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熱闘甲子園

8月16日 大会11日目 第3・4試合

残念!後一歩、能代商

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いつもながら、遅れ気味ですが、8月16日に甲子園まで、高校野球を見にいってきました。
昨年に続いて、結構恒例行事になってきました。
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当日は、第4試合の智弁和歌山VS日大三高を見たかったので、お昼過ぎに球場に着きました。
 
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夏休み+企業の休みも重なったと思われますが、球場は超満員。まさに「満員札止め」状態
 
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第三試合の如水館(広島)VS能代商(秋田)は、今大会屈指の名勝負
ちょうど、いい試合で感動させてもらいました。
2度のバックホームのタッチアウト!ほんまに寒イボたちました
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▲写真は、延長まさに決勝点の場面。
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第93回全国高校野球選手権大会は16日、3回戦が行われ、如水館(広島)が能代商(秋田)に延長サヨナラで勝利し、ベスト8入りを決めた。
 如水館は初回に先制を許したが、2回に北野のタイムリーで同点に追い付き、その後は両者譲らず延長戦に突入した。延長12回に悪送球で1点を勝ち越されたが、その裏に反撃。1死一、三塁から島崎のファーストゴロの間に同点に追いつくと、2死一、三塁から木村がレフト前にタイムリーを放って試合を決めた。

 以下は迫田監督のコメント。
「3試合ともすごい観衆の中でできてそれを喜んでいます。今勝ったかどうかも分からないくらいですね。それくらい良い戦いをしてくれた。ミスはすごくあったんですが、最終的に勝てばいい、としないとしょうがないですね。
 (足を使った攻撃でプレッシャーをかけたのでは?)どうなんですかね、だったら(9回サヨナラ勝ちのチャンスで二塁にいた安原が)センターオーバーでかえってこないといけないですよね。一番足のある奴ですから。あれハーフにいてくれたら簡単に勝っていたんですが。
 (浜田投手について)甲子園に来てすごいですね。本当に喜んでいますし、良くなったと思っています。
(3試合連続の延長戦を制した)今日は後攻でしたから、多少前の試合より違った感じはありました。
(準々決勝まで間が空かないが)そんなことは全然関係ないです。一生懸命できるかどうかだけですね」
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うーーん、決着がつくのはもったいないような・・・・
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両チームには、惜しみない拍手が。私も精一杯の拍手を・・
 
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▲そして、この日目当ての、日大三(西東京)VS智弁和歌山(和歌山)
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▲以降は、試合に熱中してしまい、途中の写真はありません。
 
智弁和歌山がどこまで、やれるか?という感じで、スタンドも結構、智弁和歌山を応援ムード
しかし、思った以上に、日大三高打線は、すごかった。
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▲ゲームセットです。
点数は、6対4でしたが、日大三高の各打者の打球は、ほんまにすごかった。
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第93回全国高校野球選手権・第11日(16日、甲子園)じわじわと追い上げ、七回にはついに1点差に。しかし、智弁和歌山の反撃もここまでだった。「前半で決まってしまった感じですね」と高嶋監督。二回までに背負った5点のビハインドが、最後まで重くのしかかった。

 一回、日大三の強力打線が先発青木に襲いかかった。中軸に連続適時打を浴び、失策も絡んで3失点。二回にも2点を失った。青木には、直球で押して好投した昨年5月の練習試合の記憶が頭にあったという。「力で抑えてやろうと。それが逆効果だった」。三回以降は立ち直っただけに、立ち上がりの乱調が悔やまれた。

 高嶋監督は現チームを「史上最弱」と酷評してきた。主将の中村は「スタッフの求めるレベルが高すぎて、野球がいやになった。苦しかった」と打ち明ける。だが、ナインは苦悩を乗り越えて5季連続の甲子園出場を勝ち取り、優勝候補の日大三に冷や汗をかかせるまでに成長した。

 中村は言う。「今までやってきたことは間違っていなかった。このチームで主将をやってよかった」。胸を張って甲子園を後にした。(細井伸彦)
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▲今年も夏のいい思い出が出来ました。
 
PS

日大三高、本日の全国制覇おめでとうございます。

勝ち進むごとに、強力打線の威力発揮。
間近で見た迫力は、ほんまもんでした。

大阪いろいろ

大阪周遊の旅

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5月7日(土)、大阪市営地下鉄が600円で乗り放題になっていることを利用して、大阪周遊の旅をしてきました。
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▲まずは、三越伊勢丹の入った梅田のビルからの風景です。
ノースゲートビルディングに位置する伊勢丹と三越のコラボレーション!
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▲まだこちらは開発中のようです。
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▲「天空の農園」というのもありました。長い階段を上ってやっと到着です。
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▲これからどうなっていくのか楽しみです。

