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日曜日に自転車買いました! 近所のジャスコで10800円です。 (折りたたみ自転車) うちのスタッフの徘徊用です。 銀行とか警察署とか裁判所とかおやつ買いに行ってもらう時とか、 みんなで使ってもらいます。 私は乗りません^^; でも、一応記念写真。 (嬉しくて鼻の穴が若干開き気味) まあ、なんだかんだ言って新しい自転車は嬉しい(^^) 大切に乗ろう! 最近、いろんなとこで出る話題ですが・・・ 逆走・信号無視・・非常に多いなと感じるこのごろです。 先日早朝、逆走して来た出勤途中のビジネスマンとチキンレース。 ぎりぎりで負けたおっさん、私に暴言吐いていきましたが、 なんだか情けなくなりました。 みなさん自転車乗る時は「左側通行」ですよ〜(^_-)☆ さて、おまけ。 一昨日は父の日でしたが、 これは父(旦那)用の乳弁当。 ※内緒で作って反応を見よう、ウシシ・・と、 1週間前に作りましたが完全スルーされました。クールなゴリラーマン。 父の日で作ったわけではなかったのですが、 あ、父=乳じゃ!と。。。 どこかのブログで見たの思い出したので上げてみました。 おしまい。 |
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脊髄脂肪腫という病気を抱えながら走っています。
2012ツール・ド・のと(二回目出場)へ向けた練習記録です。 自分メモです。 平日は仕事・子育てで走れないので週末走行。 ●練習再開 4/29(日) ・お天気:素晴らしい青空 ・場所:しまなみ海道(生口島1周ちょっと) ・走行距離:30km弱 ・アベ:不明 ・走行時間:不明 ・ひとこと:7ヶ月ぶりにロードにまたがる。30km弱が精一杯。 体力は落ちているが脚は意外にも強くなったまま(のように感じる) ●練習2回目 5/20(日) ・お天気:ちょっと曇り ・場所:しまなみ海道(瀬戸田〜今治の往復) ・走行距離:91.03 ・アベ:13.8 ・走行時間:6時間41分 ・ひとこと:100km目標だったが日没であと10km足らず。 ●練習3回目 5/27(日) ・お天気:普通の晴れ ・場所:しまなみ海道(今治→因島→大三島) ・走行距離:82.21 ・アベ:14.2 ・走行時間:不明 ・ひとこと:昼食後にダウンで30分ほど休む。走行距離伸びず悔しい。 原因は水分と食事の間隔が開きすぎたことか? お昼は多々羅しまなみ公園で鯛かつバーガー。 ●練習4回目 6/3(日) ・お天気:素晴らしい晴れ ・場所:安芸灘とびしま海道(下蒲刈島〜豊島の往復) ・走行距離:50km弱 ・アベ:不明 ・走行時間:不明 ・ひとこと:初安芸灘!しまなみ海道に慣れているので橋への上りがキツい。 (が、距離が短いので脚力が付けば多分楽になる)。景色最高! ●練習5回目 6/3(日) ・お天気:普通の晴れ ・場所:安芸灘とびしま海道(安芸灘大橋手前〜岡村島の往復) ・走行距離:78.12km ・アベ:13.3 ・走行時間:不明 ・ひとこと:二回目の安芸灘。今回は愛媛県の岡村島まで行けた。 相変わらずアップダウンきつい。豊島手前の急な上り坂、前回は上れたけど、 今回は足付いてしまった。悔しい。 ●練習6回目 6/23(土) ・お天気:曇り ・場所:近所のジム ・走行時間:エアロバイク60分(負荷20w) ・ひとこと:二週雨続き&所要で走りに行けず、ジムでバイクを漕ぐ。 1時間もくもくとただ漕ぐことがこんなにしんどいとは・・ スポーツトレーナーより足の疲労度がかなり酷いと指摘。 ストレッチポールを使い太腿の披露を取り除く方法を教わる。痛過ぎる・・。 意外に疲れていたようで、そのまま外食し帰宅するも力つき家に上がれず。 車の中で一晩明かす。朝、雨音で目覚める。 ●練習7回目 6/30(土) ・お天気:曇りのち雨 ・場所:広島西飛行場の側道 ・走行距離:22.29km ・アベ:19.1 ・走行時間:1時間25分 ・ひとこと:ドッペル205、負荷のあるブロックタイヤで練習。 雨天で諦めていたが、昼すぎにやんだため軽く走ることに。 ストレス無く走れる飛行場脇の道。片道2kmの5往復。 平地のダッシュ走り込みはアベが上がる。ただ同じ道なので飽きる。 ●練習8回目 7/1(日) ・お天気:曇り ・場所:下蒲刈島 ・走行距離:30.26km ・アベ:11.3 ・走行時間:2時間35分 ・ひとこと:昼から晴れたので急遽走りに行くことに。 