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インドに留学して民族楽器を学んでいた友達が、下北沢でライブをやるという。
彼は今熊本・全国ツアー・インドと各地を回るのに忙しく、東京にいる時に会わないと次にいつ会えるかわからない。
会場に着いたら、入り口すぐの客席に彼が座っていて、私が来た事に驚いていた。
彼から連絡をもらったわけではなく、mixiの書き込みを見て私は行ったのだ。
短い間ではあったが、彼は私に歌を習い、きーちゃんにギターを習っていた。
その昔私たちのライブにゲストで来てくれて、ビートルズの「ノルウェーの森」をシタールで弾いてくれたことがあったっけ。
本場仕込みのカレーを我が家で作ってくれたことも。
シタールは足で支えて演奏するので、ステージでは裸足だ。
あの頃よりかなり演奏技術も上がったし、顔も日焼けして現地で違和感のない風貌になってきた。
4年間の留学生活を終え、彼は今シタール奏者として全国を回り、インドに帰っては師匠に教わり、
現地で仕入れたものを通信販売したり、カルカッタの施設に寄付する為の募金を集めたりしている。
私は募金というものを信じていないので、募金はしないことにしている。使途が明瞭でないからだ。
ただ、彼は集めたお金を自分の手で施設に持って行き、それがどう使われたか報告するという。
彼の事は信じられる。だから彼の企画に賛同して、珍しく募金することにした。
はっきりした目標と希望を持ち、それに向かってしっかり歩いている今夜の彼はとても輝かしく見えた。
そして共演のシタール奏者がまたかっこいい!
一見冷たい感じがするが、それは確固とした意思の表れであって、
演奏中に共演者と顔を見合わせてふと笑顔を見せるところなどは、実にさわやかだ。
私は最前列に近い席で、演奏に引き込まれ彼に見とれていた。
シタールの響きは、きっと心に直接働きかけるのだろう。
演奏者の数も日本ではかなり少ない。
これから女の子にもてたいヤツは、シタールを始めるべきだ。
目をつぶって考え深げにシタールをかき鳴らせば、ほとんどの奏者は哲学的な風貌に見えるに違いない。
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