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▲▼続いて向かったのは、「大阪歴史博物館」と「NHK大阪」
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▲今回は、時間もあまりなく歴史博物館の見学はあきらめNHKの9階に行きました。
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▲そこで見たのはNHKアーカイブス「泉州岸和田だんじり祭り」の映像でした。(新日本紀行)
 
何度みても楽しい番組です。

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▲そこから次に向かったのは大阪城。天守閣には上らず、雰囲気を楽しみました。
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▲大阪城と上田城の友好城郭提携の記念碑だそうです。
2005年(平成17年)10月10日、大阪市の關淳一市長と上田市の母袋創一市長が、大阪城天守閣二階会議室で提携書に調印した[2][3]。
上田城と大阪城は、結果こそ異なるものの共に徳川の大軍により2度の攻撃を受け、上田城では真田昌幸が、大坂城では真田幸村(昌幸の次子信繁)が守城戦で功績があるつながりから、友好提携された。  
   Wikipediaより
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▲何度見てもいい風景ですね。
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▲ちょうど大河ドラマ「江」では、秀吉の出世物語が続いています。
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▲続いて、お城周辺でこんな説明文を発見。『いくたまさん』についてです。

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▲というわけで続いて向かったのは、「生國魂神社」です。
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▲今年の摂河泉の神賑でも特集が組まれ気になる場所でした。
↑詳細は六覺千手さんのブログをご覧ください。
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▲ちょうど夕方の5時頃で神社の方も片付けにかかっていました。このようないろいろな境内社があります。
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▲今回初めて行かせていただきましたが、結構にぎやかなところにありました。

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▲そしてもう一箇所、遅くにおまいりしたのが、西区北堀江にある『土佐稲荷神社』
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創建の由緒は不詳であるが、長堀川畔の土佐藩蔵屋敷に古くから鎮座していた。天正年間の創建とも、明和7年に伏見稲荷を勧請したものとも伝わる。享保2年(1717年)、藩主山内豊隆が社殿を造営して蔵屋敷の鎮守社とし、一般の参拝を許した。以来、山内家は参勤交代で大坂を通る際には必ず当社に参拝し、社殿の修繕は藩費で行われた。
1868年のフランス兵殺傷事件の折、明治政府がフランス公使ロッシュの要求を容れて20名が切腹することになり、29名の者が、この神社で、籤を引いて決め、翌日堺の妙国寺へ護送されたという(堺事件)。
明治初年、土佐藩蔵屋敷とともに当社は岩崎弥太郎に譲り渡された。岩崎弥太郎は当地で事業を営み、三菱の発祥の地となる。岩崎弥太郎は社殿の造替を行い、郷社に列格した。  Wikipediaより
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▲昨年の大河ドラマ、龍馬伝。土佐藩ゆかりの神社のようです。
 
ということで、ぶらり大阪の旅でした。しかしまだまだ見たいところは、たくさんあり、大阪市にも興味を持ちました
 

日本はいいです。

さ〜くら、さ〜くら

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この前の日曜日(4月10日)、桜の花の観賞にいってきました。
昨年は、大仙公園まで行きましたが、今年はそれほど有名な場所ではありませんが、十分、季節感を感じることが出来、あらためて日本はいいなあと感じました。
↑昨年の記事はこちらから
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さくら さくら
やよいの空は
見わたす限り
かすみか雲か
匂いぞ出ずる
いざや いざや
見にゆかん                                   ウィキペディアより
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さくら さくら
野山も里も
見わたす限り
かすみか雲か
朝日ににおう
さくら さくら
花ざかり                                     ウィキペディアより
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散歩道に咲き誇る桜、とても綺麗で心も和みました。
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コンパクトデジカメで撮りましたが、まあまあうまく撮れました。
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今朝もこの散歩道を歩きましたが、相当の花びらが散ってしまったような
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皆さんはお花見いかれましたか?
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最後はすみません。またまたAKB48で・・・・・

恒例の新春の風景

ある日の大阪の風景

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ごっつい久々の更新となってしまいました。
 
と言いますのもパソコンが、動かなくなってしまいやむなく初期化することとなりました。
 
ある程度のデータは、別保存していたのですが、かなりのデータは消えてしまうはめになりました。
 
せっかく編集し終えた動画『2010年大津の祭り』も再度編集しなおします。
 
ということで、なんとか復活したパソコンでの更新第1弾は、今年も昨年に続いて行ってきました「えべっさん」です。
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まずは、昨年同様、大国町駅からすぐの"敷津松之宮”『大国主神社』に行きました。
「えべっさん」と「だいこくさん」二つ参って・・・・・とのメッセージも
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続きましては、▼おなじみ今宮戎神社です。
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この日は、1月10日 いわゆる 本えびすの日です。時間帯が早かったせいか、昨年よりもすいていたような気がします。
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それでも本殿前には行けませんでした。お賽銭を相当遠くから投げている人もいて結構危険な状態ではあります。
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雰囲気を味わえたことで満足し、今宮戎神社を後にしました。
 
