YAMINABE the Second Operation

この11年間の数多くの思い出を携え、私は新たな旅へと出発します。それでは皆さん、御達者で。

第一四計 借屍還魂

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承前  故事其之壹 ─ 乙





 その折に呂不韋は華陽夫人に伝えた。


「公孫異人は優れて賢明であられます。諸侯の名士たちとの交誼は、遍く天下に知れ渡っております。
 そんな公孫異人がかねがね申しておられますには、『我は華陽夫人を天とも思い、崇め慕っている。日夜泣いて涙を流しながら案じるは、太子たる父君と華陽夫人の事である。』と。」


 それを聞き、華陽夫人は非常に喜んだ。
 そして呂不韋は華陽夫人の姉にも面会し、夫人の姉の口を借りて、華陽夫人への言伝を依頼した。
 姉は妹の華陽夫人に対して、呂不韋から教わった通り、以下のように説き伏せた。


「私はこう聞き及んでおります。

『色を以って人に事ふる(つかうる)者は、色衰ふれば(おとろうれば)愛弛(ゆる)む。』

【意味:容色や美貌を以って人に奉仕する者は、容色や美貌が衰えれば、忽ちその愛も薄れてしまう。】

と。今貴女は太子に御仕えされ、甚だ御寵愛を受けているも、貴女には男子がおられません。
 手遅れにならない内に、早くに太子の諸子の中で、最も賢明かつ孝心に厚い御子と誼を通じ、太子の御嫡子に立たせられ、貴女の養子としておく事です。

 さすれば夫君(安国君)の御存命中においては正室として重んじられます。
 そして夫君の百歳の後(ひゃくさいののち)【※7】も、母子の縁を結んだ養子が王として即位されれば、太后として敬われ、生涯権勢を失う事なく、終わりを全う出来るでありましょう。

 これぞすなわち『一言(いちげん)にして萬世(ばんせい)の利』というものですよ。
 勢威の盛んな内にこそ、足場をしっかりと固めておかねばならないのです。
 容色や色香が衰え、御寵愛が失われてしまってからでは、たった一言の御願いですらも聞き入れてもらえなくなります。

 幸いにも公孫異人は賢明であり、太子の長子ではなく次子であり、その上に生母が太子からの御寵愛が乏しい為に、今のままでは嗣子になれない事もよくよく存じておるのです。
 それ等を御存知の上で尚且つ貴女を慕っているのですよ。
 故に今、貴女がこれを機に、公孫異人を推挙なさり、太子の嗣子として御取り立てになれば、貴女はこの秦において、生涯に亘って決して軽んじられる事もなく、終生尊ばれるのですよ。」


 姉の口を通じた呂不韋の説得に、華陽夫人は得心した。


 やはり後宮という世界で生きているだけに、切実に感じられたのであろう。
 歳と共に色香が衰え、その寵愛を失う事の恐怖や焦りを、後宮に生きる女性なら誰しもが、多かれ少なかれ抱え込んでいる。
 呂不韋には元々弁舌の才覚があったのか、それとも商取引の鉄火場で揉まれ、磨き上げられたものなのか、そういった後宮の夫人の泣き所を巧妙に衝いたのである。





 ♞ 子楚

 そして折を見て、夫である太子・安国君にその話を切り出してみた。


「太子の御子たちの中で、名を異人と申す、趙に人質としておられる方は甚だ賢明であると、秦と趙を往来する者が皆称賛しております。」


 先ずはそう切り出して、その後をすすり泣きながら続けた。


妾(しょう)【※8】は幸いにして後宮に迎えられながらも、不幸な事に男子には恵まれませぬ。
 そこで願わくば、公孫異人を妾の養子と成し、それを以って嗣子に立てられ、妾の身を託させて下さりませ。」


 安国君は華陽夫人の願いを聞き届けた。





後続  故事其之壹 ─ 丁

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確かに呂不韋は、大企業家ゆえ営業トークは抜きん出て犀利だったのかもしれません。彼のかつ目はもとより、一連の王擁立に関する策略成功の要因は、彼の饒舌極まる話術の威力がものをいったようですね。

ただ当時の宮廷のシナ人女性達はただ単に女の魅力を肉体的美麗さにのみ置いていたのであれば、アラビアンナイトのシェエラザードや山之内一豊の妻と比べ、人間性が劣っていたのかもしれませんね。

2012/11/14(水) 午後 6:06 [ 彩帆好男 ]

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今まで放置したままで、どうもすみませんでした!!(汗、汗、汗)
ここをすっかり忘れており、結果的にスルーしてしまった形になってしまい、申し訳ございませんでした(ーー;;)。
幸いにも脈絡もなく急に思い出しましたので、取り急ぎ来ました。


シェラザードは知らないのですよ。何せアラビアン・ナイト(千夜一夜物語)は読んだ事ないもので(^^;A)。
せいぜい幼い頃にディズニー・アニメだからシンドバッドとか、ランプの妖精ジンとか、空飛ぶ魔法の絨毯ぐらいしか名前を知らないのですよ(^^;A)。
山内一豊の妻・千代は賢明で、男に生まれてれば、何十万石単位の大名になれてたんじゃないかって器量でしたよね。


>当時の宮廷のシナ人女性達はただ単に女の魅力を肉体的美麗さにのみ置いていたのであれば

そういう手合いも多かったですが、やっぱり聡明な后もいましたね。
春秋戦国時代に限って言えば、楚武王の后とか、宋襄公の后とか、趙恵文王の后とか、斉襄王の后とか。思い付くので大体そんな所ですか。

2012/11/18(日) 午後 10:26 ZODIAC12

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これらの例をサイパンさんが御存知かどうかは何とも、ですが。

他にもまだいたかも知れませんが、やはりどちらかと言うと、質の悪いのや、悪くはないまでも、聡明と言える程でもない后が多かったのかも知れません。


春秋戦国時代以降の時代で賢明だったと言えば・・・・・


漢高祖・劉邦の皇后の呂后。

その劉邦の側室の一人で、漢文帝の生母の薄皇后。

漢景帝の生母で、漢文帝の皇后の竇皇后。

後漢光武帝の皇后の陰麗華。

北魏の馮皇后。

唐太宗・李世民の皇后の長孫皇后。

唐の武則天。

明の洪武帝(朱元璋)の皇后の馬皇后。

清(後金)の太宗ホンタイジの側室の一人で、順治帝の生母の孝荘文皇后。

2012/11/18(日) 午後 10:30 ZODIAC12

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大体これ位ですね、思い付く限りは。
漢の呂后と唐の武則天は残忍でしたが、少なくとも賢明で、政治家としての手腕は優れていました。

後はもう論じるに値しないかも知れませんね。
エゴと我欲丸出しで、権力闘争に血道を上げてたような輩が多いようですので。
しかも日本の大奥とかよりずっとエグかったようですし・・・・。


長らく放置してしまい、申し訳ございませんでした!!<(_ _)>

2012/11/18(日) 午後 10:31 ZODIAC12


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