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昨夜包んでもらったサラダとお好み焼きを、ママが言った通り「冷めてもおいしいな・・・」と思いながらいただいた。
今日はまず御袖天満宮へ。ここの石段は映画「転校生」の撮影にも使われていて、54段が全部長さ5mの一本石で作られている。
54段の石段すべてに継ぎ目がないのだ。下から見上げると、確かに縦線が全く見えない。
雨に濡れて、苔の青白い模様があちこちに貼り付いている横線だけの景色は、とても荘厳でそこを登るのにためらいを覚える程だ。
ただし、一番上の55段目に一か所だけ継ぎ目が入っているという。それを確認しに行かねば。
これは広島の岡本さんに教わった時、鳥肌が立った。
それが石工の粋な所というか、遊び心というか。すべてを完璧にしない所が実に深い。
確かに最後の段には継ぎ目があった。しかも中央ではなく左よりに。
長い方の石段がほんの少し高くなっていて、継ぎ目があることを強調しているようにも見える。
さて次は、やはり岡本さんに教わった猿の墓石を探しに行こう。
御袖天満宮の近く、福善寺にそれがあるらしい。
他の寺は、かつて尾道が栄えた頃の豪商が建てたらしいが、この福善寺は一般庶民が多く眠っているとの事で
墓石の数も多いらしい。
住職に聞いてみるといいでしょう、と志賀直哉旧居の館長さんは言っていたが、時間もある事だし自分で探して見ようと思った。
墓地に行ってみると、そう思ったことを後悔するくらい多くの墓が立ち並んでいた。
まずは一番高い所までいって、そこから下に降りながら探して行こうと思ったら、一番高い所から
さらに向こう側にも墓が立ち並んでいる。
おやおや・・・と思いながらも、とりあえず端まで行って、周りを見ながら進んで少し下った所に・・・・
あった、あった!これだ!猿の形をした墓石。
高さは1m位だろうか、その猿は自分の顔よりも大きい桃を座って抱えている。
顔にも身体にも苔が斑点状に付いていて、ずいぶん古いものだという事が分かる。
墓石には何も刻まれていないので、そこにある墓の守り役なのだろうか。優しい表情をしていた。
私は旅先でもどこでも、あまり写真を撮らない。
撮る事より、見たり聞いたり感じたりする事に集中したいと思っている。
「心に焼き付けておきます」なんて言っているが、実際は帰ってから整理するのが面倒なのだ。
でも、これは撮っておこうと思った。できれば岡本さんに報告したいし。
さて、これで見たいと思っていた物は大体見る事ができた。
まだ時間は十分あるので、猿が狛犬の代わりになっている神社に行ってみよう。
昨日近くまでいったけれど、見つけることができなかったので、ちょっと悔しいではないか。
地図に従って探したけれど、やはり見つからない。
その近くの西郷寺という寺から、横にある小学校を眺めていたら、校門に紙の花で飾られた看板があって
今日が卒業式だと言う事がわかった。
その時聞こえてきたのが「いきものがかり」の”YELL”。
この曲は全国のどれだけの学校で卒業式に流れ、歌われた事だろう。
ちょっと切ないけれど、でも希望の持てるすばらしい曲だ。
聖恵ちゃんの少し憂いを帯びた、伸びのある声を聞きながら、私が大好きになった尾道の風景を眺め
しばらくそこにたたずんでいた。
小学校の前にfanfanという喫茶店があった。昨日は閉まっていた気がする。
そこに入って温まりながら、マスターと話をした。
小学校でYELLを聞いた事を「いきものがかり」のメンバーに知らせたくて、便りも書いた。
この店は大林監督の映画の撮影時に、俳優さんの控室にもなったそうで、店内にはスターの色紙が写真入りで飾ってあった。
石猿のいる神社も教えてもらったので、やっとたどり着けるぞ。