いつもの下蒲刈島。 夕方4時〜8時前まで流した。 土曜の20kmダッシュのせいか脚の疲労でスピード出せず。 疲れがたまってるとこんなに走れないのか・・ この日サドルの高さを約2cm上げる。上りが楽になる。 ●練習9回目 7/8(日) ・お天気:晴れ ・場所:広島西飛行場の側道 ・走行距離:28km ・アベ:17.1 ・走行時間:1時間30分 ・ひとこと:サドル位置をさらに7〜8mm上げる。 漕ぎやすくはなるが前のめりの姿勢のせいか、トウクリップのない左足が外れる。 重いギアでなければうまく走れないが、それだと膝下の疲労がひどい。 悩みどころだが、9月も近づいているのでそろそろビンディングに戻したほうがよいかも.. ●練習10回目
7/15(日) ・お天気:みごとな晴れ ・場所:しまなみ海道 ・走行距離:102.07km ・アベ:14.1 ・走行時間:7時間14分 ・ひとこと:先週サドル位置をさらに7〜8mm上げたため、足のふんばりが効かなくなった。 軽い上りで右足がトウクリップから外れ、坂道発進できないため押して歩く事に。
上げ過ぎだった。すぐに1cmほど戻す。快適に走れるようになった。
アップダウンのある蒲刈で3回練習している成果か、久々のしまなみの上りが楽に感じる。
だいぶ坂に強くなったと思う。
骨盤を立てることを意識して走ったら、お尻の痛みがだいぶ軽減。
しかし、体制が起きているのでハンドルが遠く肩に余計な力が入り疲れる。
気温の高い1日、昼1〜3時の間で頭痛が発生、毎年この時間帯で軽い熱中症になるが、
今年は塩分(塩そのもの)を持参しており、休憩の度に水と塩分をしっかり取った。
夕方前には頭痛も治まり、久々に時間はかかったが100km超え。
アベも14以上は保てるようになって来た。
●練習11回目 8/5(日) ・お天気:曇り ・場所:広島西飛行場の側道 ・走行距離:8km ・アベ:不明 ・走行時間:不明 ・ひとこと:ビンディングペダルに交換し安全な場所でキャッチ練習を軽く行なう。 転倒してもよいようにサポーター付き。 前日にバーテープ(黒水玉かわいい)に交換。 ●練習12回目 8/15(水) ・お天気:晴れ ・場所:広島西飛行場の側道 ・走行距離:20km ・アベ:不明 ・走行時間:約2時間 ・ひとこと:再びビンディングペダルのキャッチ練習。 サドルを上げたり調節しながら走る。サドルは新品(同じ物)に交換。 サイコンも斜度が測れるものに交換。 ※マッサージの先生より長距離ストップが出る。疲労が取れないままのロングで更に疲労が蓄積。 歩行困難が激しいため。 ●練習13回目 8/19(日) ・お天気:晴れ ・場所:しまなみ海道 ・走行距離:20km弱 ・アベ:不明 ・走行時間:不明 ・ひとこと:ビンディングの一般道での練習。長距離禁止されてるのもあり、 30km程度軽く走る予定だったが、折り返し地点でチェーン切れの男の子に助けを求められる。 往路を漕げず終了。 チェーンの予備も持っておくべきと勉強になる。 キャッチがうまくいかず車道側に一度転倒。車が来てなくてよかった。 ●練習14回目 8/26(日) ・お天気:晴れ ・場所:しまなみ海道 ・走行距離:45km弱 ・アベ:14.4 ・走行時間:3時間 ・ひとこと:今回もビンディングの一般道での練習。しまなみ海道は橋に上がる度料金所で止まるので、ペダルから外す・付けるのいい練習になる。 右足の力がどんどん弱くなっているので、ハマる確立は上がったがなかなか外せない。 辛い・・・。 ●練習15回目 9/2(日) ・お天気:晴れ ・場所:似島 ・走行距離:30km弱 ・アベ:14.1 ・走行時間:2時間7分 ・ひとこと:平地が3割程度のアップダウンの島。1周10kmを3周。 10%くらいの坂も続く。昨年は上り切れず転倒した坂も苦しみながらもクリア。 夏トレで強くなっている気がする。 練習できるのはあと1回。最後は蒲刈1周走破! ●練習16回目(最後) 9/9(日) ・お天気:晴れ ・場所:広島西飛行場の側道 ・走行距離:12km ・アベ:不明 ・走行時間:40分弱 ・ひとこと:予定が重なりロングに出かけられず残念。 主にクリートキャッチの練習。今回は右が決まらず少し凹む。 まあ、あとは本番でなんとかするしかない。 とにかくこの夏、出来る限りのことはやった。 昨日はスポーツトレーナーマッサージを受けた。激痛に耐えだいぶ軽くなった。 体重も昨年より6kg落とした。 2週間前から糖質制限食(カーボローディング)を実行。 吉と出るか凶と出るか。 とにかく、一生懸命やるしかない。 |
