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シタデルのブログ zitader DAYZ
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2013秋、経営セミナー

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11/15、大和郡山ホールで行われた経営セミナーに参加、、、と言うより、話し聞いてただけかな?
参加人数は多分、400人位。
この人数じゃ、参加者交えてのディスカッションなんて出来ないですからね。
(と言っても、私はそういう形式を期待して行ったのですけど、、、(^^)

話しの内容は、まぁ「池上章」的で、「こうなったら良いですね」「こうしたら良いかも知れませんね」な感じ。
まぁ、そこそこ面白かったから、良かったかもネ。
セミナーの後に立食形式の交流会もあったが、それには参加せず退散退散♪

追記
パネラーの一人は、「ほこたて」に出場した事のある男の子だった。

4号塗装中

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もうちょっと塗り重ねました。
ホイール付近は別の色を置いて行くので、ハナから塗装してません。

野趣

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あ〜んまり、松に限らず植木をチマチマいじるのは好きじゃない。
、、、と言うより嫌いかも知れない。
伸びるモンは伸びるし、育つモンは育つ。
んで、枯れるモンは枯れる。

(って、エラそーに!)


「んで、八九式の砲塔、どないなっとんねん?」
「ん?2月31日には概ねオッケー!」
「イツやねん?」


まー、別名3月の三日ないし四日とも言ふ。


電話の相手とは2回会った事があると思う。

皮肉にも初めてお会いした時に問題の人物がオレの右側に居た。
電話の相手とは会釈混じりに一言二言交わす程度だったので声にはまるで記憶が無く、電話を通しての所為か作った様な枯れた声に聞こえたので、てっきりイタズラ電話だと最初は受け止めた。
しかし、応対している内にそうでは無いと判り深淵の縁に立たされた様な気分になった。

オレは自分のことは手近な人間に相談しない。
話すことはあっても相談はしない。
正しい答えが得られるとは限らないから。
「相談」を受けた方は受けた方なりの個々の経験則に基づいた意見を述べているだけだ。
故に、それは「解」ではない。
自分で考えても判断が付かん。と結論付けざるを得ない時には、それに適した資格ある向きに相談する。

ゼロに何をかけても結果はゼロだ。
適切適当な能力を持たない者が、思い込みレベルで見よう見真似で事に臨んでも不満足な結果になるのは火を見るよりも明らかだ。
ゼロなのだから。
思い上がった傲慢な人間程根拠の無い自信を持ち自分の思い込みと思い上がりに気付くと四の五の四の五の屁理屈を並べて責任転嫁の戯言を並べ、居心地の良い村にケツをまくって逃げ篭る。
そして、また花が咲くよ。と謂わんばかりに自分が土足で踏みにじった花畑の事は記憶の片隅にも無く、村の広場で住人に取り巻かれて新しい衣装を披露する事しか頭に無い。

ゼロが幾等束なっても結果はゼロだ。
三人寄れば文殊の知恵。と言うが、知恵ごときで取り扱えない事は多々在る。
大同小異な事に興じあっている者同士は、同じ様なメンタリティの傾向の元に付和雷同し、予断に帰結する。
予断には何の意味も無い。
それなら一人で事系列を反芻反芻し、マトリックスに当てはめ四次元的に演繹すれば自ずとアウトラインは見えてくる。
それが予断の産物か否かは外部の資格あるオブザーバーに相談すれば良い。
コストは掛るがね。

伍長もどきの村長と取り巻きが、ドイツ語を話せないから「こいつはユダヤ人だ」と火星人を収容所に放り込んでも、収容所に居るのは火星人であり、ユダヤ人ではない。
夜道で財布を落とし「きっと、この辺だ・・・」と目に付く街灯で照らされた範囲だけを捜しても、財布がそれ以外の場所に落ちていたら決して見つからない。
取り巻きや財布を落とした人間は愚かなのではない。
先入観に惑わされたのだ。
火星人に一言、「キミはユダヤ人か?」と聞けば「いえ、私は第四惑星に暮らす者でユダヤ人どころか地球人でもありません。
ドイツ人が嫌いだからや、興味が無いからドイツ語を話さないので無く、地球人とは住む世界が違うのでドイツ語を必要としないから使わないのです。」と答えるだろう。
もし本当に財布を捜すつもりだったなら、「街灯に照らされていない所で落としたのかも?」と考え、手触りで地面を探るだろう。
本当に財布を捜すつもりだったなら、手触りで地面を探るだろう。
上澄みの下には時間をかけて澱が沈められていた。
最初の何枚かは上手く数えられたが、最後は大外れだった。

