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ある企業の社員の集まりのときに、30分程度の時間で、坐禅などしたことのないような人を対象に、スピリチュアルな体験をさせて欲しいという依頼を受けました。
誰でも始めて、坐禅や冥想をすれば、5分だって長く感じるだろうし、15分も坐っていれば、イライラしてくるに違いありません。
そこで、私は15分ほどの話のあと、体をほぐして姿勢を正すヨーガを5分ほどしてから、10分程度お釈迦さまの冥想をしました。
われに返るという言葉がありますが、心を奪うような出来事の中で自分を失ってしまうことは誰でも経験します。
ビジネスの世界では、大きな失敗やお客さんからのクレームに頭を抱えたり、1ヶ月もかかるような作業を三日でやらなければならないというような事だってあります。
こういうときに、自分を失ってあたふたとしていたら、ストレスが溜まります。
われに返って、自分の立つ位置をしっかりと確認すると、落ち着きを取り戻して、問題の解決のための智慧が働くようになります。
われに返る簡単な方法があります。そして、その方法は、スピリチュアル体験の入り口でもあります。
あるとき弟子にお釈迦様は「あなたの足はあなた自身ですか」
弟子は答えます「いいえ」
「ではあなたのお腹は、あなた自身ですか」
「いいえ」
このように身体の部分を聞いてからお釈迦様は「では、あなたの身体は、あなた自身ですか」
弟子は答えます「いいえ」
自分そのものというものは、どこにあるのでしょうか。
じっと坐って、
「自分の本体は、ここにある」という場所を探してみましょう。
ここだというところが見つかったらよく観察してみましょう。
「ここにある」といっているもう一人の自分があることに気がつきます。
「もう一人の自分はどこ?」と観察するとまた別のと後にあります。
このようにして自分の主体というものは、何か凝り固まったものではない。形をもっていないし、あるのだけれども、 この場所と規定することは出来ないことに気がつきます。
それと同時に、落ち着いている自分を見つけることが出来るでしょう。
心が奪われて、アタフタしているときに、自分の身体の存在を観察してみましょう。
ゆっくりといきを吐きながら、……
何か心の変化に気がつかれましたでしょうか。
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