ペキネンシスの東方見聞録 (アジア)

2004年に赴任してからずっと中国です。いいですよ、中国。

北京オリンピック

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

もうずいぶん昔のことのように思います。北京オリンピック。今年の出来事だったんですね。

昨日28日の夜、NHK総合テレビを観ていたら、「チャン・イーモウ 北京オリンピックを語る」という番組をやってました。

ペキも観に行った北京オリンピックの開会式の演出総監督が、世界的にも著名な映画監督である張 芸謀(チャン・イーモウ)です。

番組ではその舞台裏を語っていました。思い返してみると、やはりあの開会式は、本当に素晴らしい開
会式でした。感動に次ぐ感動。緻密に練られた演目。水墨画から華やかな絵画まで豊かな色彩。そして大勢の出演者の一糸乱れぬ演技の数々。。。。

チャン・イーモウがこの2年間情熱を傾けて一日たりとも忘れることなく考え続けたアイデアの数々。

ペキが撮った北京オリンピックの開会式の写真で、ブログにアップしていない写真が数百枚あります。いずれは写真集にしようと思いながら整理がなかなか進みませんが、チャン・イーモウの演出を再度思い出してもらうために、これから何回かに分けて、アップしてみたいと思います。

最初の2枚。
カウントダウンの時の太鼓。2008人の若者たちによる太鼓の演技。この若者たちは全員、人民解放軍の兵士たちだそうです。整然と乱れず、力強く太鼓を叩く様は非常に素晴らしかったですね。

ワイヤーアクションで宙を舞う天女。チャン・イーモウの得意とする演出です。

五輪のマークが宙に持ち上がるところは、NHKのテレビ中継では実況のアナウンサーが感嘆の声をあげていましたね。

民族衣装の子供たち。子供たちを含めて一万五千人の出演者は長期間にわたり練習やリハーサルのために拘束されたそうです。その拘束に耐えられることも出演の条件だったそうです。となると、当然、少数民族の子供たちを各地から北京に集めて長期間拘束するのは不可能なことがわかります。北京の子供たちに協力してもらうことは必然的でした。

ダンサーが描く水墨画の世界。ただ踊って線を描くだけでなく、濃淡を付けるなど、水墨画をしっかりと再現することに苦心したそうです。

1時間の間に次々といろんな演目を出してきますから、着替える暇とかなく、同じ出演者が複数回出ることは基本的になかったそうです。だから、一万五千人を超える多くの出演者が必要になったそうです。

北京オリンピックの開会式の演出で、チャン・イーモウは、さらに演出家としての名声を高めましたが、彼自身は文化大革命の時に田舎の農村に強制的に住まわされたりと、それなりの苦労をしてきたそうです。

だから、単に映画監督、演出家としてだけでなく、人間としても尊敬されている人物であることは、なんとなくわかります。


(2008年8月8日撮影)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

昨日は北京パラリンピックの最終日でした。
8月8日から続いていたオリンピックの日々も、昨日で終わりました。2度目の聖火も昨日のパラリンピック閉会式が最後でしたね。

昨日は15時ごろまで北京にいました。朝、擁和宮の胡同のホテルから出て、東四大街を少し歩きました。

北京の街からは、だいぶオリンピック関連の飾り付けがなくなっています。
この飾りも間もなく、なくなるのでしょう。オリンピックのロゴマークや奥運会の名前の記述など、終了後は禁止されている事項がたくさんあるみたいですから、オリンピックの開催都市だった形跡が完全になくなります。

すべてがオリンピックに向けて準備してきた何もかもがなくなるのは、とても寂しい気がします。
抜け殻のようになってしまう北京を見るのが忍びないですね。でも、元気な北京ですから、きっと次なる目標に向かって、またみんなでがんばるでしょう。

それにしても、世界から注目されて緊張感もあったのですが、それもなくなっちゃったみたいでした。道路の横断もまた元の交通法規を無視した、「信号は目安」という普通の中国の街みたいになっちゃいました。