去年の夏から結構な時間が流れた。
引き出しの片隅から服と一緒に洗濯した携帯を取り出した。
ビニール袋に入れてたのに乾いた・・・、と言うよりも干からびた様な印象を受けた。
今時アンテナが付いてる携帯なんて無い。
ワンセグ用のアンテナだが、そう言えば昔は携帯電波の感度を上げる為に長〜いアンテナやら携帯本体に貼り付けるシール状のアンテナも売られていた。
あの種のパーツを製造していたメーカーは今はどうしているのだろう?
時代の流れとともに、ビジネスモデルとマーケットは変化する。
アンテナを伸ばして見ると錆びが付いていた。
http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/2d/00/zitader_info/folder/1196277/img_1196277_30155616_13?1260149864

「何処から?」と思うよりも早く、アンテナ本体はブリキか?と何となく感覚した。
そして何の脈絡も無いが「ピグメント」と言う言葉を想起した。

そう言えば、アーマー誌の高石氏が御自分の名前を冠したピグメントを発売したと思う。
オレも何かその類の物でも発売しようか?
大和の名産は墨だ。
ウチの近くに墨やら、その他色々の名産を作っておられる巧芸家の方達が集まっている工房がある。
そこへ行って墨の原料の「煤」を貰って来て袋詰にして売る。
墨に使われる煤は菜種油が適しているらしいが、100均のサラダ油では駄目か?(嘲)
フン・・・「志」とは無縁だな。(やはり嘲)
実行する前に元アーマー誌の土居氏や、パンツァーグラフの金子氏に確認を取った方が妥当だな。
又、「手に入り難い」とやらの理由でフェアリー企画さんの製品を海賊コピーしているユーモラスな人間を友人に持つライターに是非を問うのも必要だろう。
しかし、そんな事に時間を割くぐらいなら誰かさんと王将の餃子と金魚のミイラ・・・は売ってねぇから、煮干を肴に金魚池のほとりで笹でも交わす方が一億倍有意義だろう。


(酒が進めば金魚池の中に叩きこむかも知れんが、その時はオマエもオレを金魚池に叩き込めば良い。
元は薩摩なんで、オレはアルコールが入ると変った相撲を誘う癖がある。)


心に己が無いから先入観に惑わされて筋の通らぬ考えを持つ。
火星人の足を空想して数を数えるより、「火星人がドイツ語を話さないのは何故なのか?」を火星人自身に問うべきだったのだ。
そうすれば、財布は戻って来たのに。
街灯の下で空想の足を数えている間に財布は別の人間が持って行った。
火星人はユダヤ人どころか地球人でも無い。と悟った時に筋の通らぬ考えを捨てれば良かったのに。
村長は失墜が恐かったから、それが出来なかった。
村長の失墜を見たくなかったから村民は、それを取り囲んだ。
膿んだ考えを衆目に晒されたくないから、それを取り囲み続ける。
それこそが愚かなのだ。
それを喧伝するつもりも、疑問を呈するつもりも、赤の他人を巻き込むつもりも無いが、火星人は彼らの奇妙な考えと行動は、やはりユニークだ。と、憤怒と嘲笑の醒めた目で眺めている。
あの時はさっぱり判らなかったが、シュテファン・ミューラーの件も今ならその理由が判る。
だから、不明確なタイムラグは複数に実在する。
深淵の縁へは捜せば入り口に辿り着く。
ただの好奇心なら捜さない方が賢明だ。
深淵と対峙し底を見通したオレは以前のオレには戻れない。
忌むべき禁忌を感覚してから、なんともかんとも馬鹿馬鹿しくも醒めた怒りでアホくさく、侮蔑感は昂ぶり続ける。

