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全労連青年部書記次長のS藤です。長文ですがご容赦ください。
4/6〜11の日程で東日本震災支援で宮城と福島に行ってきました。
所属の全日本教職員組合(全教)も震災対策本部を、日高教、全国私教連といった全教を構成する全国組織と教組教闘連絡会という上部団体を超えて結集している組織と共同でつくっています。そこからの派遣でした。
上記の震災対策本部は、宮城高教組の一室をお借りして、現地対策本部をかまえています。
今は学校や児童・生徒、教職員の様子などを分会訪問などをしながら調査し、関係機関への必要な要請や支援金・物資の送付、情報の収集と発信につとめています。また、災対連のボランティア登録も呼びかけて登録をすすめています。
6・7日は現地の組合と情報交換をしながら、仙台市内の組合員宅の被害状況や、被害の大きかった若林区の様子を見ました。海岸から近い地域の状況は言葉で表現することはできないほどのものでした。
道路はだいぶ通れるようになっていましたが、沿岸部の家や自動車などが流されたところは、片付けがこれからだいぶかかる様子でした。
8・9日は私は福島に行く担当となり、福島市の県立高教組へ立ち寄り様子をききとり、その後いわきへ向かいました。
いわきは私が生まれてから大学で東京に出てくるまで過ごした故郷です。
現地の県立高教組組合員の方との待ち合わせは、私の実家から歩いて数分の高校でした。津波の被害をうけたところ以外は地震そのものの被害はそれほど大きくないと両親に聞いていましたので、なぜこの高校を最初に見に行くのか・・・と疑問に思いました。
しかし、校舎の被害は非常に大きく2棟ある校舎は両方とも使用不能、始業式・入学式は学校の体育館でおこなうが、授業は近隣の大学をお借りして当面3ケ月をそこでおこなうとのこと。田舎ですので近隣といってもかなり遠いところです。また、校庭にプレハブ校舎が建ったらそこに戻る予定だが、3ケ月で完成するかどうかは現時点では不明とのことでした。
次に、海岸近くで最も被害の大きかった高校を訪問しました。案内してくださった組合員の方は、「この2週間ずっと片付け作業をしたのでだいぶかたづいた」とおっしゃっていましたが、まだまだ被害の様子をうかがいしれるすさまじい状況でした。校舎の1階部分や平屋の実習棟などは破壊しつくされていました。
生徒も一人が遺体で発見され、一人は行方不明とのことでした。
美しい山、川、海のあった故郷の変わり果てた姿に、ただただ言葉を失うばかり・・・
地震・津波の被害ばかりか原発からの放射能の恐怖にもさらされています。
「人災」の厳しい原因追究をしながらも、一刻も早い放射能流出をとめるべく、政府・東電には全力を尽くすべきと思います。。。
10日は宮城へ戻り、災対連ボランティアに参加して、塩釜市で海岸近くの公園の清掃をしました。
公園周辺の家屋にも、他のボランティアのグループが入り片付け作業をしていました。公園にも流木や石、消火器!などが散乱し、写真や学校の通知表なども私は拾いました。持ち主のところに戻れば・・・と祈りつつ、今までふつうにあった幸せな生活が壊されてしまったことに悲しみを覚えました。
現地では、片付けがすすんできたところもあれば、さまざまな支援がまだゆきとどいていない地域もあり、ニーズは地域によってさまざまです。ふつうの人が参加できるボランティアニーズもたくさんあります!
全労連組合員の方は、各組織でも災対連ボランティアに登録できるようにとりくみをすすめていると思いますので、ぜひ積極的にボランティアに登録し、参加してください。よろしくお願いします。
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