国旗も胡同で目立っていましたけど、これもそろそろしまっちゃうのでしょうか。それとも国慶節があるから、もう少し飾っておくのでしょうか。

北京にもWi-Fi(無線のLAN)のスポットがあちこちに出来ていたのですが、これはどうなるのでしょうか。よく西洋人たちがアクセスしているのを見かけましたけど、それもあと少しなのでしょうか。

胡同の朝は相変わらずの様子でした。これはオリンピックの前も途中も後も変わらない風景ですね。揚げパン(油条)のにおいが漂っていました。

東四の胡同の中に「ブログホテル」っていうのがあるんですね。全室PC付き、ネット三昧、写真編集ソフト付きを想像してしまいましたが、ただの安宿かもしれませんね。

そんなパラリンピック最終日の北京を、首都空港第3ターミナルから広州へ帰ってきました。
第3ターミナルの中では、パラリンピックのマスコット「ララ」も最後の記念写真の仕事、がんばってました。オリンピックのマスコットの「Fuwa」は、なんとなく懐かしかったですね。
北京市内の各地にたくさんたくさんあった北京オリンピックの公式記念特許商品のショップも、間もなくなくなるのでしょうね。

元の静かな北京に戻るのでしょうか。いち早く秋がやって来たような北京でした。

(2008年9月撮影)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

ランニンぐーーっ!

ということで、日本テレビのエド・はるみのマラソンのドキュメンタリーを観ました。最近、ネット経由で観られるので便利です。
実は最近、彼女を知ったのでして、ぐーーっ!なんて、1年以上遅れているわけです。

でも、今回のドキュメンタリーを観ていて、彼女とはいくつかの共通点があることがわかりまして、なんとなく身近に感じてしまいました。

133kmのマラソン。偉かったですね。2005年の北京マラソンの10kmに出たのですが、あの距離でもつい歩いちゃいましたから、133kmなんて、想像できません。

あれを観て、ちょっとランニンぐーーっ!をやってみたくなりましたけど、まだまだ広州は暑いですから、涼しくなってからでしょうか。


そんなわけで、ぐーーっ!ということですが、またまた北京オリンピックに話は戻しまして、オリンピックに向けて建てられた鳥の巣やその周りの建物の様子をご覧ください。
なかなか斬新なデザインだと思いませんか?

現在、北京市内には中国だけではなく、世界中の建築家たちが競うように設計した建物がたくさん建てられました。
代表的なのが、この鳥の巣(国家体育場)、卵形の国家大劇院、そして中央電視台の新本社ビル。
いずれも個性的過ぎてびっくりしますけど、なんとなく未来的で、胡同が広がる北京とこの新しい北京が、良い感じを醸し出しています。

ビルディンぐーーっ!、ぐーっ!、ぐーっ!、ぐーっ!です。

でも、維持費がすごいだろうなあと思ってしまいますし、ガラスとか鉄骨むき出しはいいのですが、春の黄砂の時には掃除が大変だろうなあとも思ってしまいます。。。

歴史的な遺産が立ち並ぶ北京だけでなく、未来的な建築が並ぶ北京もいいですよ。

北京には二つの顔があります。

(2008年8月撮影)

北京・劉岩さんの悲劇

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

実は今、心配していることがあります。
北京オリンピックまでは、人々の気持ちも一つになろうと一生懸命でした。そんなムードが広く漂っていました。
誰かしらがはみ出すと、誰かしがら止めに入る、そんな感じでした。

でも、そんなムードも閉会式とともに、ちょっと緊張がゆるみ、パラリンピックが終わると、かなり緊張がゆるむんじゃないかと思います。
もしかしたら、ゆるみっぱなしになるかもしれないと心配しています。

「なにかあるとオリンピックが開けなくなる!」ということはもうないのですから。。。。。

2010年。広州ではアジア競技大会が開かれます。オリンピックほどの注目はありませんが、「なにかあるとオリンピックが開けなくなる!」と同様に、アジア大会が開けなくなることもあり得るわけですから、ちょっと気を引き締めていかなくちゃと思っています。

