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確かに〜諱で呼び捨ては、かなり上目線^^; でも家臣が功績を立てすぎると疑心暗鬼になる主君もいる。 この場合は諫言が上手く行くかな? ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち
2013/5/5(日) 午後 6:34
ナイス☆どうもありがとうございます!・・・・て、アレ!?(@@) ナイスのカウント数が0のままですが(^^;)。まあいいでしょう(笑)。 >この場合は諫言が上手く行くかな? いきなり結末を言ってしまいますが、諫言は成功します(笑)。 >でも家臣が功績を立てすぎると疑心暗鬼になる主君もいる。 出典元は判らないのですが、支那の古典には、 『功烈(こうれつ)主(しゅ)を震わす』 という言葉があります。つまり、 「主君を恐れさせ、主君の地位を脅かしかねない程の大功を立て過ぎた臣下は、疎まれたり警戒されたりして、粛清の危険性が高まる。」 という意味です。他には、 『狡兎(こうと)死して良狗(りょうく)烹(に)らるる。 高鳥(こうちょう)尽きて良弓(りょうきゅう)蔵(ぞう)さるる。 敵国破れて謀臣誅(ちゅう)さるる。』 という言葉もあります。意味は、 「すばしっこい兎を狩るのに役立っていた優秀な猟犬も、獲物の兎が尽きてしまえば用済みとなり、後はその猟犬も煮て食うしかなくなる。
2013/5/6(月) 午前 11:46
飛ぶ鳥を射落としていた素晴らしい弓も、飛ぶ鳥が尽きてしまえば使い道がなくなり、蔵に仕舞い込まれる。 敵国が滅んでしまえば、智謀に優れて重用されていた臣下も、最早用済みであり、生かしておくのは危険なので粛清対象となり、口実を設けて誅殺される。」 これは日本の戦国時代で言えば、殺された訳ではないですが、秀吉が天下を獲った後の黒田如水なんかがそうですね。 マキアヴェリの『政略論』(だったと思います)でも、こんな話が。 古代ローマだったかどこだったか、どこぞの都市国家で、戦争で凄い大功を立てた男がいて、彼の功績を讃え、その功績に報いようにも、功績に見合うだけの褒賞をとても与え切れる余裕はなかったと。 ではどうしたか?こういう提案が出されました。 「それでは彼を神々のいる世界まで送り、以後は彼を神として祀ろうではないか。」 うろ覚えですみませんが、言い回しがちょっと違うかも(^^;)。 それで皆賛成し、男は殺されました。 その後男の像が建てられたか、神殿が建てられたか、とにかく神として祀られたそうな。
2013/5/6(月) 午前 11:48
>確かに〜諱で呼び捨ては、かなり上目線^^; これは支那の古典の『説苑(ぜいえん)』という書物の中の【君道(くんどう)】という項でも語られているのですが。 その【君道】に収録されている『まず隗より始めよ』の逸話から引用します。 『帝者の臣下は名目こそ臣下でございますが、その実は帝者の師にございます。 王者の臣下は名目こそ臣下でございますが、その実は王者の友にございます。 覇者の臣下は名目こそ臣下でございますが、その実は覇者の賓客にございます。 亡国の臣下は名目こそ臣下でございますが、その実は奴僕にございます。 今、大王様が東面されて臣下を顔色だけで、すなわち言葉に出さず目配せだけしたり、顎を動かすだけなどと、臣下をまるで奴僕のように使役しようとなさるならば、奴僕程度の者しか集まらぬでしょう。 南面して朝議に臨まれ、群臣の意見に耳を傾け、謙虚に礼節を失わなければ、臣下に相応しい者が集まりましょう。
2013/5/6(月) 午前 11:49
西面して対等の礼を以って相手を敬い、表情を和らげて権力を振り翳すような事をしなければ、朋友のような誠実な者が集まりましょう。 君主でありながら、北面して臣下の礼を取り、胸の前で両手の指を揃える最敬礼をして、慎ましく退かれるならば、帝王の師となり、輔弼する者が集まりましょう。 臣下をこのように求められるならば、上手く行けば王者となり、例えそこまでは行かずとも覇者にはなれましょう。 後は大王様が御選びなされるだけにございます。』 上記引用に倣うのなら、斉襄王は田単を下僕扱いしたので、貂勃は亡国を危惧したのでしょう。
2013/5/6(月) 午前 11:51
また同書の【臣術(しんじゅつ)】という項に収録されている『天子が名(諱)で呼ばない臣下』の話を引用します。 『天子の(父方の)伯父・叔父は名(諱)で呼ばない。 同姓の諸侯は名で呼ばない。 先王からの臣下は名で呼ばない。 盛んな徳を具えた臣下は名で呼ばない。』 ところで個人的に尋ねたいのですが・・・・・この故事の語句註釈の32番目の「万乗」という言葉を御存知でしたか? 我が国でも古来より天皇を「万乗の君」「一天万乗」とも呼び表わすのは、こういう由来だった訳ですが。
