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初日が終わった。
今はああしたかった、こうしたかったという悔しさでいっぱいだ。
大きなミスはなかったけど、第五幕の台詞のやりとりがちぐはぐになった。
打ち上げ会場で中村譲さんと二人、録音した音源を聞きながら、何が原因でそうなったか探った。
誰が原因ということではない、それぞれが前の人のきっかけで台詞を覚えているから、
それが一つでも狂うとグダグダになるのだ。
語り部の役割を持っている譲さんは、他の人の台詞もほとんど覚えいるから、何とか先に進ませようと道筋を作る。
その場にいる私を含めた他の5人も脳を最大限に回転させて、台詞でつなごうとする。
でも譲さんが先に進ませようとしているのに、思い出した台詞をはさんで後戻りしたりする。
みんなその場を何とかしようと必死なのだ。で、結果3歩進んでは2歩下がったりしていた。
きっとお客さんは私たちがすごい冷や汗をかきながら全員が必至で探り合いをしていたことに気付いていないと思う。
そんなに大きなダメージなしに筋は進んで行ったから。
そこに譲さん始め、出演者のプロ根性を私は見た。
今日は初日。幕が開く前に様々なアクシデントがあった。
誰かの衣装がない、靴がない。ここで着替えることなんか聞いてなかった。
舞台監督の城田さんは、本格的な芝居を手掛けるのが初めてだという。
彼の努力や苦労は計り知れないが、時間が間に合わなくて結局ゲネプロができなかった。
私たち役者は、幕間の段取りや音響・照明のきっかけなどが不完全なままなので
何が起こっても冷静に対応しなければ、という心構えで幕が開くのを待った。
不安を抱えたままステージに立った人もいた。
私には根拠のない自信があって、何が起こっても絶対乗り切るぞという意地がある。
その技術が完璧な訳ではないが意地だけはきっと誰にも負けない。
乗り切らなければ4,000円・4,500円を払い、2時間(会場までの往復を入れるともっと)という時間を拘束したお客さんに申し訳ないではないか。
学芸会ではないのだから。
準備不足は、きっと何か違う方法で補えたのではないかと思う。
城田さんを始め、これは誰が悪いということではないと思う。ちょっとした意識で改善できる事なのではないだろうか。
今日できなかったところは明日確認して、明日こそゲネプロをしっかりやろうと言われ私は唖然とした。
今日の失敗は、今日のうちに解決しなければ、明日出来る訳ないではないか。
譲さんも同じ気持ちだったと思う。だからこそ録音音源と台本を突き合わせて、飲み屋で確認作業をした。
どこから歯車が狂ったか解明しなければ、ホテルに帰ってぐっすり眠ることはできない。
二人で片方の耳に一つずつイヤホンを入れて、真剣に聞いている光景は、はたから見るとまるで恋人同士だ。
今それに気づいたけれど、その時はそんな意識を持つ余裕がなかった。
そんな二枚目俳優と接近できる機会などないのだから、もっとその気持ちを味わっておけばよかった。
そのあとも譲さんといろいろな話をした。結果、彼は薄っぺらな二枚目ではない事が判明した。
田舎から東京に出てくる時に、何とか女の子にもてたくて、ポパイを必死で読んだというエピソードには笑ってしまったが。
グダグダになったきっかけが判明したので、今はすごくすっきりしている。
いつも練習風景を録音していて、自分の反省の為に聞いていたが、それがこんなに役立つなんて
本番も録音しておいて本当によかった。
しかも全員の声がとてもきれいにはっきり撮れていて、ニュアンスまでがよくわかる。
これからホテルに帰って全体を聞いてみよう。いろいろ見えてくる事があるかもしれない。
さて、私の今日一日を改めて振り返ってみよう。
3:00頃目覚めてしまったことは、ひとつ前の日記に書いた。
あれからホテルに戻ってシャワーを浴びて出かけるで準備。
梅田駅近く、仕事にでかける会社員の波の中に混じって、あまり着なれてない感じの和服を着て大きなキャリーバックを持ったおばさんが歩いて行く光景は、ちょっと奇異に映ったに違いない。
9:55頃会場に着いて、大きな荷物を預ける。城田さん始め、スタッフはもう大道具の準備などを始めていた。
1階はパチンコ屋なので、エレベーター前には開店を待つ人が、階段にずらっと並んでいた。