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(その1からの続き)
「きぼうのかね商店街」です。 「地元の皆さんがいつも通ってたお店が再開した商店街なんです。」 案内してくださった方がそうおっしゃってました。 女川高校のグランド内に4月29日にオープンを迎えていました。 私が訪れたのはちょうど2週間後。 GW期間中は賑わっていたのかな? この日は日曜ですが人出が少なく寂しく感じました。 きぼうのかね商店街・・ 前回の記事で掲載した女川駅跡。 そこに4つの鐘のからくり時計が設置されていました。 1つだけが流されずに見つかったとのこと。 その鐘を飾って「きぼうの”鐘”商店街」です。 (この時は知らなくて鐘の写真撮っていなかったのですが検索すると沢山出て来ます) さて、 ここを訪ねたのは個人支援で繋がった「イーガファミリー」さんを訪ねたかったからです。 「イーガーファミリー(Family)」 東日本大震災で家や店や仕事を失った女川町在住の主婦有志が立ち上げた、 手作り好き主婦の会。 希望の鐘商店街にお店(ブース)を出しています。 広島でエステを経営している私の友人が、 独自で作っていた和風パンツ(女性用ふんどしパンツ)。 このアイデアを友人から借りてイーガFamilyとコラボ。 現地・東京・広島で販売しました。 イーガさんの「おながわ布ぞうり」や「たたみバック」などを広島に送ってもらい、 これも広島のイベントでPR販売しました。 まだ宅配も遅れ気味だった頃で苦労もありました。 下の巾着っぽく見えるのが和風パンツ(ふんどしパンツ)です。 避難所生活のしんどい中、女性にもゆったり過ごせる下着があればいいのに・・と、 そんな思いから、女性全般にも身につけてもらえたら・・とコラボが始まりました。 実際、広島では結構売れましたよ^o^ (苺模様なんて可愛い柄でしょ^^;) 写真真ん中が、 「おながわ布ぞうり」 これはぜひ皆さんにも知って頂きたい。 被災直後に全国から古着が山のように送られて来ました。 中には汚れがひどいものもあってとても着れない・・ 約7トンもあったそうです(このような状況は女川だけではなかったですけどね) 町は廃棄しようとしていましたが何かに転用したほうがいいとの案が出て、 それをイーガーFamilyさんが「布ぞうり」に作り替えることにされたのです。 代表者さん、こう言われてます。 「大津波で履物を流されて裸足で逃げている人を見た 」 「避難所の中を裸足で歩いている人を見て衛生面が気になった 」 このような思いから、大変な状況の中試行錯誤され『おながわ布ぞうり』が誕生しました。 でも、見てください。 決して古着から誕生したとは思えないです。 デザインがとても素敵。 「被災地の人が作ったからじゃなく可愛いから欲しい」 そう思えました。 私は自分が動けないのでずっと遠隔支援でした。 1年以上経過して、やっとメールと電話でしか話せなかった代表者さんと会えました。 「どんどん作りましょう。"おながわ布ぞうり"を女川の特産にしたいですね。」 と、話しましたが、 イーガーFamilyのメンバーの方々も復興により少しずつ就職が決まり、 人数も時間も減り、前ほど生産ができていないそうです。 それは喜ばしいことでもあり、でも代表者さんにとっては少し悩みでもあるようですね。 少しでも続けて行けたらと思っていらっしゃいます。 イーガーFamily紹介ブログです。 現在はもう支援の古着では作っていません。 (女川町は昨年12月で支援物資の受付を終了してます) でも誕生するきっかけになった「心」を絶やさず細く長く続いて行ってほしい。 必要であればいつもで声かけてくださいねと話して帰りました。 1年経ち変わって来ている現状もある。 でも、復興はなかなか進まない現状・・ もう1年、 でもまだたった1年。 さて、ゆっくりブログ書いているのでなかなか先に進まないですが・・ 次回は石巻について書きたいと思います。 |
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2012年5月13日。
