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さて、いよいよ「愛読書」シリーズの始まりです。
その第一弾は戸松慶議(とまつけいぎ)氏の著作である『天皇論〜日本固有の道』(綜合文化協会出版)です。
出版されたのが昭和49(1974)年と、今から40年も昔の古い作品です。
同氏の著作には同じく『天皇論』と銘打った別の著作がありますが、サブタイトルが「国体を破壊する皇室に訴える」というものでして、本書庫で扱う「日本固有の道」とは別物です。
この書物では全体を通して、我が国特有の存在であられる「天皇」及び「神道」というものの本質について、深い考察に基いて論じています。
タイトルは「天皇論」ですが、どちらかというと天皇論よりも神道論にほとんどの部分を割いています。
<<<<<P.37〜P.39より抜粋>>>>>
天皇は明治憲法に規定せられた、神聖にして侵すべからず、という権力的皇帝でもなければ国王でもなく、又昭和の現行憲法に制定された、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるという、民選のカイザー(皇帝)即ち大統領でもなくして、天津日嗣(あまつひつぎ)の高御座(たかみくら)に位(つ)く上御一人(かみごいちにん)の「すめらみこと(天皇)」である。
天津日嗣とは、天津神の御心(はたらき)を日に日に承け継ぎ、これを普(あまね)く世に弘めて万邦兆民を生成化育発展せしめて行く事をいい、高御座とは、この神ながらの道を伝道宣布する中心に位することをいい、上御一人とは、天津神と不二一体となって現われることをいう。
故に天皇には氏もなく姓もなく、親子妻子もなく、唯万民の御親とならせられるだけである。
天津神の御自覚を体認せられた天皇は万民の中心であって、皇后、皇太子、皇子、皇女、皇孫、一般国民、ことごとく天皇の赤子であるという、いわゆる現人神にならせられるのである。
もちろん天皇にはこの外に人間天皇の面もあり、憲法上に規定せられる地位の上の天皇の面もあるが、他国の皇帝、帝王、国王、大統領と違う所は、天津日嗣の天皇即ち経典としての天皇である。
経典の天皇とは、神道(かむながらのみち)を顕現する祭主であるという事で、天津神を祀り神と一体化し、神となって範を万民に垂れ、全ての人を神にする働きをいうのである。
神道は祭と政から成り立っていて、その一致を窮極目的としている。それの実現に当たる中心基本の祭主が天皇である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
<<<<<P.123〜P.124より抜粋>>>>>
外来中国文化(唐・隋文化)の受ける以前は天皇を、すめらみこと、と称んだものである。天皇の本質は「すめらみこと」に現れている。
「すめら」は同化の意。「すめる」は清澄、純真、純粋の意。「すべる」は統べる、統一、統治の意。「しめる」は締結の意である。
清澄なものは同化する。同化すれば締結する。締結すれば統一する。「みこと」は命、生命、作用の事である。
畢竟天皇とは、清澄、同化、締結、統一の作用をなす存在という意味である。
即ち、宇宙生命法則のまま原理に立って統治することで、私心、我意、我欲があってはならない存在である。
古事記には、祖神が、その皇孫をこの国の統治者として遣わされる時に、宝鏡を与え、この鏡を視ること吾(われ)を見るが如くし、殿を共にして斎(いつ)き祀るようにと諭されたと記されている。
この伝承は祖神と同居し、神と共にある心境で祭祀と政治に当たるべき事を教えられたものと解される。
天皇は寝ても起きても、大御神(おおみかみ)と一緒に生活して行く精神態度を教えたものである。
また神と同床共殿する精神がなければ天津日嗣の天皇にはなれないし、天皇は無心、無我、無欲であって、私心、私欲、我意、我見があってはならないのである。
天皇は欲望を持たない。名誉、地位、財産を求めない。何物をも欲しない現人神になる為に生れ、育ち、修行される事を天業とするのであって、人と競争したりする事のない立場の人であらねばならない。
これを裏付けているのが「むすび」の思想である。むすびの思想というのは、我が国古来の伝統的思想であって、万物万象を悉く生成化育して止まない存在である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
本書を読んでみて思ったのですが、上記の二度に亘る抜粋文からも窺える通り、戸松氏は大日本帝国憲法(明治憲法)を否定的に捉えていて、批判をしていますが、これは残念ながら戸松氏の誤解だと思っています。
それに関してはここでは詳述しませんが、それはさておき、初回の天皇に関するあらましはここまでにします。
次回からは色々と深く探って行きます。
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『天皇論〜日本固有の道』
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自分の知らないことが多く含まれていますので、記事期待しています。
2015/6/13(土) 午後 9:31 [ もたんもぞ ]
早速のいの一番の御来訪及び御期待下さり、どうもありがとうございました。
2015/6/13(土) 午後 9:51
大日本帝国憲法はプロシア憲法を参考につくられたと聞いておりますが、日本の固有文化もふんだんに盛り込まれているようですね。巨細までは存じませんけれども。
2015/6/15(月) 午後 5:14 [ 彩帆好男 ]
帝国憲法はプロイセン憲法を手本に制定されたというのが、一般に流布された通説ですがこれは誤謬です。
外面はそうだとしても、その根幹の精神や運用は、イギリス・アメリカの英米法をモデルにしています。プロイセンやフランスなんかの大陸法は合わないと見抜いて排除したのです。
帝国憲法も皇室典範(明治)も、起草者の井上毅が日本の歴史・伝統に基いて文章を練りに練り上げたのです。
ゆえに帝国憲法の全76条と皇室典範(明治)の全62条を併せた138箇条の条文は、いわば日本の國體の精華とも言うべきものです。
2015/6/15(月) 午後 5:42