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『キサラギ』
何回も見て、そのたびに感激して、その内容を語ってきたのに
私はまだまだよく読み取れてなかった。
今回小栗君の恋愛報道で結構私は動揺した。
そのことでジタバタしたし、見苦しいほど、うろたえた。
そしてこの『キサラギ』を見て、目から鱗だった。
この人達は本当にファンだなあと思ったから。
相手が亡くなっているにしても、
恋人とかプライベートに興味は持っていて、熱狂的でもあり、動揺もあるのだが
きちんとアイドルというところで
自分の気持ちのなかでキモチの持って行き方を知っているのだ。
まあ、映画だからというトコロはアルし、実際のファンのキモチは複雑であるが
それにしても彼らには『愛』があるのである。
「彼女が幸せならそれでいい」
深い思いである。
今まさにわたしはこの『愛』なるモノの境地に至っているのである。
小栗君を愛している。
しかしそれは狭義の愛ではなく、
良いも悪いも認め、全てを受け入れる母のような境地なのである。
以前それらしいことを語ったこともあったが、
今回本気で混乱し、ジタバタして、のたうち回って、苦しんだからこそ、
たどり着いた境地。
これは恋人にだって負けない強い思い。
高い志に支えられた境地なのである。
この『キサラギ』を見て、彼らの純粋な気持ちに感動した。
無償の愛
ただそこに存在してくれればいい。
そんな境地に至るまで彼らも彼らなりに苦しんだはずである。
実際自分がそうだったからよく理解できるのである。
ただひたすらに相手を気遣い、見守る。
一途な思いなのである。
無償の愛
『キサラギ』
自殺から他殺そんな想像をして、犯人捜しをしながら
自分たちの葛藤や、思いの深さを吐露していく。
そしてどれだけ愛していたか、自分の心をみつめていく。
今回の自分に重なって、泣けて仕方なかった。
山場の家元の涙
ああいう涙を流したい。
しかし、今回のことで小栗君も悩んだことだろう。
きっとファンのキモチを思って、心を痛めてくれたと思う。
炎の中に飛び込みファンレターを取りに行く思いを抱きながら、
それでも自分の思いや、プライベート、自分のスタンスを示したかったんだと思う。
自分を思ってくれるなら、きっと分かってくれるはず
そう思っていることだろう
『キサラギ』
わたしのバイブルである
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