日本文学館、裁判、顛末、その他

日本文学館を訴えた裁判(2015年10月29日、結審)の他に様々なことを書いています。

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どうにもわかりません。クンちゃんさんが本気でこれを書いているのか、それとも本当の意図が別にあるのか。さて、どちらなのでしょうか。読者の皆様の賢明な判断をお願い申し上げます。  よろしければ、「内緒」でコメントお願い申し上げます。


 
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クンちゃんさんは、私が著者であるとしてクンちゃんさんに相談したりブログで問題提起していることを怒っています。私は、そのことがどうにも理解できません。そのため、クンちゃんさんにもっとわかりやすい(説得力のある)説明を求めました。今、クンちゃんさんは、ブログでその説明を試みています。 


私が言いたいこと。それは、私が著者であると虚偽の説明をしたと言っても、どの出版社から何という本を何という著者名(ペンネーム)で出版したということを明らかにしていない限りは、非難に値することではないはずだということです。それを非難するということは、非難されるべき合理的な理由があるはずです。果たして、その「合理的な理由」とは何なのでしょうか。 


私は、去年9月、あるブログに下記のようなコメントをしました。非難されなければならないとしたら、それはいかなる理由によるのでしょうか。 


 
はじめまして。
ある出版社から自費出版で本を出しました。
今、その出版社と契約の解釈を巡って揉めています。
記事を参考にさせてもらいます。 
 
 
私は、契約の解釈を巡って争っています。著者が誰であるかということは、解釈の合理性を判断する上で何の関係もありません。もし、私が著者の代理人であることを明かした上でコメントするとしたら、下記のようになるかと思います。果たして、そうする必要があるでしょうか。そうしなければならないものでしょうか。 


 
はじめまして。
私の知人がある出版社から自費出版で本を出しました。
私は、知人の代理人として出版社と契約を締結しました。
今、その出版社と契約の解釈を巡って揉めています。
記事を参考にさせてもらいます。 
 

確かに、「知人の代理人」ということを表明していれば、クンちゃんさんから怒りを買うこともなかったと思います。しかし、出版社と揉めているのは、契約の解釈の合理性です。誰が著者であるかということは、解釈の合理性を検証する上においてはまったく関係ありません。ですので、私は、あくまでも便宜上、私が著者であるとした訳です。



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丸シー表示のところで出てきた・・・・・、あれだよね」の「あれ」とは何でしょうか。どうもよくわかりません。クンちゃんさん以外には誰もわからないのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

「“”書きかけです」ということですので、私も同様に「作成中です」ということで・・・。 ← 2015.4.18 21:50 現在

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2013/11/10 に公開  再生回数2,622回 (2015.4.18 10:10 現在)


クンちゃんさんのブログで初めてこの「九ちゃん音頭」を知りました。「月に叢雲(むらぐも)花に風」とも言います。まさにその通りだと思います。動画の紹介ありがとうございます。



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私は、「黙ってりゃバレんかったのに!貴様」と言っていません。確かに、雲助さんが告白したことで「真相」は明らかになりました。しかし、「真相」は、解釈の妥当性を究明する上で何の影響力もありません。誰が著者であろうとも、出版社の解釈が不合理であることは変わりません。

私が言っているのは、「意味のない告白をしたことで、売れなかった本の著者が誰であるかということを自ら暴露した」ということです。「それは、社会的に何の意味もないばかりか、墓穴を掘った」ということです。私にとって雲助さんが「真相」を告白したことは、とんでもない批判を受けることになったという以外は何の不都合もありません。

雲助さんは、先々月(2月)、私を警視庁○○署刑事組織犯罪組織化の捜査員に「詐欺」、「偽計業務妨害」、「名誉棄損」等の容疑で刑事告発したといいます。果たして、どういう結果になるのでしょうか。告発を受理した警視庁○○署としては、門前払いする訳にもいかず、とりあえずは調査することになるでしょうが、本当のところは困っているのではないでしょうか。

クンちゃんさんやブログの読者を騙す理由が私にはありません。クンちゃんさんは、私が結果として騙したことになったとしても、そのことでどういう実害が生じたと、言うのでしょうか。道で出遭った見知らぬ人に「私は医者です」と虚偽の話をした場合、話を聞いた人にどういう実害が生じると言うのでしょうか。

私が著者であるとして問題提起(質問)したのは、買取り部数の解釈の合理性の究明が目的でした。ですので、誰が著者であろうとも解釈の合理性には何ら影響しません。あくまでも、私は、便宜上、私を著者にしたに過ぎません。
嘘を言ったということだけで非難されたのではたまりません。  説得力に欠ける批判(作成中)



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