全体表示
-
詳細
|
…というわけで、めちゃくちゃ中途半端な所で終了になってしまいそうです〜〜!!
今日は終了日
![]() もうちょっと腰を据えて投稿したかったのですが…
今日に限ってっ!!
オムそばちゃんはお友達とプールに行くから連れていけというし!
くるみくんはたくさん買い物をしたくてついてきて欲しいし!!
オムレットくんは、ものすごく珍しく今日はごはんを作る気がなく!
(ちょうど新しいゲームを見つけて夢中になっています!!)
子供たちを総動員してごはん作りました。
今日は、エビフライを作りました
![]() ![]() 私、このYahoo!ブログのオリジナル絵文字が大好きでした。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 可愛らしくて、ユーモアがあって…。
![]() ![]() ![]() この絵文字ともお別れかと思うとこれまた寂しいです。
これでこちらの投稿は終了となります。
皆さん、これまで本当にありがとうございました。 そしてまた、お会い致しましょう
![]() |
|
りきです。
ついに最後の投稿になりました。
Yahoo!ブログは雰囲気がとてもあたたかくて、思い入れは人一倍強いものがあります。
少しでも家計のたしになればと思い、ごらんの通りアフィリエイトを貼っていますが、はじめて私の紹介した商品を買ってもらえたのもYahoo!ブログででした。
(本当にありがとうございます)
でも、そんなの関係なく、読んでくださっただけで救いになりました。
こうして色々な情報に触れていくと、もっと壮絶な体験も呼んだり聞いたりすることもあります…。
母は大変は大変ですが、こうして振り返ってみると、なかなか面白いところもあったぞ?
と思えるようになりました。
お別れが寂しいです。
ブログを作って良かったなと思います。
いいことも悪いことも、母の歴史をたくさん思い出しました。
忘れていたようなことが蘇ってきて…
過去には理解できなかった母のことも、今なら理解できるような気がしてきました。
他ブログに変わられたかた、これからも訪問させていただきますね!
そして、ここでブログをやめられるかた、今まで本当にありがとうございました。
認定調査までに起きた面白い(…と言っては何なのですが)騒ぎは二つ。
一つは、警察にお世話になったことです。
その頃、何度か施設からバスでうちにきてもらっていました。
バス停は施設のすぐ前にあり、乗るのはたやすいです。
それで、こちら側のバス停で私は待つことにしていました。
よい刺激になると思っていたのですが、その日はいくら待っても母が降りてきません。
おかしい。さすがに待ちすぎる。
母を逃してしまったかもしれない!
青くなって家とバス停の間を右往左往して探していると、電話が鳴りました。
うちの一番近くの交番です!
けっ、警察〜!!??
さーっと血の気が引いて、素っ頓狂な声が出ました。
「母ですか!?母が見つかったんですか!?」
警察の方は、面白そうな声で明るい調子でした。
母がみずから交番を訪れて、娘の家がどこかわからなくなった、と話したみたいなのです。
「携帯に娘さんの電話番号があったので、こちらからお電話しました。交番でお待ちしてますね」
バス停、家、交番、私が探していたあたりとすべて近所でした。
すっ飛んでいくと、母とおまわりさんが仲良く笑いながら談笑していました。
ニコニコしながら
「面白いお母さんですね!たくさんお話していたところです」
と言われます。
母も上機嫌です。
「ずっとね、お茶をいただいて楽しくお話していたところなの!面白かったわ〜、ありがとうね!」
平謝りして母を連れて帰りましたが、帰り道で私までおかしくなって笑ってしまいました。
昭和のほのぼのエピソードみたいだ!
