訳されるLGBTですが、多数派によって作られた社会の仕組みから彼らを締め出すのではなく、彼らが能力を発揮しやすい優しい社会、太っ腹な社会を作っていく時代が到来したのだと思います。

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肩車

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 今年3月に息子さんを亡くされた74歳女性の方の、「肩車」と題する投稿が熊日新聞(9/2)に載っていました。
 忘れ形見の3歳児の孫に肩車をせがまれて困ったことを、お盆前にお参りに来てくれた息子の同級生に話したところ、孫を肩車してくれたという話です。
 62歳の自分、まだ出来るうちにせいぜい孫を肩車してやろう。いや自分の孫だけじゃなくて、喜んでくれるのなら他の子もと思いました。
 息子が保育園の頃、園にお迎えに行ったとき、よく肩車してやってたことも思い出しました。
 そして、息子を肩車すると必ず羨ましそうな顔をする男の子が同じ組にいて、その子も肩車してやってたことも。

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多世代農家が半減

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 親子2世代で農業やってる農家というのはよく見かけますが、3世代で頑張ってる農家というとだいぶ少なくなってるそうです。農研機構の研究者が、2015年までの10年間で3世代農家が半減(99万⇒48万)したという記事がありました。
 記事ではその3世代農家が2015年時点でも、国内の経営耕地面積のうちのなんと39%を占めているという数字も示していて、2世代農家の30%、1世代農家の16%を上回っていて、多世代で構成する家族経営が日本農業の基幹的な支え手となっているという実態も明らかにしています。
 豊富な家族労働力という多世代農家の強みとして、経営拡大・多角化という場面で外部の人材に頼る部分が少なく、家族の構成員で担うことができ安定経営ができるという点も挙げられています。
 当該10年間で農業労働力の中心だった昭和1桁世代のリタイアが進み、その中心は団塊の世代へと移りました。しかし同時にその次の世代=専業農家の30代同居後継者のうち配偶者のいる割合も4割台から3割台へと低下したそうです。
 販売金額が大きい農家は多世代化し経営が安定、小さい農家は多世代かがままならず経営のリスクが増したとも云えるのではないでしょうか。
 農業経営の分岐点が、ここら辺りにあるのかもしれない。そう考えさせられた記事でした。

https://www.agrinews.co.jp/p44877.html

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