それは小学校の裏手にある小さな神社で、二体の石猿が確かに狛犬代わりに並んでいた。
屋根の上にも小さな猿の像が乗っていて、こちらはちょっとお茶目な感じ。
ああ、これで思い残すことはなくなった。
商店街の和食屋で今日の日替わり「煮込みハンバーグ」をちょっと豪勢に刺身付きにしてもらう。
和食の店なのに、このハンバーグがおいしい事。
刺身も新鮮だったし、今日も運がいい。
最後に昨日も立ち寄った喫茶「芙美子」に顔を出す。
二人とも喜んでくれて、またいろいろ話す事ができた。
ここで、後から後から買いこんでしまった絵葉書を書くことにした。
東京に帰ってから書くのは、あまり意味がないので、買った分だけ書いてしまった方がいい。
ずっと歩いて疲れていたし、もう見たい所はだいたい回ったので、電車の時間まで
ここで時間を潰す事にしよう。
飲み物を2回か3回頼んで、夕方にはラーメンまで頼んだ。
ここは喫茶だけでなく、食事もできるのだ。
他のラーメンは大きな背油がスープにたくさん浮いているが、ここのは小さくて遠慮がちに浮いているので助かった。
尾道から東京に帰る最終電車は19:00に出る。それまでには、かなり時間があると油断していたら
18:55になってしまった。あと5分しかない。あわてて挨拶して、駅まで走る。
乗り込むだけなら間に合っただろうが、コインロッカーに荷物が入れてある。
これを取り出していたら、19:00を過ぎて電車が出てしまった。
何か方法がないかと駅員さんに聞いたら、福山で5分乗換で最終東京行きに間に合うとの事。
一般的には乗り換えに7分見るそうだが、なんとか間に合わせねば。
「最終電車に乗り遅れたから、もう1泊するね」なんて、いくら図々しい私でも言えない台詞だ。
福山でも走った、走った。
でも拍子抜けするくらい、余裕で目的の電車に乗れた。
帰りの電車の中では、林芙美子の「風琴と魚の町」を読んだり、ウトウトしたりしていた。
帰ってから、大林監督の尾道を舞台にした映画を観てみよう。
申し訳ないが、眠っていた相方をたたき起して、駅まで迎えに来てもらった。
HEY!HEY!HEY!を観たり、読売新聞に掲載されたのを観て、昔の知り合いや業者から連絡があった事などの報告を受ける。
まずい、相方もこのブログを読んでいるから、「部屋を片付けるから」のくだりは、知られてしまった。
書くんじゃなかった・・・・・
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日記
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志賀直哉旧居を後にして、文学記念室へ。
ここには主に林芙美子に関する資料が置いてあった。
中では養子の「たいちゃん」に宛てた、ひらがなばかりの葉書が印象に残った。
文学記念室から少し下りた所にある、古民家を改造した茶室で抹茶と桜餅をいただく。
ここでかわいいイラストの絵葉書を見つけた。
芙美子が養子のたいちゃんに旅先から便りを出したように、私も大切な人に葉書を書こう。
仕事で訪れた旅先から便りを出すのが習慣なのだが、最近は絵葉書を見つけるのが一苦労。
手書きで便りを出す事が少なくなっている最近では、土産屋に絵葉書を置いていない事が多い。
でも尾道は違う。ここは文学と絵の町。絵になる景色に溢れて、絵葉書があちこちに置いてある。
いつもは絵葉書を見つけるのが大変だと思っているから、気に入らなくても見つけ次第買っている。
今回も駅で見つけた写真の絵葉書を迷わず買った。
これが失敗の素。ここ尾道では後から後から気に入った絵葉書がどんどん見つかる。
写真よりも絵やイラストの葉書の方が私は好きだ。
桜が咲くには少し早いけれど、海を眺めながら桜餅をいただくのは、この季節ならではで
