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新宿末廣亭の楽屋の扉を開けて、すぐに目に入るのが大きな火鉢だ。
炭を入れてきちんと使われている現役の火鉢。その歴史は古く、三遊亭円生もこの火鉢で暖を取ったという。
それを教えて下さった、「くれない組」の紅じゅんこさんとお話しながら、私は火箸で掻くのももったいないような気持で、ずっと灰をいじっていた。そうしているだけでありがたい心持ちになるってもんだ。
部屋の隅には昨年の色褪せた根多帳と今年に入ってからの真っ白な根多帳が並んでつるしてあった。
私は長時間の正座が得意ではないけれど、がんばって正座してそれを見せていただいた。
私の大好きな柳家権太楼師匠は最近「ジャンバラヤ」という噺をよくかけておられるようだ。新作だろうが、どんな噺なのだろう。
その日の前座さんが記入する事になっているこの根多帳、達筆なものもあれば、小学生が書いたのではないかという字もあった。
最近私は絵葉書や年賀状を筆ペンで書いているが、改めてきちんと習字をやりたくなった。
「小学生のような字」もひとごとではない。自分が書いた字を見るたび、ああもっとうまくなりたいなと思う。
当日私たちは仕事が2本入っていた。
末廣亭の「ボーイズバラエティ大会」への出演と、上北沢「岡さんの家TOMO」でのステージと歌声喫茶大会。
まず9:30マーマレードに志茂さんを迎えに行き、上北沢に向かう。
志茂さんと荷物を下ろして新宿へ。末廣亭での出番が終わって上北沢へ。
ステージと歌声喫茶をこなしてから末廣亭に戻る。
最後の末廣亭は当日思いついたのだが、声をかけて下さった東京ボーイズの仲八郎さんにお礼の挨拶をしたかったのと、夜の部最後の何組かが観れるからだ。
私はその後バックギャモンの例会に行ったので、かなり詰まった時間割になる。
11:00頃つまり開場の一時間前に末廣亭に着いたら、雨の中すでにお客さんが並んでらしたのにはびっくり。
ボーイズバラエティ大会は、それほど人気があるのだ。
荷物を運びこんで、協会の皆さんに挨拶。音響担当の方や前座さんと打ち合わせをして、経理の紅じゅんこさんとチケットやギャランティの清算。
灘康次とモダンカンカンのベース川田さんがいろいろ仕切っていらしたが、次の現場がある為あわただしく前座さんに指示して楽屋を後にされた。
と思ったら紙袋を二つ持って戻って来て「入口でお客さんに渡されちゃって・・・」とぼやきながら出演者に渡してらした。
じゅんこさんが私に「ごめんなさいね、川田さんにジキジキさんの携帯番号教えちゃって」と言ったら
「大丈夫。高田馬場駅に『この人下ネタ大好きです』と張り出して来たから」と川田さん
「あ、だから朝から私の携帯鳴りっぱなしなんだ、変な電話ばっかり・・・」と負けずに返す私。
川田さんは、いろいろ仕切ると共に協会のムードメイカーでもあるようで、出演者をいじったりボケたりと忙しい。
さてトップバッターの弱つよむさんが板付きで高座の中央に立たれ、じゅんこさんの開演のアナウンスと共に緞帳が上がる。
緞帳の上げ下げを見ると、どうしていつもこう胸が高鳴るのだろう。
大須演芸場でオオトリを勤め、下りてくる緞帳の後ろでおデコを舞台にすりつけながら涙が出そうになった事も、ついこの間のように思える。
さて、今日は初めて末廣亭の袖から見る緞帳が上がった。客席を見ると1階はもちろん、2階にもお客さんがいっぱいで、ほぼ満席の状態だ。
早くから並ぶお客さんがいらしたのも、これで納得だ。
これが憧れの末廣亭舞台袖からの眺めなのだ。私の身体は高揚感に包まれ、熱いものがこみ上げてきた。いよいよボーイズバラエティ大会が始まる。
着替えと化粧をすませ、再び袖からステージを観る。2番手はジャグリングのストレート松浦。何度も観ているけど、彼の高座は実にスマートでダイナミックで楽しい。ジキジキのゲストに迎えて共演したい芸人さんの有力候補だ。
12:40 彼の出番が終わり、いよいよ「めおと楽団ジキジキ」の出番になった。
高座に出て客席全体を眺めると、立ち見まで出ている事がわかった。その拍手の暖かさに思わずウルウルしてしまう。私たちに手を振るお客さんまで。
以前着物の事でお世話になった「うめももさくら」の千葉さんが6名という団体でいらして下さったのは本当にありがたい、ノルマの5枚が無事にさばけた。
また、2階席に友人の顔を見つけてびっくり。出番を終える時、彼に向けて大きく手を振った。
持ち時間は20分なので、大須演芸場でよくやるサイズだ。
でもお客さんの反応が全く違う。ボーイズバラエティ大会という事もあり、音楽とお笑いが好きな方が多いのだ。曲の途中で手拍子が始まるタイミングも早いし、そのリズム感たるやコンサート会場のようだ。
自分から楽しもうと積極的に参加されるお客さんが多い。またそう言う時のジキジキのはじけ方は半端ではない。私たちの直後に渋い噺家さんが登場する訳ではないので、思いっきり会場をかき回してもあまり迷惑はかからないと踏んでいたし。
