こんにちは、ゲストさん
ログイン
Yahoo! JAPAN
すべての機能をご利用いただくためには、JavaScriptの設定を有効にしてください。設定方法は、ヘルプをご覧ください。
[ リスト ]
考えてみれば血のつながりはないですが、嬴異人・政と親子二代で趙の人質を経験したものが秦の王として続いたというのも結果論とはいえユニークな出来事でした。これも呂不韋が歴史を大きく動かしてしまった結果なのでしょう。
2012/11/21(水) 午後 3:58 [ 彩帆好男 ]
異人と政の親子間に血の繋がりはない・・・という説は、私は信じていません。信憑性に乏しく、今となっては真相の証明は不可能でしょうし。 私は司馬遷の『史記』の記述を、何から何まで信用している訳ではありませんから。 同じように春申君が楚幽王の実父だという説も疑問があります。 それは別として、少なくとも他国で惨めな境遇の下で人質生活を経験した二人が立て続けに君主になったという例は、世界史上を見渡しても類例がないかと思います。 それとも探せばあるでしょうか?パッと思い浮かぶ事例がないもので(^^;)。 良くも悪くも呂不韋は秦の天下統一に大きく関わってしまったのですね。
2012/11/22(木) 午前 11:11
すべて表示
小川菜摘
西方 凌
浅香あき恵
[PR]お得情報
その他のキャンペーン
考えてみれば血のつながりはないですが、嬴異人・政と親子二代で趙の人質を経験したものが秦の王として続いたというのも結果論とはいえユニークな出来事でした。これも呂不韋が歴史を大きく動かしてしまった結果なのでしょう。
2012/11/21(水) 午後 3:58 [ 彩帆好男 ]
異人と政の親子間に血の繋がりはない・・・という説は、私は信じていません。信憑性に乏しく、今となっては真相の証明は不可能でしょうし。
私は司馬遷の『史記』の記述を、何から何まで信用している訳ではありませんから。
同じように春申君が楚幽王の実父だという説も疑問があります。
それは別として、少なくとも他国で惨めな境遇の下で人質生活を経験した二人が立て続けに君主になったという例は、世界史上を見渡しても類例がないかと思います。
それとも探せばあるでしょうか?パッと思い浮かぶ事例がないもので(^^;)。
良くも悪くも呂不韋は秦の天下統一に大きく関わってしまったのですね。
2012/11/22(木) 午前 11:11