2013/5/6(月) 午前 11:52
>支那の古典の『説苑(ぜいえん)』という書物の中の【君道(くんどう)】という項でも語られて> 支那の優れた古典は、ほんとに立派なことが書いてありますね。 これほど立派な思想がありながら、それが生かされない国というのが悲しいですね。 確かに自分のレベル相応のものが、その人物の回りに展開してくるということですね。 日本の天皇陛下の無私の御心には、こうした思想を更に越えた素晴らしさを感じますね。 ところで、私も万乗の君という言い方は、どこかで誰か(現代の人)が使っているのを見たのを覚えていますが、その時にかっこいい言葉を知っているなと感じはしましたが、意味はわかりませんでした。この記事を読んで、こういう意味なんだとたまたま知ることが出来て、うれしかったですね。
2013/12/22(日) 午後 11:47 [ さざんか ]
大分遅くなり、申し訳ありませんでした。 それはともかく、コメント欄にまで注目して下さり、実に恐縮です。 最高の「君主が北面して臣下の礼を取る」というのは、これは凄い話でしょうね。 これって考えようによっては、その臣下に国を奪われかねないリスクもあるでしょうから、臣下が余程信頼出来て、君主に余程度量がないと、そうはならないかと。 つまりは簡単に言えば、「類は友を呼ぶ」という事なのでしょうけど。 マキアヴェリの『君主論』でも、「君主の器量を測るには、その側近を見れば程度が占える」という趣旨の事が語られています。 我が国の皇室の場合は、何かこれらに当て嵌まるのかな?とも思えます。 さざんかさんの仰る通り、こういった範疇を超えた次元におられるような、そんな気がしてならないです。
2013/12/28(土) 午前 9:35
万乗の君・・・・・そちらまで触れて頂き、これまた嬉しいですね。 軍歌の『維新マーチ』の2番目の歌詞にも、 ♪一天万乗の帝王(みかど)に 手向かいする奴を トコトンヤレ トンヤレナ♬ とありますよね。この万乗の語源をどれだけの人が知っているでしょうかね? まあ知らないからって、別にどうだって事もないんですけど(笑)。
万乗の君という言い方は、字面に万が付いていたり、乗るという字もそれなりにいいことな気もするし、響きも威厳があるし、なんかすごい立派なというイメージが出来て、意味知らなくても、変に納得して、そのまま素直に受け止めてしまう気がします。 でも、意味を知れば、やはり古い言葉により深く接した時の感慨がありますね。 やはり古いものに触れるというのは、過去と現代を結ぶ感覚があって、なんとなく嬉しいですね。 ZODIAC12 さんの用語説明、意義のある素晴らしいことと思います。
2014/1/8(水) 午後 0:36 [ さざんか ]
いつも遅くなってばかりで恐縮です。 >でも、意味を知れば、やはり古い言葉により深く接した時の感慨がありますね。 >やはり古いものに触れるというのは、過去と現代を結ぶ感覚があって、なんとなく嬉しいですね。 私も同じような感慨をよく持ちます。私が歴史を学ぶのは、正しくその「過去と現代を結ぶ感覚」を体感するのが目的です。 そして更には「現代から未来へ」結んで行く作業に繋がると思います。これって保守思想に通じるものだと思いますよ(^^)。 >ZODIAC12 さんの用語説明、意義のある素晴らしいことと思います。 光栄な讃辞を頂戴し、誠に恐悦至極に存じます。<(_ _)>
2014/1/11(土) 午後 8:06
ZODIAC12 さんと同じような感慨を共有できるなんて、私こそ光栄ですね。 もっとも、私なんかは、こうしたちょっとした場面で感じるだけですが、ZODIAC12 さんの場合は、そうした感覚を求めて、歴史を学んでおられるのですね。確かにそれこそが保守思想そのものの感覚かもしれませんね。
2014/1/21(火) 午後 10:06 [ さざんか ]
10代・20代の頃まではただ単に好きだから、あるいは何となく、でしたが。 今は純粋に知りたいという欲求だけでなく、そういった理由もあります。 教訓や智恵や真理を、歴史の中に学ぶと言いますか。
2014/1/23(木) 午前 10:08
なるほど、そういう意味では、歴史書、歴史物語を日本では、鏡といってきましたが、まさに歴史は鏡ですね。
2014/2/3(月) 午後 3:21 [ さざんか ]
どうも遅くなりました。 「歴史は繰り返す」とよく言いますが、本当にそうだと思います。
2014/2/7(金) 午後 11:21
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確かに〜諱で呼び捨ては、かなり上目線^^;
でも家臣が功績を立てすぎると疑心暗鬼になる主君もいる。
この場合は諫言が上手く行くかな?
ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち
2013/5/5(日) 午後 6:34
ナイス☆どうもありがとうございます!・・・・て、アレ!?(@@)
ナイスのカウント数が0のままですが(^^;)。まあいいでしょう(笑)。
>この場合は諫言が上手く行くかな?
いきなり結末を言ってしまいますが、諫言は成功します(笑)。
>でも家臣が功績を立てすぎると疑心暗鬼になる主君もいる。
出典元は判らないのですが、支那の古典には、
『功烈(こうれつ)主(しゅ)を震わす』
という言葉があります。つまり、
「主君を恐れさせ、主君の地位を脅かしかねない程の大功を立て過ぎた臣下は、疎まれたり警戒されたりして、粛清の危険性が高まる。」
という意味です。他には、
『狡兎(こうと)死して良狗(りょうく)烹(に)らるる。
高鳥(こうちょう)尽きて良弓(りょうきゅう)蔵(ぞう)さるる。
敵国破れて謀臣誅(ちゅう)さるる。』
という言葉もあります。意味は、
「すばしっこい兎を狩るのに役立っていた優秀な猟犬も、獲物の兎が尽きてしまえば用済みとなり、後はその猟犬も煮て食うしかなくなる。
2013/5/6(月) 午前 11:46
飛ぶ鳥を射落としていた素晴らしい弓も、飛ぶ鳥が尽きてしまえば使い道がなくなり、蔵に仕舞い込まれる。
敵国が滅んでしまえば、智謀に優れて重用されていた臣下も、最早用済みであり、生かしておくのは危険なので粛清対象となり、口実を設けて誅殺される。」
これは日本の戦国時代で言えば、殺された訳ではないですが、秀吉が天下を獲った後の黒田如水なんかがそうですね。
マキアヴェリの『政略論』(だったと思います)でも、こんな話が。
古代ローマだったかどこだったか、どこぞの都市国家で、戦争で凄い大功を立てた男がいて、彼の功績を讃え、その功績に報いようにも、功績に見合うだけの褒賞をとても与え切れる余裕はなかったと。
ではどうしたか?こういう提案が出されました。
「それでは彼を神々のいる世界まで送り、以後は彼を神として祀ろうではないか。」
うろ覚えですみませんが、言い回しがちょっと違うかも(^^;)。
それで皆賛成し、男は殺されました。
その後男の像が建てられたか、神殿が建てられたか、とにかく神として祀られたそうな。
2013/5/6(月) 午前 11:48
>確かに〜諱で呼び捨ては、かなり上目線^^;
これは支那の古典の『説苑(ぜいえん)』という書物の中の【君道(くんどう)】という項でも語られているのですが。
その【君道】に収録されている『まず隗より始めよ』の逸話から引用します。
『帝者の臣下は名目こそ臣下でございますが、その実は帝者の師にございます。
王者の臣下は名目こそ臣下でございますが、その実は王者の友にございます。
覇者の臣下は名目こそ臣下でございますが、その実は覇者の賓客にございます。
亡国の臣下は名目こそ臣下でございますが、その実は奴僕にございます。
今、大王様が東面されて臣下を顔色だけで、すなわち言葉に出さず目配せだけしたり、顎を動かすだけなどと、臣下をまるで奴僕のように使役しようとなさるならば、奴僕程度の者しか集まらぬでしょう。
南面して朝議に臨まれ、群臣の意見に耳を傾け、謙虚に礼節を失わなければ、臣下に相応しい者が集まりましょう。
2013/5/6(月) 午前 11:49
西面して対等の礼を以って相手を敬い、表情を和らげて権力を振り翳すような事をしなければ、朋友のような誠実な者が集まりましょう。
君主でありながら、北面して臣下の礼を取り、胸の前で両手の指を揃える最敬礼をして、慎ましく退かれるならば、帝王の師となり、輔弼する者が集まりましょう。
臣下をこのように求められるならば、上手く行けば王者となり、例えそこまでは行かずとも覇者にはなれましょう。
後は大王様が御選びなされるだけにございます。』
上記引用に倣うのなら、斉襄王は田単を下僕扱いしたので、貂勃は亡国を危惧したのでしょう。
2013/5/6(月) 午前 11:51
また同書の【臣術(しんじゅつ)】という項に収録されている『天子が名(諱)で呼ばない臣下』の話を引用します。
『天子の(父方の)伯父・叔父は名(諱)で呼ばない。
同姓の諸侯は名で呼ばない。
先王からの臣下は名で呼ばない。
盛んな徳を具えた臣下は名で呼ばない。』
ところで個人的に尋ねたいのですが・・・・・この故事の語句註釈の32番目の「万乗」という言葉を御存知でしたか?