「おまわりさんとどんなお話したの?」
「娘がこっちに来ててね、一緒に食事をするんで待ち合わせをしたって話をしたよ。あんたの家ぐらい一人で行けるわ!と思って行ったんやけど…途中でどうもあやしくなってきてね。交番あるわ!と思って入ったの」
交番は距離は近いですがちょっと方向が違います。
ふと思い出しました。
そうだ、今の家に移る前、ごく近くですがこの交番のある道沿いに家を借りていました。
オムレットくんと結婚してくるみくんを産んで、母にもよく来てもらった道沿いです。
もしかすると、その道のことを母は覚えていたのかもしれないな。
帰り際、車に乗りながら、
「あんたわたしの子供やね?まごかな?」
と言います。
「お母さんかと思ってしまう。あんたがお母さんのよう」
相変わらず「帰る」の電話はありますが、ホームではさほど騒いでいないようです。
午前中の不安定さを薬で抑え、午後はなごやかに過ごせるというスタイルが定着しつつあります。
・「昨日もお医者さんが来たが、私の頭にも体にも何の問題もなくて安心した、これで地元に帰れる」
・朝電話、元気に明るく「明日か明後日に地元に帰ろうと思うので、あんたに電話しておかなければならないと思ってかけた」
一見、何も変わらないようではありますが、向精神薬半錠を定期的に朝に飲むようになってから、「今日帰る」→「明日か数日中に帰る」に変わってはいます。
危険な感じは、やはり一〜二度ありました。
夕暮れ時になると、「夜が怖い」と言います。 移転先の新しいサイトはこちら → よかったらお立ちよりください。
|
|
いよいよ、Yahoo!ブログ終了が近づいてきました。 あと数日となりますが、皆様よろしくお願いいたします。
所長さんが迎えてくれました。
「やっぱり施設を変えた方がいいんでしょうか…」
もうこれは仕方ないかなと思います。
所長さんは意に反して、今のままで行きましょうと言われました。
危険な時はあるけれど、最近は馴染む様子を見せているのだそうです。
お友達も出来て仲良くしているし、朝は食堂に降りて新聞なんて読んでいたりする。
危険になるのは一瞬で、それも頻度が落ちている。
このまま落ち着いていくのか、それともこのままなのか、もう少し様子を見ましょうと言われました。
所長さんは、まだ割と若い方です。
母の入居の時に、「上の人」から
「もし認知症だった場合、帰宅願望など本当に大丈夫なのか。何かあった時に面倒を見れるのか」
と聞かれたそうです。
それで、
「やりますと言ったのは自分なので、お母さんのことは自分が責任を持って面倒を見ます!」
と言いきって下さいました。
母も気持ちが通じるのかうまが合うのか、めちゃくちゃなついています。
ひとつ、思いついたことがあって病院に電話しました。
「夜寝る前」のリスペリドンを「朝」に切り替えてもらったのです。
「どうするのがホームにとって楽か?」
を考えた上ででした。
所長さんはいいと言っても、介護士さんがたが大変そうな気もします。
次はケアマネさんとの面談です。
母をほったらかしにして、自分の日記を見返していました。
こんなになる前の年に、子供たちを義母におまかせしてオムレットくんと二人ではじめての海外旅行をしたのでした。
これはぎりぎりのタイミングだったなと思います。
私は海外旅行をしたことがなかったので、本当に楽しかったです。
お母さんありがとう待っていてくれてという気分になりました。
母はケアマネさんとの顔合わせでは
「別に困っている事もないし、ここは一部屋だから掃除も楽。自分で出来る」
などと言ってます。
二人きりになると、
「ここの荷物をどうにかして送り返さなければいけないね。いつまでもここにはおられんもの」
です。
それ、いる時に言ってよね〜!
同じ症状のご家族を持つ会社の方に、他人と家族にとでは態度がまるで違うから!と言われましたが、まさしくその通りです。
母は私を送る時には必ずホームの下まで出て、外に出て見送ります。
母が下に降りると職員さんがたに緊張が走るのが見えました。
ケアマネさんから、母の見た目と話しぶりからでは、周囲の大変さが理解されづらいタイプでしょうとお話があります。
このケアマネさん、本当に頼りになる方でした。
最初に地域包括センターにお話した時に、頼りになる方ですと言われたのは本当でした。
所長さんもそうですが、紹介して下さった方にも、ケアマネさんにも、本当に感謝しています。
混乱した毎日の中にも、一つ一つ、目標がありました。
・住所を確定させること
・ケアマネさんが決まること
・認定調査をすること
次の目標は「認定調査」でした。
ケアマネさんが、
「お母さんの状況を正しく理解してもらえるように、十分に準備が必要でしょう」
と言われます。
十分な準備…。
→→ 馴染むために 3 に続く
|
|
一時期、オムレットくんが明太子パスタにはまって、毎週明太子パスタという時期がありました。
コストコで明太子スティックを見つけてしまったのです。
これは本当に楽です。
バター醤油で味付けして、明太子スティックを交ぜるだけ!!