後半にいつもやるピアニカの「でこ弾き」にもいい反応が返ってきた。末廣亭は客席に降りられないので、いつもの「ご利益」ができないのが残念だったが、それがなくても十分盛り上がった。
でもあの場で一番楽しんでいたのは、私自身だったのではなかっただろうか。
幸せの余韻にひたっている場合ではない。ステージ裏で荷物をまとめて車に積み込み、すぐに上北沢に向かわねば。
皆さんに急いで挨拶して、ばたばたと末廣亭を後にした。
13:40頃上北沢に到着。
全く違う内容の仕事だったが、これも実に心が暖かくなる現場だった。
築60年だったか、普通の民家をイベントスペースとして利用している。
家庭によくあるテーブルやこたつにあたりながら、紙芝居・腹話術・物まねショー・バイオリン漫談などを楽しんだあと、ジキジキが登場、演奏後に歌声喫茶大会でみんなと歌う。
以前住んでいた方の使用された電子オルガン・アップライトピアノなどがそのまま残されている。
出番が終わってから、私はきれいに装飾の施された足踏みオルガンを弾かせてもらった。
管理されている方が「オルガンも喜んでます」と言っておられた。私は大木こだまのように「そんな訳あるかいな」と言いたくなるのをぐっとこらえたが
当時はこのオルガンの伴奏できっと賛美歌を歌ったりしていたのだろう。私もオルガンが喜ぶように気持ちを込めて弾いてみた。
手作りケーキや紅茶をいただきながら、主催者・出演者の皆さんとしばし歓談。
マーマレードの「歌声喫茶」にはレギュラーでゲスト出演して下さる「ジュリーさまだ」さんが、
私たちが笑点に出た日のTVガイドを持って来て下さった。赤丸のついている欄を見ると
5.30 笑点 「デコ弾き」 ジキジキほか
になっている。番組のタイトル・内容が「デコ弾き」って・・・・
まだまだ話したい事はたくさんあったが、末廣亭に戻る事にしたので、後ろ髪を引かれながらお礼を言って「岡さんの家」を後にする。
18:30末廣亭の楽屋に戻ると、昼にお会いしたメンバーやスタッフの方がびっくりされていた。
ちょうど東京ボーイズの出番で、お二人の息の合った楽しいステージ、袖でじっくり観る事ができた。
さらに灘康次とモダンカンカン、玉川カルテットといった関東2大ボーイズの大先輩の高座
そして大好きなチャーリーパンカニーの安定した芸も観る事ができた。
大阪繁昌亭に出た時も思ったが、ボーイズバラエティ協会も楽屋が実ににぎやかで面白い。
これを中継して全国の演芸ファンにお見せしたいくらいだ。もしかして高座より受けるかもしれない。
上下関係の厳しい落語の世界と違って、ボーイズバラエティ協会の皆さんは、本当に仲がいいように私には見えた。
バラクーダの皆さんとチャーリーカンパニーの日高てんさんが「シナの夜」の春歌風替え歌の歌詞を思い出して確認してらしたり。
チャ−リーカンパニーは演芸の仕事を始める前から大好きで、初めて仕事でご一緒した時は、本当に嬉しかった。
それを覚えていて下さったのも嬉しかったし、優しく話しかけていただいて感激した。
今日は警察官と工務店の作業員のコント、私の一番好きなネタだ。私は勝手にこれを「ことなかれ主義」と呼んでいる。
前回聞いた時は気付かなかったが「天童よしみと今度の休み」のネタはうまい!と思った。
字で読むと全く違うけど、声に出して何度も言ってみると、その面白さが後から湧いてくる。
チャーリーカンパニーのすごさは、一見堂々めぐりのように思える会話も、
20分という持ち時間の中で勢いが弱まる事なく、随所に笑いどころがちりばめられている所だ。
そうそう、20分といえば、トリの灘康次とモダンカンカン・玉川カルテットはそれぞれ30分だが、それ以外は全組持ち時間が20分という事にも驚いた。
大先輩のくれない組・バラクーダ・チャーリーカンパニーも20分だが、私達のようなド新人も20分、ありがたい事だ。
20:40最後に玉川カルテットのみなさんの演奏が終わり、出口でお客さんをお見送りした。
知った顔と久しぶりに会ってびっくり。ジキジキ目当てでいらしたとういう。という事は9時間ぶっ続け?
すごい・・・・
他にもご兄弟(80歳くらいのお兄さんと妹さん)から握手を求められて、「がんばってね」と声をかけていただいた。こういう時はまさに芸人冥利に尽きる瞬間だ。
これで私の憧れだった末廣亭への出演が終わった。
私が想像していたものよりはるかに大きな収穫があったし、協会の皆さんもお客さんも本当に暖かかった。
ジキジキは今年笑点へ2度目の出演を果たし、さらに他のテレビ番組への出演依頼も来ている。
こんな事がいつまでも続くと思ってはいけない。ネタを増やして芸に磨きをかけなければ、あっという間におっこちてしまう。
あのお客さんからの拍手と笑顔をずっともらいたいのだったら、いつも上を目指すことだ。
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