YAMINABE the Second Operation

この11年間の数多くの思い出を携え、私は新たな旅へと出発します。それでは皆さん、御達者で。

第一一計 李代桃僵

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承前  故事其之壹 ─ 壬





「我には何ら罪はない。大王は我を殺しても罪とはならぬが、もしも死人にも知覚というものがあるのなら、今より三年後に、それを大王に御目に掛けよう。」


 このように杜伯は死後の復讐を誓ったのであった。
 こうして賢臣・杜伯は、周宣王に忠誠を尽くして来たにも関わらず、無実の罪で誅殺されたのであった。
 友人の左儒も杜伯の後を追って、自害して果てた。





 ♝ 周宣王の最期──────死後の復讐

 そうして杜伯の刑死から3年が経った。すなわち死の直前に杜伯が予告した年が訪れた。
 時は周宣王の治世46年目の紀元前782年の事、そしてこの年こそが周宣王の最後の治世となった。


 ある日の事、周宣王は諸侯を招集して、日中に大規模な狩猟を催した。
 狩猟の最中に周宣王の乗った馬車を追い掛けて来る馬車があった。
 白馬に牽かせた白木造りの車体で、乗っている者は朱色の衣を纏い、朱色の冠を被り、朱塗りの矢を小脇に挟んで、周宣王の車を追跡した。
 その者は何と、三年前に死んだ筈の杜伯であった。


 杜伯は車上から周宣王に弓の狙いを定めて射た。
 放たれた矢は周宣王の心臓を貫き、更には背骨までも打ち砕いたのであった。
 こうして周宣王は無惨な最期を迎えたという。
 世人は杜伯の怨霊が、周宣王に復讐したのだと噂し合った。


 以上が二通り目の逸話である。余りに怪奇で荒唐無稽なので、どの程度の信憑性があるのか疑わしい。
 だが真相はどうあれ、周宣王は忠臣であった杜伯を、無実の罪で殺してしまったという史実は変わらないであろう。





 ♞ 杜伯の後裔

 そして杜伯には隰叔【しゅうしゅく:姓は祁(き)、名は不明】という子がいた。
 父の誅殺の連坐を避ける為に、日の出の勢いで興隆していた北方の強国・晋に亡命していた。


 隰叔は晋において大夫として仕える事となり、士師(しし)【※45】という官職に任じられた事から、官職名に因んで士氏を称するようになった。
 それ以降杜伯・隰叔の子孫は、晋における卿大夫の氏族である士氏一族として、代々功績を立てたりして、強盛を誇って行くようになる。
 この隰叔の子(杜伯の孫)が士蔿【姓は祁(き)、氏は士(し)、名は蔿(い)】である。


 士蔿は国君である第19代・晋献公【しんのけんこう:姓は姫(き)、氏は晋(しん)、名は詭諸(きしょ)】の懐刀として活躍し、晋公室の憂いを取り除く為に、「桓・荘の族」を謀略に掛けて滅ぼすなどの活躍を見せる。
 その功績によって士蔿は大司空(だいしくう)【※46】という官職に任じられ、事実上の宰相職を務めた。
 晋においてこの大司空という官職に就任したのは、後にも先にもこの士蔿唯一人であったと言われる。
 また法にも明るかった事から晋の国法を定め、晋の隆盛の基礎を築く。
 この詳細は【第三五計 連環計】の故事で語る。


 それ以降杜伯・隰叔の子孫は、晋における卿大夫の氏族である士氏一族として、代々功績を立てたりして、強盛を誇って行くようになる。





後続  故事其之壹 ─ 子(完結編)

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