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こんばんは 赤鼻です。
今月いっぱいで今住んでいる家を解体するので休みの度に片付けをしています。
昨日、今日は大小二つある物置のうち大きい方を片付けました。
赤鼻の住む地域は今日燃えるゴミの日でしたがウチ一軒だけで地区分くらいのゴミを出しました^^;
さて先日小さい方の物置を片付けした際に古い写真が沢山出てきました。
赤鼻の小さい頃の写真もありましたがほとんどは祖父母の写真でした。
赤鼻の祖父母は魚市場に住み込みで管理人をしており赤鼻も小さい頃は魚市場泊まったりしました。
その魚市場も一号埠頭に新しい施設が完成し、老朽化した旧建物は解体されしまいましたT-T
解体前にもう一度祖父母が住んでいた部屋を見に行きたかったですがそれも叶わぬ内に
あっという間に建物は解体されてしまいましたよ…
話は戻って、物置から出てきた古い写真の中に旧魚市場の建設当時と思われる写真があり、
このタイミングで出てきたのも何かの縁かと思い、久々にこの書庫を更新してみようと思いました。
今日の夕方の散歩時に撮った写真です。
赤信号の先にバリケードが見えますが、その向こう側に魚市場が建っていました。
もうすっかり跡形も無くなってしまいましたね。
上の現在の写真とほとんど同じ場所から撮っています。
お祭りの時の写真だと思いますが、お神輿の先にやっぱりバリケードが見え、その向こう側に
建設中の旧魚市場が見えます。
手前の道路は現在と同じようにカーブしており、端の方に当時JR泉駅から江名まで走っていた
「江名鉄道」の線路が写っています。線路を手前方向に進むと、現在は開削され眼鏡トンネルと
なっている第一小名浜トンネルがあります。
赤鼻が生まれた頃に江名鉄道は廃止となりトンネルも閉鎖されましたが、子供の頃は近道として
忍び込んだりしていましたよ^^;
なんだか懐かしい想いと共に寂しい気持ちが込み上げて来ました。
貴重な写真だと思うので赤鼻家の歴史アルバムを作って大事にしようと思います。
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いわき 昭和の面影
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いわき 昭和の面影などとかっこつけて書庫を立ち上げたものの初回きりで一向に更新できずにいました(T-T) 今日は朝から雨降りでしたが昼前から天気が回復したので近所でネタを調達してきました(^_^; 私の自宅は小名浜の高台の上にありますが、その下の海側の古港地区は昔は米野村と呼ばれ 小名浜港の発祥の地とされています。 かつてはメインストリートだったのでしょうが今ではすっかり裏通りと言った感じです。 さらにはこの通りを泉〜江名まで磐城海岸軌道なる鉄道が走っていたなどとても信じられません。 でもさすがに古い町だけあって趣のある建物も少しだけ残っています。 それがうだつのある建物です。説明するまでもありませんが、うだつとは火災の延焼を防ぐ 防火壁のようなもので、財のある家でしか建てることが出来なかったそうです。 その他にも… この通りの奥の方にもう一軒うだつのある家があり、道はやがて魚市場前へと抜けます。 道には確かに鉄道のレールが敷かれ、奥の丘の上には今もある冷泉寺というお寺が見えます。 今では私のような近隣の住人専用の生活道路となっていますが、かつてはメイン道路として人や荷物を運ぶ 荷車、汽車などで賑わっていたのでしょうね〜。
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最近赤鼻は非常に興味を持っている事があります。それは市内にわずかに残る昭和以前の痕跡です。 きっかけは普段何気なくランニングコースにしている海岸沿いのコンクリート舗装の遊歩道が以前は 小名浜〜江名を結んでいた江名鉄道の軌道跡だと知った事でした。 私が住んでいる団地の下を道路が整備される以前には閉鎖されたトンネルがあり子供のころ三崎へ通じる 近道として使っていたので鉄道の存在自体は知っていました。しかし海岸沿いの軌道跡を知った途端 猛烈な探究心に目覚め(大袈裟です)ネットなどで調べまくったのが最初です。 最近購入したいわきの昭和という写真アルバムなどで小名浜の古い街並みを見て、今そこがどうなっているか などを確かめるのも結構楽しいです。主に鉄道跡になってしまいますが、ボチボチ更新できたらと思います。 さて第一回目の今回は、かつて好間に存在した古河鉱業好間抗と綴駅(現内郷駅)とを結んでいた 古河好間炭鉱専用鉄道の遺構を紹介します。 まずは下の古写真をご覧ください。 奥に見える三本の煙突は古河好間の発電所で、手前に見えるのが専用鉄道の鉄橋です。 下がそこの場所の現在の写真です。 この鉄橋が開設当時のものでは無いにしても昔は好間のこの地を蒸気機関車が走っていたと思うと驚きです。 この橋は鉄道が廃止された後も配水管を通す橋として利用されているので今まで残ったようです。 発電所跡は今でも倉庫か工場として利用されているようです。大きな建物の方は壁が張替られていましたが、 小さな建物方は当時のままの外観のようです。 かつていわきにあった常磐炭鉱の貴重な遺構として末永く保存して頂きたいものです。 この専用鉄道跡には他にも隧道や橋梁跡がまだ現存しています。それはまた機会があれば 紹介したいと思います。
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