ぜいたくな時間である。ここで何人かの友人に便りを書く。木製のちょっとでこぼこした机がいい味を出している。
こんな景色と机とおいしい抹茶と菓子があれば、名文のひとつもひねり出せる、ってなもんだ。
豊かな時間を過ごした後、商店街まで下りてきて、感じのいい和食の店を見つけたが、今日は休みとのこと。
とりあえず今日の昼食は尾道ラーメンにしておこう。
前回来た時も感じのいい女性がやっている店に入ったが、今回入った店「たに」でも
きれいなママさんがてきぱきとラーメンを作ってくれた。
ライスとおかず(今日は春巻きと唐揚げ)が付く日替わりメニューを頼む。
揚げものが2点ついているので、スープにたくさん浮いている背油は、
あまりすくわないようにしてスープを少し飲んだ。
延泊した事は決めたが、宿がまだ決まっていなかったので、海沿いにある尾道ロイヤルホテルに電話して
空室と部屋でパーソナルコンピューターが使えるか確認。両方大丈夫だったのでチェックインに向かう。
宿を出て、文学記念室で見せてもらったDVDに出てきた芙美子像を見てから、喫茶「芙美子」に向かう。
店に入ると、白に少し茶の混ざった猫が「ニャー」と鳴いて出迎えてくれる。
人懐っこい猫で、席についてからも寄って来て、しきりに話しかけてくる。
私が「ニャー」と応えると、その猫も「ニャー」と返す。
竹下夢二の絵に出てきそうな女給さんのかっこうをしたママさんといろいろな話をした。
中庭の奥には林芙美子の旧宅が公開してあり、店内には直筆原稿や写真が展示してある。
林芙美子の本が自由に読めるようになっていて、販売もしていた。
尾道での生活を描いた「風琴と魚の町」を少し読んでから、また何人かに便りを出した。
旧宅に建物維持のための募金箱が置いてあったが、私は募金というのが苦手で、
あまり現金を出した事がない。
寄付した金がどう使われるか不明だというのが、主な原因だ。
でも喫茶「芙美子」のママさんとご主人は信頼できると思ったので、寄付という形ではなく
飲み物を追加して売り上げに貢献する事と、4冊ほどの書籍と店のオリジナル・スプーンを買う事で
協力できればと思った。
現金を寄付するより、自分に必要なものを買う方が抵抗がない。
これで帰りの新幹線での読み物は、ますます困らなくなった。
宿に向かう途中写真屋の入口のガラス戸の向こうに、ヨークシャテリアがちょこんと座っているのを発見。
少し首をかしげてこっちを見ている。この店の看板娘ならぬ、看板犬なのだろう。
飼い主と周りの人に可愛がられているのが、容易に想像できた。
宿に戻って少し休憩し、メールなどを確認してから、夕飯に出かける。
写真屋の横にあった和食屋も捨てがたかったけれど、もう少し庶民的な居酒屋「ままかり屋II」に入った。
ここにも感じのいいママさんと若い娘さんがいらして、尾道の事をいろいろ聞く事ができた。
元々は岡山の方だそうで、メニューにもままかりが出ていた。今日は残念ながら入荷していなかったが
他の物もみなおいしかった。
広島風お好み焼きがあまりに大きかったので、さすがに食べきれず包んでもらった。
サラダも半分残してしまったので、これも包んでもらったが、
熱いものと冷たいものを別々の袋に分けてくれる所が嬉しい。
宿で少し休んでおいしいものを食べたので、また元気になって
昔遊郭があったという辺りに行ってみた。
小さなスナックが所狭しと立ち並んでいて、店内から調子っぱずれで歌うオヤジの声が聞こえてきた。
街並みを眺めて帰る予定だったが、「JazzとShellの店」という看板に惹かれて「ロダン」という店に入ってみた。
落ち着いたカウンターがあるバーだったが、奥が広くなっていて昔はJazzのライブもやっていたそうだ。
めがねの優しそうなマスターと、これまた美人の奥さん。45年ここで店をやっているという。
45年も店を維持するってすごい!
