犬の眼に、星。

「豚に真珠、馬の耳に念仏、蛙の面に小便、犬の眼に星」 辻潤著作集より

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第参回 M氏蒐集珍奇ガラクタ古道具即売会
 
どうも、Mです。4月の20日(木曜)から24日(月)まで、知人の画廊カフェをお借りしてこれまで僕が集めた奇妙なガラクタや絵、古道具を展示、販売します。今となっては滅多に出会えることの無い珍品、珍本の数々を用意してお待ちしています。ぜひ遊びに来てください。 また、21日(金曜日)午後6時より、最近「怪談生活」を上梓された高原英理氏をお招きして、怪談会「青蛙会」も開催されます。ぜひこちらにもおいでください。


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M氏蒐集珍奇ガラクタ古道具即売会目録

ゲゲゲの鬼太郎肉筆原画 水木しげる 山本六三銅版画 ハンスベルメール銅版画 妖怪画帖 千社札ポチ袋熨斗袋張込帖 放屁合戦絵巻 薔薇刑 ダゲレオタイプ古写真 レトロおもちゃ・・・・




カフェ百日紅
http://medamadou.egoism.jp/hyakujitukou/
15時から夜23時までオープン


最寄り駅

JR板橋駅西口徒歩4分

都営三田線新板橋駅A3出口徒歩6分

東武東上線下板橋徒歩3分
お問い合わせ

〒173-0004 東京都板橋区板橋1-8-7
小森ビル101

電話番号 03-39647547

E-mail cafe_hyakujitukou@ybb.ne.jp



地図はこちらを参考に
http://medamadou.egoism.jp/hyakujitukou/pages/access/index.html

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 初源伊万里を知るには最末期の唐津を知らなければならないだろう。そして、最近手に入れたこの絵唐津の小皿こそが僕の知りうるうえで最末期の唐津焼だと思われる。さて、その根拠は?

こちらの記事を再び参考に。

過去と未来。初源伊万里と草創期伊万里
http://blogs.yahoo.co.jp/ziprockers/10972851.html



 唐津と伊万里の違いを隔てるのは磁土や釉薬だけではなく、窯道具の使用方法が大きな基準点となっていたはずだ。胎土目積→砂目積へと進み、さらに釉剥ぎと砂目積の併用、そして団子状だった砂目が高台全体に散らばっていき、大粒の珪石へと変化していく。この変化の中で多くの資料が釉剥ぎと団子状の砂目積の併用の段階で草創期伊万里が生まれたことを示している。とすれば、上記の絵唐津のサンプルは明らかに草創期伊万里の手法を踏まえつつ、さらに、団子状の砂目ではなく、均一に砂を高台に付着させるという草創期伊万里の後期に見られる進んだ技法を唐津焼に使用していることになる。つまり、草創期伊万里の技法で焼かれた絵唐津だ。ということは、明らかに草創期伊万里の技術を取り込みつつ、同時期に焼かれた最末期、いや、最先端の唐津焼だと言えないだろうか?


それにしてもこの皿を見ていると・・・・・

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 一見、上に挙げた江戸初期の雑器の志野織部の皿を彷彿とさせるデザインだと気が付く。釉剥ぎがあるため東南アジアのものか、くらわんかのようにも見える。そして唐津とは言えど、妙な違和感を与える独特な釉薬の調子と鉄絵。でもどこかで見たことがあるような・・・・・

思い出した! 木原茶碗だ!!

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答えを明かせば、この皿の出土地は平戸系古窯の地蔵平窯らしい。ということは木原茶碗の系統になり、この独特のわずかにグリーンがかった釉薬と鉄絵の発色も納得できる。地蔵平窯の稼動時期は下記リンク先の森川さんのブログに掲載された現地の看板でわかる。

http://blogs.yahoo.co.jp/moriei8503/GALLERY/show_image.html?id=36117361&no=2

>元和三年(1617年)頃、葦の本窯、柳の本窯より適地を求めて移動した。焼製品は主として土もの(唐津手)で皿類が圧倒的に多くみられ、他茶碗、飯椀の粉引手、絵唐津手のものも多数出土する。又、磁器焼成を試みた極く初期の物も見られ、6〜7寸程の皿、飯椀、ぐい呑み等と併せて、半磁器や刷毛目の小皿、飯椀に木原茶出し等が焼成されている。又、庵の横窯跡付近からは渡来人と思われる大陸式の寝棺も出土している。