この光景を見ると、朝からきちんと並んで開店を待つ熱意があれば、他の仕事をした方が効率がいいのではといつも思う。
10:05くらいに昨日見つけておいた美容院に到着。予約もしないでいきなり和装に合う髪型にして下さいと言われ、美容師さんも戸惑っていた。
10:30くらいに予約が入っているらしく、最初はどうしようか迷っていたようだが、私はここに断られると途方に暮れる。
私の強引さにあきらめたのか、ベテランの美容師さんはスタイルブックをぱらぱらやって、「こんな感じでいいですか?」と言ってくれた。
「ええ、簡単でいいのでお願いします」と拝むように答える私。
そして30分ほどで、私の頭は着物向きのアップにみるみる変わっていった。
ここでてきぱきと顧客の要望に応えるプロの腕をしっかり見せてもらった。
最初から和服を着て行ったので、出来上がって行くにつれ、私の気持ちも料亭の女将風に近づいて行く。
会計を済ませ、外に出て私が角を曲がるまで見送ってくれた、そのベテラン美容師さんに私もしとやかに会釈をして応えた。
集合時間の11:00までには、まだ少し時間があったので、お初天神にお参りした。
近松門左衛門さんにお願いすれば、きっと芝居はうまくいくに違いない。
またしても私の根拠のない楽観主義が顔を出す。
このお初天神は、以前大阪に少しだけ住んだ時によく来ていた、思い出の場所だ。
その時真剣に友達と話をしたベンチが、まだ残っていた。その石の冷たさは、今でもよく覚えている。
この近くで芝居をやる事になるなんて、その時は全く想像もできなかったが。
会場に到着すると、出演者は殆ど揃っていた。
かわらさんが衣装を取りに家に戻るというので、当日まであまり練習に参加できなかった平成ノブシコブシを交えて
軽く流しておこうと提案した。
もし私が彼らだったら、一分でもいいから稽古に参加したいと思うだろう。
結論を言うと彼らのプロ意識にびっくりさせられた。全くあせった様に見えなかった彼ら。
蓋を開けてみたら、本番で台詞はほとんど完璧に入っていたし、台本にない事まで言って笑いを取る余裕まである。
心配した私が馬鹿みたいだ。
私はと言えば、大きなダメージはなかったけど、小さな台詞の言い間違いがあった。
早変わりは、ヘアメイクの岩崎さんに助けられて、何とか間に合った。
それでも2回目の着かえの時はタイミングがギリギリで、携帯電話を帯に押し込みながらステージに戻った。
明日はもう少し余裕を持ちたい。
リハーサルで忘れそうになったぞうりも、岩崎さんの一言できちんと履いてでることができた。
ここでもプロの仕事を見せてもらった。私はメイクにほとんど興味がなくてヘタくそなので
一から岩崎さんに顔を作ってもらった。
最初はベースだけ頼もうと思っていたが、手が空いているというの最後までお任せして甘える事にした。
適度なしわを入れてくれて、根性の悪そうなおばさんが見事に出来上がった。
かわらさん、さやかさん、そしてきーちゃんにまで指摘された、引き金を引くシーンは
自分としてはかなり時間をかけて、もったいぶってから拳銃をこめかみに持って行ったつもりだが、
これから帰って録音を聞くと、きっと自分が思っているものより、はるかにあっさりしているに違いない。
明日はもっとねばってやろう。
また、今日になって台詞の変更があった。私が引き金を引く直前に家族に電話をかけるのだが
そこが丸々カットされた。今日になっての変更なので、電話をかける時に音効さんとのタイミングが合わずにちぐはぐになってしまった。
なんとかごまかしたけど、明日はきっちり打ち合わせしておこう。
途中泣くシーンでは、かわらさんの指示通り芝居くさく「え〜〜〜〜ん」と泣けていたように思う。
その場面では気持ちが高ぶって、意図しなかったけれど本物の涙が出てきたのには自分でも驚いた。
もう一ヵ所リットン調査団の水野さんの迫真の演技に引き込まれて、ぽろっと涙が出た場面があった。
いずれもお客さんは確認できないと思うので、あまり意味はないかもしれないが。
さあ、明日は二日目。初日の失敗の繰り返しは許されない。
周りのプロフエッショナルなメンバーに触発されて厳しい気持ちで臨むつもりだが、
ある程度のアクシデントを期待してしまう、悪趣味な私がいたりもする。
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