ブログだろうがメールだろうが何だろうが、ネットなんてコミュニケーションツールとしては粘土板に刻まれた文字を読むのと何等変らん。
書かれている事に限らず各々の事象を人間は個々の経験則の範囲範疇からしか認知判断理解でけん。
組織の不合理性にも影響されるだろう。
個々の人間は合理的判断が可能なのに管理組織化されると、とたんにそれが不可能になる。
何故かは判らんがね。
ホモサピエンスの習性の一つ、正常化バイアスに起因するのかも知れんが、とても不条理な現象だ。

幾重にも束ね、幾重にも取り巻こうがゼロはゼロだ。
菓子職人は朴訥なリンゴ一つからでも、凡庸だろうが衆人が認める菓子を生み出すだろう。
思い上がった傲慢な人間は、皮を剥いてから割るのか、割ってから皮を剥くのか?すら調べようとせず、「この方が良い、この方が面白い。と、せっかくの芳醇なリンゴに訳の判らぬ部品を貼り付け、粘土で包み込んだ色物を産み出し「これは芸術だ」と戯言を喧伝する。
そんな偶然の産物は芸術でもなければ、一山幾等で売られていた元の凡庸なリンゴにも劣る。
しかし、努力を疎い、根拠の無いプライドと自己憐憫に満ちた弱い人間は「この方が良い、この方が面白い。」の都合の良さに惹かれ、自分勝手な色物を産み出して行く。
それは単に機能快を芸術と錯誤しているだけであり、例えるなら幼児が砂場でトンネルを作るかチラシの裏に勝手に落書きをし、それを基にお話しを組み立てているのと同様の事だ。
多くの人間はその事を理解出来るが、都合の良い標語に己の存在の価値を求め、ありふれた事実に忌避傾向にある者同士で徒党を組み、「この方が良い、この方が面白い」の都合の良い標語を喧伝する。
そして己等で「芸術」と捉えている概念を崇め立て祭るだろう。
それは、単一個性、単一価値を土台とするカルト傾向を持った全体主義だ。
そして、単一な様式を翳し、単純な標語を喧伝し、お互いにコントロールしあった帰属意識は己の弱さと自信の無さを誤魔化すには最適で、根拠実態を伴わない選民意識と優越感を増長させる。
時間が経てば、今以上に根拠を伴わない選民意識と優越感は増長され、十字軍気取りで増々排他的になって行くだろう。
そのムーブメントは言うまでもなくナチスだ。

凡庸な倫理観と人生観しか持ってないオレは、不条理と言う名前の黒洞々たる深淵を好しとするナチス的人間や、ナチス的人間が芸術だと賞賛するガラクタには興味関心は全く無い。

「また、いらん出費やなぁ〜」と思いつつも、携帯なんて殆ど鳴らんので、
(へへ、どーせオイラはぐれ狼さ)
「まっ空いた時間に電話屋行くかぁ?、but、テレビ見れヘンのは寂しいなぁ・・・」

 (樹脂流しとる間や梱包しとる時、はたまた製品のラベルきっとる時なんか結構、重宝しとった) と取り留めの無い事を考えていた。

で、取り敢えず翌日の午前に奈良ファミリー(う〜ん、懐かしくも田舎っぽい響き)の4階だったか、5階だったかの電話屋さんへ。
機種変した時、売店の兄ちゃ・・・もとい、若い男性店員と
「故障の原因は?・・・」
「う〜ん・・・服と一緒に洗濯してしまったんだけど・・・駄目だよね?コレ?」
「ああ、それはちょっともう・・・」
「だよねぇ〜(苦笑)」なんて会話した記憶がある。
手続きが済んで、彼から「以前の機種はどうされますか?」と聞かれたので、
「う〜ん?どうしょう?持って帰っても良い?」と答えた。
別に持って帰ってもどうするモンでもないけど、ナンか携帯って使わ無いやつでも保管してしまう。

の〇Pは「壊れた」の理由で捨ててしまったらしいけど、携帯なんて壊れるモンでも無いし、壊れたからと言って、あっさり捨てるかな?さぁ?どやろネ?

話しは変るが、このブログを立てたのは去年の二月だ。
お知らせとか、原型の製作過程なんかを自分流に公開しようと思って。
でも去年の夏、そん時「あ、この携帯の事を書くのも良いかも知んないな?」と思ったので、壊れた携帯の写真を撮った。
http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/2d/00/zitader_info/folder/1196277/img_1196277_30155616_11?1259672180
ま、結局アップしなかったけどね♪

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