我が国でも古来より天皇を「万乗の君」「一天万乗」とも呼び表わすのは、こういう由来だった訳ですが。
2013/5/6(月) 午前 11:52
>支那の古典の『説苑(ぜいえん)』という書物の中の【君道(くんどう)】という項でも語られて>
支那の優れた古典は、ほんとに立派なことが書いてありますね。
これほど立派な思想がありながら、それが生かされない国というのが悲しいですね。
確かに自分のレベル相応のものが、その人物の回りに展開してくるということですね。
日本の天皇陛下の無私の御心には、こうした思想を更に越えた素晴らしさを感じますね。
ところで、私も万乗の君という言い方は、どこかで誰か(現代の人)が使っているのを見たのを覚えていますが、その時にかっこいい言葉を知っているなと感じはしましたが、意味はわかりませんでした。この記事を読んで、こういう意味なんだとたまたま知ることが出来て、うれしかったですね。
2013/12/22(日) 午後 11:47 [ さざんか ]
大分遅くなり、申し訳ありませんでした。








それはともかく、コメント欄にまで注目して下さり、実に恐縮です。
最高の「君主が北面して臣下の礼を取る」というのは、これは凄い話でしょうね。
これって考えようによっては、その臣下に国を奪われかねないリスクもあるでしょうから、臣下が余程信頼出来て、君主に余程度量がないと、そうはならないかと。
つまりは簡単に言えば、「類は友を呼ぶ」という事なのでしょうけど。
マキアヴェリの『君主論』でも、「君主の器量を測るには、その側近を見れば程度が占える」という趣旨の事が語られています。
我が国の皇室の場合は、何かこれらに当て嵌まるのかな?とも思えます。
さざんかさんの仰る通り、こういった範疇を超えた次元におられるような、そんな気がしてならないです。
2013/12/28(土) 午前 9:35
万乗の君・・・・・そちらまで触れて頂き、これまた嬉しいですね。
軍歌の『維新マーチ』の2番目の歌詞にも、
♪一天万乗の帝王(みかど)に 手向かいする奴を トコトンヤレ トンヤレナ♬
とありますよね。この万乗の語源をどれだけの人が知っているでしょうかね?
まあ知らないからって、別にどうだって事もないんですけど(笑)。
2013/12/28(土) 午前 9:35
万乗の君という言い方は、字面に万が付いていたり、乗るという字もそれなりにいいことな気もするし、響きも威厳があるし、なんかすごい立派なというイメージが出来て、意味知らなくても、変に納得して、そのまま素直に受け止めてしまう気がします。
でも、意味を知れば、やはり古い言葉により深く接した時の感慨がありますね。
やはり古いものに触れるというのは、過去と現代を結ぶ感覚があって、なんとなく嬉しいですね。
ZODIAC12 さんの用語説明、意義のある素晴らしいことと思います。
2014/1/8(水) 午後 0:36 [ さざんか ]
いつも遅くなってばかりで恐縮です。
>でも、意味を知れば、やはり古い言葉により深く接した時の感慨がありますね。
>やはり古いものに触れるというのは、過去と現代を結ぶ感覚があって、なんとなく嬉しいですね。
私も同じような感慨をよく持ちます。私が歴史を学ぶのは、正しくその「過去と現代を結ぶ感覚」を体感するのが目的です。
そして更には「現代から未来へ」結んで行く作業に繋がると思います。これって保守思想に通じるものだと思いますよ(^^)。
>ZODIAC12 さんの用語説明、意義のある素晴らしいことと思います。
光栄な讃辞を頂戴し、誠に恐悦至極に存じます。<(_ _)>
2014/1/11(土) 午後 8:06
ZODIAC12 さんと同じような感慨を共有できるなんて、私こそ光栄ですね。
もっとも、私なんかは、こうしたちょっとした場面で感じるだけですが、ZODIAC12 さんの場合は、そうした感覚を求めて、歴史を学んでおられるのですね。確かにそれこそが保守思想そのものの感覚かもしれませんね。
2014/1/21(火) 午後 10:06 [ さざんか ]
10代・20代の頃まではただ単に好きだから、あるいは何となく、でしたが。
今は純粋に知りたいという欲求だけでなく、そういった理由もあります。
教訓や智恵や真理を、歴史の中に学ぶと言いますか。
2014/1/23(木) 午前 10:08
なるほど、そういう意味では、歴史書、歴史物語を日本では、鏡といってきましたが、まさに歴史は鏡ですね。
2014/2/3(月) 午後 3:21 [ さざんか ]
どうも遅くなりました。
「歴史は繰り返す」とよく言いますが、本当にそうだと思います。
2014/2/7(金) 午後 11:21