 おそらくこの説明文にある「絵唐津手のもの」と言われるのがこの皿なのだろう。元和年間稼働なら志野織部とのデザインの類似も納得できる。古来からの大陸との繋がりも含め、どのような技術的な推移の痕跡が堆積しているのか、物原が気になるところだ。何より、「磁器焼成を試みた極く初期の物も見られ、6〜7寸程の皿、飯椀、ぐい呑み等」とあり、いったいどんな姿形のぐい呑みなのか、頭の中でイメージは膨らむばかり。さて、どなたか地蔵平窯のこの手のぐい呑み、お持ちではないだろうか?

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今年の秋に行われる三年に一度の東京美術倶楽部の特別展には、全国から多くの骨董ファンが集まってきます。そこでこの機会を利用して、東京で鑑賞会を開き、それぞれが持ち寄った名品を鑑賞し、交流する場を準備しようと考えています。この場を通して、普段交流することのない美濃古陶磁研究会など地方の研究会のメンバーや、ブログやインスタグラムなどで繋がっている骨董ファンの方々が集う愉しい会になると思います。まず小一時間ほどお座敷で各人が持ち寄った物を鑑賞した後に、ささやかな酒宴(お弁当付き)をはろうかと企画しております。ぜひご参加ください。現在20名ほどが参加予定。まだ少し空きがあります。参加希望の方はコメント欄か、僕宛にブログへ直接メッセージをください。




11月開催のこちらもよろしくおねがいします。僕も参加予定です。


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今朝の骨董市での掘り出し物はこれ!寛永染付の型物向付ですが、初源御深井と言ってもいい感じですね。このタイプの型物の平向付は時折見かける典型的な美濃御深井ですが、あがりが青磁ではなく白磁寄りで染付に鉄絵もあるのが珍しい。描かれているのは何の植物なんでしょうか?器形は織部の向付にもあるヤツデの葉か、帆立貝、もしかしたら砂金袋の可能性もあり、いろいろと想像して愉しめそうです。御深井に近いものでこれだけ織部の残響を保ったものは初見です。初期伊万里のちょっと変わったものにも見えますね。いつもお世話になっている業者さんがわざわざ僕のためにとっておいてくれたのでほんと、感謝です。「伝世だけど、傷があるから陶片だよ」と、言うことでお値段も信じられないくらい安くてびっくり。こんなことがあると30センチくらい空中を歩いているような気持ちで、一日中ニヤニヤしてそうですね。

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裏側を見るとやっぱり美濃御深井ですよね。でも目跡が6個もあるのでぎゃ〜って大興奮しちゃいました。普通3個しかないのでこれだけたくさんの目跡があるのは余程慎重に作っていた証拠。技術がまだ安定していない初期の高級品だったんでしょうね。それにしても伝世の蔵錆まみれのウブい汚れ方です。薬品を使えば真っさらになるんですが400年近くかけてついた味も消えてしまうのでメラニンスポンジで見苦しく無い程度に洗います。

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こうやって並べると違いがわかりやすい。美濃御深井寄りの寛永染付、青磁あがりの盛期の美濃御深井、古九谷の白磁型物平向付。それでも、1630年代から1660年代とある程度同世代でもあるので似ているような感じもある。


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フラスコ型須恵器




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 フラスコ型須恵器。たっぷりと自然釉が降り注ぎ、傷気の少ないものはなかなかない。意外な掘り出し物だったから買ってきた日は気持ちが小躍りしてしょうがなく、カバンを放り出してとりあえず水浴びさせ、自然釉の美しさに見とれ、乾けば何度も水を打ち、挙句はお風呂に一緒に入り、底の土サビを剥がしにかかったものだ。もう手放してしまったのだけれど、もう少し手元に置いて、花を活けたり愉しめばよかった。

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