日本文学館との契約を巡る法廷闘争顛末記

2015年4月21日、提訴しました。判決言い渡しは、2015年10月29日(木)です。

日本文学館の社風

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7月も残り1週間を切ってしまいました。

8月となれば日本文学館は、再び新刊を発表することになります。果たして新刊は何冊なのでしょうか。仮に新刊があった場合、サイトマップの「今月の新刊にそれを掲載するでしょうか、掲載しないのでしょうか。


ちなみに日本文学館は、7月の新刊を未だに「今月の新刊本」に掲載していません。 日本文学館は、ミスを認めて是正することを潔しとしません。呆れた会社です。


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1月の新刊は1冊2月から3ヵ月連続新刊ゼロ
しかし、
5月以降も新刊は1冊あるいは2冊

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訳がわからないのは、
2017年刊行書籍の括弧()の数字
Total:6 (

この (0) は何を意味するのか、何がゼロなのか・・・

管理部長T氏に聞いても「わかりません」とのこと

笑止千万この上なし!!

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お粗末な回答

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20日(木)に続いて24日(月)、友人に電話してもらいました。20日は「ただいま不在しております」という留守電メッセージの対応でしたが、昨日は担当の社員が電話に出ました。

私が聞きたかったのは、サイトマップの「今月の新刊」に今月の新刊が掲載されていない理由です。そうしたところ、電話に出た社員は、「トップページに掲載しています」と答えました。これは回答になっていません。

もしかしたらその社員は、「トップページに掲載していますのでサイトマップに掲載する必要はありません」と言いたかったのかもしれません。しかし、それならサイトマップの存在意義はなくなります。サイトマップを設置している限りはそこにも掲載すべきです。

日本文学館がサイトマップの「今月の新刊本」に今月の新刊を掲載しなかったのは、掲載することを忘れたという愚かなミスに他なりません。それは、電話してまでして聞くまでもないことです。日本文学館の回答は、まったくもってお粗末と言わざるを得ません。

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読者の立場に立って分かりづらい表現はないか、舌足らずの表現はないかをチェック
言わずもがなの分かりきった事柄、重複する表現などを削ります
    
 「わかりにくい」文章に共通するのは、読み手の立場を無視した、書き手の独り善がりです。誰も経験したことがないほどの特異な経験をわかりやすく説明するのには、読み手が理解できるような表現を試みる必要があります。それをしないで書き手の思いだけで書いたものが読み手の共感を得られるはずはありません。


自分の書いた文章や内容に酔っている間は、誰でもまともな推敲ができませんから、「作品」として完成させるまでには時間がかかります。
    
忙しくて推敲に時間を掛けられないというのは、書くことを仕事にしている人にとって理由になりません。ただ、読者を想定せずに趣味で書くようなブログは、その限りではありません。それが訳のわからないものであれば、そういうブログは見なければいいだけのことです。

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「言わなくてもそのくらいわかるだろう」と言う人がいます。しかし、それは身勝手な思い込みというものです。「わかるはず」という思い込みがあることからコミュニケーションの不全が生じます。お互いが違った生活環境にあればあるほど、その考えを理解して貰うにはそれなりの説明が必要です。

人は往々にして自分の思い込みで話し、自分の都合のいいように人の話を聞きます。説明が不十分であれば聞き手がそれを理解するのは骨が折れます。説明に言葉足らずなところがあれば伝わらないのは当たり前です。 

コミュニケーションについてあるブログに、「話の腰を折ってはいけない。話すタイミングをじっくり待つことが肝要」とありました。そして、「独り善がりの話し方をしていないかどうか」「言葉を無神経に使用していないかどうか」に配慮が必要とありました。まさにその通りです。
 
コミュニケーションの基本
http://www.src-j.com/books/pdf/171_pt.pdf
  
「人を動かす 説得コミュニケーションの原則」
http://diamond.jp/category/s-persuasion_communication
  
コミュニケーションは「相手にどう伝わったか」がすべて

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私は、日本文学館に何度も問い合わせの電話をしています。日本文学館に問い合わせの電話をするのは私以外にはいないはずです。そのためなのかどうかわかりませんが、その対応は杜撰この上ありません。そこで昨日の午後(4時過ぎ)、私の代わりに友人に電話してもらいました。