さて、北京オリンピックに話を戻しますと、北京オリンピックの開幕式の写真の踊り、憶えていらっしゃる方もいると思います。
華麗な中国舞踊を、多くの人が支える広い巻物の上で踊りました。

実は、この踊り、別の人が踊ることになっていたそうです。その人の名は劉岩さん。
別の人と言っても、中国舞踊家としてはとても有名な人で、その踊りの美しさは多くの人々が知るところだそうです。

ところが、彼女は、開幕式の10日ほど前のリハーサルの時、踊っている最中にタイミングを外して、3mの高さから落ちて、背骨の骨を折る重傷を負ったのです。
急遽、第一主役だった劉岩さんの替わりに、別の人が踊ることになったのだそうです。

劉岩さんは、現在入院中ですが、落下した直後、すぐに病院に運ばれ、大手術を受けましたが、結局半身不随となり、これからはもう踊ることが出来なくなりました。
彼女は気丈に振舞っているそうですが、もう二度と踊れないことは、かなりのショックだと思います。

開幕式の数日後、開幕式の総監督のジャン・イーモアや関係者が病院にお見舞いに行ったとのこと。
彼自身もこのようなことになったことの責任を痛感していると手記に書いています。

華やかなオリンピックの開幕式の裏では、このような悲劇があったのですね。

出演はしていませんが、開幕式のパンフレットの中には出演者として、劉岩さんの名前が入っています。

昨日まで2日間、日本テレビで、「24時間テレビ愛は地球を救う」をやってましたね。劉岩さんのように期せずして、身障者になられた方がたくさんいることを改めて思い知らされました。

加油劉岩! 加油劉岩!

(2008年8月撮影・6枚目の写真は別のサイトから)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

日本の皆さん、夏休みもあと一日となりました。(一般的な小中高ですけど)
今年の24時間テレビは、夏休みの一番最後になったんですね。
これも北京オリンピックの影響でしょうか。

北京オリンピックの関連の歌のCDや、開会式や閉会式のDVDが中国ではすぐに売り出されて、人気商品になっています。
感動はずっと取っておきたいと誰もが考えるのでしょうね。

ペキも、今、考えていることがあります。すでにブログで記事にした写真ばかりですが、8月8日の北京オリンピック開幕式とその前後の北京の街の様子の写真集を作ろうかと考えています。

写真と少しの文章。写真は選りすぐって、感動を思い起こさせるような写真で。
あくまでも贈呈用として。そして、中国駐在の記念品にもなるようなものとして。

やはり、感動は多くの人たちと共有したいですからね。まだこれから考えて行きますけど、ご希望の方には差し上げられるようなものにしたいと思います。

さて、あの日、8月8日。ペキは午後4時半過ぎに鳥の巣(国家体育場・ナショナルスタジアム)の中に入りました。午後8時の開幕式にはまだだいぶ時間があります。

しばらくすると始まったのが、写真の中国の少数民族の踊りでした。
開幕式の演出よりもこちらのほうが良かったと言う声もあったという、素晴らしい踊りの数々。

開幕式の演出の写真を撮る予行練習として、ペキも望遠レンズで踊りの数々を写真に撮りました。

実に素晴らしい踊りでした。CCTV(中央電視台)でも一部中継したと聞きましたが、ほとんどの人、そして海外で見ている人たちはこの踊りは見られなかったと思います。

どうですか? ご覧ください。
衣装も様々。踊りの振り付けも様々。モンゴル族やチベット族、回族、たくさんの民族が次々に出演して、そして下から3枚はウイグル族ですが、どれも素晴らしい踊りばかりでした。

56の民族たちが共存共栄する国が中国ですが、こうして各民族がオリンピックを迎えるために、楽しく踊っている姿を、是非世界中の人たちに見て欲しかったと思います。

世界和平! 祖国万歳!

(2008年8月8日撮影)


.
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
ペキネンシス
ペキネンシス
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

標準グループ

友だち(1)
  • 中国 韓国観光旅行
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事