オムそばちゃんが爆発しました。
「わたし明太子あまり好きじゃないの!!!!たまには別のが食べたい!!!!」
オムレットくんもくるみくんも、この子には本当に弱くて、私がダメということでも許してしまいます。
あっという間に明太子パスタが食卓に出なくなりました。
「こんなに余った明太子スティックどうするの〜〜!!」
「明太子ポテトサラダとか、明太子トーストとか...」
そんなに大量消費できるわけでもなく、大量の明太子スティックはしばらく冷凍庫に鎮座することになりそうです。
忘れてしまうと思いつつも、かみ砕いて最初から説明しました。
「ご近所、親戚、お友達が、皆こちらに来て良かったと言っている」
「黒い三人の男がここに連れて来たのではなく、母と私とオムそばちゃんの三人で新幹線で来た」
それで、母に聞いてみました。
「もっと少人数で集団生活したり、多めの人で見てもらえるグループホームの方がいいのかな?」
母は集団生活、という言葉に敏感に反応しました。
「いや、ここは悪くない。ほかに行くぐらいならここがいい」
「そうだよね。トイレも共用になるし、団体行動も多くなる…お母さんには(まだ)酷なんじゃないかなと思ってるんだけど」
すると母は
「朝のあれはね、ちょっとお買い物に行こうとしただけなんよ!なのに、ここの人が大げさに騒ぐから参るわ」
話がすり替わりました(!?)
「夜が眠れないし、一人で部屋にいると色々考えてしまってよくない。外出すると気分が良くなるだけなんよ」
部屋はわりと整っていて洗濯もしている様子です。
バッグをのぞくと転出証明書が届いており、折り曲げられて奥底に突っ込まれていました。
「間違いだから返さなければならない」と言っていたようです。
これが引き金になったのかな。
いつか読んだ認知症のニュースで
「帰りたいのは以前住んでいて一番落ち着いていた過去」
だと書いてあったのを思い出します。
出来る限りがんばって、自宅のカーペットを敷き、家具を運び込んで似た感じに仕上げたつもりですが…。
精神科を再度受診です。
母は先生の質問に対して
「地元に帰りたい気持ちはないんですわ。この地域もホームも快適ですわ」
と言います。
相談の結果、リスペリドンを夜に定期的に処方することとなりました。
しかしこれも、一筋縄ではいきませんでした。
①夜に投薬した一晩目
朝の七時半頃、母から電話があります。
「帰るからダンボールを今すぐ準備して」
「は?」
「どうしても帰る、あそこが自分のうちやけえ」
「そうなっちゃうんだ。やっぱり」
昨夜はお薬を飲んで寝たのでは?と聞くと、
「帰るのはゆうべからずっとよ。眠れてない」
「昨日、先生に地元に帰りたい気持ちはないって言ってたよ?」
「あれはね、嘘を言ったの!!」
頓服服用です。
②夜に投薬した二晩目
朝八時に電話があります
「今すぐ帰る!お寺さんに十四回忌の話をしなければならない」
ホームから電話があります。
「荷物を持って、すごい勢いで下に降りてきて走り出て行こうとしてました。外には出られない、娘さんを呼ぶと話して一旦部屋に戻ってもらいました。これから頓服薬をお持ちするが、娘さんも来て対応して欲しい。だが話してもおそらく納得はされないと思います。リスペリドンも半錠なので量も少ない。鍵付きのホームの方に至急変えたほうがよいです」
会社に遅刻の電話をし、薬がきいたかと思われる九時頃に電話すると、
「何の用?今日は来るの?しばらく会わなかったような気がする」
全て忘れている様子です。
→→ 馴染むために 2 に続く
|















まだ書き込みすることできますね
美しいと言って下さってありがとうございます。
感情豊かでアグレッシブなおばあちゃんなのです…
アスミッチさんにもありがとうの言葉を送らせて頂きます
おばあちゃんに伝えます
> Aloha Cowboyさん
最後の日に、ナイス
本当にありがとうございます
Amebaに移転されるのですね
これからも頑張って下さいね