初めて宮城県を訪れました。 現地で見たこと聞いたこと話したこと・・ 被災地のその後を何回かに分けて記事にしていきます。 「牡鹿郡女川町(おしかぐんおながわちょう)」 震災までは女川町という地名も知りませんでした。 震災後始めたTwitterで知り合った支援団体「イーガ女川町を支援する会」を通じて、 現地の商工会婦人部代表者さんと繋がりました。 個人支援で自分でできることをして来ました。 宮城県には友人のてるさんもいました。 震災から1週間くらいずっとしんどくて、 あの日私は普通にお菓子食べて笑ってたのに、その瞬間に2万人以上の人が命を失った。 どうにもならない気持ちで何かできることを・・と始めた個人支援でした。 1年2ヶ月経って、やっと女川町に行けました。 そして、支援先の代表者さんとも会えました。 そして、初めて自分の目で被災地を見ました。 絶対今のうちに行かなければいけないと自分自身思っていたのです。 何枚か写真を撮りましたので掲載します。 ※(昨年5月)と記載のあるものはブロ友のたけしさん撮影です。 使用OKをもらえたので抜粋して掲載させて頂いてます。 ※たけしさんの写真と見比べて撮った訳ではないのですが、同じ様な場所を写していました。 現地では、友人のてるさんに案内をして頂きました。 車で峠を登り、さあ下ろうかという場所ですでに海が見えます。 津波前までその位置で海は見えなかったそうです。 漁港の街が全て流されているということです。 港に到着しました。 きれいな海です。 この周りの景色を見なければ爪痕は分かりません。 海に向かって左側。 ビルごとひっくり返って土台が見えています。 1F部分に流されて来た赤い車が引っかかっています。 このビルの1年前です。 (昨年5月) 1年経っても車は引っかかったまま。 海の反対(内陸)側。 (昨年5月) (今年) だいぶ瓦礫が撤去され更地に近い状態です。 ゴロンと倒れたビルはそのままです。 よく見ると山の斜面に「we♡女川」の文字が見えます。 この漁港の街並み。 (昨年5月) 今年。 緑のビル(この緑部分屋上です)以外はほとんど取り壊されてされていました。 去年はマリンパル女川跡がまだ残っていましたが、すでに取り壊されていました。 マリンパルは女川町を活気づけていたおさかなセンターです。 今は内陸の山間に縮小されて移っています。 (昨年5月) マリンパル女川の内部。 (昨年5月) 港から少し北西にある女川町役場。 (昨年5月) 今年。 取り壊しが始まっていて、近くまで行くことはできませんでした。 あの日屋上にいた人は助かったそうです。 少し高台なので4階建てビルくらいの高さと考えても全部浸かってしまうほどの波の高さです。 その後ろ・・女川駅終点。 (昨年5月) 今年。 角度が違いますが、だいたい同じ場所ではないかと思います。 だいぶ瓦礫撤去も行なわれています。 ここが駅だったなんて想像もできない。
さて、上記出のマリンパル女川。 現在は海から離れた山間の中腹で規模を縮小して再開されています。 当日はイベントもあり、かなりの賑わいでした。 鮭のアラ汁(無料)。 濃いめでしたが旨い(^-^) お腹すいてたのもあってペロリといきました。 以前の場所では16店舗で構成されていたそうですが、今は6店舗が出店しているそうです。 ここに出店している1件の乾物屋の女将さんが、 個人支援で繋がった婦人会の代表者さんでしたので会って来ました。 わざわざ広島から来てくれて・・ と、お土産をたくさん頂きました。 私がお土産を買って帰ろうと思っていたのに、逆にもらってしまうなんて・・ 少しでも被災地に協力したいのにこれはいけないわって一瞬思いましたが、 でも違うと感じました。 「同じ目線が必要なんだ」 彼女は遠くから来た私に誠意をくださった。 だから私もいっぱいその誠意を頂きました。 もちろん自分用のお土産も買いました。 彼女はこう言いました。 「津波後の店に行ったら毎日自分が着てたジャンバーが引っかかってた。涙が出た。」 「でも、前を向いて行かないとね・・」 皆がそう言い合って支え合って進んでいるんだと感じました。 ここは女川町の「希望の鐘商店街」です。 次回紹介します。 →(女川町その2) ※今回被災地の写真を提供してくださったたけしさんは、 ご自身が阪神淡路大震災を経験されています。 どうにもならない思いに突き動かされて記録されたんだろうな・・と、 その文章から伝わって来ます。 たけしさんのところには、東日本大震災のかなり詳しい記事がありますのでご紹介します。 「旅行記、鉄道、阪神大震災、軍事など 」 |