店内にはマスターが収集した貝殻やカニ・サメなどのはく製、蓄音器・ブリキのおもちゃ類が展示してある。
100円入れると音楽とセリフが出てくるあやつり人形は、四つのボタンを押すとそれぞれ両足、タンバリン、シンバルが鳴るしくみになっていた。
私が入って来た時は誰もいなかったけれど、カウンターがいっぱいになってきたので宿に帰る事にした。
いやぁ、尾道の初日は盛りだくさんだったなぁ。
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尾道を夜19:00くらに出ると、その日のうちに家に帰れる事は、事前に調べてあった。
小雨の降る尾道の石畳を歩いている時に、いやいやこれじゃあ19:00までに行きたい所すべてを回るのは無理、という判断をして
ええい、もう1泊してしまえ!と心に決めた。
相方に「ごめん、もう1泊していい?帰ったらちゃんと部屋の片付けするから・・・」とメールを打っていた所、
その相方から電話が。
おずおずと「あのね、もう1泊してもいい・・・・?」と聞くと
「ああ、いいよぉ」
と拍子抜けするくらい、あっさり了解されてしまった。
しめしめ、これで「帰ったら部屋の片付けするから」という交換条件は満たさなくて済む。
昨夜泊まったホテルは「尾道ビュウホテルセイザン」。名前の通り眺めがいい。
着いたのは24:00近かったので部屋のカーテンを開けた時の夜景を見て、1人で「おおおおおお!」と盛り上がってしまった。
観光はまず駅から歩いて回る事にした。古寺が立ち並ぶ小道をただひたすら歩く。
寺巡りが趣味ではないので、ほとんど寺には立ち寄らずに、景色を眺めながら歩く。
途中火事の焼け跡を見つけた。
つい最近火事が起こったようで、まだ少し焦げ臭いにおいが漂っている。
玄関に花や菓子が供えてあって、どなたかが亡くなったようだ。
この狭い石段では、消防車が上って来れないし、消火活動が難しそうだ。
後から土地の人に伺ったが、離婚したお母さんが4歳の息子さんを寝かしつけてから
玄関にカギをかけて出かけた後、火事が起こったという。
その坊やは玄関までたどり着いたけれど、カギを自分であけられずに焼死してしまったそうだ。
つい先日起こった事らしい。やりきれない話だ。
私たち観光客は、この小路や石段は風情があっていい、なんて呑気な事を言えるが
ここに生活している人は、様々は不便をかかえているのだろう。
水洗便所が増えたけれど、まだ汲み取り式の家も多く、長いホースをつないで区域ごとにバキュームカーが
回ってくるらしい。
ゴミ収集も、車が入れない所は収集係の人が天秤棒を担いで車まで降ろす等々。
火事現場の玄関で手を合わせて、歩を進める。
最初の立ち寄り場所は、志賀直哉旧居。
この文豪が「暗夜行路」などを執筆した部屋が、そのまま残されている。
今日は連休明けで来館者もそれほど多くないので、館長さんが丁寧に説明して下さった。
「暗夜行路」の中から2種類の朗読テープを流していただき、まさにそれを執筆した部屋で聴く、という贅沢を味わう。
志賀直哉は父親との確執からのがれ、知人に勧められた尾道を訪れ
そこで出会った少年と二人のばあさんが親切だったし、景色の良さが気に入って
三軒長屋の一軒を借りることになる。
金持ちのおぼっちゃまだった直哉が、壁に空いた穴に新聞を突っ込んで寒さをしのぐという貧乏生活を耐えたそうな。
庭先には館長さんが枝に刺したみかんに、つがいのメジロが寄って来ていた。
もう1週間もすると、山に帰ってしまう時期だと教わった。
ちょうどいいタイミングで彼らに会えた事に感謝。
昨日広島のボランティアガイドをしている岡本さんから伺った事を、この館長さんに訪ねてみた。
昨夜と今朝のタクシー運転手に聞いたが知らなかった。
猿の形をした墓石があるというのだ、それがどの寺にあるかは、岡本さんも知らなかった。
館長さんも知らなかったが、観光協会に電話で問い合わせてくれた。
それは山王神社にあって、ここの御使いは狛犬ではなく猿なので、石猿がお社を守っているとのこと。
墓石、というのは岡本さんの勘違いのようだ。
と思っていたら、観光協会からまた電話が。
いや、福善寺に桃を抱いた猿の墓石があるという訂正が入った。
やっぱり岡本さんは正しかった。
館長さんは、自分が知らなかった事が解明されて、とても嬉しそうだった。
「連休中だったら、観光協会も忙しくてそんなに丁寧に調べてくれないですよ」と明るい声で私に告げる。
やはり私は、いいタイミングでここに来たようだ。
げ、最初の志賀直哉でこんなに書いてしまった。
では続きはまた明日に。
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今日は平成ノブシコブシの吉村崇さんが超能力者の役で主演されている「少年X」という芝居の初日だった。 |
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横浜の相鉄本多劇場で以前芝居のワークショップを受講した。 |