今宮戎神社(いまみやえびすじんじゃ)は、大阪市浪速区にある神社。商売繁盛の神様「えべっさん」として知られ、毎年1月9日から11日にかけて十日戎(とおかえびす)が開催される。

十日戎(えびす)
1月9日 - 1月11日:十日えびす
9日:宵宮祭(宵えびす)、10日:大祭(本えびす)、11日:後宴(残り福)
江戸時代中期から、天下の台所と称された商業都市の大坂(現在の大阪)の今宮戎神社によって、十日戎が盛んになっていったとされる。延宝三年(1675年)の大坂案内「葦分舟」に、当社の十日戎が描かれている。

ウィキペディアより
続いて、向かったのはこの日のもうひとつのめあてだった新世界。
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残念ながら画像はありませんが、行列に並ぶこと40分(寒さを我慢しました
おなじみの 『串かつ だるま 』 さんでおいしい串かつを いただきました。
 
 
パソコンは、6年前のきれいな状態に戻ってしまいましたがまた一からのスタートです。。
 
『2010年大津の祭り』 再度 動画 編集がんばります。

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師走の京都の風景

京都神社・お寺めぐり ご利益ありますように

松尾大社・鈴虫寺・月読神社・北野天満宮・東寺

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▲松尾大社の入り口。まだ、色づいた葉が少し残っています。
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日本一のお酒の神様。
たくさんの酒樽が積まれています。
 
 
 
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▲続いて行ったのは、以前にも紹介したことのある鈴虫寺。今日も草鞋を履いたお地蔵様にしっかりお願いをしてきました。
以前書いた記事はこちらです。
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▲鈴虫寺もまだ紅葉が残っていました。
しかし今日もすごい行列。私が今まで行った中では、最高の長さでしょうか?100Mくらいはあったかと(汗)
お住職さんの話を聞けるまで約1時間は待ちました(^0^)
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▲続いて月読神社の印象的な真っ赤な鳥居。ここにも紅葉が。
鳥居の色と紅葉が見事にマッチングしています。
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もう一回戻って松尾大社と山の風景。今日は、すべてコンパクトデジカメですが、綺麗な風景です。
 
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▲続いて学問の神様、北野天満宮へ。もうすっかりお正月の準備もできています。
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たいやきやたこやきのお店も少しですがでていました。
 
どこかの修学旅行生らしき中学生も来てました。
 
 
 
 
 
 
 
 
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菅原道真公のご母堂をお祀りした
 
伴氏社。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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北野天満宮(きたのてんまんぐう)は京都市上京区にある神社である。通称、天神さん・北野さん。旧社格は官幣中社、二十二社。京都市民からは「てんじんさん」の愛称で呼ばれる。
毎月25日に縁日が開かれ、多くの参拝者や観光客で賑わう。菅原道真を主祭神とし、特に学問の神として知られ多くの受験生らの信仰を集めている。京都市が大学の町であることもあってか、掲げられている絵馬には、大学受験合格を祈願するものが多い。福岡県の太宰府天満宮とともに天神信仰の中心となっており、当社から全国各地に勧請が行われている。
Wikipediaより
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続いて、東寺です。この間に二条城も見に行こうとしましたが、時間も押してきたためあきらめ東寺に来ました。
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東寺(とうじ)は、京都市南区九条町にある東寺真言宗総本山の寺。「教王護国寺」とも呼ばれる。山号は八幡山。本尊は薬師如来。
東寺は弘法大師空海に下賜され、真言密教の根本道場として栄えた。中世以降の東寺は弘法大師に対する信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めるようになり、21世紀の今日も京都の代表的な名所として存続している。昭和9年(1934年)に国史跡に指定、平成6年(1994年)12月には「古都京都の文化財」として世界遺産に登録された。
五重塔
国宝。東寺のというよりは京都のシンボルとなっている塔である。高さ54.8メートルで木造塔としては日本一の高さを誇る。天長3年(826年)空海により、創建着手にはじまるが、実際の創建は空海没後の9世紀末であった。雷火や不審火で4回焼失しており、現在の塔は5代目で、寛永21年(1644年)、徳川家光の寄進で建てられたものである。初重内部の壁や柱には両界曼荼羅や真言八祖像を描き、須弥壇には心柱を中心にして金剛界四仏像と八大菩薩像を安置する。真言密教の中心尊である大日如来の像はここにはなく、心柱を大日如来とみなしている。江戸時代初期の作風を伝える。
Wikipediaより
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▲夕空に浮かぶ五重塔。いかにも京都らしい風景です。
 
今日は、朝から夕方までお参りずくし。残すところ今年もあと少しとなりましたが、いい事ありますように。
 

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