問い合わせの予定原稿
御社のホームページについてお尋ねします。
今月、新刊は1冊ありますね。
しかし、サイトマップの「今月の新刊本」にはそれが掲載されていません。
御社は、どうして「今月の新刊本」に今月の新刊を掲載しないのですか。

しかし、営業時間内であるのにまたしても「ただいま不在にしております」という留守電メッセージが流れました。おそらく日本文学館は、電話に対応できる社員が1人しかいないのでしょう。毎月の新刊が1冊あるかないかという状況ではコストカットのための人員整理はやむを得ません。そういう職場で働かざるを得ない社員にどれほどやる気があるか大いに疑問です。

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松永英明氏のブログにその記事を批判するコメントが寄せられました。そこで松永氏はそれに対して丁寧に反論しました。それは実にわかりやすい誠実さあふれるものでした。しかし、批判の主は全然それを理解することなく批判を繰り返しました。それはまさに自らの知的レベルの低さを証明するものでした。

そういう知的レベルを疑うコメントに対して「誰が見てもアホなデマを否定するのに、これだけの字数が必要ということに、めまいも感じる」というコメントも寄せられています。同感です。

ネットには実に馬鹿馬鹿しいコメントが溢れています。情けないことこの上ありません。教育(とくに国語教育)が機能していないことを如実に表しています。


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要介護認定の再通知

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5月15日、高齢の兄の要介護認定を私が市役所に申請しました。それから約1か月後に要支援1という認定結果が届きました。しかし、主治医や地域包括支援センターの担当者の勧めで認定の見直しを要請しました。そうしたところ、何と!! 要支援1から要介護1という2段階アップの認定となりました(7月15日)。

私は、1段階アップの要支援2ということはあり得るかと思っていました。それが2段階アップの要介護1と認定されたことに本当に驚きました。これは、主治医の意見書が大きく影響しています。主治医に厚く御礼したいと思います。

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今日になってもサイトマップの「今月の新刊本」に今月の新刊は掲載されていません。この件で **** さんから「掲載するのを忘れただけでしょう」というコメントを頂きました。 → 今月の新刊は1冊。しかし、・・・

しかし、新刊があるのにそれが掲載されないのは、私が把握している分だけでも今回で回目です。
1回だけならまだしも3回も掲載するのを忘れるとは、言葉がありません。これは、日本文学館にミスをチェックするシステムがないということを物語っています。呆れた話です。

1回目 2016年11月 (新刊1冊)
2回目 2017年1月  (新刊1冊)
3回目 2017年7月  (新刊1冊)

のページでは今月の新刊を掲載しています。

しかし、
のページの「今月の新刊本」にはそれを掲載していません。   
 

2016年11月の新刊が掲載されなかったことに対する問い合わせ
(日本文学館から回答なし)



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話をする時、自分が話したいことと相手が聞きたいことは必ずしも一致しません。共通の関心事で話が盛り上がるのが一番いいのですが、なかなかそういう訳にはいきません。

私は、2年前、親戚の葬儀に出席するために帰省しました。兄は都合があって帰省しませんでした。そのため、兄の分の香典も私が預かって帰省しました。すべてが終わった後、そのことを話すために兄宅に行きました。

私は、話したいことがいっぱいありました。そこで、私の話したいことの優先順位に基づいて兄に話をしました。兄が関心を持っているはずの葬儀の件は後回しになりました。私がいろいろと話をしていても兄は、「葬儀はどうだったのか」と聞こうとしませんでした。

兄に言わせれば、「お前の方から話すべきであって、俺の方から聞くべきことではない」ということです。皆さんはどう思われますか。

人は相手が何を聞きたいのか知らない。
聞きたいかどうかも分からない。だから聞きたいことをこちらから聞かなければならない。
聞きたいことは相手を知りたいと想う気持ちから生ずる。

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